仮面ライダーΑΓΗΤΩ(アギト)   作:赫牛

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変わらなかったもの

 踵から伸びた爪がアンノウンの背中から胸まで貫通し、苦悶の表情を浮かべるアンノウンを蹴り飛ばした勢いで爪を引き抜く。空中で回転し着地したと同時にアンノウンは爆散した。

 夜の中で揺らめく炎は、不謹慎だがとても画になっていた。緑の鎧が解けていき、その後にいつもの痛みが全身を襲ってくる。戦っていた時間が短かったからか、今日は痛みも老化現象もマシに思えた。

 そんな風に余裕があったからか、いつもより周りの事に気付きやすかったのかもしれない。

 どこからかすすり泣く音が聞こえてくる。停まっている車の後ろからだろうか。覗き込むと可愛らしい服を着た小学生くらいの女の子が隠れていた。

 俺の気配に気づいた女の子が顔を上げる。泣き腫らして真っ赤になった目は怯えている。

 

「大丈夫か?なんでこんな所にいる?」

 

 女の子は応えなかった。

 

「親はいないのか?」

 

 その言葉にぴくりと反応した女の子は震える手で前方を指差す。そこには男女の遺体があった。

 

「そうか」

 

『何をしているの?アンノウンは殲滅したでしょう?』

 

 無線からあの女の声が聞こえてきた。

 

「子どもを保護しました。親は死亡したようです。このまま警察まで送り届けようかと」

 

『放っておいて帰投しなさい。無駄な事に時間を使わないで』

 

 無駄な事、か。あの女は本当に警察所属の人間なのか?

 とは言え俺の管轄外なのもまた事実。世話をする義理は無い。指示に従わないと後で嫌な思いをするのも目に見えている。

 

「じきに警察が来る。そこで待ってろ」

 

 それだけ言ってバイクに跨り女の子に背を向けた。女の子は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 気分が悪かった。何にと言えば、自分自身に対してだ。関係無いからと怯える子どもを置いて行った。

 良いじゃないか。今頃警察に保護されているはずだし、上官の命令には従うのが当たり前だろう?

 走り始めてどれくらい経ったか。あの子の傍には誰かいるのか。

 

「くそっ」

 

 Uターンして反対車線に切り替える。確認するだけだ。いなかったらそれで良し。保護されてようが勝手にどこかに行っていようが俺の関与する範囲じゃない。ちらっと確認するだけで嫌な気分は消えるはずだ。

 

 

 

 

 

 女の子はさっきと同じ場所にいた。さっきと同じしゃがんだままの姿勢で地面を見つめていた。炎は消えていたが誰かが来ている様子も無い。エンジンの音で気付いた女の子がライトに目を細める。

 

「おい」

 

 またぴくりと女の子の体が震えた。

 

「乗れ、交番まで連れてってやる」

 

 女の子はゆっくり立ち上がり、こちらに来ようとしたが何かに気付いた様に歩みを止めた。

 

「どうした?」

 

 女の子が目線を送っているのは、両親の遺体だった。

 

「俺らじゃどうしようもない。きっと誰かが見つけてくれる。それより生きてるお前が一人でいる事の方が危険だ」

 

 女の子は迷ったが暫くして俺の後ろに跨った。

 

「掴まってろよ」

 

 頷いたのを確認してから発進する。予備のヘルメットなど無いので道路交通法を堂々と破っているが仕方あるまい。どうせ誰も見ていない。

 夏の生温い外気に当てられながら、子どもの高い体温を強く感じていた。

 

 

 

 

 

 最寄りの交番は閉まっていた。丁度パトロールの時間だったのかもしれない。

 

「お前、電話は?」

 

 女の子は首を横に振った。俺も持っていない。

 

「小銭はあるか?」

 

 また首を横に振った。俺も持っていない。持つ自由は俺には無い。つまりは公衆電話も使えない。時間も時間で近くにある店は全部閉店している。誰かに電話を借りて110番する事もできない。

 服の裾がきゅっと引っ張られた。女の子が不安そうな顔をして俺を見ている。置いて行かれるとでも思ったのだろうか。無論そんな事ができる訳が無い。色んな意味で。

 

「行くぞ」

 

 どこか落ち着ける場所を探さないと。何もできないのなら、何かできる時のために休む必要がある。俺も、この子も。

 この子。

 

「名前は?」

 

 女の子が口を開いて、しかしそこから音は出なかった。何度か口をぱくぱくさせるが、結果は同じだった。

 

「喋れないのか」

 

 こくりと女の子は頷いた。声を出そうとした所を見るに普段から喋られないのではなく、ショックか何かで起きた一時的なものだろう。見た所外傷も無いからその可能性が高い。

 女の子が肩から掛けていたポーチを持ち上げる。附属しているプラスチックのプレートには『みつい ゆう』と書かれていた。

 

「ゆうって言うのか?」

 

 女の子はこくこくと頷く。

 

「行くぞ、ゆう」

 

 俺の言葉に従ってゆうはバイクに乗った。

 

 

 

 

 

 栄えていない町ではないはずなのに、今日は不思議と誰ともすれ違わない。探して、探して、目に留まったのは公園だった。そこにも誰もいなかった。

 水飲み場の蛇口を捻り、溢れてくる水を手で受け止め口に運ぶ。何度か繰り返すと火照った体は少し落ち着いた。

 ゆうに視線を送ると首を横に振った。水道から直に水を飲むのには抵抗があるのかもしれない。

 

「飲んだ方が良い。熱中症になるぞ」

 

 少し考えて、ゆうは俺に倣って水を飲んだ。今になって喉の渇きに気付いたのだろう。何度も、何度も水を口に運んだ。

 

「あそこで休むか」

 

 穴の開いたドームを指差すとゆうは頷いた。大人が入るには小さい入口に体を捻って入り、低い天井に頭をぶつけながらやっとこさ座って壁にもたれかかる。

 隣に座ったゆうが地面を指でなぞる。薄暗い中でも砂の上に文字を書いているのが分かった。

 

『おじさん?おにいさん?』

 

「おじさんで良い」

 

 薬の作用でどれだけ若く見えてもそんな歳ではないし、そもそも子どもだっているのだ。

 

『おじさんのいえは?』

 

 確かに普通は家に帰る。幼い子どもを家に連れて帰る事に対しての世間の目は兎も角として応急処置としてはそうするべきだろう。

 

「家が無いんだ……いや、あるにはあるけど帰れない」

 

『どうして?』

 

「帰ったら良くない事になる」

 

 それ以上は言えないし言うつもりも無い。それでどう思われてもどうせ今日だけの付き合いだ。

 ゆうはまた文字を綴る。

 

『みどりのあれはなに?』

 

 見ていたのか。それを見ていたのに、俺が怖くないのか。

 

「さあな、何だろうな」

 

 ゆうは口を尖らせた。そんな顔をしたって教えられない。知らない方が良い事もある。

 

「眠たくないのか?」

 

 ゆうは頷いた。色々起こり過ぎて目が冴えているのか。おそらく0時を回っているはずだし、夜更かしは子どもには毒だが仕方ない。それに警察以外の人間と話すのは久しぶりで、もっと話したいと思う自分がいた。

 

『どうしてたすけてくれたの?』

 

「仕事だからだ。怪物を倒すのが」

 

 ゆうは首を横に振った。

 

『なんでもどってきてくれたの?』

 

「それは……」

 

 別に人を助けると言う使命感などではないんだろう。ただ嫌な気分を晴らしたかっただけ。多分そうだ。

 

「気分だ」

 

 それを聞いたゆうは字を消し、新しい字を書く。

 

『ありがとう』

 

 今の文脈で礼を言われるとは思っていなかった。ゆうはじっと俺を見つめている。何を待っているのかは何となく分かった。

 

「どういたしまして」

 

 それを聞いたゆうは微笑んだ。それが今の彼女にできる精一杯の笑顔なのかもしれない。それに言及するのは憚られた。そこで会話は途切れた。

 しばしの沈黙。何か話題が無いか探すが、世間と隔絶された生き方をしている俺にはぱっと出てこなかった。そして考えていると、ゆうがもたれかかってきた。ゆうの目からは涙が零れていた。

 

「つらいか?」

 

 ゆうは頷いて俺の服に顔を埋めた。ゆうの震えが体に伝わってくる。どうして良いか分からずただされるがままになっていた。

 

 こう言う事が、昔あった気がする。

 

『どうしたんだ、真由美』

 

 家に帰るなり真由美が俺に抱き着いてきてそして泣いた事があった。飼っていたハムスターが死んだ日だった。どうしようもない悲しみが伝わってきた。

 その時は、確か……。

 

 ゆうの肩に手を回しそっと抱き寄せる。離れていた体温がぐっと近くなる。一瞬止まった泣き声は、また始まった時は少し大きくなっていた。

 

 

 

 

 

 いつの間にかゆうは泣き疲れて眠っていた。寝息のリズムは一定で聞いていると俺も安心した。戻りたくない。この時間がずっと続けば良いと、そんな事すら考え始めていた。

 だけど思い通りに行かないのが現実だ。

 気配がした。近い。

 立ち上がろうとすると、その拍子にゆうが起きてしまった。俺が出ていこうとしているのを見て不安そうな表情になる。

 

「ここにいろ……心配するな、ちゃんと戻ってくるから」

 

 ゆうが頷くのを見て、俺はドームの外に出た。

 

 全身に棘が生えたアンノウンが立っていた。視線は俺じゃなく、ドームの中に注がれている。それに気付いた瞬間に、血が沸騰した様に体が熱くなった。

 ゆうには指一本触れさせない。

 

「変身!」

 

 走り出し手をクロスして引くと既に装着していたベルトから光が溢れる。光は俺の体を作り替え、俺はアギト……いや、『ギルス』になった。

 すれ違いざまの攻撃はいなされたが、位置を入れ替えて間髪入れずに飛んできた蹴りは腕で撃ち落とす。こちらの蹴りは相手の脇腹に入り、頭を狙った腕を掴んで投げ飛ばす。倒れたアンノウンに跨って殴る。もう一撃と振りかぶった時にアンノウンが抵抗し地面を転がるがすぐに立て直す。腹に拳を入れ、胸を爪で引っ掻く。追撃で胸を蹴り飛ばし、アンノウンが倒れた隙に右腕から鞭を引き摺り出す。

 このまま遠距離戦に持ち込むつもりだったが、アンノウンも飛び道具を持っていた。引き抜いた棘が肥大化し球体になる。投擲されたそれを鞭で打つと空中で爆発した。アンノウンは間髪入れずに爆弾を投げる。鞭で迎え撃つが撃ち落とせなかった何発かが俺の身体に当たって弾けた。かなりの衝撃で怯んだ所にアンノウンの蹴りが入り、そして仰向けになった俺の上に跨って爪で引っ掻く。胸倉を掴んで持ち上げられ、腹に膝と拳を入れられ続いて強い衝撃が背中に来る。その勢いでアスレチックの壁際まで追い詰められた。

 

 痛みをこらえ顔を上げると、ドームの陰からこちらを覗くゆうと目が合った。つらそうな、苦しそうな顔だった。

 

『どうしてたすけてくれたの?』

 

 それが仕事だからだ。アンノウンを倒すのが俺に与えられた生き方だからだ。

 

 

 

 でもそれは、こうなる前も同じじゃなかったか?

 

 

 

 G3としてアンノウンを倒す。それが俺の仕事だった。何故それを俺は選んだ?

 その答えは分かっている……違う。思い出した。

 

『ありがとう』

 

 人を守るためだ。

 

 拳は受け止められ、脇腹を蹴られ地面を転がる。完全に回復しきっていなかったからか全身が重い。それでも、まだ立ち上がれる。

 

「ウワアアアアアアッ!」

 

 

 

 

 

 涼の叫びが、ギルスの叫びが空に響く。それに呼応したのはバイクに残っていたギルスの装甲の一部だった。蠢いたそれはバイクと一体化し全身を変形させ、深紅の単眼を秘めた緑のバイクになる。それは独りでに動き出し、音に気付いて振り返ったアンノウンを跳ね飛ばした。

 ギルスがバイクに跨りアンノウンを翻弄する。すれ違う度アンノウンの身体は傷つき、そして伸ばした腕がアンノウンの胴を撃ち吹き飛ばす。

 痛みに耐えながら立ち上がろうとするアンノウンを正面に捉え、バイクを降りて地を踏みしめたギルスが咆哮する。踵から鋭い爪が伸び、昇り始めた朝日を反射して白く光る。

 ギルスが跳躍する。空中で一回転しその勢いを乗せた踵落としがアンノウンに刺さる。背中に突き刺さった爪で傷を抉る様に脚を押し付けたギルスは、再び空に向かって吼えもう片方の脚でアンノウンを蹴り飛ばす。反動でさっきの逆再生の様に宙返りしたギルスが着地すると同時に、悶えていたアンノウンは爆散した。

 

 

 

 

 

 全身から力が抜ける。鎧は解け人に戻った俺は立つのがやっとだった。

 近づいてくる足音。抱き着いてきたゆうに押し倒されない様になんとか踏ん張る。

 

「お前、怖くないのか?」

 

 さっき聞きそびれた事だった。顔を上げたゆうは、さっきと同じ笑顔を浮かべ、口を開いた。

 

 

 

「あ、りが、とう……おじさん」

 

 

 

 絞り出したかすれた声は、動き始めた町の喧騒の中でもはっきりと聞こえた。

 

 

 

 

 

 交番にゆうを送り届けると感謝された。昨夜の事件現場から行方不明になっていたゆうの事をずっと探していたらしい。要は俺が連れ出したせいで保護が遅れたのだが、ゆうを狙うアンノウンを倒す事ができたのだし、結果的にはこれで良かったのかもしれない。

 

「おじさん……行っちゃうの?」

 

 駐在が各所に連絡している隙に立ち去ろうとした俺を小さな声が引き留めた。

 

「ああ、もう時間だ」

 

 俯いたゆうは俺の服の裾を掴む。その手を取り、小さな手を包み込む。

 また会えるさ、なんて言うのは簡単だった。そうやって希望を持たせれば、ゆうもすんなりお別れしてくれるだろう。

 でも、そうじゃないだろう。

 

「しっかり生きろ」

 

 ゆうの手を離してバイクに跨り、そのまま走らせた。

 ミラーに映るゆうはずっと俺を見ていた。立ち止まったままずっと、ずっと。その姿が見えなくなるまで、俺は振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 束の間の夢は終わり、また現実がやってくる。

 でもただ過ぎて行く夢じゃなかった。その夢のおかげで思い出したものがあった。

 だから、きっと生きていける。苦痛だった日々も、きっと少しはましになる。俺はまだ、頑張れる。

 

「ありがとう」

 

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