9. 人間として生きること
何だ?これは。
体は動かせないが、記憶が鮮明によみがえってくる。
そうか。これが人間たちが言う「夢」なのか。
そう、あれは私の第3917回目の任務だった―
光の国の恒点観測員340号として、私は天の川銀河に位置する恒星系、太陽系の惑星軌道図の作成のために派遣された。
最初はいつも通りに任務は進行していった。この恒星系の恒星、太陽の軌道図を作成した後、水星、金星と太陽に近い順に私は軌道図の作成に取り掛かっていった。
その時、ふとこの地球が目に留まったのだ。太陽の光を受け、青く輝くその様子はまさに宇宙の宝玉ともいえる美しさを誇っていた。
私はもっとこの星のことを知りたくなった。惑星の軌道を調べるだけでなく、地上での様子はどうなっているのか、また生命体が生息しているかなど、任務とは無関係なことに興味を持ってしまった。
いざ地上に降りてみると、地球には「人類」という知的生命体が存在していることが分かった。
彼らは我々光の国の住民よりもはるかに短い時間の間でしか生きることはできない。しかし、それでも彼らは儚い命を紡ぎながら、互いに寄り添い合って少しずつ進歩していっていた。
私は人類のこの生き方に非常に感心した。しかしながら、光子状態のまま人類をしている内にこの星にも別天体の知的生命体が潜在していることに気づいた。
彼らの目的はほとんど決まって地球の占領だった。手段は違えど、彼らは宇宙の様々な天体から地球を我がものにしようと画策していたのだ。
人類もそれらの一部の駆除に成功したが、外星人のほとんどが彼らに知られないまま着々と地球占領の準備を続けていた。私はなんとかして人類をこの危機から救いたかった。
しかし、それには一つ問題点があった。私は光子状態から物質状態へと実体化する際、非常に大量のエネルギーを消耗する。そのためにも、実体化した後に身を潜める手段が必要となったのだ。
その時―偶然的に、としか言いようがないのだが―、私はある人間の青年が人間の子供を不慮の事故から救い出すのを目撃した。
彼の名は『薩摩次郎』。
次郎はその直後に命を落とした。この青年は、ただでさえ短い自分の寿命の3分の1すら生きていないのにも関わらず、自らの命を投げ出してまでこの少年の命を救おうとしたのだ。
いくら私でも、この青年の命を蘇らせることはできない。しかし、私は
私は量子的構成データを彼に移すことによって、彼の記憶や人間としての思考回路を、そして彼の体を借りることに成功した。その時に知ったことなのだが、彼は日本と言う国の公安局という組織に努める人間らしい。
私は普段は次郎の体を借り、公安局での仕事の合間に地球に潜伏する外星人を少しずつ排除していった。
そして、公安局の仕事をこなしていく中、メトロンの調査に回されることになり、その末にウルトラ警備隊の仲間たちと出会うことになった。その際に与えられた偽名が「
明夫君という名の人間の「友達」もできた。これが俗にいう「運命」というものなのだろう。
―いや、今は思い出に浸る暇はない。
私は行かなければならない。ガッツの言っていた「計画」を阻止するために。
このかけがえのない星を、この星に生きる人々を守るために。
こんなところでのうのうと眠っているわけにはいかないのだ...!
―――・・・
「あっ、諸星さん、おはよう。」
「ここは...」
「僕の部屋だよ。ごめんね、ちょっと散らかってるけど。」
ダンはゆっくりと起き上がった。
頭の重みが襲ってくる。できることならば横になっていたかったが、ダンにはそうしている猶予はなかった。
「体の調子はどう?」
「あぁ...大丈夫だ、ありがとう。うっ...」
ダンは起き上がろうとするも、激しい頭痛に襲われ、思わず頭を押さえてしまう。
「大丈夫じゃないじゃないか。ほら、無理しないで。」
「いや、本当にもう大丈夫なんだ。心配はいらないよ。」
「もう...本当かなぁ...」
ベッドから出て立ち上がってみると、やはり体がだるい。
3日間十字架にあの状態で拘束されていたせいだろう。
「朝ごはん、食べる?」
「あ、あぁ。明夫君、かくまってくれてありがとう。」
「い、いや、どうってことないよ、こんなことぐらい...」
ダンは椅子に掛けてあった背広を羽織ると、ドアを開けてリビングへと出た。
テレビのワイドショーではウルトラセブンについて特集が組まれている。
「テレビでは
「...仕方ないさ。僕は外星人なんだから。僕の存在そのものが機密事項なのさ。」
部屋を見渡すと、ダイニングテーブルの上にパンと目玉焼きが置いてあったが峰子の姿が見当たらない。
「お母さんは?」
「あぁ、今日はちょっと朝に用事があるって。」
「そうか。」
その時。
テレビから不気味な不協和音が鳴り響いた。J-ALERTの音である。画面には『緊急事態宣言』の六文字が大きく映し出されている。
明夫はJ-ALERTの音に驚き、慌てて部屋から出てきた。
「な、何が起こってるんだ!?」
しばらくして、青色の背景の前に座ったニュースキャスターの姿が映し出される。
彼は画面に向かって一礼すると、無表情な顔で原稿に書かれた内容を読み上げる。
(とうとう始まったか...)
ダンは無言で玄関に向かって歩き始めた。
椅子の上にかけてあった背広を手に取り、羽織りながら歩いていく。
「諸星さん。」
明夫がダンを呼び止める。
「これも...外星人の仕業なんだろ?」
「あぁ。史上最大の侵略が今始まろうとしているんだ。」
「行っちゃダメだよ、その体じゃあ!」
「...」
再びダンは歩き始める。
その肩をがっと明夫は後ろからつかんだ。
「駄目だよ、諸星さん。」
「離してくれ。これは僕のやるべき事なんだ。」
「友達を死にに行かせる奴なんていないよ!」
思わずダンは歩みを止める。
「言ったじゃないか...僕たち、もう友達なんだぞ。」
友達。
その言葉にダンの人間としての感情が沸き上がる。
恒点観測員として生きてきた1万7千年間感じたことがない感覚だった。
「僕...父さんともう10年も会ってないんだ。」
そう語る明夫の声は震えていた。
「僕が六つの時に死んじゃって...なんでかな。諸星さんの目を見てると、父さんがまだ生きてた頃の思い出を思い出すんだ。」
ダンの肩の上の手に力がこもる。
言葉では表せない感情の波がダンの心を揺さぶった。
(この感情は...薩摩次郎のものなのか...?)
「諸星さん、あなたは僕に立ち直る勇気をくれたんだ。初めてできた本当の『友達』を失いたくないんだ!!だから...行かないでよ...」
「...」
明夫の思いが通じたのか、ダンは振り返ると明夫の手を握った。
「明夫君、僕は人間として生きて初めて分かったんだ。人間には、それぞれ命を懸けてやり遂げなければならない『何か』があると。だからこそ、この短い命を精一杯できることができるんだ。」
「でも、死にに行くなんて無茶苦茶だ!」
「...君はまだ若い。きっと君にも、自分の命を懸けてでも成し遂げたいものに出会える日が来るだろう。」
ダンの手を握る力が強くなる。
明夫にはそれを握り返すほどの余裕はなかった。
ぽたぽたと床に涙をこぼしながら、明夫は膝から崩れ落ちてしまった。
「うっ、うぅ...」
「すまない。分かってくれ、明夫君。」
ダンは手をゆっくりと放すと、玄関のドアを開けた。
「待って!」
もう止まってはいけない。
そう頭では理解しているのに、ダンの人間としての感情が先走りしてしまい、つい立ち止まってしまう。
「絶対に...絶対に勝ってよ...ウルトラセブン。」
「あぁ。男と男の約束だ。」
バタン。
ドアが閉まり、明夫は一人部屋に取り残された。