「アギト……討伐作戦?」
告げられた言葉の意味を計りかねていると、薄笑いを浮かべた女がまた口を開く。
「そう、その字面の通りにアギトを討伐するの。貴方が目撃したと言う個体をね」
「一体どう言う事ですか。あのアギトは貴方が用意したものではなくて?」
所長は少し困った様な顔をしてみせる。わざとらしさが隠せていない。隠す気が無いのかもしれないが。
「半年ほど前だったかしら……脱走騒ぎがあったでしょ、覚えてる?」
「ええ、勿論」
確かその時ベルトも盗まれたと騒ぎになっていた。犯人は逃走の末死亡と聞いていたが。
「犯人は始末したけど、ベルトは回収できなかった。誰かが持ち去った可能性が高いとして調査していたのだけれど。そこにあのアギトよ」
「ベルトを盗んだ犯人である、と言う事ですか?」
「そう言う事。だから貴方には犯人の始末と、ベルトの回収を頼みたいの」
無論拒否権は無い。
「分かりました。それでアギトは何処に?」
「分からないわ」
「GPSが付けてあるのでは?」
「反応が無いの。取り外されたか無効化されたか……いずれにせよ、アギトの出現を待つしかないわ。でも大丈夫」
所長がにたりと笑う。
「アンノウンが現れる時、アギトも必ず現れた。貴方はただ待っていれば良い。簡単な仕事よ」
歩き出す所長。その背中に問いかけたい事はいくつもある。
アギトが観測されたのは2カ月前なのに、何故今になって討伐するのかだとか。
あれだけの機密が詰まったベルトを半年も捜索して、本当に見つけられなかったのかだとか。
変身できるのは手術を受けた者だけなのに、どうしてアギトが現れたのかだとか。
そう言った疑問は口にしない方が良いと身に染みて理解している。
俺は黙って、ただ従っていれば良い。
右から、来る。
狙いを定め、引き金を引く。
左から、来る。
拳を振り抜くと胴に穴が開き、敵がゆっくりと倒れる。
ブザーが鳴り、アンノウンの姿が消えると共に市街地からコンクリートに覆われた部屋に戻ってくる。
『今日はこれで終わり。お疲れ様』
「はい」
シミュレーション用の装甲を外し、スポーツドリンクを口に含む。
『どうだった?今回の負荷は』
「動けはしますが、戦闘には支障が出るかもしれません」
『そうかー。となるとやっぱり一昨日のが最適ね。ありがとう』
隣の部屋から小沢さんが出て来た。
「今までシミュレーションお疲れ様。今回で最後にするわ。このデータをG3に落とし込んでみる」
「となると、次に僕がやる事は?」
「そうね、身長体重の再計測もやったし、動きの癖もトレースもしたし、各種武器の威力調整もやったし……後は待つだけで良いわ」
「そうですか……ふぅ」
「やっと地獄の日々から解放されるわね」
「地獄だなんて、そんな」
「でもこの所毎日休み無しで働き詰めだったんだから、多少はそう言う気持ちあるでしょう?」
「……まあ、多少は」
「正直ね。そこが君の良い所だけど」
小沢さんがぐぐっと伸びをする。
「私も後は微調整して開発班に回すだけだから気が楽だわー。終わったら飲みに行きましょう」
「良いですけど、飲み過ぎないでくださいね」
「言われなくても分かってるわよ……何よ、そんな顔しなくても大丈夫だから!」
本当に分かってるのかこの人。
今日は焼肉の気分ではないとの事なので、行きつけの居酒屋に寄った。尾室さんは今日は非番なので二人だ。
「はいいらっしゃい……ああ、氷川さん、今日もお疲れ様!」
「お疲れ様です」
「今日はお二人で……カウンターしか開いてないけど大丈夫かい?」
「ええ、問題ないです」
カウンター席に通され、取り敢えずビールと唐揚げを頼み、運ばれてきたジョッキを傾ける。
「っくぅー……やっぱり生だわー」
小沢さんもご満悦の様だ。
ビールと一緒に運ばれてきたお通しを箸でつまんでいると、隣のカップルの会話が聞こえて来た。
「やめなって、あんまり見るの良くないって……」
「いや、絶対どこかで見た事があるんですよ、うーん……」
ひそひそ声が気になってそちらを向くと二人と目が合った。
「あー……あはは、どうも」
気まずい笑いを浮かべる相手に対して会釈をする。
「だからやめとけって言ったのに……すみませんじろじろ見たりして」
「いえ、大丈夫ですけど……何か御用ですか?」
「あ、いや、用って程じゃないんですけど、もしかしてテレビとか出てたりします?」
テレビ?タレントか何かと勘違いされてるのか?
「そう言った者ではありませんが……誰かに似ていました?」
「似てるって言うか……あなたの事どこかで見た事ある様な気がするんですよね」
「はあ……」
顎に手を当てて考え込む青年。
「何?知り合い?」
「いえ、僕を見た事があるらしくて」
「絶対どこかで見た事あるんだけどなあ……名前は……秋山さん?」
「違います。僕は——」
「ああ、言わないでください!すぐ思い出しますから!」
うんうんと唸る青年。こんなに考えているものだから、本当に知り合いだったりするのか?
「剣崎さん、でもないし……風間さん、でもないし……あ!」
青年が手を打つ。
「思い出しましたよ……金剛寺さん!」
自信満々と言った笑みでこちらを見てくる。
誰だそれは。
「はあ……氷川です」
「あれ?違いましたか、えへへ」
悪びれる様子も無く笑う青年。その顔を見ると不思議といらいらはしなかった。
「すみません、俺、記憶喪失なんで、もしかしたらこうなる前に会ってたかもしれません」
「いえ、僕の方こそ、もし会っていたなら思い出せなくて申し訳ない……失礼、記憶喪失、と言いましたか?」
「そうなんですよ。珍しいでしょ?俺名前まで忘れちゃって——」
「翔一、そろそろ出よっか」
隣に座る女性が言葉を遮って立ち上がる。
「え?ああ、はい」
翔一と呼ばれた青年も慌てて付いて行く。
「じゃあ氷川さん、またどこかで」
そんな一言を残して二人は店を出て行った。
またどこかでって。
「いやー……会わないだろ……」
「分からないわよ。どこに縁があるかは神のみぞ知る、近いうちにまたばったり会ったりしてね」
「それは、そうですけど……」
いや、それならそれで。
彼との縁なら、悪くない気がする。
店の奥の方から唐揚げの匂いが近づいて来た。
可奈さんの歩みは心なしかいつもより速い気がした。
「どうかしたんですか?もしかして、どこか具合悪いんですか?」
「ううん大丈夫。食べ終わったのに長居するのは良くないなと思っただけ」
それだけの顔には見えなかった。何のせいでかは分からないが、僅かながらに可奈さんが怖がっているのが分かった。
こう言う時は話題を変えないと。えーと、えーと。
「そう言えば、さっきの店の唐揚げ凄く美味かったですね!やっぱ隠し味とかあるんですかね」
「塩麹にでも漬けてたんでしょ」
「……そ、そうですね。確かにそんな感じするなー。流石ですね可奈さん」
可奈さんは何も返してこない。
「あの、ほんとに大丈夫ですか?」
「なにが?どこも悪くないけど」
「いや、でも……」
「いいから!」
肩を掴んだ手は強い力で振り払われた。
目が合って、そのまましばらく動けなかった。
「ごめん……」
「い、いえいえ、大丈夫ですよ!可奈さんこそだいじょ……うぶ」
大丈夫じゃない。
泣いてるじゃん。
「大丈夫ですか?」
「ごめん、翔一……」
涙の粒はどんどん大きくなって、ぽろぽろと溢れてくる。
「翔一は何も悪くないのに、八つ当たりしてごめんね……」
「いえ、俺は……」
何か言わないと。でもなんて言おう。
気の利いた事言える程、俺口上手くないしなあ。
でも何も言えないなりに、出来る事はある。
震える肩を引き寄せて、優しく抱きしめる。可奈さんは抵抗する事なく俺に身を預けてくれる。
「大丈夫ですか?」
すすり泣く声が小さくなったのでまた聞いてみた。
「……大丈夫」
今度は受け入れてもらえた。
俺の背中に手が回される。
「どうしたんですか?」
「なんだか、怖くて」
「何が怖いんですか?」
「翔一がいなくなるのが」
俺が?
「それってどう言う事ですか?」
「……私にも分からないけど何となく」
何となく、じゃない気がした。
でも可奈さんが言わないなら、俺も聞かないでおく。
一層強く抱きしめられる。体温がぐっと近づいて、微かに残っている寒さはまるで感じなくなる。
「いなくならないよね、翔一……」
そんなの当たり前だ。
前はかもしれないくらいだったけど、今は好きだって断言できる。
良い機会とは言えないかもだが、伝えておきたいと思った。
「可奈さん、俺は……」
あなたの事が……。
言葉は最後まで出なかった。
あの感覚。背筋がぞくりとして、何かに急き立てられる様な。
「翔一?」
可奈さんを引き剥がして目を真っ直ぐに見る。
「ごめん、先に帰っててください」
「え……?」
「俺行かないと!」
予感に導かれるままに走り出す。
行きたくない。でも行かないと。
かなり離れたはずなのに、可奈さんの呟きが何故か聞こえた。
「翔一……もしかして……」
街を流れる小さい河。その上に架かる橋。
そこでそいつと出くわした。
黒いシルエットは細身ながら、隙間なく筋肉が並んでいるのが分かる。
獰猛なイヌ科の様な頭部は血で汚れている。何をしたのかは考えたくもない。
装着した機械が光を発し、数瞬怪物の目がくらむ。
「変身!」
その間にボタンを叩いて、戦う準備を終えた。
少し見合って、先に怪物が動いた。
助走もつけずに全身のバネを使って跳び上がり、押し倒そうとするその手のひらを掴んで引き摺り下ろす。
突く様に伸ばされた腕を上から叩き落し、更に肘を背中に振り下ろす。
投げ飛ばしてまた距離を詰めようとした時、怪物が手を口に突っ込み、鋭い歯を一つ引き抜く。引き抜いた歯が長く鋭く伸び、それは鎌の様な形をとった。
上から刃が迫ってくる。咄嗟に躱し、今度は突き出された鎌の柄を掴んで押さえつける。右腰のボタンを叩き、現れた剣を引き抜くと、右腕と胴が炎に包まれた。
互いに油断無く構え、切り合う。刃と刃が擦れ合って火花が散り、互いの身体を照らす。
武器を使う怪物は前に一度だけ見た事がある。あの時も迫ってくる鞭の対処に手こずったのだったか。怪物のほとんどは腕や脚で攻撃する。それも力任せに見えるのに、武器を持って扱うのはまるで。
まるで、人間みたいだ。
「っ……」
得物を通した力比べに負けそうになる。今はそんな事を考えてる時じゃない。
突き飛ばし剣を振るうが僅かに届かない。鎌が迫ってくるが少し後ろに跳んで躱す。当たるか当たらないかのぎりぎりの間合いを保ったまま、剣と鎌が交差する。均衡を崩さなくては、勝負はつかない。
「はあっ!」
一歩踏み出す。剣と鎌がせめぎ合った時に相手の腕を蹴り、鎌を落とさせる。そのまま胴を蹴って吹き飛ばす。
今だ。
念じると剣の鍔が展開し、剣が熱を帯びる。怪物は起き上がり、また身体を大きく弾ませ飛び掛かって来る。
「はあっ!」
剣を大上段に振り下ろし、怪物の身体を切り裂く。
断末魔の叫びと共に、背後で爆発が起こった。
身体が熱い。
剣のせいじゃない。戦った後はいつもこうだ。体に熱がこもって思考までオーバーヒートしそうになる。少し休ませる時間が欲しい。
いつも通り、少しぼおっとしていた。
だから気付けなかった。
「うあっ!?」
背中に痛み。鋭い何かで切り裂かれた様な感覚。
振り返った時にはまた金色の爪が振り下ろされ、咄嗟に剣で受け止める。
目の前にいたのは、二本の角を戴く緑の怪物だった。