日本時間の10時53分。
政府によって発表された事実は、人々を大混乱に陥れた。
想定された被害範囲は東京を中心に日本本土をほど丸ごと包み込むほどの範囲であり、世界の主要各国でも同じような状況に陥っていた。
政府から下された唯一の指示は、「落ち着いて今後の指示を待つこと。」
こんな状況下で冷静にいられるはずもなく、市民は政府に詳細な情報を開示するよう訴えたが、それ以上の情報が公開されることはなかった。
それもそのはず。
日本政府をはじめ、主要国の政府は大いなる決断を迫られているのだから。
「東京の地下に...超兵器が眠っている...だと?」
日本の沖村首相は耳を疑った。
国連からの緊急連絡が入ったと告げられ、渋々報告を聞き入れた沖村だったがまさか日本の、いや、人類の存亡が問われるものだとは思いもしなかった。
「国連は5分後にオンラインでの緊急会議を取り行うと言っています。総理、ご出席なさらければいけないかと。」
「わかった...会議室をスタンバイさせておいてくれ。」
国連が発表した衝撃の事実。
それは外星人からの脅迫状だった。
内容は単純、かつ非情なものだった。
外星人はまず、地球を植民地として占領する計画を説明した。
そして、主要各国の首都の地下に反物質爆弾がセットされてあり、条件に応じなければそれらを同時に起爆させると脅迫した。
その条件とは―
労働要員。
聞こえだけはいい言葉だが、裏を返せば肉体労働のための奴隷、という意味である。
人口の90%を奴隷として差し出すか、その90%と共に滅び行くか。
苦渋の決断を世界各国のリーダーたちは迫られていた。
外星人が人類に課したタイムリミットは48時間。
指定時間内に返事を出さなければ無条件で爆弾を起爆させるとのことだった。
脅迫の内容を聞き入れた後、各国のリーダーたちは血相を変えて解決策について議論し合った。
「くそっ、ヤツの居場所すらわからんのか!?」
「只今ウルトラ警備隊が総力を挙げて捜索に取り組んでいます。それまである程度の情報を市民に共有してください。」
「それでは不必要なパニックを煽ることになるぞ!」
「『正体不明の組織からテロリスト攻撃を受けている』という旨の報道を行うのです。今回の攻撃の規模の関係上、我々の情報規制が間に合わなくなるほどの行動を余儀なくされるでしょう。我々も『テロ組織に関しての調査』と称してかなり派手に動く必要があります。」
「しかし、48時間で何とかなるような事態ではないだろう!万が一の状況に備え、我々がせめて生き残れるための対策をしておいたほうがいいのでは...」
「タイムリミットが6時間を切っても何も有意義な情報が得られなかった場合、こちらから再度連絡いたします。それまで敵との全面戦争の準備を各自行ってください。」
―――・・・
高校で習った詩のこの一節は、アンヌの座右の銘になっていた。
この世には「知らなくてもいいこと」が溢れている。その中には、知っても何の得にならないものや、複雑すぎて理解に何十年もかかてしまうものもある。
しかし、知ってしまうと同じように生きられなくなるものも存在する。
真実は聞き手の感情など気にしない。ただただあるがままに事実を目の前に突き付けてくるのだ。
アンヌたちウルトラ警備隊員の仕事―それは人民をこの「真実の暴力」から守ること。
無知に生きる人たちが安らかに夜に眠れるよう、彼女たちは働いているのだ。
フィールドワークを担当するアンヌは、この世の醜い真実と最も近い場所で向き合うものでもある。
例えば、外星人に精神を犯され、半ば廃人状態になってしまった人や、知らぬ間に外星人の手先として操られていた人。そして、それらの事実が全く起こらなかったかのように抹消され、いつも通りの日常を人々は生きていること。
それらはアンヌの想定内だった。外星人を相手にする仕事をする以上、大抵の事態を彼女は予測していた。
しかし、アンヌが耐えられなかったもの―それは彼女の
外星人とのコンタクトの中、幾人かの何も知らない公務員が犠牲になり、その事実さえも抹消されていった。
その度に新しいバディが任務に応じて配属され、同じような運命に遭っていく。
ダンも同じ運命に遭ったのだろうと、アンヌは諦めていた。
だが、いくら悲しめど任務は続く。その事実を受け入れ、仕事をこなしていくしかないのだ。
今日もアンヌの任務は続く。殺風景なオフィスルームで、カタカタと報告書をまとめていく。
ため息を一つこぼし、誰もいない作戦室で独り言をこぼした。
「こんな報告書、もう意味ないのに。」
外星人からの脅迫文が届いてから40時間。
ウルトラ警備隊が成果を出すにはあと2時間しかない。しかし、地球の地下全域というあまりに広い地域の中から敵の拠点を42時間以内に見つけ出し、殲滅することはほぼ不可能に等しかった。
科学者のロバート、オリビア、アキレッシュの三人は各国の学者たちと協力し、なんとか打開策を探そうとカンファレンスに参加していた。
最高指揮官のブランドンと作戦立案担当官のハンズも国連の幹部たちとこれからの作戦を立てるため国際会議に参加している。
アンヌは一人、これまでの成果をまとめた報告書を淡々と書き続ける役目を任されたのだ。
真っ暗な作戦室の中、アンヌのパソコンの光だけが部屋を照らしていた。
「世界が終わるっていうのに、私ができることは報告書の作成だけ、か。」
ピピッ、
ガチャッ。
IDカードをスキャンし、ドアを開ける音がした。
「お帰りなさい。会議は...」
入ってきたのはブランドンかハンズだと思っていた。
まさかあの男が帰って来ようとは、アンヌは夢にも思わなかったのだ。
「ただいま、アンヌ。」
「ダン...一体今までどこにいたのよ!?」
「すまない。色々あってね。」
「色々って...まぁいいわ。どうせもうすぐウルトラ警備隊も解散されるでしょうから。」
アンヌは死んだ魚のような目で作業に戻った。
ダンが生きていたことを喜ぶ余裕は彼女にはもうなかった。目の前の残酷な現実があらゆる感情を奪ってしまったのだ。
「解散...どういうことだ?」
「あぁ、あなたは知らないのね。説明すると長くなっちゃうけど...とにかく地球は外星人に占領されるのよ。」
キーボードを打つアンヌの手が止まる。
「人類の90%は奴隷として強制労働に回され、残りの10%は外星人の慈悲にしがみつきながら生きていく...でも大丈夫よ、国連のコネでたぶん私たちはその10%に入ると思うから。」
「...残りの隊員たちは?」
「なんとかこの状況を打開しようと頑張ってるわ。でも私たちに残された時間は2時間だけ。この捜査状況から見ても、たぶんもう間に合わないわ。」
「いや、まだだ。僕が何とかしよう。」
「...気持ちはわかるけど、それは無理よ。どうあがいてもこの状況が覆るとは思えないわ。ましてや科学者でもないあなたにはね。」
ダンはうつむき、黙り込んだ。
彼の希望を打ち消してしまったとアンヌは少し後悔したが、でもこの方が彼のためになると彼女は思った。
偽りの希望ほど、人を傷つけるものはないのだから。
「アンヌ...」
「ごめんねダン、でもこれが事実なのよ。」
「アンヌ、聞いてくれ。」
何か覚悟を決めたように、ダンはアンヌの目を直視する。
M78星雲から来た、ウルトラセブンなんだよ!」