芹沢団地3号棟、315号室。
外星人が潜伏していると思われる団地の一室の前で、刻一刻と突入予定時刻をダンは待っていた。
「何か異変があったら、すぐ連絡を入れて。」
アンヌと交わした言葉がダンの脳裏を巡回する。
「あなたは...絶対に死なせないわ。」
(信頼...か。)
午後4時59分55秒。
秒針を睨みつけながらドアノブに手をかける。
5。
4。
3。
2。
1。
秒針がゼロを刻むと同時にドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。
開いた扉の隙間からは何も異変は確認できず、ダンはそっと部屋に入ると静かにドアを閉めた。
安らかなクラシック音楽がかかっている。外星人が流しているのだろうか。
電気はついておらず、夕日のオレンジ色の光が部屋を満たしている。
ダンは
地上最強の小型兵器である。
そろり、そろりと壁伝いに室内を移動していくと、壁の角までたどり着いた。
部屋の構造上、角が死角になって残りの敷地が見えなくなっている。
マルス-133の電源が入っていることを確認すると、ダンは意を決して角を曲がり、マルスを構える。
「やぁ、よく来てくれたね。歓迎するよ、諸星君。」
空虚なリビングに、ちゃぶ台が一つぽつんと置いてあり、そこに眼鏡姿の男が一人あぐらをかいて座っている。
「何を遠慮しているんだい?さぁ、座ってくれ。」
マルス-133を男に向けながら、ダンはゆっくりと腰を下ろした。
「あぁ、私としたことが!客を迎える時は茶菓子を出すのが礼儀だったな。しばし待っていてくれ。」
男はむくりと立ち上がると、キッチンに向かった。電気ケトルに水を入れ、引き出しからスナック菓子を取り出す。
「単刀直入に聞こう。君は外星人なのか?」
マルスの標準を男に合わせたまま、ダンが質問する。
「そうだ...と言ったらどうする?」
沈黙が走り、緊張が部屋を満たす。
「残念ながら、外の連中には聞こえていないよ。電波ジャマ―がこの部屋には張ってあるからね。」
盆に緑茶の入った湯飲みを二つと、柿の種を乗せた皿を乗せて男はちゃぶ台に運んできた。
「私の好物でね。このピリリとした味がたまらないんだよ。」
銃口を向けられているにもかかわらず、男はポリポリと柿の種を頬張った。
「では、名を聞いておこう。」
「これは失礼なことをした。自己紹介がまだだったな。私の名はメトロン。別天体からきた者だ。」
「すると、やはりあのアプリは君が?」
「そう。この星の開発者は自分の作品に自分の名前を付けることがあると聞いてね。どうだい、私の人工頭脳は?よくできているだろう?」
「君の行動目的はなんだ?」
「質問を質問で返すものじゃないよ、諸星君。」
メトロンは茶をずずっとすすった。
「私はただこの国が欲しいのだ。」
「なぜ日本を?」
「窓の外を見たまえ。」
ベランダの向こうには、下町のビルが立ち並び、その隙間から夕陽がまぶしくオレンジ色の光が射している。
街並みがシルエットとなり、複雑な影絵のような光景が広がっていた。
「この星は実に興味深い。同じような地形でも、その土地の文化や気候によって建造物の並び方や構造が変わってくる。中でも私はこの国と夕陽の組み合わせが非常に気に入ったのだ。」
柿の種を口に運びながらメトロンは語り続ける。
「しかし、この街並みも徐々に変わりつつある。『下町』と呼ばれるこの光景もより効率化された建造物の構造に変わっていている。実にもったいないことだ。私はただこの光景をこのままにとどめたいだけなのだよ。」
「その手始めにバースを使って人間の心理を理解しようとした、というわけか。」
「それは違うな。私の計画はもう完成したのだよ。」
食べろ、と言わんばかりにメトロンは皿をダンに寄せる。
「湿気ってしまうぞ。」
ダンは表情一つ変えずにメトロンを睨み返す。
頭を少しかしげると、メトロンはまた柿の種を頬張った。
「話を戻せ。計画が完成したとはどういうことだ。」
「なんだ、ウルトラ警備隊員ともなれば、もっと頭の利く奴だと思っていたがね。まぁいい。説明してやろう。」
―――…
「ダンの計測器、無線機ともにオフラインです!接続が復帰しません!」
アキレッシュが血相を変えて本部に報告していた。
「すごい電磁ノイズだ、これじゃあ大抵の電波器具はオシャカだぜ。」
「ロバート、何とかできないの!?」
アンヌが鬼気迫る声で無線に怒鳴りつける。
「慌てるなよアンヌ、こうも状況が分からないんじゃ対策も立てようがない!」
「...チッ!!」
アンヌは無線をブツリと切ると、3階へと駆け上がった。
「よせアンヌ、おい聞いてるのか!アンヌ!!」
―――…
「私は物理的攻撃による占領が嫌いだ。無駄に手間がかかるし私自身が手を下す必要がある。そこで私は人類の社会性に目を付けた。」
「...そういうことか。人間から社会性を奪えば社会が機能しなくなる。そして文明は衰退していく...」
「そうだ。そして人間が社会的活動を行うのはなぜか?それは彼らは一人では生きられないからだ。友情、愛情、青春...それらは他の人間との交流によってはじめて実現する。しかしそれらの感情が他の人間との交流なしに満たされるとしたら?」
メトロンは残りの茶を飲み干した。
「私の人工知能はその人間がもっとも欲している返答をするように設計されている。それは人間との会話よりも充実性があり、その人間の期待を裏切ることも絶対にない。人間以上に自身の欲求を満たしてくれる存在があれば、これ以上の何を欲するだろうか?」
「人類に対するこれ以上ない侮辱だな、それは。」
皿の上の柿の種に手を伸ばしたメトロンの手が止まった。
「それはどういうことだい?」
「そんな玩具で人間同士の信頼が崩せると思っているとは...もっと利口な奴だと思っていたがな。」
「負け惜しみかね。どっちみち君は罠にはまったのだ。」
カチッ。
ダンがマルス-133の引き金を引くも、何も起こらない。電波ジャマ―の仕業だろうか。
それと同時に男の姿がみるみる外星人のそれに変化していった。
「無駄な抵抗はよせ。君はここから出られないのだからな。もうじきこの部屋の空間は5次元ブレーンを通して異次元に転送される。私がここにいた形跡も、君がいた形跡も、全て抹消されるというわけだ。」
マルス-133をちゃぶ台に置くと、ダンはスーツのポケットに手を伸ばす。
「無駄だよ。何をしようとこの状況は変わらない...君はこの次元の宇宙から消えるのだ。悪く思わないでくれよ、諸星君。」
ダンのポケットから出てきたものは、赤い眼鏡のような装置だった。
「メトロン、冥土の土産に一つ教えてやろう。」
「ふふっ、その眼鏡で私を殺そうというのかね。」
「この部屋にいる外星人はお前ひとりじゃあない。」
余裕をかましていたメトロンが急にがばっとちゃぶ台から起き上がった。
「まさか...君は...」
ダンは眼鏡を目の前に構える。
「ウルトラセブン!?」
「デュワッ!!!」
―――…
315号室の前に立ち、アンヌは深呼吸をしていた。
このドアの向こうに、ダンの死体が転がっているかもしれない。
その覚悟を決め、ドアノブに手をかける。
ガチャリ。
アンヌがドアノブを回すより先にドアが開く音がした。
素早くマルス-133をアンヌは構える。
ゆっくりドアが開き、中から姿を見せたのは...
ダンだった。
「...ダン!無事だったのね!外星人は...」
「大丈夫、彼が始末してくれたよ。」
「彼って...誰よ?」
「ウルトラセブンさ。」