私のヒーロー   作:Sakiru

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ぼっちちゃんの闇は深い

 

 初ライブを何とか無事に──とは言えないけど──乗り越えた、翌日。

 今後のライブ活動について話し合いをしたいと思った私は、メンバーの二人に声を掛けていた。

 とはいえ、私たちはメンバー全員が現役女子高校生だ。私とリョウが二年生、そして何と驚く事にぼっちちゃんは一年生。つまり、学校は違えど先輩後輩関係になる。

 この事実を知った時、ぼっちちゃんはそれはもう慌てていた。歳上の私とリョウに失礼な態度を取っていないかと不安視していたのだ。そんな彼女を見たリョウも悪ノリするものだから、ライブ後に行った反省会は中々に混沌(カオス)だった。

 ぼっちちゃんには変に畏まらなくて良い事を伝えてある。同じロックバンドを組む仲間なのだから、それは当然だ。年齢なんてものは関係ない。そう伝えるとぼっちちゃんは酷く安心していた。

 まあ、気持ちは分かるよ。学校の部活動に於いて、友達が上下関係面倒臭いと愚痴ってたからね。私としてもそれは嫌だ。

 話を戻そう。先にSTARRY(スターリー)──私の場合は我が家だけど──にやって来た私たちは、ぼっちちゃんを待っていた。手頃なテーブル席に腰掛け、私が今日の準備を行っていると、リョウがこんな事を突然呟いた。

 

「ぼっち、来れるかな」

 

「……えっ?」

 

 どういう意味だと尋ねると、リョウはこう答えた。

 

「昨日はぼっち、虹夏(にじか)に連れられて来たんでしょ。迷子になってないかなって思って」

 

「いやいや、高校生にもなって迷子って……」

 

「でも、ぼっちだよ?」

 

 うぐっ、と私は言葉に詰まりながらもこう反論した。

 

「いやでもさ! 地図アプリを開けば、STARRYが出てくるよ!」

 

「いいや、私には分かる。ぼっちは普段、地図アプリを使わない。何故なら、外に出ないから。行き慣れた場所にしか行かないから、使う必要がない」

 

 何が『私には分かる』のかは甚だ疑問だが、リョウの言っている事は的外れではないような気がした。

 良くも悪くも、ぼっちちゃんは私たちに爪痕を既に残している。

 

「高校の場所、聞いておけば良かった……!」

 

 もっと色々な事を聞いておけば良かったと、私は心底後悔した。

 脳裏に浮かぶのは、下北沢を彷徨(さまよ)い身体をスライム状にするぼっちちゃんだ。ただでさえ下北沢を『眩しい』とか『キラキラしている』などと言っていたのだ、その可能性は高い。

 

「と、取り敢えずもう少し待とっか。私たちの思いすごしかもしれないし!」

 

「ん、分かった。どんな結末を迎えても後悔しないように」

 

 何て事を言ってくるんだろう、この親友は。人間の心はないのだろうか。

 私はちびちびとジュースを飲みながら、ぼっちちゃんが来るのを待つ。

 しかしいつまで経っても、ぼっちちゃんがSTARRYに来る事はなかった。それと同時に私の中で不安が募っていく。

 まさか、本当に……。最悪の事態を想像してしまった私はガタン! と音を盛大に立てさせながら席を立った。お姉ちゃんが睨んでくるが、それを気にする余裕もない。

 

「私、ぼっちちゃんを探してくる! リョウはここで待機して、もしぼっちちゃんが来たらメッセして!」

 

「分かった」

 

「気をつけて」とリョウに見送られ、私は携帯を手に取って出口に向かった。そして勢いよく扉を開けた私は、地上へ通じる階段を駆け上ろうとする。

 しかし、その必要はなかった。何故なら扉を開けたその先に、ピンクの物体があったからだ。

 

「……」

 

 ピンクの物体はぼっちちゃんだった。ギターを背中に背負ったまま体育座りしている。

 

「るー……るー……あははっ……」

 

 いったい、何をしているんだろう。控えめに言っても怖い。というか、店の前でそれはやめて欲しい。

 

「えーっと、ぼっちちゃん?」

 

 私が声を掛けると、ぼっちちゃんはビクンッ! と身体を大きく震わせた。そして、恐る恐るといったように顔を上げる。いや、恐る恐るなのは私なんだけどね。

 目が合うと、ぼっちちゃんはぱあっと顔を輝かせる。それはまるで、救いのない世界で救世主に出会ったかのような表情だった。

 だがすぐに視線を逸らすと、「あー、えーっと、これは、その」と口をモゴモゴと動かす。

 

「と、取り敢えず中に入ろっか?」

 

 見兼ねた私がそう促すと、ぼっちちゃんはコクコクと顔を縦に振るのだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 曰く、ぼっちちゃんが遅れてしまったのは迷子になっていた訳ではなくスタジオに中々入る事が出来なかったかららしい。私がぼっちちゃんを見付ける二十分前には扉の前に立っていて、どうやって入ろうかと悩んでは躊躇(ちゅうちょ)していたそうだ。

 

「あと五分したら入ろうとは思っていたんですが……」

 

 その『あと五分』は、いざその時が来たら先延ばしにするものだと思う。

 そんな突っ込みを入れるようかと思ったが、話が全く進まない為やめておこう。

 

「ま、まあ! こうして全員集まった事だし、早速話し合いを始めよう!」

 

 気を取り直し、私が号令を掛ける。しかし誰も合いの手を入れてくれない。

 結束バンドなのに、この結束力のなさは一体何なんだろう。私はこのバンドの未来を(うれ)いながら、さて、まずは何を話そうかと思案した。

 

「思えば私たちまだ全然仲良くないから何から話せば良いか分かんない」

 

「み、身も蓋もない……!」

 

「ナイス突っ込み、ぼっち」

 

「うぇ!? な、ナイス……? うぇへへへへ、ありがとうございます……」

 

 ぼっちちゃんがだらしない顔になりながら、リョウにお礼を言った。

 

「そ、それで、何を話すんですか……?」

 

「私に任せて、ぼっち。こんな事もあろうかと、こんな物を用意しておいた。私に抜かりはない」

 

 じゃじゃーん! とリョウがドヤ顔を浮かべながら、それはもう大きなサイコロを鞄から取り出した。随分と大きな物を入れているなとは思っていたけれど、まさかこんな物を用意していただなんて。

 良くやった山田と思いつつ、私はそのサイコロを注視した。

 当たり前の話ではあるが、サイコロの面は合計六つ。その一つ一つに話題が書かれている。『好きな音楽の話』や『学校の話』といったスタンダードな物から……──そして私は、「ちょっと!」と叫んでいた。

 

「虹夏、声が大きい。ぼっちが驚く。私もだけど」

 

「そ、それはごめん──って、違うよ! 私が言いたいのは、これ! 何なのこれ!?」

 

 そう言いながら、私は六つある一面のうち一つを指さした。そこには、『バンジージャンプ』という文字が書かれていた。

 

「面白そうだと思った」

 

「いやいやいや、全く面白くないから! ほら見て、ぼっちちゃんもその時を想像して絶望しているから!」

 

「だだだだだだだだだだだ大丈夫ですっ。いざとなったら、覚悟は出来てますっ」

 

 そんなガタガタと身体を震わせても何も説得力ないよ、ぼっちちゃん!

 私はリョウからサイコロを奪い取ると、『バンジージャンプ』の所をマジックペンでバツ印をつける。その代わりに、『好きな食べ物の話』にした。

 

「残念。ロックっぽいと思ったのに」

 

「変人は黙ってて! ──ああもう、はい! サイコロを振るよ!」

 

 私は勢いよくサイコロを振った。コロコロと床を転がったサイコロが出したのは、『学校の話』だった。

 

「私は下北沢高校、二年生だね」

 

「私も同じく」

 

 私とリョウがそう言うと、ぼっちちゃんが羨ましそうに見てきた。

 

「ついでに言うと、虹夏とは何年もクラスが同じ」

 

 ふふん、とリョウが自慢げに胸を張る。私としては、そろそろ自分で課題をやって来いと言いたいのだが。

 

「ぼっちちゃんは?」

 

「あっ秀華(しゅうか)高校です」

 

「そうなんだ。お(うち)は近いの?」

 

 そう尋ねると、ぼっちちゃんは「いえ」と首を横に振った。

 どうやら私とリョウのように、家から近いから高校を選んだ訳ではないようだ。何か特別な理由があったのかもしれない。

 

「県外で片道二時間です」

 

「……? ごめん、今なんて?」

 

「け、県外で片道二時間です」

 

 どうやら、私の聞き間違いではないようだ。

 片道二時間という事は、往復するだけでも四時間。一日の六分の一を使うという事になる。

 私も、そしてリョウでさえも絶句する中、ぼっちちゃんは居心地の悪そうに身動ぎしながら理由を語った。

 

「高校は誰も私の事を知らない所に──」

 

「学校の話終了ー!」

 

 ぼっちちゃんの言葉を途中で遮り、私は『学校の話』を強制的に終了させた。

 いったい過去のぼっちちゃんにどんな黒歴史があるんだろう。私がそんな風に恐れ(おのの)いていると、リョウがぼっちちゃんの肩を優しく叩きながら慰めた。

 

「大丈夫。私も友達は虹夏以外居ないから。私も一人」

 

「そっそうなんですかっ」

 

 ぼっちちゃんが同士を見付けたように顔をぱあっと輝かせる。

 そんなぼっちちゃんを見て、私は思い悩んだ。

 同じ『ひとり』でも、ぼっちちゃんの『ひとり』とリョウの『ひとり』は違うからだ。

 これは伝えた方が良いのかと私が思案していると、リョウが「うん」と相槌(あいづち)を打ちながらこう答えた。

 

「休日は廃墟探索したり古着屋を巡っている。楽しいよ」

 

「ガーン!」

 

 希望からの、絶望。

 ぼっちちゃんは涙目になると、ショックを受けていた。そんな様子の彼女を、リョウは不思議そうに眺めている。

 そう、ぼっちちゃんの『ひとり』は『孤独』。一方、こんな表現は心底使いたくないけれど、リョウの『ひとり』は『孤高』。その本質はまるで違うのだ。

 

「ほら、ぼっちちゃん泣かないで。ね?」

 

 シクシクと泣いているぼっちちゃんの頭を優しく撫で、慰める。

 流石のリョウもこれには罪悪感を覚えたのか「ご、ごめん」と謝罪の言葉を口にした。

 

「つ、次の話題に移ろう!」

 

 気まずい沈黙を振り払う為、私はサイコロを頭上に掲げる。今度は控え目な拍手が送られてきた。ぼっちちゃんだ。

 

「えいやっ! ──次は、好きな音楽の話!」

 

 これなら盛り上がれる事間違いない。

 ホッと私は安堵しつつ、自分の好きな音楽について考えた。

 

「私はメロコアとかジャパニーズパンクかなぁ……」

 

 ちなみにメロコアとは『メロディック・ハードコア』の略称だ。ハードコア・パンクのサブジャンルの一種で、ギターのメロディに強い重点を置いている音楽の事だ。

 私に続き、リョウが口を開ける。

 

「私はテクノ歌謡とか、サウジアラビアのヒットチャートを……──」

 

「堂々と嘘を吐くなぁ、山田ァー!」

 

「ほんとだもん」

 

 リョウはそう言うと、ぼっちちゃんに顔を向けた。あからさまな逃げだったが、私もぼっちちゃんがどんな音楽が好きか気になる為追及をやめる。

 ぼっちちゃんは答えづらそうにしながらも、答えてくれた。

 

「私は青春コンプレックスを刺激しない曲なら何でも……」

 

「青春コンプレックスってなに!?」

 

「そ、それは……」

 

 考えたのだろう、たださえ暗いぼっちちゃんの顔が益々暗くなっていく。ここまで来ると暗黒だ。

 それを見た私は、『青春コンプレックス』が何たるかを漠然と察した。恐らく、『夏』だとか『青い海』だとか、ぼっちちゃんから視てキラキラとした言葉を指すのだろう。

 

「へへへ……あー(うつ)になってくる……」

 

「ぼっちちゃん!?」

 

「逆に青春時代の鬱憤を歌詞に叩き付けてくる歌詞は好きだなぁ……」

 

「ほんとに、過去に一体何があったの!?」

 

 自分の世界に入っていくぼっちちゃんを、私は止めることが出来なかった。それから数分間、彼女の独語は続いた。

『好きな音楽の話』すら地雷とは……! 

 

「よ、よぅし! 結束力が高まった事だし、そろそろ本格的にバンドの事を話そう!」

 

「高まってはないと思うけど」

 

「山田ァー!」

 

 私は「こほん」と咳払いを打つと、まずはぼっちちゃんを現世に蘇らせた。そして、真面目な顔を作ると話を再開する。

 

「昨日はインストだったけど、本当はボーカルを入れたいんだよね」

 

「えっ、そうだったんですか……? でも昨日、ギタリストを探すとは言っていましたけど、ボーカリストの事は言っていなかったような……?」

 

「本当は、逃げ出した子がボーカルも兼任する予定だった」

 

「な、なるほど」とリョウの補足説明にぼっちちゃんが納得する。

 

「その人と連絡は……?」

 

 恐る恐る尋ねてきたぼっちちゃんに、私は嘆息しながら答えた。

 

「昨日も言ったけど、音信不通なんだ。既読もつかないから、多分ブロックされているんだと思う」

 

「あるいは、虹夏のアカウントごと友達リストから消したか」

 

 ライブ後、私の方から何度かメッセージを飛ばすも返信が帰ってくることはなかった。

 

「こういうの、よくあるんでしょうか……?」

 

「……どうかなぁ」

 

 ただ、よくある展開だとは思う。実際──。

 

「ロックバンドが解散する事は珍しい話じゃない。私が前組んでたバンドも、今はもうないし」

 

「えっ、そ、そうなんですか……?」

 

「うん。私が抜けた後、空中分解したって聞いている」

 

 リョウは結束バンドに所属する前、別のバンドに所属していた。だが色々とあってバンドを抜け、バンド活動そのものに嫌気がさしていた所を私が声を掛けたのだ。

 私は事情を全て知っているが、ぼっちちゃんはそうじゃない。そして、出会って二日目の人間に話すような話題でもない。

 ぼっちちゃんもそれは分かっているのか、それ以上追及する事はなかった。

 

「ボーカル、また探さないとなぁ……」

 

 私は歌下手だし、ドラマーがボーカリストを兼任するのは違う気がする。

 

「ぼっちちゃんは……──ごめん、私が悪かったから落ち着こう! ね?」

 

 この世の終わりみたいな表情を浮かべるぼっちちゃんの頭を、私は優しく撫でた。

 人見知りのぼっちちゃんに、これ以上ステージ上で役割を与えるのは無理だろう。ただでさえ、音を合わせる事が出来ないのだ、まずはそこの克服が先か。

 

「虹夏、私は?」

 

 ワクワクした顔で聞いてくるリョウを無視し、私は次の議題に話を進める。

 

「ボーカル問題はどうにかするとして」

 

「虹夏、私は? 私は?」

 

「ボーカルが見付かったら、オリジナル曲も作りたいよね。やっぱり、オリ曲がないとインパクトに欠けるからさ」

 

 そこで私は、いじけ出し始めたリョウに声を掛けた。

 

「リョウには、作曲をお願いね」

 

「ふふん、任せるが良い。百年に一度の天才と言われている私の技量に期待すると良い」

 

 その謎の自信の出処は気になるが、これで作曲担当は決まった。次に、歌詞だけれど──私はぼっちちゃんに視線を送る。

 

「作詞はぼっちちゃん、どうかな?」

 

「……へっ!?」

 

「禁句ワードが多いなら、自分で作れば良いんだよ。そしたら青春コンプレックスには触れないと思うんだけどな」

 

 私がそう提案すると、ぼっちちゃんは衝撃を受けたように固まった。そしてグッと何かを噛み締めるように俯くと、覚悟を決めた顔になる。

 

「それじゃあ、作詞はぼっちちゃん。作曲はリョウで決定!」

 

「うん、分かった。それで、虹夏は何するの?」

 

 リョウの質問に、私は自信満々に答えた。

 

「私はドラマーだよ? ドラマーの役割と言えば、バンドの潤滑油以外に有り得ない!」

 

「就活生みたいな事を言う」

 

「……はい、それじゃあ次! 『ノルマの話』をしよう!」

 

「逃げた」と非難の眼差しから逃げつつ、私はぼっちちゃんに身体を向けると説明した。

 

「昨日出たライブはブッキングライブって言うんだけどね、バンド側には動員を確保する為のノルマが課せられているんだ」

 

「ノルマですか……」

 

「そう! そしてこのノルマを満たせなかった場合、その分は私たちバンド側で支払う事になるの。逆にノルマ以上売れた場合だと、その売れた分の五十パーセントはバンド側に入るんだ!」

 

「な、なるほど……?」と一度の説明では完全には分かってない様子のぼっちちゃん。どう説明したら良いか私が悩んでいると、リョウが口を開いた。

 

「ようは、売れるまでは滅茶苦茶お金が掛かる」

 

「ざっくりしすぎ!」

 

 だが間違ってないのが腹立たしいことこの上ない。

 

「じゃあ、昨日のライブは……?」

 

「昨日は私の友達が来てくれたから、ノルマは達成していたんだ。でもまあ、あのクオリティだと次回からは来てくれないと思うけどね……」

 

「すみませんごめんなさい下手でごめんなさい」

 

「違う違う! ぼっちちゃんの所為じゃないよ! これは私たち結束バンドの問題なんだから!」

 

 ノルマを達成するのにはそれなりのお金と時間が必要だ。ノルマを安定して満たすようになって始めて、バンド活動は始まると言っても過言ではない。

 

「──まあ、そんな訳でさ、最初のうちはライブするのにも数万単位のお金が必要なんだよね」

 

「す、数万……!」

 

 ゴクリと、ぼっちちゃんが生唾を呑み込む。

 高校生の私たちに、そんな大金はない。つまり、稼ぐ必要がある。

 

「だからさ、ぼっちちゃんもバイトしよう!」

 

「……へっ?」

 

「ここ、STARRYで私とリョウもバイトしているんだ。お姉ちゃん──店長には私から話しておくから、一緒にやろうよ!」

 

「…………」

 

 我ながら素晴らしい案だと自画自賛してしまう。こうすればバンドメンバーは殆ど毎日顔を合わせる事になる為、より結束力を高められるだろう。

 しかしいつまで経っても、ぼっちちゃんから返事は来なかった。

 

「ぼっちちゃん? おーい?」

 

 声をかけるも、全く反応がない。訝しんだ私が肩を軽く触っても、ぼっちちゃんは石像のように固まっていた。

 

「哀れ、ぼっち。私はぼっちが生きていた事を決して忘れない」

 

「勝手に人を殺すな、山田ァー!」

 

 ベシッ、と私がリョウの頭を叩く中。

 再起したぼっちちゃんがスクールバッグを漁り始めた。そして、恐る恐るとある物を私たちに差し出してくる。

 

「な、何これ……?」

 

 それは、可愛らしい豚の貯金箱だった。お金を出す時に叩き割る必要があるそれを、ぼっちちゃんはグスグスと泣きながら見詰める。

 

「お母さんが、私の結婚費用の為に貯めてくれているお金です。どうせ使わないですから、これでノルマ分チャラにして下さい」

 

「いや、無理だから! って言うか、そんな大事な物をどうして持ち歩いてるの!?」

 

「なっ何かあった時の為に……」

 

 可笑しい。

 私の提案した内容は、非常事態だと判断されるような物なのだろうか。

「ありがとうございます。大切に使わせて頂きます」と受け取ろうとするリョウを本気でシバきながら、私は貯金箱をぼっちちゃんに返した。

 あまりにも心臓に悪過ぎるよ、ぼっちちゃん!

 

「一緒にバイトやろうよ、ぼっちちゃん。楽しいよ!」

 

「アットホームで和気藹々とした職場だよ、ぼっち」

 

「業務も簡単な物ばかりだから、困る事もないよ! ライブに出る他のバンドも合法的に見れるから勉強にもなるし!」

 

 私たちが必死に説得するも、ぼっちちゃんは中々首を縦に振らなかった。

 そんなにもバイトしたくないのだろうか。……何だかそれは、悲しいなぁ。

 

「……」

 

 私が残念に思っていると、ぼっちちゃんが無言で見詰めてきた。視線に気付いた私が顔を向けると、すぐに逸らしてしまう。

 そして、長い沈黙と葛藤の末、ぼっちちゃんはこう言った。

 

「…………分かりました。バイト、やりましゅ」

 

「ほんと!?」

 

 思わずテーブルから身を乗り出す私に、ぼっちちゃんはコクコクと首を縦に振った。

 やった! と私はガッツポーズすると、自分でも分かるほどの上機嫌さで話を進めた。

 

「リョウは金遣いが荒いから、私がバンドの経費を管理するね」

 

「あっはい分かりました」

 

「ん、任せる」

 

 それからも雑談を交えながら、今後のバンド活動について話をしていった。

 そしてあっという間に、お開きの時間となった。

 

「わ、私そろそろ帰らないと……」

 

 ぼっちちゃんがそう言った。

 時計を確認すると、現在時刻は十九時を少し回っている。片道二時間のぼっちちゃんが今から帰路に着くと、帰宅時間は二十一時を過ぎてしまうだろう。

 

「ごめん! これからはもっと時計を見るね!」

 

「い、いえ大丈夫です」

 

「ぼっちちゃん、途中まで送るよ! ──お姉ちゃん、私、ちょっと行ってくるね!」

 

「店長と呼べ!」と言ってくるお姉ちゃんの言葉を無視して、私とぼっちちゃんは席を立った。

 

「ぼっちが帰るなら、私も今日は帰ろうかな」

 

「そっか!」

 

 私は二人とSTARRYを出ると、街に出た。少しずつ日照時間は長くなり、初夏の訪れを感じる。

 

「それじゃあ、私はここで」

 

 リョウが別れの挨拶した。私とぼっちちゃんは彼女を見送る。

 

「下北沢……暗いのに眩しい……目が焼ける……」

 

 ぼっちちゃんが私の服の袖を握ってくる。そんなに首を竦めなくても良いと思うけど、まあ、これはそのうち慣れるだろう。

 下北沢から出る必要があるなと思った私は、「ほら、行くよ!」とぼっちちゃんに声を掛ける。

 

「あっ、ここまでで大丈夫です。あっ、ありがとうございました」

 

「本当に大丈夫? 無理してない?」

 

「あっはい」

 

 あまり大丈夫じゃなさそうな顔色だったが、恐らく、私に見送られている事に申し訳なさを感じているのだろう。

 下北沢の中心部からも離れている為、これならぼっちちゃんが奇行に走る事もないだろう。そう判断した私は「そっか」と頷いた。

 

「それじゃあ、また来週! 放課後、STARRY集合で!」

 

「あっはい」

 

 私はぼっちちゃんに別れの挨拶をすると、STARRYに戻るべく走った。

 吐く息は熱を持っている。これは、高揚だ。胸のワクワクとドキドキが止まらない。

 問題は沢山ある。まずはボーカリストを探してスカウトしないといけないし、ノルマもある。他にも考える事は山積みだ。

 だが、これから先の未来を想像すると楽しみで仕方がなかった。

 私は一つの流れ星になって、今この瞬間を駆け抜けた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 休日を挟んだ、週明け。

 今日からとうとう、ぼっちちゃんがSTARRYでバイトを始める事になる。

 私はお弁当を作りながら、ぼっちちゃんにメッセージを送っていた。

 

『おはよう! 今日はバイト初日だね! 不安だと思うけどフォローするから、一緒に頑張ろう!』

 

 返信はすぐに返ってきた。

 

『自分がいかに愚かな事をしていたのか気付きました。私を全うな人間にしてくれて本当にありがとうございます』

 

 ……。

 ……何の話かはさっぱり分からないけれど、やる気があるようで良かった。

 そう思うようにしておこう。

 私は適当にスタンプを押すと、アプリを閉じるのだった。

 しかしまたすぐに、『ありがとうございます』と言う文字が返ってくる。それに私はまた適当なスタンプを押し、アプリを閉じた。

 だがしかし、またすぐに『ありがとうございます』の文字が。

 

「もしかしてこれ、会話をいつ終わらせて良いか分かってない……?」

 

 試しにもう一度スタンプを押すと、一秒と掛からずして『ありがとうございます』と返信がきた。

 

「『私、もう学校行くね!』──これでよし、と……」

 

 こちらから会話を切ると、ぼっちちゃんからメッセージが飛んでくる事はなかった。私の推測は的中していたようだ。

 本当に苦労してきたんだなぁと思いつつ、私は少し焦げてしまった卵焼きをお姉ちゃんのお弁当箱に入れるのだった。

 

 

 

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