1. 姿なき脅威
十月の心地よい風が吹く郊外のガソリンスタンド。
一見何の変哲もないこのスタンドの周りには、立ち入り禁止のテープが張り巡らされていた。
そこに、一台の黒塗りの車が到着する。
降りてきたのは、ショートカットのよく似合うスーツ姿の女性だった。
国連のバッジを左胸に着けており、首から下げたネームカードには「ANNE YURI(アンヌ・友里)」の名前が書かれてあった。
カツカツとヒールを鳴らしながら、彼女は警備員に囲まれた現場に近づいていく。
「失礼ですが、どなたでしょうか?」
警備員の一人が訪ねる。
「I'm from the UN; does "Ultra Guard" ring any bell?」
「は?」
突然の英語での返答に、警備員は混乱しているようだった。
その様子にアンヌは呆れたように目を上にそらすと、
「国連の者です。」
とテープをくぐり抜けていった。
(全く。いまだに公務員に英語が通じない国なんて、日本ぐらいよ。)
そう心の中でつぶやきながらアンヌは分析を始めた。
アンヌが目を通した報告書によると、この外星人はガソリンスタンドを襲おうとして出現した模様。
そこにまるで現れるのを知っていたかのように、突如現れた赤色のもう一人の外星人(と仮定される)が光線を放ち、外星人を消滅させたところを目撃されていた。
監視カメラの映像にも、同じような光景が映っていた。
「でもコイツ...コードネームはウルトラセブン、だっけ?何も形跡を残さないから分析の余地があんまりないのよね...」
右手に持ったペンで頭をぽりぽりと掻く。
「ん?これは...」
よく見ると、足枷のような形状をした何かが落ちている。
その表面には、文字のような模様が描かれてあった。
アンヌはまず、ウルトラ警備隊が開発したスマホの金属分析アプリを使い、この物体が地球産のものかどうか分析した。
アプリの分析の結果には、「地球外の物質でできた物質」と出た。
するとアンヌはスマホで写真を撮り、ウルトラ警備隊本部のアキレッシュに連絡を入れる。
「『この文字、なんて書いてあるの?』っと。」
するとほんの数秒で返事が返ってきた。
「『囚人303』。なるほど…」
恐らく、別天体で何らかの罪を犯した外星人が地球に逃亡してきたものだろう、とアンヌは推理した。
「全く、外星人のくせに人間に擬態すらできないなんて。」
アンヌはアキレッシュにお礼のメッセージを送ると、テープを再びくぐって現場の外へ出た。
「でも結局ウルトラセブンについての手掛かりはあまりなさそうね。日本語でいう所の…『神出鬼没』、と言った感じ?」
間もなくして、黒ずくめの男たちが5人ほどアンヌに近づいてきた。彼らはいずれも国連のバッジを着けており、真っ黒なサングラスが彼らの表情を隠していた。
「お勤めご苦労様です。ブログ記事捏造の次は記憶処理なんて、情報規制局も大変ですね。」
「お疲れ様です。日本語がお上手ですね、
「こう見えても日系五世ですから。それでは、『いつもの』お願いしますね。」
「了解いたしました。」
アンヌは黒塗りの車に乗り込むと、ガソリンスタンドを後にした。
―――…
昨今、日本では新感覚のチャットアプリが話題となっていた。
「バース」という名のそのアプリは、他のチャットアプリとは一つ変わった特徴があった。
次世代チャットAI「メトロン」。
恋愛相談から愚痴の相手まで、なんでも実の親友のように話し相手になってくれるそのAIは、青少年層を中心に莫大な人気を博していった。
噂によると、なんとメトロンと恋愛関係にまで発展してしまったユーザーもいるようだった。
ここまで聞くと、ただの無害なAIとのチャットアプリのように思えるかもしれない。
しかし、ユーザーの中には日常生活を放棄し、メトロンとのチャットに明け暮れてしまうものもいた。
実際、アプリを使用しているユーザーのほとんどが、アプリの中毒性について言及したという。
「...で、なぜこれにウルトラ警備隊が干渉する必要があるんです?日本のスペシャリストに任せればいい案件では?」
不満そうに作戦立案担当官のハンズ=ゴッテンフリードは尋ねる。
「これを見てくれ。」
最高指揮官のブランドン・ブラウンがスクリーンに自分のパソコンの画面を投影する。
何の変哲もない、Google Mapの位置情報だ。場所は日本の宮崎県のとある会社のようだ。
「メトロン・テック...このアプリの開発会社ですか?」
「その通り。」
「で、それがどうかしたんですか、
ブランドンは無言でページの再読み込みボタンをクリックした。
「ん?」
ハンズは再び表示された位置情報の異変に気付いた。
「もう一度やって見せよう。」
またブランドンはぺージをリロードする。
「ふむ...リロードする度に場所が移動している...」
「そう、しかも決まって日本国内の位置情報が表示されるんだ。戸籍などに登録されている住所も全てバラバラだ。」
「で、これが外星人の仕業だと言いたいんですね?」
「日本政府は日本中の頭脳を集めてこれに対応しているがらちが開かんそうだ。そこで国連はウルトラ警備隊の出動を提案した、というわけだ。」
ふぅ、とため息をつきながらハンズは口ひげをいじり始めた。彼の思考する際の癖である。
「いいじゃないですか、面白そう!」
量子物理学者のオリビア・フリンはなぜか嬉しそうだった。
「オリビア、どうせ日本に行きたいだけでしょ?」
コンピューター科学者のアキレッシュ・ラティナが冷たくあしらう。
「もう、そんなこと言わないでよ!私日本に派遣されたこと一度もないんだから!」
「しかし、どうやってこんな芸当を...」
非粒子物理学者のロバート・タオは冷静に状況を分析する。
「クラウドに保存するデータを量子インベッドすることで、確率的に位置情報に該当するストリングを生成しているのかも。」
「でもサーバーに入力するデータは定数化してないといけないから、疑似的なDDOS状態を作り出しているのか?」
「まっ、どちらにせよ現時点の人類の技術ではなしえないこと、だということさ。」
オリビアとロバートとの討論を遮り、ブランドンはパソコンを閉じた。
「位置情報が日本に限定されていることにも何かわけがあるのかもしれない。久しぶりの総員出動となりますね、
「うむ。
各隊員の出発準備が整ったことを確認すると、ブランドンは高らかに命じた。
「よし、ウルトラ警備隊、出動!」
―――…
「では、これをもってこのケースの指導権はウルトラ警備隊に移行されます。」
「了解。」
「薩摩担当官、あなたはこれから公安捜査庁を代表してウルトラ警備隊との共同作業に当たってもらいます。よろしいですね?」
「はい、準備はできています。」
「なお、ご存じの通りと思いますがこのケース、及びウルトラ警備隊に関しての情報は機密事項です。ウルトラ警備隊との共同作業をするにあたって、君には偽名を名乗ってもらいます。このケースが解決するまで、君は薩摩次郎の名ではなく、新たな『諸星弾』の名前で活動してください。」
「モロボシ・ダン...」
「なにか質問は?」
「ございません。では。」