仮面ライダーΑΓΗΤΩ(アギト)   作:赫牛

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少女と記憶と針と(2)

 霞んだ視界に差す日の光が眩しい。

 全身の感覚が鈍い。寒いのに、首元だけは妙に暖かい。

 少し首を傾けると、黒髪の少女が俺の首に顔をくっつけていた。

 

「マナちゃん……?」

 

「動かないで」

 

 頭を押さえつけられ上を向かされる。

 そのままじっとしていると、痺れる様な感覚は徐々になくなっていった。

 

「うん、もう大丈夫だよ。起きて」

 

 言われるがままに体を起こす。

 微笑む少女の口元は、鮮やかな赤に染まっていた。

 

「何したの?」

 

「毒を吸ったんだよ。一緒に血も抜いちゃったから、少しくらくらするかも」

 

「駄目だよそんな事しちゃ!マナちゃんに何かあったらどうするのさ」

 

「私なんともないよ?ちゃんと吐き出したし大丈夫だって。それより翔一くんは?もうなんともない?」

 

 言われて自分の体を確かめる。

 あの針に刺されてから感じていた冷えは一切ない。外傷と言えば首筋から少し血が出ているくらいだろうか。

 

「大丈夫だけど……」

 

「良かった。放っておいたら、翔一くん死んでたかもしれないよ」

 

「そうだったんだ……ありがとう、マナちゃん」

 

 マナちゃんの顔が一層明るくなる。

 

「今日は料理作ってる場合じゃないね。一応病院に診てもらおう。ほら、立って」

 

 少しふらつきながらも、マナちゃんの手を借りて立ち上がる。

 そこで、頭の中で引っ掛かっていた事に気付く。

 

「マナちゃん……どうして毒だって分かったの?」

 

「え……」

 

 毒だなんて、刺された俺すら分かっていなかったのに、どうしてマナちゃんが。

 

「ほら、あの怪物、サソリみたいだったから。サソリと言えば毒でしょ?」

 

 確かに。

 

「そっか。見た目なんて気にしてなかった……」

 

「早く行こ。何かあったら困るでしょ?」

 

「そうだね」

 

 微かな疑念は置いておいて、病院を目指す。

 

 

 

 

 

 エントランスをくぐると、可奈さんが駆け寄ってきた。

 

「翔一!大丈夫なの?病院に行くって何があったの?」

 

「軽い貧血ですよ。電話でも言ったじゃないですか。そんなに心配しなくても」

 

「一人だと何かあるかもしれないでしょ?私が来るまで待ってれば良かったのに」

 

「大丈夫ですよ、一人じゃなかったんで。付いて来てくれた子が……」

 

 後ろを振り返る。

 

「あれ、マナちゃん?」

 

 マナちゃんはいつの間にかいなくなっていた。

 

「マナちゃんって?」

 

「いや、付いて来てくれた女の子。俺の知り合いらしいんだけど、いなくなってて」

 

「駄目だよ翔一、知らない人の言う事を信じたら」

 

「ええ?でも……」

 

「記憶がないのに付け込んで、ちょっとそれらしい事を言って騙そうとしてるんだよ。もう関わらない方が良いよ」

 

「……はい」

 

 とてもそうは思えないけど。

 可奈さんの剣幕に圧倒されて、思わず返事してしまった。

 

 マナちゃん。

 彼女は一体誰なんだろう。

 思えば彼女について、体が弱かった事、俺を好いてくれている事以外を知ろうとしなかった。

 もっと聞いておくんだった。

 また会えるのかな。

 

 

 

 

 

 偶には良いだろうと言う事で、今日は出前をとった。

 ラーメンを食べるのは二度目……記憶がなくなってから二度目だったけど、やっぱり美味しかった。

 風呂も気持ち良かった。あんなに冷えていた体が芯から温まって、生き返った様な気分だった。

 その後は可奈さんと二人でお酒を飲んで、ちょっとおしゃべりして、それからベッドに潜り込んだ。

 布団の温もりと柔らかさが心地よい。いつまでもこうして寝転がっていたいと思えてしまう。

 幸せだな、と思った。

 

 寝返りを打つ。

 そう言えば。

 俺って今日、死にかけたんだった。

 マナちゃんがいなかったら、あの時多分死んでたと思う。

 そしたら、ラーメンだって食べられなかったし、風呂だって入れなかった。可奈さんとのおしゃべりも、こうやって寝る事もできなかった。

 そっか。

 死んだら、何もできなくなるんだ。

 

 あの時。

 あの怪物に殺された人は?

 その時から動けなくなって、何もできなくなって、多分それで終わりなんだ。

 

「嫌だなぁ……それ」

 

 

 

 

 

 火花が散る。

 いくつもの銃弾を受けたアンノウンがよろめき、背中から倒れる。

 それと同時に視界の端から、黒い何かが迫る。

 黒い何か……アンノウンの腕を受け止め、銃口を押し付けてトリガーを引く。

 後退ったアンノウンの身体に拳を数発撃ちこみ、再度弾丸を放つ。

 

「ここまでで良いわ。お疲れ様」

 

 小沢さんの声がスピーカーから響き、アンノウンの姿が解けるように消えていく。

 ゴーグルを外し、腕と足の装甲の電源を切る。

 このゴーグルと装甲は通常のG3の装備とは異なり、VR技術を利用した戦闘シミュレーションを行う際に着ける物だ。本当に存在するかの様なリアルな映像に加え、敵に接触した際の感触や負荷をある程度まで再現すると言う優れもので、G3候補生の訓練では重宝されている。小沢さん曰く、この程度は小手先の代物らしいが。

 タオルで汗を拭い、スポーツドリンクを口に含む。

 

「ありがとう。良いデータが取れたわ」

 

 小沢さんは上機嫌だ。

 

「それなら良いんですけど、どうしたんですか突然。僕の戦闘データを計測したいだなんて」

 

「ほらあれよ。例のアギト。氷川くん、自分よりもアギトの方が上だと思ったのよね」

 

「はい。アギトは圧倒的で、僕なんかよりもずっと鮮やかに、アンノウンを討伐してみせたんです」

 

 アギト。

 あの日の事は、まだ目に焼き付いている。

 冷静に、華麗に、そして圧倒的に、アンノウンを倒してみせたあの姿が、僕の心にずっと残り続けている。

 同時に思ってしまう。

 僕ではアギトになれないと。

 あれと同じ力を、僕が使えるとは思わない。

 きっと特別な何かを持った人間だけが、アギトを使いこなせるのだ。

 そんな考えが頭にこびり付いている。

 

「鮮やかってのは言い過ぎじゃないかしら。兎に角、氷川くんがあんまりにも自信を無くしてるみたいだったから、ようやく現実と向き合う決心がついたの」

 

「現実と、向き合う……?」

 

「そう。そして今のデータを見てはっきり分かったわ。実力不足なのは貴方じゃなくて、G3の方なのよ。要はG3が貴方に付いていけなくなってるって事」

 

「で、でもG3は、小沢さんの最高傑作だって……」

 

「そうね。確かにその通りだけど、完成してもう何年経ったかしら。正直もう時代遅れなのよ。細かいアップデートはしてきたけど、現状ではG3の方が氷川くんの足を引っ張っているのよ」

 

「そんな事は……」

 

 今まで何度G3に助けられてきた事か。

 僕がここまで戦ってこれたのは、G3あってこそだ。

 

「ごめんね氷川くん。変なプライドのせいで考え込ませちゃって」

 

「いえ、小沢さんのせいではありませんよ……と言うかそれなら、G3システムは今後どうなるんですか?」

 

「そう!それなのよ!」

 

 小沢さんが目を輝かせる。

 

「G3が型落ちだと分かった以上、アギトに対抗するにはやっぱり新型を作るしかないのよ!」

 

「は、はぁ……それは、確かに」

 

 小沢さんがずずいと迫る。

 

「それで開発に当たって、氷川くんの能力を基準にして装備を作りたいの。だからテスターになって欲しいんだけど、どうかな?」

 

「僕が……新しいG3のテスターに?」

 

 アギトではなく。

 あくまでG3であれ、と言う事か。

 

「氷川くん」

 

「はい」

 

「貴方がアギトになりたいと言うのは重々承知しているわ。その上でお願いしているの」

 

 表情を読まれたらしい。やっぱり僕は不器用なんだな。

 

「氷川くんは、どうしてアギトになりたいの?」

 

「それは……アギトになったら、もっと人を守れると、思ったからで……」

 

「そうね。だったら約束するわ」

 

 小沢さんが毅然とした表情を見せる。

 

「アギトよりも優れた装備を作ってみせる。氷川くんがG3になって良かったと思うような、そんなものを必ず作ってみせるわ。だから氷川くん、これからもG3でいてくれないかしら?」

 

 手が伸ばされる。

 正直、信じて良いのか分からない。

 いくら小沢さんと言えど、あのアギトを越えられるものを作れるのか。

 小沢さんの目は、真っ直ぐに僕を見ていた。

 

「分かりました。これからもよろしくお願いします」

 

 手を取る。

 アギトになりたいと言う気持ちが消えた訳ではない。

 ただそれよりも、小沢さんの目には、信じられる何かがあるような気がした。

 

「ありがとう、氷川くん……よぉし、久しぶりに、今日は飲みに行くわよ!」

 

「え、飲むんですか?」

 

「当たり前じゃない。大仕事の前には気合入れないと」

 

「た、確かにそうですが……」

 

 飲みに行くのが嫌なのではない。それ自体は楽しいのだ。

 ただ、この小沢澄子女史は、酒癖がとんでもなく悪い。ひどく酔っぱらうと僕と尾室さんの二人がかりでも抑えるのが難しくなる。

 今日もそうなるかもしれないと冷や汗をかいていると、小沢さんの携帯に着信があった。

 

「はいこちら小沢……ああ尾室くん、どうした?……分かった、すぐ行く」

 

 再び僕を見た小沢さんの顔は、警察官のそれになっていた。

 

「アンノウンが現れたわ。出動よ」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 通報があった地点に向かって、ガードチェイサーを走らせる。

 もうすぐ辿り着く所で、誰かが倒れているのが目に入った。

 

「大丈夫ですか!?しっかり!」

 

 ガードチェイサーから降りて肩を揺らす。

 服の隙間から見える肌は黒く、壊死している様にも見える。息もしていない。

 恐らく、アンノウンによる被害者だ。

 間に合わなかったか。

 

「くそっ……」

 

 憤慨するのもつかの間、遠くから悲鳴が聞こえた。

 再びガードチェイサーに跨り、悲鳴のした方へ走り出す。

 

 見えた。真正面。

 路地の隅に、女性が追い詰められている。

 その前にはアンノウンが、爪を掲げて立っている。

 

「やめろ!」

 

 あらかじめアクティブ状態にしておいたGM-01のトリガーを引き、銃弾をアンノウンに命中させる。

 こちらに気付いたアンノウンが向かってくる。

 その間にガードチェイサーの収納を開き、アタッチメントを取り出す。

 

『GS-03、アクティブ!』

 

『GM-01のモード、左手側に切り替え!』

 

 展開したアタッチメントの刃が、さながらチェンソーの様に高速で回転する。

 

「やあっ!」

 

 GS-03が空気を震わせ、爪とチェンソーがぶつかり合う。

 離れ、振るい、また拮抗する。

 もう片方の爪を腕で受け止めるが、胴に膝蹴りを食らって体勢を崩れる。

 上から押さえつけられ、チェンソーの刃が目前まで迫る。

 

「くっ……」

 

 かなり強い。だが。

 負ける訳にはいかない。市民を守るために。そして。

 小沢さんとの約束を果たすために。

 

「おおおおっ!」

 

 爪を押しのけ、振るったGS-03の刃が、アンノウンの身体を切り裂く。

 畳みかける様にGM-01を発射すると、アンノウンから火花が散る。

 このタイプのアンノウンとは、何度か戦った事がある。

 奴の最も警戒すべき武器は爪ではなく……。

 アンノウンの頭部から尾の様なものが伸びる。

 あの針に刺されたが最後、凍死に似た症状によって息絶えてしまうのだ。

 だからこそ、追い詰められたアンノウンがこれを使う事も容易く予想できる。

 

「やあっ!」

 

 迫る針をしゃがんで避け、刃で半ばから断つ。

 アンノウンが苦しむ様な素振りを見せ、脱兎の如く駆け出す。

 

「待て!」

 

 後を追う。

 しかし。

 角を曲がった所で、アンノウンの姿はなくなっていた。

 

 

 

 

 

 紫の怪物は逃げる。

 コンテナが積まれた間を、脇目もふらずに走る。

 突然立ち止まる。

 怪物の目の前にはバイクが佇み。

 その傍らには、昨日殺したはずの男が立っていた。

 

 

 

 

 

 正直、怖くなかったと言えば嘘になる。

 また昨日のように死にかける、いや、今度は死ぬかもしれない。

 死ぬのは嫌だ、可奈さんと会えなくなるし、美味しいご飯も食べられなくなる。

 なら戦わないのが正解だ。記憶の事は諦めて、可奈さんと一緒に暮らす。

 

 じゃあもし、俺が戦わなかったら?

 聞こえてくる叫びを、俺が無視し続ければ?

 その分、誰かが死んでいる。

 その誰かが、可奈さんと言う事もあるかもしれない。

 それも嫌だ。

 

 死んだらそれまでだ。

 でも死ぬって言うのは自分だけの問題じゃなくて、その死で誰かが悲しむ事でもあって。

 悲しみの輪が、際限なく広がっていく。

 でも。

 俺が戦えば、少しはそれを減らせるかもしれない。

 

 やっと分かったんだ。

 記憶のために、それもある。

 でもそれよりも。

 みんなの幸せを守るために、俺は戦いたいんだ。

 

 

 

 

 

 翔一が怪物を見据える。その瞳は、かつてない程に煌めいていた。

 機械を腰に固定すると、機械から発せられる音が大気を振動させる。

 両の手を左腰で溜め、右手を突き出し、引く。

 呼気と共に右手を伸ばす。覚悟を決めるため。己が使命を、果たさんとするため。

 そして。

 

「変身!」

 

 腰のボタンを叩くと黄金の光が放たれ。

 黄金の戦士、アギトがその姿を現す。

 

 

 

 

 

 怪物の胴に拳を刺す。

 続いて回し蹴りが、怪物の頭をかすめる。

 振るわれる爪を受け止め、カウンターのパンチを繰り出す。

 

「はあっ!」

 

 もう一度攻撃を受け止め、怪物の顔面を殴りつける。

 拳が痛い。しかし昨日程ではない。まだまだやれる。

 怪物が大きく吹き飛んだ所で呼吸を整え、角を展開する。

 

「はあぁぁ……」

 

 導かれるままに身体を捻り、力を溜める。

 跳躍し、右脚を突き出す。

 

「はああああっ!」

 

 渾身の蹴りは、しかし爪によって防がれる。

 硬い。

 昨日切り落としたはずの爪は再生しており、隙が無い。

 ならば、隙を作れば良い。

 再び距離を取り、力を溜めていく。

 怪物も身構え、腰を落とす。

 全身に力が漲った瞬間に跳び、再び右脚を突き出す。

 その一撃は、またしても受け止められる。

 そう、それで良い。

 それが狙いだ。

 

「ふっ!」

 

 両脚を揃え、怪物の爪を踏み台にして、大きく後ろへ跳躍する。

 視界の端で、怪物が体勢を崩した。

 脚が壁に吸い付いたのを感じると共に、再び力を込めて前へと跳躍する。

 

「はあああああっ!」

 

 三度目のキック。怪物が爪をかざすより速く、胴体を撃ち抜く。

 吹き飛んだ怪物は、脱力すると同時に爆発した。

 

 

 

 

 

 鍵が回り、戸が開けられる。

 

「ただいまー」

 

 可奈さんだ。

 

「おかえりなさい。今日もお疲れ様です」

 

「ありがとう。今日はお客さん多かったんだー」

 

「そうだったんですね。肩とか揉みましょうか?」

 

「良いの良いの、翔一の料理食べれば元気になるんだから。今日もいっぱいおかわりしちゃおうかなー」

 

「あ、今日はおかわり控えてくださいね」

 

「どうして?もしかして失敗した?」

 

「そうじゃなくて」

 

 冷蔵庫から白い箱を取り出す。

 

「これって……」

 

「そう、ケーキです!」

 

 箱の中にはショートケーキやモンブラン、タルト等、様々なケーキが並んでいる。

 

「美味しそう!でもどうしたのこれ?今日なんかの記念日だっけ?」

 

「違います。でも良いじゃないですか。何でもない日のケーキって」

 

 可奈さんが微笑んだ。

 

「そうだね。じゃあそれを食べるためにも、早く晩御飯にしよっか。手洗ってくるね」

 

「はーい!」

 

 美味しい。

 自分で作った料理も、ケーキもどちらも美味しかった。

 幸せだ。

 美味しいものを食べる事ができて。可奈さんと一緒にいれて。

 きっと他の人にはそれぞれの、幸せがあるんだろう。

 俺がその幸せを守りたい。

 それが俺の、戦う理由だ。

 

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