仮面ライダーΑΓΗΤΩ(アギト)   作:赫牛

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少女と記憶と針と(1)

「ふふふふーん、ふっふふーん……」

 

 円を描く箸の先で、黄と緑が躍る。

 

「ふふっふんふふふふふー……」

 

 甲高い音と共にトースターが動きを止める。

 ソーセージも良い具合に焼けている。

 卵が固まりきる前に火を止めて、皿に盛りつけていく。

 

「おはよ……翔一……」

 

 可奈さんが欠伸をしながら椅子に座る。今日は自分で起きてきてくれた。

 

「おはようございます。すぐ用意するんで、その間に顔洗ってきてください」

 

「はぁーい……」

 

 小さい歩幅で洗面所に向かっていく。

 冷蔵庫からバターを取り出して机に置き、ドリップバッグを外したカップも並べる。

 

「スクランブルエッグにブロッコリー入れたのね」

 

 顔を洗ってきた可奈さんが改めて椅子に座る。

 

「はい。たまにはこう言うのも良いかなって」

 

「良い良い。てかこう言うの食べたい気分だった。いただきます」

 

 スクランブルエッグを口に入れて咀嚼すると、頬が緩んだ。

 

「おいしー……やっぱ作ってもらうのって良いわー」

 

「口に合いました?あ、おかわりとか要ります?」

 

「良いよ良いよ、翔一も食べて。また今度同じの作って欲しいな」

 

「分かりました。じゃあ俺も……いただきます」

 

 手を合わせて、同じようにスクランブルエッグを口に運ぶ。

 バターの風味が口に広がって、滑らかな卵の旨味を引き立てている。

 我ながら上手く出来たと思う。

 

「そう言えばさ、翔一」

 

「ん、何ですか?」

 

「最近いつの間にかいなくなってる事あるよね。どこ行ってるの?」

 

 バターを塗る手が止まる。

 何気ない質問の様に見えて、可奈さんの目は真っ直ぐに俺を見ている。

 

「それは……」

 

「それは?」

 

「……ちょっと散歩してて。ほら、新しい料理のアイディアをひらめいたりとか、何か思い出したりするかもしれないでしょ?」

 

「……ふーん、そうなんだ」

 

 何事もなかった様に、可奈さんはパンにかぶりつく。

 納得してくれたのかな。まあ納得してくれないと困る。

 言える訳がない。

 怪物と戦ってるなんて。

 

 あの『機械』を手に入れてから、俺は何度か怪物と戦っている。

 半ば無意識に体が動いて、気付けば奴らの目の前に立っている。

 この一カ月程で、戦っている間の意識や記憶がかなり鮮明になってきた。拳の感触や身体に走る痛みも、ありありと思い出せる。

 

 正直つらい。

 記憶を取り戻せると言う直感があるとは言え、その前に死んでしまっては意味がない。

 と言うか思い出した事も一切ない。これでは労働と対価のつり合いが取れていないではないか。

 でも戦わないと。戦うべきだと俺自身が思っている。

 記憶のためだけじゃない。何かもっと大きなもののために。

 でもそれは一体何なのだろう。

 

 

 

 

 

 なんて小難しい事を考えて腹が膨れる訳でもなし。

 されど人間は飯を食わねば生きていけないので、買い物をする必要があるのだ。

 さて、今日の夕飯は何にしようか。

 昨日は回鍋肉(ホイコーロー)にしたから、中華じゃない方が良いか。いや、敢えて連続で中華と言うのもありではある。

 可奈さんは豆腐は苦手だけど、麻婆豆腐に入っている豆腐は好きらしいから、それにしようかな。

 可奈さんが好物を食べている時の顔はたまらなく好きだ。今日も見れたら良いな。

 確か冷蔵庫に残ってるもので材料になる物はない。と言うか、冷蔵庫は余りものの食材を残さないようにしてある。

 何はともあれ取り敢えずスーパーまで行こうとバイクに跨った時に、肩を叩かれた。

 振り返った先には。

 

「え……」

 

 あの女の子が立っていた。

 

「どこ行くの?翔一くん」

 

「え、いや、えっと……」

 

「今日はバイトの日じゃないし……もしかして買い物?」

 

「そうだけど……何でバイトじゃないって知ってるの?」

 

「だって私、翔一くんの……すとーかー?うん、ストーカーだから」

 

「ええ……?」

 

 何だこの娘。自分でストーカーだなんて。

 

「何でそんな事を……」

 

「何でって、翔一くんの事が好きだからに決まってるじゃん」

 

「それは……ありがとうございます?」

 

「ねえ、買い物行くんだったら付いて行って良い?デートしよデート」

 

 え、怖い。

 自称ストーカーとデートなんかしたら、何されるか分からない。

 

「デートって……あの、俺付き合ってる人いるんで、そう言うのはちょっと……」

 

「良いじゃんそんなの気にしなくて。本当に付き合ってたのも分かんないのにさ」

 

「……え?」

 

 どういう事だ。

 

「もしかして、何か知ってるの?俺の過去の事」

 

「知ってるよ。翔一くんが忘れてる事」

 

 忘れてる事。

 この娘が俺にとって、どんな存在だったかも分からない。

 本当にストーカーかもしれないし、そう言ってるだけで本当は親しかったのかもしれない。

 どっちにしろ、彼女が俺の何かを知ってるのが事実なのだとしたら。

 俺は聞かなければならない。

 

「分かった。付いて来て良いよ。だから俺の事聞かせて」

 

「ほんと?やった!」

 

 さっきまでの薄っすらとしたものとは比べ物にならない、眩しい笑顔が咲いた。

 

「じゃあ行こっか。しゅっぱーつ!」

 

「あ、その前にさ、君、なんて名前なの?」

 

 ふわりと振り返った少女の髪が風になびいて、柔らかな匂いが通り過ぎて行く。

 目の前の少女は少し悲しそうな顔をして、また元の通りに笑ってみせた。

 

 

 

「私の名前は、マナ。よろしくね、翔一くん」

 

 

 

 

 

「私はずっと施設の中で暮らしてたんだ」

 

「そうなの?」

 

「うん。最近やっと外に出られるようになったんだ」

 

 隣を歩くマナちゃんの声は弾んでいる。

 

「それで、その施設に翔一くんも来てて、そこで知り合ったって感じ」

 

「へぇ……」

 

 施設と言うのは、病院か何かだろうか。

 

「マナちゃんは、病気だったりしたの?」

 

「……ううん、ちょっと体を定期的に調べないといけなくて、外に出ると悪影響があるって言われてた」

 

 体が弱かった、と言う事か。確かにそれなら外に出れないのも納得できる。

 と言うか病院なのだとしたら。

 

「俺、何か病気だったりしたの?」

 

「違うよ。翔一くんも体の検査をしてたんだって。それで外に出れない私に、色々お話してくれたんだ」

 

「そうだったんだ……」

 

 実感はないけど、この娘がそう言うのなら事実なのだろう。

 

「翔一くんの話でますます外に出たくなっちゃってね、早く出られるようにいっぱい頑張ったの。翔一くんも外に出れるようになったらデートしてくれるって言ってた」

 

「え、俺そんな事言ったの?」

 

「うん。だから、今って夢が叶っちゃったって感じなの」

 

 マナちゃんが何歳か分からないけど、年の離れた女の子にデートしようだなんて。

 もしかして俺って……いやいや、そんな事はない。多分。

 

「あのさ、俺ってどんな奴だった?」

 

「うーん、今とあんまり変わらないよ?優しくて、かっこよくて、ちょっと可愛いの!」

 

「そ、そっかぁ……いやぁ、なんか照れるなあ……」

 

 恋は盲目とは言うけれど、そんなに言われてしまったら思わずにやけてしまう。

 正面からの視線を電車が遮ってくれたのはありがたかった。

 

「翔一くん、今日の晩御飯は何にするの?」

 

「え?麻婆豆腐だけど?」

 

「良いなあ……ねえ、私も食べに行っても良い?」

 

「え!?いやそれは……」

 

「えー、良いじゃないちょっとくらい。あ、あの人の事気にしてるんでしょ?」

 

「いやいや、可奈さんがいなくても、子どもを部屋に連れ込むのは……」

 

「あ、私の事子ども扱いしたでしょ?……まあまだ大人じゃないけどさ。良いじゃんそんな事気にしなくたって。私と翔一くんの仲だよ?」

 

「それでも体裁ってものがあってさ……」

 

「やだ!行きたい行きたい!」

 

「ええ……」

 

 幼い子どもみたいな駄々のこね方だ。

 結構大人びて見えるけど、一体何歳なんだろうか。

 って、そんな事考えてる場合じゃなくて。

 何とかしてなだめないと。

 

「ほらさ、もっと仲良くなってからにしよ?可奈さんだっていきなり来られたら困るだろうしさ。今度マナちゃんの事話しておくよ」

 

「何であの人の許可がいるの?翔一くんが全部忘れちゃったのはあの人のせいなのに」

 

 え?

 

「それって、どういう事?」

 

 マナちゃんが俯く。

 

「それはね……」

 

 それはね、と言う音は半分も聞こえなかった。

 微かな衝撃と同時に、全身に悪寒が走る。

 鼓動が早くなる。

 俺を呼んでいる。

 

「どうしたの?」

 

「ごめん、マナちゃん。俺行かなくちゃ!」

 

 戸惑うマナちゃんを置いて、予感がする方に走り出した。

 

 

 

 

 

 そいつの元に辿り着くまでに、それほど時間はかからなかった。

 この街で一番大きなドームの近く。周りに人はいない。

 甲殻が日の光を受けて、紫に妖しく輝く。

 自分の足元に倒れている人を見て、満足気に笑っていた。

 俺に気付いた怪物の頭から尾の様なものが伸び、鋭い針が俺に襲い掛かる。

 咄嗟に手で払いのけ、懐に手を伸ばして機械を手に取る。

 半ば無意識に、機械を腰に押し当て、叫ぶ。

 

「変身!」

 

 腰のボタンを叩くと、機械から光が放たれ、俺の体が変わった。

 

 右手を前に、敵との間合いを探りながら直感する。

 あの針に刺されるのはまずい。それだけは何としても避けなければ。

 怪物が動く。巨大な爪を振りかぶって、俺の意識を刈り取ろうとする。

 

「ふっ!」

 

 その腕を抑え込み、左肘を胴体に打ち込む。

 怪物がのけぞるが、追撃はできなかった。

 左腕が痺れる。あいつの甲殻は硬い。攻撃するこちらもダメージを負う。

 ならば。

 腰の右側のボタンを叩く。

 黄金の水晶から持ち手が飛び出し、それを引き抜く。

 刀身が露わになった赤の剣から熱が伝わり、俺の身体を包む。

 空間が揺らめき、胸と右手の装甲が赤に変わったのが視界の端に映った。

 怪物の身体を剣で切り裂く。

 しかし、怪物が爪を掲げると、剣は防がれた。

 この剣でも駄目なのか。

 距離を取り、間合いを保ったまま互いに隙を伺って走り、再び剣と爪を打ち付け合う。

 徐々に押されて壁に押し付けられ、そのまま押し込まれる。剣と爪が、壁を(えぐ)る。

 力比べでは不利だ。

 

「はっ!」

 

 ターンして体勢を入れ替え、後ろに向かって跳躍し距離を取る。

 単純な力では敵わないが、俺だけの力以外も加わったならどうだ。

 一気にかたをつける。

 強く念じると、剣の(つば)が展開する。

 腰を落とし、剣を左に構える。

 怪物も爪を振り上げる。

 走り出したのは同時。

 縮まっていく距離に合わせて、鼓動が速くなっていく。

 

「はあっ!」

 

 勢いをつけて跳躍し、剣を怪物の真上から振り下ろす。

 俺の力だけでなく、落下による運動エネルギーも加わったなら。

 

「たああっ!」

 

 果たして。

 怪物の爪が半ばから切り落とされる。

 片方だけ。

 

「うっ……ぬう……」

 

 剣は両方の爪を切り裂くには至らず、渾身の一撃は受け止められてしまった。

 押し込もうとするが、びくともしない。

 怪物が笑ったような気がした。

 その瞬間に、俺の首に尾が巻き付く。

 振りほどこうとするが、息苦しさで力が抜けていく。

 そして微かに、しかし致命的な鋭い痛みが首元に走る。

 首筋が急速に冷えていくのを感じた。

 怪物が爪を振り上げ、身体が宙に浮いた。

 

「かはっ……」

 

 地面に叩き落された衝撃は、あまり感じなかった。

 全身の感覚がない。寒い。力が入らない。

 

「翔一くん!」

 

 ぼやける視界に、マナちゃんが走って来るのが映った。

 駄目だ。こっちに来ちゃ。

 

「翔一くん!翔一くん!」

 

 視界が揺れる。それも段々暗くなっていく。

 逃げて、マナちゃん。

 その言葉を口にできたのか分からないまま、俺は暗闇に落ちていった。

 

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