私のヒーロー   作:Sakiru

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結成

 

『すみません……! EDMガンガンかけてリョウさんとエナジードリンク片手に(おど)り狂いながらバイトしててください』

 

 そのメッセージを見て、私は暫く呆然と立ち尽くしていた。

 石像のように固まる私を見て、リョウが「どうしたの?」と携帯端末を覗き込んでくる。

 そしてリョウもまた、頭上にクエスチョンマークを何個も浮かべる事となった。

 

「まるで、ダイイングメッセージみたいだね」

 

「勝手にぼっちちゃんを殺さない!」

 

「いやでも、それくらい意味分からないよ」

 

 正論を言われ、私はうぐっと言葉に詰まった。

 改めてメッセージを読み返すも、ぼっちちゃんの真意は分からない。暗号だと言われても納得するだろう。

「ぼっち……惜しい人を()くした……」などと不謹慎極まる事を無表情で言っているリョウをしばきながら、私はさてどうしたものかと悩んだ。

 そして悩んだ末、私はある結論を出す。

 

『分かった! エナドリ沢山買っておくね!』

 

 既読はすぐについた。

 

『お願いします……! 虹夏(にじか)ちゃんとリョウさんだけが頼りなんです……!』

 

 切実な願いだという事が、その文面から分かった。

 どうやらぼっちちゃんは今緊急事態に陥っているようだ。いや、ぼっちちゃんはいつもが緊急事態だろうけど。

 

「取り敢えず、エナドリ買いに行こっか」

 

「ん、了解。でも虹夏、私はいま金欠。よって、虹夏が買うように」

 

「もう無いの!? この前お小遣い貰ったって、喜んでたじゃん!?」

 

「フッ、散財もまた『ロック』なのだ……」

 

 それは『ロック』の悪用だ。

 少しも学習しない親友に呆れながら、私はエナドリを買うべくコンビニへ足を向けるのだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 コンビニで十数本のエナドリを購入した私とリョウは、STARRY(スターリー)へ急いでいた。ぼっちちゃんが来る前に、私たちはバイトをしていなければならないのだ。

 

「虹夏、重い。助けて。死にそう」

 

「いや、私の方が沢山持ってるからね!?」

 

「つまり、虹夏はゴリラって事か」

 

山田(やまだ)ァー!」

 

 逃げるリョウを追う。どうしてこの親友はこうも変人なのだろう。

 リョウと追いかけっこし、追い越した。今度は私が追われる側だ。そうしていると、見慣れたピンクの塊が視界に映った。間違いない、ぼっちちゃんだ。

 

「おーい! ぼっちちゃーん!」

 

 少し大きな声を出して、ぼっちちゃんに近付く。ビクッと身体を震わせたぼっちちゃんは私の姿を認めると一瞬安堵の表情を浮かべた。

 そして私は、違和感を覚えた。しかしそれも、すぐに正体が判明する。普段は一人でいるぼっちちゃんが、今日は誰か他の人と居るからだ。

 いやもちろん、『誰かと一緒に居る』という状況は何もおかしくない。私だってリョウと居た所だ。

 だがそれがぼっちちゃんになると話は些か変わってくる。失礼かもしれないけれど、それがぼっちちゃんなのだ。

 

「ぼっちちゃん、そちらは一体……──」

 

 綺麗な朱色の髪を持つ女性。その髪色にどこか既視感を覚えつつ、私はぼっちちゃんに尋ねる。

 

「ごめんね、やっぱり私帰る……」

 

 そして、ぼっちちゃんが私の質問に答えるよりも先に、その女性がぼっちちゃんにそう言った。

 私に聞かれないよう、小声で。

 

「……? うん? この声、どこかで聞いた事があるような?」

 

 首を傾げる私。

 ぼっちちゃんも困惑の表情を浮かべる中、リョウが「やっと追い付いた」と合流を果たした。

 そしてリョウも、私同様、ぼっちちゃんに連れがいることに驚く。ついで、その連れに目を向けた瞬間。

 

「あれ、郁代(いくよ)じゃん。こんな所で何してるの?」

 

「ひゃう!?」

 

「郁代……? あっ、そっか。喜多(きた)さんの下の名前……」

 

 そこでようやく、私は違和感の正体に気が付いた。

「あー!」と、路上なのも忘れて大声を出してしまう。好奇の目が集まり、それに耐えきれなくなったぼっちちゃんが液状化する中。

 私はそんな事も構わず、再度、叫んでいた。

 

「逃げたギターの子!」

 

 それまで頑なに顔を逸らしていたその子は、錆び付いた機械のようにギギギと顔を動かした。

 

「ど、どうも……お久しぶりです……」

 

 とても気まずそうな表情を浮かべる、彼女。

 リョウが「よっ」と軽く片手を上げて挨拶をする中、復活したぼっちちゃんは事態を呑み込めずにオロオロしていた。

 そんなぼっちちゃんに、私は説明する。

 

「初めて会った時に言ったかもしれないけど、ライブ前に音信不通になっていたギターの子!」

 

「……え? 喜多さんが、ですか?」

 

「うん!」

 

 ぼっちちゃんが思わずといったように、反射的にその子へ顔を向けてしまう。

 その子──喜多ちゃんは涙目になっていた。それはまあ、ある意味当然かもしれない。自分のしでかした事を突き付けられるのは堪えるものだ。

 

「取り敢えず、STARRYに場所を移そう」

 

 リョウが、そんな提案を口にする。

 その提案は私にとっても、ぼっちちゃんにとっても、そして喜多ちゃんにとっても有難かった。

 私たちのただならぬ様子を感じ取ってか、ちょっとした騒ぎになっている。

 口から魂が抜けそうなぼっちちゃんを引き()りながら、私たちはこの場からの脱出を図った。

 

 

 

 

§

 

 

 

「大変申し訳ございませんでした! 何でもしますからあの日の無礼をお許し下さい! 滅茶苦茶にして下さい!」

 

 リョウの判断は正しかった。

 逃げたギター改め喜多ちゃんはSTARRYに着くなりそれはもう見事な土下座を披露してくれたのだ。

『女子高校生が道の往来で土下座』という珍事件を防げただけでも、本当に良かったと思う。あと、誤解を生みそうな発言はやめて欲しい。

 

「あー、取り敢えず、話を聞こっか」

 

 現在進行形で土下座をしている喜多ちゃんに、私はそう言った。

 これ以上は私の良心が痛むからやめて欲しい。ぼっちちゃんはストレスで機能停止しているし、リョウは面白そうに眺めているしで中々の混沌具合だ。

 丸テーブルを一つ借り、私たちはそれぞれ席に着く。緊迫した空気が流れる中、喜多ちゃんはおもむろに話し始めた。

 

「じ、実は──」

 

 そこから語られる衝撃の真実! 

 そんなものはなかった。喜多ちゃんの話を要約すると、とてもシンプルなものだった。

 喜多ちゃんはギターが弾けると嘘を吐いて、結束バンドに加入しようとしていたのだ。その理由は、憧れの先輩──リョウに近付く為。ギターの腕は、初ライブまでに間に合うと踏んでいたようだ。

 だがしかし、たった数週間で人前で披露出来るだけの演奏技術が身に付く筈がない。それが出来るのはほんのひと握りの天才だけだ。

 ましてや喜多ちゃんはそれまで、ギターに(さわ)った事がなく音楽知識も無かったという。

 すぐに嘘を告白出来れば良かったが、それが出来れば嘘なんか吐いていない。結果、ずるずると先延ばしになり、あの初ライブ当日にドタキャンする事となったという。

 

「なるほど。ちなみに、ぼっちと一緒に居たのはどういう理由?」

 

 話を聞き終えたリョウが、そんな質問を投げ掛ける。

 喜多ちゃんは暫く言い淀んでいたが、やがて、質問に答えた。

 

「その……今日偶然、後藤さんが学校でギターを弾いている所を目撃したんです。それで、とても上手かったから先生役をお願いして……」

 

「あー、確かに、今思い返してみれば合わせの練習避けてたもんね」

 

「は、はい……」

 

 上達したら、私とリョウに謝罪しようと思っていたと喜多ちゃんは小さな声で言った。

 全てを吐き出した喜多ちゃんは「本当にごめんなさい」と深々と頭を下げる。それはまるで、裁判所で判決を言い渡される被告人のようだった。

 

「私の所為で初ライブを台無しにしてしまってごめんなさい。謝って済むような事じゃないと思いますけど……私には今、謝る事しか出来ないから……」

 

 心から思っているのだろう、その言葉と態度から嘘は感じられない。

 私はリョウに視線を送った。アイコンタクトで、私に判断を一任すると伝えられる。

 ぼっちちゃんはこの場の空気に耐え切れないのか、今にも破裂しそうだった。それは困る為、私は「こほん」とわざとらしく咳払いを打つ。

 

「まあ、そう言う事なら事情は分かったよ。だから、頭を上げて」

 

 私がそう言うと、喜多ちゃんがおずおずと聞いてくる。

 

「お、怒らないんですか……?」

 

「怒るも何も、喜多ちゃんは十分に反省してるでしょ? これで何も思っていなかったら流石に怒ってるけどさ、喜多ちゃんはそうじゃないし」

 

「それにさ」と私は言葉を続けた。

 

「結果論だけど、ライブは成功したからさ」

 

「……え? ほ、本当ですか?」

 

「うん! ここに居るぼっちちゃんが助けてくれたんだ! だから、大丈夫!」

 

 私は安心させるつもりで言ったのだが、喜多ちゃんの顔は何故か晴れなかった。それどころか益々曇ってしまう。

 何とも言えない空気がまた流れる中、リョウがわざとらしく大袈裟に。

 

「無事で良かった。音信不通だったし、私はてっきり交通事故にでも遭ったのかと……」

 

「先輩……!」

 

「死んだかと思って、最近は毎日お線香を上げていたから、本当に良かった」

 

「勝手に殺さないで下さい」

 

 真顔で喜多ちゃんはそう突っ込むと、私たちの顔を見回す。そして、真剣な顔でこう言った。

 

「伊地知先輩とリョウ先輩は許してくれましたが、それだと私の気が収まりません! 何か罪滅ぼしさせて下さい!」

 

「つ、罪滅ぼし……?」

 

 戸惑う私に、喜多ちゃんは「はい、何でもします!」と宣言した。

 それを聞いたリョウが悪どい笑みを浮かべる中、私は内心でどう対応したら良いか困っていた。

 私が断っても、喜多ちゃんは引き下がらないだろう。

 

「そんじゃあさ、今日一日で良いからライブハウス手伝ってくんない?」

 

「ちょっ、お姉ちゃん!?」

 

 急に話に加わってきたお姉ちゃんに私は抗議するも、無視されてしまう。

 

「今日は予約で一杯なんだ。ぼっちちゃんはまだ戦力には数えられないし、少しでも良いから人手が欲しい所なんだよ」

 

「で、でも……!」

 

「本人が罪滅ぼししたいって言っているんだ。こういう時、情けは無用。本人のしたいようにすれば良いのさ」

 

 それは、そうかもしれない。

 もし仮に私が喜多ちゃんの立場なら、きっと同じ事をしていただろう。

 

「……分かった。喜多ちゃん、頼める?」

 

「はい! あっ、でもそれだけじゃ足りない気が……──」

 

「それならこの恥ずかしい格好をするんだ。これがお前への罰になる」

 

 そう言って、お姉ちゃんはある衣装をどこからか持ち出してくる。

 そして、それを見た私は固まった。

 リョウが「おー」と呑気に、ぼっちちゃんが顔を青ざめるのを他所に、喜多ちゃんは「分かりました!」とお姉ちゃんから衣装を受け取るとトイレに向かっていった。

 

「ちょちょちょ、お姉ちゃん!?」

 

「何だ、文句あるのか? あれ程罰として相応しいものはないだろう?」

 

「文句あるよ、大ありだよ! 何あれ、何であんな物を持っているの!?」

 

「虹夏。いくらお前が妹でも言える事と言えない事がある。それと、ここでは店長と呼ぶように」

 

 あからさまに話題を逸らそうとするお姉ちゃん。

 私は食ってかかるも、ひょいひょいと躱されてしまう。こういう時頼りになるのはお姉ちゃんと長い付き合いがあるPAさんだけど、今は準備で忙しくこの場には居ない。

 そんな応酬をしていると、衣装に着替えた喜多ちゃんが満面の笑みを浮かべながらやってきた。

 

「ど、どうですか……?」

 

 流石に少し恥ずかしいのか、顔を仄かに朱色に染める。

 その恥じらいの表情はとても可愛らしい。お姉ちゃんが「やっぱり、私の目に狂いはなかった」とドヤ顔を浮かべる中、私は叫んでいた。

 

「やっぱり、メイド服じゃん!」

 

 喜多ちゃんはメイド服を着ていた。アニメや漫画で出てくるような、可愛らしいメイド服だ。

 注目を集めた喜多ちゃんはその場で一回転すると、にこっと笑う。その破壊力は絶大で、同性の私が悶えるくらいだ、もし男性が居れば恋に落ちていたかもしれない。

 

「クッ……! よ、陽キャの光が……!」

 

 キターン! と輝く光を直接浴びたぼっちちゃんが胸を押さえながら呻いた。

 今にも蒸発しそうな勢いだ。

 ハッ! これが青春コンプレックス!? 

 

「ぼっちちゃーん! 頑張って! 戻ってきて!?」

 

 私の必死な声掛けにより、ぼっちちゃんは何とか原型を取り戻した。

 臨時アルバイトという形で、喜多ちゃんは今日一日STARRYで働く事が決まった。

 お姉ちゃん──店長は他スタッフとの最終打ち合わせで席を外す為、私が喜多ちゃんに仕事を教える事となる。

 

「おお! 喜多ちゃん、物覚え良いね!」

 

「グサッ」

 

「ほんとですか!? ありがとうございます!」

 

「あっ、そうだ! せっかくだから、受付もしてみる? 喜多ちゃんそう言うの得意そうだし、練習だけでもどうかな?」

 

「是非お願いします!」

 

「私の接客に文句があるのなら聞こうじゃないか」

 

 喜多ちゃんはトントン拍子で仕事を覚えていった。即戦力レベルだ。

 ぼっちちゃんが何故か傷付き、リョウが何故か据わった目をしている中、ついにSTARRYの営業が始まる。

 店長の予想通り、お店はすぐに混雑した。若い男女を中心に、沢山のお客さんが来店してくれる。

 嬉しい悲鳴を上げる中、喜多ちゃんは大活躍だった。人と関わるのが好きと受付の練習時に言っていただけあって、受け答えがとてもしっかりしている。メイド服を着ているのも合わさって、ひっきりなしに声を掛けられていた。

 

「あっ後藤さん、こちらのお客様がコーラを欲しいって言っているんだけど……」

 

「あっはい! すぐに!」

 

「後藤さん、次はリンゴジュースをお願い出来るかしら?」

 

「アッハイ! スグニジュンビシマス!」

 

「後藤さん! 次はジンジャーエールをお願い!」

 

「……アッ、ハイ。スグニ、ヨウイ、シマス……」

 

 喜多ちゃんがオーダーを聞き、ぼっちちゃんがドリンクサーバーでドリンクを用意するという流れがいつの間にか出来上がっていた。

 ぼっちちゃん、今にも事切れそうだけど大丈夫かな……? 声を掛けに行きたいけれど、現場の状況がそれを許さない。

 リョウも接客に駆り出されている。死んだ表情な為お客さんは少し怖がっているけれど、それは仕方がないと思うようにしよう。

 

『それ』は突然起きた。

 

「あ、熱ッ……!?」

 

 私がその声を拾う事が出来たのは、本当に偶然だった。お客さんの対応が終わって、ヘトヘトになりながら少し休憩をしようと思って、カウンターに向かっていた所だった。

 小さな悲鳴を上げたのは、ぼっちちゃんだった。急いで駆け付けた時には、既に喜多ちゃんが居た。

 

「ぼっちちゃん、大丈夫!? 何があったの!?」

 

「後藤さん、お湯とお水のボタンを押し間違えちゃったみたいなんです。今の所火傷をしている様子はないんですけど……」

 

 喜多ちゃんからの報告を受ける。

 ぼっちちゃんに声を掛けて、お湯が掛かった手を見る。喜多ちゃんの迅速な判断により、手には濡れたハンカチが当てられていた。

 そして、私に医療知識はない。喜多ちゃんの言う通り、今の所は外傷がないことくらいしか分からなかった。

 

「私、店長にこの事報告してくるね。ぼっちちゃんは裏で休んでて。喜多ちゃんは……ごめん、本当はぼっちちゃんと一緒に居て欲しいんだけど……」

 

 とてもではないが、ぼっちちゃんと喜多ちゃんの二人が抜ける事は出来そうにない。

 今はライブ中の為お客さんもそっちに集中しているが、これが終わればまた対応に負われるだろう。

 

「わ、私は大丈夫です。その……ごめんなさい、皆さんに迷惑を掛けて……」

 

 見るからにぼっちちゃんは落ち込んでいた。俯きがちな顔がさらに下を向き、自己嫌悪に陥っているのが見て取れる。

 喜多ちゃんが「後藤さん……」と投げ掛ける言葉を選んでいる中、私はぼっちちゃんの頭を優しく撫でていた。

 

「大丈夫、ぼっちちゃんはよく頑張ったから! あれだけの量を捌けたのは立派な成長だよ!」

 

「で、でも……」

 

「ほら、ぼっちちゃんは奥で休んでて! ね?」

 

 私がそう諭すと、ぼっちちゃんは「は、はい……」と頷いた。遠ざかっていく背中を私は見送ると、喜多ちゃんに顔を向ける。

 

「それじゃあ、喜多ちゃん。罪滅ぼし、お願いするね」

 

 我ながら卑怯な言い方だと思う。

 だが、自己嫌悪する価値はあった。喜多ちゃんの頼もしい返事を聞けたのだから。

 それからはあまり覚えていない。店長にぼっちちゃんの負傷を報告した後は忙しくて余計な事を考えられなかったからだ。

 ただ気が付けばお店の営業時間は終わっていて、スタッフ全員がぐったりとしていた。

 

「皆、お疲れ様。今日はありがとう」

 

 店長が一人ひとりに労いの言葉を掛けていく。愛想が良くないお姉ちゃんが店長として慕われているのには、こう言った気遣いが出来るからなんだと思う。

 そして最後に、店長は私たちの所へやってきた。「ほら」とジュースが投げられる。

 

「お前たち、今日はありがとな。おかげで何とか店が回った」

 

「お、お姉ちゃんが素直にお礼を言っている!?」

 

「ここでは店長と呼べと何度も言っているだろうが」

 

 頭にチョップが落とされ、私は痛みで暫く悶えた。

 だが実際、お姉ちゃんが私やリョウといった身内にお礼を言う事は滅多にない。スタッフさんへの労いの言葉は、それが社会で必要だからという側面があるからだ。

 明日は槍でも降るかもしれない。そんな事を私が危惧していると、お姉ちゃんが後ろを振り向いて「いつまでそこに居るんだ?」と声を出す。

 数秒後、ぼっちちゃんがおずおずと私たちの前に出てきた。

 

「ほら、ぼっちちゃんも座った座った」

 

「えぅ!?」と奇妙な声を出すぼっちちゃんを、お姉ちゃんは半ば強引に椅子へ座らせる。

 

「ぼっち、大丈夫? 火傷とかしてない?」

 

 リョウが心配そうに声を掛ける。

 リョウはぼっちちゃん負傷こそ情報を共有していたが、私や喜多ちゃんとは違い、今の今までぼっちちゃんと話せなかった。

 

「あっはい、特に何ともないです……」

 

 それを証明するように、ぼっちちゃんが手を見せてくる。どちらの手も綺麗だ。

 その事に私たちが安堵していると、ぼっちちゃんが「ご、ごめんなさい……!」と頭を下げた。

 

「お店、あの後大変でしたよね……本当にすみません……」

 

「気にすんな、ぼっちちゃん。結果論だが店は何とか回ったし、それまでドリンクを持たせていたのはぼっちちゃんの立派な功績だ」

 

「て、店長……! はい、あ、ありがとうございます!」

 

 ぎこちなくも控え目な笑みを浮かべる、ぼっちちゃん。

 良かった、これでぼっちちゃんとお姉ちゃんの間にあった不可視の溝も埋まったようだ。

 

「今日のMVPは間違いなくお前だな。臨時にするには勿体ないくらいだ」

 

「い、いえ、そんな……」

 

 褒められた喜多ちゃんが、照れ臭そうに身動ぎした。

 

「お姉ちゃん、私とリョウはー?」

 

「うん、私と虹夏も頑張った。特に私。身体に鞭を打って働いた。ボーナスが欲しい」

 

「後片付けは私たちがやっておくから、お前たちは帰って良いぞ。特にぼっちちゃんは家が遠いと聞いているからな、注意して帰るように」

 

 私とリョウの訴えは華麗に無視され、「はい、今日は解散。帰った帰った」とお姉ちゃんはお開きを言い渡す。

 各々が帰り支度をする中、一番に終わらせた喜多ちゃんが感情の読めない表情でこう言った。

 

「今日はありがとうございました。バンド活動頑張って下さい。陰ながら応援しています。それじゃあ──」

 

 あまりにも一方通行な別れ。

 早口でそう言った喜多ちゃんは、出口へと足早で向かっていく。

 どうする……? どうすれば良い? 

 声を掛けるべきか、それとも、このまま黙って見送るべきか。

 喜多ちゃんはとても良い子だ。嘘を吐いていたとはいえ、その事に罪悪感を感じていた。だからぼっちちゃんからギターを師事しようとしていたし、上手くなれば私たちに謝罪をしたいとも言っていた。

 引き留めるべきだ、と直感が囁いてくる。

 だが、引き留めてどうする? 喜多ちゃんの内心が分からない以上、引き留めた所でそれは──。

 

 

 

「きっ喜多さん!」

 

 

 

 私はそれが、誰が出した叫び声か一瞬分からなかった。

 それはきっと、リョウも、お姉ちゃんも同じだろう。

 だって、私たちは『彼女』が大声を出す所なんて見た事も聞いた事もなかっのだから。

 喜多ちゃんも思わず足を止める中、『彼女』──ぼっちちゃんは身体を動かしていた。

 誰もが動けなかった世界で、ぼっちちゃんだけは違った。そして、喜多ちゃんに追いつこうと足を踏み出し──

 

「ぺギャア!?」

 

 ──床で滑って、そのまま転んだ。

「痛そう」と他人事のように呟くリョウの頭を引っぱたきながら、私はぼっちちゃんに駆け寄る。

 頭から激突していたが、大丈夫だろうか。

 

「ぼっちちゃん、大丈夫!? しっかりして!?」

 

 うつ伏せで倒れているぼっちちゃんを、私はリョウと二人がかりで起こした。

 おでこがかなり赤いが、幸い、出血はしていない。今にも泣き出しそうな表情を浮かべているぼっちちゃん、その背中を私は何度も摩った。

 

「後藤さん、どうして……?」

 

 喜多ちゃんが呆然と、そんな呟きを落とした。

 そして、その呟きに対してぼっちちゃんは顔を上げるとこう言った。

 

「ほ、本当に良いんですか……?」

 

「……え?」

 

「このまま帰って、本当に、良いんですか?」

 

 まさかぼっちちゃん、喜多ちゃんを引き留めようとしている? 

 私はリョウとアイコンタクトを取り、無言で頷き合う。元々、喜多ちゃんをここにもう一度連れてきてくれたのはぼっちちゃんだ。それなら、ぼっちちゃんに任せよう。

 私たちが見守る中、喜多ちゃんが痛苦に満ちた顔で言葉を吐き出した。

 

「私は、結束バンドには入れないわ。皆真剣にやっているし──私は、一度逃げ出した人間だもの。さっきも、そう言ったでしょう」

 

 やはり喜多ちゃんの中で、そこが負い目になっている。

 もしここで本心に蓋をして結束バンドに加入したとしても、喜多ちゃんは見えない所で苦しみ続けるだろう。

 私たちが気にしないと伝えても、これは本人の問題。他人が解決出来る問題じゃない。

 

「あっ、あっ、あの……!」

 

 だが、ぼっちちゃんは怯まなかった。吃りながらも、懸命に言葉を紡いでいく。

 

「さっき、喜多ちゃんに手当して貰った時、左手の指先の皮が硬くなっていました。かなり練習しないと、こうはなりません……」

 

「本当は、バンド続けたいんじゃないですか」とぼっちちゃんが言った。

 

「でも……私は……だって……!」

 

「私も、逃げた事は何度もあります。初ライブの時も、私は逃げていました」

 

「後藤さんもなの……?」

 

「はい。これまでの人生、私は、何度も何度も逃げてきました。それでも、あの日、私は、少しだけ変わる事が出来た……そう、思います」

 

 たどたどしくも、ぼっちちゃんが自身の想いを言葉に変える。

 

「わ、私は……──」

 

 喜多ちゃんは葛藤しているようだった。

 それはつまり、喜多ちゃんの本心がそうだと思っているという事。

 ぼっちちゃんは頑張った。大声を出す事がぼっちちゃんにとってどれだけ大変な事か、それはまだ短い私でも分かる。

 ぼっちちゃんの頑張りを、勇気を、ここで台無しにする事は出来ない。

 

「私も喜多ちゃんに、結束バンドを盛り上げるの手伝って欲しいなー!」

 

伊地知(いじち)先輩……」

 

「郁代が入ってくれたら、音が賑やかになる。ノルマ分も四分割になる」

 

「リョウ先輩……! 先輩の分、貢ぎたい!」

 

 あれ? 何か空気が変わったぞ? 

 もしかして喜多ちゃん、かなりヤバい人だったりする? 

 あれ? あれれ? 

 私が内心で首を傾げている間にも、話は進んでいく。

 

「でも……本当に私で良いんですか? 私、ギター全く弾けませんよ?」

 

「大丈夫。元々ぼっちに教わるつもりだったんでしょ。ぼっちが立派なギタリストに育ててくれるから」

 

「エッ!? アッハイ、ワタシニマカセテクダサイ!」

 

「そういう事だから、一緒に頑張ろう」

 

 いつの間にか、私は話から置いていかれていた。

 そして喜多ちゃんは覚悟を決めると。

 

「私、頑張る。結束バンドのギタリストとして!」

 

 目尻に涙を溜めながら、喜多ちゃんは確かにそう言った。

 こうして、結束バンドは結成された。

 それはとても喜ばしい事なんだけれど、何だろう、少し釈然としない。

 まあ、別に良いか。今はただ、この喜びに身を委ねていよう。

 

 

 

 

§

 

 

 

「あっ、そうだ先輩がた。今のパリピバンド路線はやめておいた方が良いですよ。毎晩踊り狂っているんですよね?」

 

「ぼっちちゃん!? 喜多ちゃんに何て説明したの!?」

 

「ごごごごごご、ごめんなさい……!?」

 

「それと私、本当にギター上手くならなくて。ご迷惑をお掛けすると思います」

 

「良いよ、良いよー! そんなの努力次第で何とかなるし! ちなみに、どんな感じなの?」

 

「何か、音がボンボンって低いんですよ。不思議ですよね」

 

「あ、あの……それって、ベースなのでは……?」

 

「あはは、いくら私でもそこまで無知じゃないわよ後藤さん! ベースって、四本の奴でしょ?」

 

「あ、あの……六本の物とかもあります。多弦(たげん)ベースって言うんですけど……」

 

「……ゑ?」

 

「郁代、これ多弦ベース。ギターじゃないよ」

 

「ガーン! お父さんに無理言って、二年分のお年玉とお年玉を貰ったのに!?」

 

「それなら、私が買い取ろう。ギターは私のを使えば良い」

 

「リョウ先輩!? 良いんですか!?」

 

「うん。ただ多分、お金が無くなるだろうから、私はこれから草を食べて生きていくね」

 

 そんな事がありつつも、こうして、私たち結束バンドは活動を始めるのだった。

 ……道端の雑草を食べる時はそれが食べられるか調べてからにするんだよ、リョウ。

 

 




話数が短編で終わらないと判断した為、連載へ形式を変えました。
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