仮面ライダーΑΓΗΤΩ(アギト)   作:赫牛

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見える過去(2)

 顔に光が当たっている気がする。目を開けると天井に見えるのはLEDの無機質な光。この部屋には窓が無い。陽の光は入ってこない。起床時間になると自動的に明かりがついて覚醒を促すとアナウンスされていた。

 

「朝か……」

 

 今日で二日目。昨日と同じ様な日がまた繰り返される。過酷な訓練。制限された食事。管理されたスケジュール。

 そして……。

 

「っ!」

 

 布団をはねのけシャツをたくし上げる。腹には何も無かった。

 

「夢だったのか……?」

 

 手術が本当に行われていたとしたら、ここに手術痕が多少なりとも残っているはずだ。しかし予想に反してそれは全く無かった。

 でも気のせいじゃないはずと思うのは、俺の不信感故だろうか。

 

 

 

 

 

 30分、起床後の諸々の準備時間が設けられている。その猶予を当てもなく彷徨う。足を止めたのは休憩室……とも言えない様な、ソファーが置かれただけのスペース。壁にかかった時計は、30分の内の半分が既に過ぎ去った事を示していた。

 こんなに時間を使って、何をやっているんだ俺は。

 仕方ないだろ、落ち着かないんだ。昨日の事と言い、何かこう、嫌な予感がするんだ。具体的には表せないが、このままにしておくと良くない事が起きる気がする。こう言うのを刑事の勘って言ったりするのかもな。

 そんな事言ったってどうするんだ。証拠がある訳でもなし、ただの勘だ。下手に動いた方が良くない結果を招くんじゃないか?

 

「うるさい」

 

 思考が暴走気味だ。頭を冷やさないと。

 ソファーに座る。格好だけ取り繕っても、声は止まない。

 昨日の夜はやけに体が重かった。かと言ってそれ程ハードな訓練をしたと言う訳でもない。精神的なものか、それとも食事に何か盛られたか?後者だとしたら今すぐにでも行動しないと手遅れになるぞ。

 憶測で行動するのは良くない。第一可奈が人質に取られている様なものなんだぞ。彼女に何かあったらどうする。

 可奈。

 

「連絡、忘れてたな」

 

 忘れていたと言うかできなかったと言うか。寝る前には電話しようと思っていたんだった。

 今日だってちゃんと起きれているか心配だ。俺がよそ見するとすぐ二度寝するしな。確認しておかないと。

 10円玉を持っていない事で逆に公衆電話を探す手間が省けた。昨日も見た記憶が無いし、素直に受付に行って電話を借りよう。

 受付には誰も立っていなかった。それどころか入り口のシャッターが全て降ろされていた。

 受付の奥には構造的におそらく事務室に繋がっているであろうドアがあった。

 

「あのー、どなたかいらっしゃいませんか?」

 

 応えは無い。

 

「あの?誰かいませんか?ちょっと電話をお借りしたいんですけど!」

 

 変わらずドアは冷たかった。

 

「聞こえてます?開けてください!」

 

 扉をノックしても返事は無く、その音だけがホールに虚しく響いた。

 誰もいない。もしくは、気付いていて無視をしているのか。どちらにせよ、これ以上のアクションは意味が無い。

 ダメもとでシャッターに手をかける。勿論びくともしなかった。

 

「くそっ」

 

 まだ早朝だから人もおらずシャッターも閉まっているのかもしれない。だけどそうじゃないと感じてしまう程、ここは薄気味悪かった。

 建物に閉じ込められ連絡もできない。これがホラー映画だとしたら次には幽霊でも出て来るのか。

 なんて……。

 

「っ!」

 

 視界の端で白い何かが揺れた。反射的にそちらを見ると、そこにいたのは。

 

「女の子……?」

 

 白いワンピースを着た女の子が俺を見ていた。背丈からして高校生くらいだろうか。まさかあんな事を考えていたから本当に幽霊が出たのかと思ったが、少し離れた先に立つ女の子はどう見ても生者だった。

 しかし何故女の子がこんな所に?昨日装着員が全員集まった場では見なかったはずの顔だ。

 

「君は、誰?」

 

 不思議そうに俺を見ていた女の子は俺の問いかけには応えず、長い黒髪を揺らして廊下を走っていった。

 

「待って」

 

 彼女なら何か知っているかもしれない。そんな淡い期待を胸に追いかける。素足で走るぺちぺちと言う足音を辿って走って走って、何回目かの角を曲がった。

 

「あれ……?」

 

 気付くとさっきいたソファーがあるスペースに戻ってきており、そして女の子の姿も、足音も、消えてしまっていた。

 まさか本当に幽霊だったのか、それとも幻覚だったのか。どちらにせよ気味が悪かった。

 

「どうした津上?」

 

 振り向くとトレーニングウェアに着替えた沢木がいた。

 

「あ、いや、別に……なあ、沢木」

 

「ん?」

 

「ここって、白いワンピースを着た女の子っていないよな?」

 

「寝ぼけてんのか?そろそろ朝食の時間だ。先行ってるぞ」

 

「ああ」

 

 食堂に行く沢木の背を目で追いかけながら、俺はさっきの女の子がまた現れないか密かに思う自分に気付いた。

 

 

 

 

 

 データ採取の休憩時間に受付へ向かうも、結果は朝と同じだった。入口はシャッターが開いていたが、何人もの自衛隊の服を着た男たちが銃を手に門番の様に立っていた。外に出ようとしてどうなるかは想像に難くなかった。

 情報的ににも物理的にも外部から遮断され閉じ込められている。機密保持のためだとしても厳重が過ぎる。この『機密』は、俺が想像していたよりも大きなものなのかもしれない。

 外部との連絡が取れない事は昼過ぎには全員に知れ渡っていた。皆が違和感を感じ始めている。そしてそれは次の日の朝、朝食どきに明らかなものになった。

 

「あの、家族に連絡したいんで事務の方に取り次いでもらえませんか?」

 

 誰かが食事の配膳係にそう言った。

 

「申し訳ありません。機密保持のためそれはできかねます」

 

 配膳係は感情の見えない顔でそう応えた。

 

「少し話すだけで良いんです。家族が心配で」

 

「もう一度言います。それはできません。プログラムが終わるまでお待ちください」

 

「おいおかしいだろ。電話の一つくらい良いだろうが」

 

 横にいた誰かが口を挟む。

 

「もう一度言います。それは——」

 

「できないってか?ああ?こんな所に閉じ込めやがって、人を何だと思ってるんだ!」

 

 そう言って男が配膳係に掴みかかった瞬間、けたたましい警報が建物に鳴り響いた。

 幾つも重なった足音が聞こえる。それは徐々に大きくなり、食堂のドアが勢いよく開かれ武装した部隊がぞろぞろとなだれ込んだ。皆一様に銃を構え、狙いを男に定めている。

 

「なんだよ、おい……」

 

 配膳係は既にその場を離れ、男は一人取り残されていた。

 

「撃て」

 

 非情な号令と共に幾つもの弾丸が発射され、そのほとんどが男に命中した。全身から血を流す男は状況を理解できないと言った顔のまま倒れ、動かなくなった。

 誰かの悲鳴が聞こえる。席を立ってできるだけその場から離れようとする者、男と同じく状況が飲み込めず静止している者、凄惨な光景に嘔吐する者。この場にいる全員が、ここは異常だと感じてるはずだ。

 

「静かに!」

 

 長い髪を揺らしながら入ってきたのは、初日にスピーチをしていたあの女だった。

 

「おいあんた、これどう言う事だ!」

 

「どうも何も、不穏分子の排除です」

 

「な……」

 

 そう平然と言ってのける女は俺たちを見て冷酷な笑みを浮かべた。

 

「皆さんも、こうはなりたくないでしょう?これからも我々の言う事に従ってくださいね」

 

 女と部隊は去り、男の死体と不気味な沈黙がそこにあった。

 

 

 

 

 

 ここに来てもう一週間になった。これまでと変わらぬ日々に、あの男の死が暗い影を落としていた。

 それだけではない。あの日を境に一人また一人と装着員が減っている。監視の目をくぐって脱走を試み、そして撃ち殺された者もいるようだがそれだけが原因ではなさそうだ。今朝の朝礼で顔見知りの装着員がいない事に気付いた。しかし疑問を投げかける者はいない。どうなるか知っているから。

 

「何なんだここは……」

 

 消灯後の自分の部屋でそんな事を考えるが、それを行動に移す勇気が俺には無かった。

 

 ふと、視線を感じた。顔を上げると、ドアの隙間からあの時の女の子がこっちを見ていた。

 

「君……あ、ちょっと!」

 

 声をかけるがすぐにドアが閉まり、素足で駆ける音が聞こえる。すぐに部屋から出てその背を追った。

 光が全く入ってこない暗闇の中で揺れる白く光るワンピース。そして長い黒髪。成人男性でしかも身体能力には優れているはずなのに、全く追いつく気配が無い。幻を追いかけている様だと、そんな考えが浮かぶ程非現実的な時間だった。このままだと、また前の様にいなくなってしまう。

 

「待って!」

 

 その声が届いたのか、女の子は足を止めた。振り向いて俺を見た顔は、叱られる子どもの様に見えた。

 

「大丈夫、何もしないから……君は誰?なんでここにいるの?」

 

 僅かな沈黙。そして女の子が口を開いた。

 

「お兄さん、誰?ここの人?」

 

「俺?俺は……多分違う」

 

「外から来たの?」

 

「そう。今はここに閉じ込められているけど」

 

「そっか」

 

 恐る恐る、と言った様に女の子が歩いて来た。

 

「名前は?」

 

「津上翔一」

 

「翔一……翔一くん、だね」

 

「う、うん。そうだね」

 

 くん付けで呼ばれたのは学生時代以来で、なんだか少しこそばゆい。

 

「私、マナ」

 

「マナ、ちゃん?」

 

 こくりと女の子……マナちゃんは頷いた。

 

「マナちゃんはさ、どうしてここにいるの?」

 

 俺の問いに、マナちゃんは不思議そうに首を傾げた。

 

「ここが私の家だから?」

 

「ここが?」

 

「うん」

 

 この施設が家?俺が知らないだけでここには児童養護施設の様なものもあるのか?それとも……突拍子も無いかもしれないが、何かの実験で……。

 

「ねえ翔一くん、翔一くんは外の事知ってるんでしょ?」

 

「そうだけど、それが?」

 

「私外に出た事が無くて、外の色んな事聞かせて欲しいな」

 

「出た事無いの?」

 

「そうだよ」

 

 そんな事があるのか。信じ難いが、その言葉の真偽を推し量っても詮無い事だ。

 

「分かった。何が聞きたい?」

 

「翔一くんの好きな場所、教えて欲しい」

 

 ソファーに座りながらマナちゃんはこっちを見た。

 

「場所?」

 

「うん。外に出た時に行ってみたいから」

 

「そうだなぁ……色々あるけど、一番は虹見の展望台かな」

 

「展望台?」

 

「そう。星が凄く綺麗に見える」

 

「星……あの光る点の事だよね」

 

「光る点って……」

 

 実際そう見えるけど、そう言い切ってしまう人は少ない気がする。

 

「あれの何が良いの?ただの点でしょ?」

 

「そう思うのは、多分綺麗な星を見てないからだよ」

 

「そうなの?」

 

「そうだよ。展望台から見る星は凄く綺麗なんだ。きっと星が好きになる。だから見に行って欲しい」

 

「分かった……ねえ」

 

「ん?」

 

「その時さ、一緒に見に行ってくれる?」

 

「一緒に?」

 

 こくりと頷き、マナちゃんは純粋な目で俺を見た。

 

「そうだね、場所も知らないだろうし……分かった、俺も行くよ」

 

「約束だよ?」

 

「うん、約束」

 

 差し出した小指を見て、マナちゃんは首を傾げた。

 

「知らない?指切り」

 

「指切り?」

 

「うん。こうして、指を合わせて……はい、約束したって言う証拠」

 

 絡めた指を解く。マナちゃんは不思議そうに自分の小指を見つめ、そして段々笑顔になった。

 

「うん、約束した」

 

 マナちゃんの指は冷たかったけど、俺の心には暖かな気持ちがあった。

 

「じゃあ次は、翔一くんの家教えて」

 

「家は早くない?」

 

「なんで早いの?」

 

「え……えっとそれは……」

 

 不思議と誰も来ないまま、その日は時間を忘れてしまうくらいマナちゃんと話していた。久々に味わった、とても暖かな時間だった。

 

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