仮面ライダーΑΓΗΤΩ(アギト)   作:赫牛

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約束を久しぶりに

 この日、Gトレーラーにはいつに無い緊張感が漂っていた。いつもなら何かと話しかけてくる尾室さんも今日は口数が少なく、今日何杯目かのお茶をすすって席を立とうとした。

 

「ちょっと、お手洗いに……」

 

 そう言ってGトレーラーのドアを開けると、そこに小沢さんが立っていた。

 

「あら、気が利くわね」

 

「え、あ、はい」

 

「まあ座りなさい。お待ちかねの結果発表よ」

 

「え、ちょっと、ええー……」

 

 少し躊躇った尾室さんは、諦めて着席した。

 小沢さんがUSBをコンピューターに挿してファイルを開くと、複雑な構造の3Dモデルが表示される。

 

「氷川くんが手に入れたサンプルの遺伝子情報を解析してみたんだけどね。その結果……被害者のDNAと部分的に一致していたわ」

 

 アンノウンが人に変わったあの日。

 上層部に報告した内容は、僕の誤認であるとして片付けられた。アンノウンが人になるなどあり得ないと。

 しかし僕はこの目で見た。それが真実だ。そしてそれが真実だとして何故アンノウンが人の姿になるのか、それを探るべきだと感じた僕と小沢さん(とそれに引っ張られる形で合意した尾室さん)は計画し、実行した。いつもなら回収されてしまう倒したアンノウンの死骸の一部を確保し、それを小沢さんが調べた結果が、今ここで語られるのだ。

 

「しかし一部が一致するのは、あり得る話ではないのですか?」

 

「そう思ったんだけど、サンプルからヒト以外の動物にみられる特徴的な遺伝子を除外すると、昨日の被害者と同じ方法で殺害された人達の遺伝子情報を組み合わせた物と一致するの。サンプルの遺伝子のパーツが余る事無く、パズルのピースみたいにぴったりね」

 

「でもそれだけじゃ、アンノウンが人間に変わる理屈が分からないじゃないですか。ね、氷川さん?」

 

「はい、人間に姿を変える生物なんて、それこそ御伽噺でしかいませんよ」

 

 例え人間の遺伝子が混ざっていたとして、そのDNAが生物と言う形で出力されるなら動物と人間の合いの子になるのではないだろうか。それこそアンノウンの様な。

 小沢さんが画面をスクロールさせると、今度は何かのCT画像が映っていた。

 

「そこも分かってる。これを見てみて……この神経系、人間には見られないものなのね」

 

 サンプルとして拾ったアンノウンの腕いっぱいに張り巡らされた細い糸。これが全て神経なのか。

 

「これは一体?」

 

「これに電気信号を送るとね、何とびっくり見た目は人間そのものの腕に変わったわ」

 

「ええ!?」

 

「それは、本当に?」

 

「かなりショッキングだったから貴方達は見なくてラッキーだったわね」

 

 と言う割には涼しい顔をしているのが小沢さんである。

 

「兎に角この神経系から送られる信号で、人の姿になったりアンノウンになったりできるって事ね」

 

「こんな生物が……一体何故生まれたんだ」

 

「それも明白よ」

 

「え?」

 

「言ったでしょ、アンノウンには既に存在していた人間の情報が含まれているって。つまりそれは……」

 

 そこで口をつぐんだ小沢さんの顔は、怒っているとも、恐れているともとれる用だった。

 

「それは、一体?」

 

 僕が促すと小沢さんは口を開く。それすらおぞましいと言った表情で。

 

 

 

「……造られたのよ、おそらく生物兵器として」

 

 

 

 

 

 扉を開けると目の下に隈を作った可奈が駆け寄ってきた。

 

「翔一!どこ行ってたの……大丈夫?」

 

 子どもを叱る様な口調は俺を見た途端心配するそれに変わった。

 

「大丈夫だよ……可奈」

 

「そ、そうなの?なら良いけ……ど……」

 

 俺の言葉の違和感に気付いた可奈の言葉が尻すぼみになっていく。そして俺が呼び捨てにした意味も同時に悟ったのだろう。

 

「翔一、まさか……」

 

「ああ、思い出した。全部」

 

 それを聞いた可奈の表情は、喜びでもなく、驚きでもなく、怖れだった。

 

「そっか……そうなのね」

 

「教えてくれ、可奈。なんで話してくれなかったんだ?」

 

 可奈は俺から顔を背けた。

 

「可奈!」

 

「痛っ」

 

 肩を掴む腕につい力が籠ってしまう。

 

「ごめん……」

 

「話したらさ……翔一がまたどこかに行っちゃいそうで」

 

「どこかに?」

 

「だってあんな事があるなら放っておかないのが私の知ってる翔一だから」

 

「それは……」

 

 確かに可奈の言う通りだ。俺が巻き込まれた事を、そしてそのせいで姉さんが死んだ事を見過ごす事はできない。誰に何を言われてもだ。

 

「本当は行って欲しくない。もうあんな、ぼろぼろになって記憶も失くすなんて事して欲しくない。でも……あの時行ってらっしゃいって言っちゃったから」

 

 あの緑の怪物……いや、思い返すともしかしたらあれもアギトだったのかもしれない。それと戦って傷ついて帰り、そしてまた戦いに行く時に可奈さんは送り出してくれた。

 

「行っちゃうんでしょ?」

 

「うん。俺がやらないと、誰かが傷つくから」

 

 最初は失くした記憶に近づくためだった。記憶は戻ったけど、それまでに見つけた人を守ると言う想いは変わっていない。警察官としても、一人の人間としても俺は戦うと決めたんだ。

 

「だよね……分かってる。分かってるけどさ……」

 

 可奈が俺の胸に顔をうずめる。可奈の気持ちは痛い程分かる。だから否定する言葉は言いたくなかった。そっと抱きしめて、俺の気持ちを伝える。

 暫くして可奈は顔を上げる。

 

「もう大丈夫……ねえ、約束して」

 

「約束?」

 

「どんな事があっても、絶対無事に帰ってくるって」

 

 そう言って可奈が小指を差し出した。

 無事に帰ってくる、か。

 そんな約束した所で果たせるか分からない。真実を突き止めるのは、G3装着員だった頃の何倍も危険だ。

 それでも。

 

「分かった、約束」

 

 小指同士を絡ませる。固く、固く約束を交わした。最近はしていなかった、約束。

 

「っ!」

 

 そして感じた気配。誰かが襲われている。行かないと。

 

「行くの?」

 

「うん」

 

「分かった、気を付けてね」

 

 ぽん、と肩を叩いて可奈は笑顔で送り出してくれる。色んな思いをぐっとこらえて、ただ笑顔で。

 

「行ってきます」

 

 

 

 

 

「翔一くん」

 

「……マナちゃん」

 

 バイク置き場にはマナちゃんが待ちかまえていた。

 

「私も行く」

 

「分かった、乗って」

 

 バイクの後部座席にマナちゃんを乗せて、心に従って走り出す。

 少しの間二人とも黙ったままだった。夏の生温い向かい風が体に当たる。

最初に口を開いたのはマナちゃんだった。

 

「聞かないの?」

 

「聞いて良いの?」

 

「……うん。翔一くんは聞く権利があるから」

 

「そっか、じゃあ一つだけ」

 

 マナちゃんは何なのか、だとか、どうして話してくれなかった、だとかはどうでも良かった。ただ。

 

「どうしてあの機械を俺に?」

 

 マナちゃんが俺にアギトを渡した理由が知りたかった。記憶の無い俺に何ができると思ったのか、それだけが気になっていた。

 

「あの子達を、アンノウンを終わらせてあげて欲しかったの」

 

「終わらせる?」

 

「あの子達はね、人間になりたいの。そう思う様になったとかじゃなくて本能で。そのために人を襲う。自分と同じ存在を消して、『自分』を確立したいから」

 

 人間になりたい。カラスマさんも願っていた事だ。それがアンノウン達全員の願い。

 

「でもさ、どんな願いでも人の命を奪っちゃいけないくらいは、私も分かる。だからせめて、そうやってしか生きられないあの子達がこれ以上苦しまない様に」

 

「だから、殺すの?」

 

「……それしか方法が無いから」

 

 人を襲おうとしていた時、カラスマさんはとても苦しそうだった。それをきっとマナちゃんは何度も見て、同じ様に苦しんだのだろう。

 

「私はその役割を翔一くんに押し付けた。翔一くんならできると思ったから」

 

「根拠は?」

 

「……私を助けてくれたから」

 

「そっか」

 

 その一言で胸が暖かくなる。そして、俺も言わないといけない事がある。

 

「マナちゃん。俺、アギトになって良かったって思ってる」

 

「どうして?辛い事がいっぱいあるのに」

 

「でもさ、嬉しい事だっていっぱいあるんだ。マナちゃんを助けられた事とかさ。だから……」

 

 だから。

 

「泣かないで、マナちゃん」

 

「……ありがとう」

 

「スピード上げるよ。掴まって」

 

「うん」

 

 俺のやるべき事は、もう分かっている。

 

 

 

 

 

 アンノウンは正に女性を切りつけようとしていた。加速し、そのスピードのままアンノウンに体当たりするとアンノウンは吹き飛ぶ。

 

「逃げてください!早く!」

 

 唖然としていた女性は俺の言葉で我に返って逃げ出した。それと同時にアンノウンが立ち上がる。その前に立ちはだかり、機械を身に着けた。

 俺は戦う、アギトとして。皆を守って、約束も果たす。

 

「変身!」

 

 そして俺は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 二振りの鎌を両腕で防ぎ、返す蹴りがアンノウンに刺さる。もう一度胴に蹴りを。アギトは静かに、確実にアンノウンに攻撃を加えていく。

 頭を狙った鎌は転がって躱し、振り向きざまの一撃に対して腕を蹴る。二つの鎌の内一つはどこかへ飛んで行き、アンノウンは残った鎌を振り回すが、アギトは腕を掴んで背負い投げた。更に立ち上がったアンノウンを掴んで放り投げる。

 アギトの角が展開する。必殺の一撃までの動作は、アンノウンに対する鎮魂の舞の様でもあった。そしてアギトは天高く跳ぶ。

 

「はあっ!」

 

 蹴りをまともに受けたアンノウンは吹き飛ばされ、そして爆発した。後に見えたのは残心をとるアギトと、戦いを見守ったマナの姿だった。

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 そう言いながら住み慣れた部屋に帰ってくる。可奈はテーブルに座ってアイスを頬張っていた。

 

「おかえり」

 

「うわ、美味しそうなの食べてるじゃん」

 

「翔一の分もあるよ」

 

「やった」

 

 そんなやり取りをしていて心がほぐれたけど、少し疑問に思った。

 

「どうしたの?」

 

「いや、心配してた割になんか……普通って言うか」

 

 戸惑いを口にすると可奈は吹き出した。

 

「だって……約束守るって信じてたし」

 

「……成程ね」

 

 今日は約束を守れた。明日はどうか分からない。

 それでも信じてくれる人がいる事は、幸せな事だと思った。

 

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