「これらが集めた彼女の痕跡となります」
「重畳! よくやってくれた!」
日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。その理事長室。
そこに二人の人物がいる。
一人はこの部屋の主であり、しかしその肩書きに似合わぬ幼げな少女、秋山やよい。
もう一人はその補佐を務める、出来る大人の雰囲気を持つ美人秘書駿川たづな。
二人はある情報に頭を悩ませていた。
地方のイベントに現れたという謎のウマ娘についてだ。
在野ではありえない速さを見せつけたそのウマ娘。その存在そのものが問題になっていた。
第一に、記録された映像から見て取れる高い実力を持つ存在が今まで野放しになっていたこと自体だ。
これだけの逸材であればローカルシリーズどころか、トウィンクルシリーズで大いに活躍するであろう。
大きな盛り上がりとなれば、URA、ひいては関連企業や団体にとって莫大な収益が望める。
それが放置されていたとなっては、大人達にとって痛手でしかない。
特に『悪い大人』にとっては即刻金づるになれる程の実力、とも言えるのだから。
第二に、彼女の身柄確保のために、割と派手な動きがあるという事だ。
一レースのみとはいえ、競バ場のライブカメラ、地方トレセン側の映像記録や一般客個人の記録媒体などに映されたその実力と容姿はかなり魅力的だ。
その姿を追って、まずは地方トレセン学園のトレーナ陣が周辺地域を。次に動画投稿サイトやSNSなどに上がった映像を見てネットの住民達の間で捜索がされた。
しかしどちらも初動において空振りに終わったところで噂が広がり、URAや中央トレセン学園、及びマスコミなどにも知られることになった。
トレセン学園理事長室の二人や生徒会が事態を把握する頃には既にお祭り騒ぎになっており、長い時間が経つか、件のウマ娘を見つけない限り収まる気配がない程だった。
しかも、『悪い大人』が自分達の利益を優先して強硬手段に出るかもしれないという情報も入ってきていた。
「困った、困ったぞたづな~。どうしたらいいのだ」
頭を痛めたやよいは思わず机の上に突っ伏してしまった。
それに対してあらあらと思いつつもたづなはしばし考え、
「……そうですねぇ。一番は誰も彼も皆、彼女の事はそっとしておく事なんですが」
「そういう訳にもいくまい。これだけ大事になれば、な」
あのイベントからまだ数日でこれである。早期に解決しなければ、どこで何が悪影響を受けるか分かったものではない。
「地盤固めがまだ済んでないというのにこれは厳しいな」
「…………」
まだ先代から理事長職を引き継いでから時間が経っていない、むしろ直後と言っても過言ではないこの時期、いくら秋川家が輩出した天才、寵児や麒麟児などと言われても所詮はまだ子供。まだまだ思い通りにできる立場ではないのだ。
それにトレセン学園だけに限っても、理事長の交代劇に関する周辺事情もあって、生徒会長のシンボリルドルフからの突き上げもある。
今はまだ本人の自重と説得によって抑えられているが、彼女が実家の力を使い始めれば、いよいよ一触即発の事態になってしまう。
「……それ程のものを彼女は持っている、ということか」
「映像を見た限り、昔で言えば『トキノミノル』レベルの走りかと」
「驚愕! たづながその名を口にするほどか!?」
勢いよく顔を上げて頼りになる年上の部下を見る。
見上げた彼女は少し寂し気に微笑むだけだった。
「……そうか、そうなのか。それなら、私もその想いには応えなければならないな」
そう言ってやよいは何かを決意し、現状に対する自分のスタンスを決めた。
そんな時だ。デスクに設置された電話から呼び出し音が鳴る。
「うむ! 私だ。どうし……なんとっ!? それは本当か! 分かった、ご苦労だった」
受話器を置いたやよいは一瞬だけ間を置き、口を開く。
「たづな、彼女が見つかったようだ。迎えに行くぞ!」
勢いよく広げた扇子には『出立ッ!』と書かれていた。
地方競バ場から徒歩二時間の距離にある、国道沿いにある大型スパ施設。
その露天風呂の中に騒動の中心である白毛のウマ娘はいた。
「……何度入っても、良い」
風呂は良い文化だ。これを生み出した人は偉い。間違いない。と、そんな事を思いながら満喫する。
数日前、何も分からず人の流れに沿って歩いていたら、いつの間にか走ることになった地方競バ場でのイベントレース。
あのときに得た賞金三万円のみで、彼女は今までをこのスパ施設を拠点にして過ごしていた。
何もかも知識としてしか知らず、あらゆるものが新鮮に映る世界で、気の赴くままにフラフラと歩いた末に辿り着いた場所だった。
この数日で色々経験し学んだが、一番の収穫といえばやはり風呂という文化そのものだ。
温かなお湯に包まれていると、身体がほぐれ疲労が抜けていく感覚、素晴らしいの一言だ。
素晴らしいといえば、併設されたサウナもだ。まさか汗を流す効率しか考えていない暑いだけの小部屋が、どうしてあんなに魅力的に映るのだろうか。
これが文化の極みか、と温泉から出てマッサージチェアを堪能していたときだ。
「失礼、少々よろしいでしょうか?」
と、声をかけられたと同時に複数人に囲まれた。
全員が黒服にサングラスという出で立ちで、男もいればウマ娘もいる。
「私になにか?」
「――私になにか?」
そう訊き返した目標であるウマ娘の紫眼を真っ直ぐに見てしまったリーダー格の男は、内心たじろいだ。
吸いこまれそうなほど綺麗な瞳、などの表現があるが正にそれだ。
引き込まれる。それだけに五感が集中して周りの事が不明瞭になる。終いには姿勢の維持の仕方さえ忘れそうになり、気づいた時には膝から崩れ落ちそうに……、
「ッ!」
そこで肩を叩かれた。
「しっかりしてください。『領域』に飲まれかけていましたよ」
仲間のウマ娘が正気に戻してくれたようだ。
「ヒト相手に領域をぶつけるなんて、礼儀がなってないようですね」
「……そう、ごめんなさい。まだ疎くて」
少し違和感のある謝り方をしてくるがそれどころではなかった。これは異常だと言ってもいいくらいの事だ。
相手を威圧する、というのはヒトであろうがウマ娘であろうが大なり小なり出来る事ではあるが、ここまで身体的に作用させるというのは、ウマ娘の領域をもってしてもそうそうない事だ。
しかもギリギリの勝負の場で感覚が鋭敏になってる訳でもない、更にヒトでもない男にこの場それを容易く行うとは。
目の前の彼女を囲っている同僚、特にウマ娘の面子は分かりやすく警戒度を上げていた。
やはりこのウマ娘は実力、素質共にとんでもないものを持っているようだ。上役達が騒ぐのも頷ける。
「あなたには今から我々とご同行願いたい」
「……?」
「有り体に言えばスカウトです。我々の上司があなたの実力に惚れ込みましてね」
「スカウト……なんの?」
「勿論トゥインクルシリーズですよ。あなたのその脚は世界さえ狙えるものですから」
男はそう言うが、言っていないだけでそれ以外にも色々活躍してもらおうという魂胆である。
中には当然のように表では言えない事も含まれている。
「……断れば?」
「あまり騒ぎを起こしたくはない、というのは共通認識だと思ってますが?」
ウマ娘にはウマ娘をぶつけるのが道理、ということで引き連れているのだ。そうでなくてもウマ娘捕縛用にいくつか装備品も懐に忍ばせてある。多少暴れようが制圧できるだけの用意が男たちにはあった。
「分かった。少し待って」
「何処へ? 逃げるというのなら……」
「これ」
浴衣姿の彼女を見て、一同は沈黙するしかなかった。
実を言えば、今回の仕事についてはあまり乗り気ではなかった。
監視している着替え中の目標を見て、先程リーダーの男を正気に戻したサブリーダーのウマ娘はそう思う。
暫定とはいえどこの所属でもない、クラシック級どころかシニア級でも遜色ないレベルの実力を持つ未デビューのウマ娘。
最初にサブリーダーが話を聞いた時、何だそれは? という感想が出ても、誰が責められようか。
まだ競バ界の情勢が安定しない中、言ってみれば飢えた猛獣の群れの中に新鮮な極上肉を放り込んだようなものだ。私たちのようなものを含め、それに食いつかない筈がない。
なぜこのタイミングなのだろうか。業界内部が激変する前、もしくはある程度安定した後に現れたのならもう少し事は穏便に済んだであろうに、と彼女は同情した。
「終ったようですね。行きますよ」
着替えた白毛のウマ娘は素直に首肯し、付いてきてくれた。
ここで暴れられても面倒なだけだが、こうもすんなりいくというのも気味が悪い。
そしてその予感はすぐに当たる事になる。
目標を伴って外に出てみれば、他の企業や名家や団体からと思わしき団体が多数待ち構えていた。しかもそれぞれ剣呑な雰囲気を纏いながら。
「満員御礼だな。どうするか」
リーダーが呟くが、これは最悪血が流れるかもしれないと予測する。
いざという時の覚悟は出来てはいるが、正直避けられるのであれば避けたいと言うのが心情である。それにそうなれば警察も出てくるので面倒にしかならない。
遠巻きに見ている通行人やスパ施設の店員などの不安顔から見るに、通報されるまであまり猶予も無さそうだった。
「一つ、いい?」
そんな中、徐ろに白毛のウマ娘が手を上げた。
一触即発の状態だったこの場にいる全員が、騒動の中心へと注意を向ける。
その事を確認し、力強くはないものの、不思議と通る声で彼女は宣言した。
「三女神の名前、言えた人に無条件でついていく。勿論調べるのは禁止」
その言葉を全員が飲み込むまでに三秒。
沈黙の後、皆が何らかのリアクションを取ろうとしたその瞬間だ。
「『ダーレーアラビアン』! 『ゴドルフィンアラビアン』! そして、『バイアリーターク』だ!」
若い、というより幼さの残る、そしてこの場の誰よりも快活な声が上がった。
この危険な集団の後ろ、リムジンの開け放たれた後部座席から降りてきたのは一人の少女。
つば広の帽子の上に猫を乗せ、その瞳を爛々と輝かせる少女の名は、
「秋川やよい!!」
「いかにも! 私がトレセン学園理事長秋川やよいである!」
『登場ッ!』と書かれた扇子を片手に、トレセン学園理事長は現れた。
「貴様、横からかっさらう気か!」
「肯定! 自ら名乗る事も出来ないような者たちに、彼女を渡すわけにはいかーん!」
至極真っ当な正論である。
だがそれ故に、この場にいる誰もがそれに従う事はなかった。ここにいるのは所謂『悪い大人』ばかりなのだから。
「目標を拘束しろ!」
リーダーの声に促されチーム全員が振り返る。が、そこに白毛のウマ娘の姿はなかった。
「え、な!?」
前後左右を見渡してもその姿はない。
秋川やよいに気を取られていた隙に私たちの包囲網を突破したらしい。
だがどこに? 素早く確認するが、左右と前はチームで固めている。後ろは建物の中に入るしかなくなるため可能性はない。ならば残るは、
「上ッ!」
ウマ娘の身体能力をもってすれば、十分にあり得る事。しかも、そこらのウマ娘と比べて優れた身体能力を持つのだというのであれば尚更だ。
そして予想に違わず、その白い姿は空中にあった。
高さを求めたせいだろう、落下地点はそう離れていない。すぐ傍と言っても良い。
だがそこはならず者たちのど真ん中だ。
「ちょ、この……!」
突然の事に動揺するも、近くにいた別グループの男が目標に手を伸ばす。
しかしするりと白毛のウマ娘は腕の範囲外へと抜けだした。
そこから誰も彼もが、彼女を拘束しようと動き出す。
しかし、捕まらない。圧倒的物量さをものともせず、彼女は踊るように追跡者たちを避ける。
まるで子供の頃に遊んだ『しっぽ鬼』でもしてるような軽やかさで僅かな間隙を縫って行く。
「絶対に逃がすな! 秋川に辿り着かれたらそれでお終いだぞ!」
誰かが叫ぶ。
この場で身分の証明ができるのはトレセン学園理事長のみ。他は全員後ろ暗い世界の住人だ。
しかもその唯一提示される肩書きがビッグネーム過ぎた。本来ならこんなところにいる筈がないのだ。暗黙の了解、そして諸々の損得を考えると決して手出しができない存在、それがトレセン学園理事長という肩書である。たとえ子供であっても関係がない、今この瞬間、この場に限って言えばそれが通るのだ。
そんな事情など知りもしないだろう白毛のウマ娘はしかし、明確に秋川理事長を目指していた。
サブリーダー含め、中にはウマ娘だって少数ながらいる。だが、そんな事をものともせずに白いウマ娘は進んでいく。
「くっ、仕方がない。テーザー銃の使用を許可する!」
リーダーの言葉に、チーム全員が訓練された動きで半ば自動的に懐に仕舞っていた獲物を取り出す。
ワイヤーに繋がれた二本の針を射出し、刺さった相手に高圧電流を流すという、弾丸を発射する本当の銃を除けばこれほど物騒なものもそうはない代物だ。
一人一発、全部で六丁。その全てが白毛のウマ娘を狙う。
一発目と三発目は、その素早さに追いつかず明後日の方向に。
二発目と五発目は、周りの有象無象に命中。
間のリーダーが発射した四発目は、回し蹴りにて迎撃された。
「ちっ、どんな動体視力してやがる。おい、いけるか?」
「お任せを」
最後の一発はサブリーダーの手に。
この狂騒の中、一撃必中させるために素早く集中する。
動き回る標的、多数の障害物、そして制限時間。難易度は訓練の比ではない。
しかし、
……当てる!
あの白毛のウマ娘に恨みはないがこちらも仕事だと思いつつ、ここだというタイミングで発射する。
ギリギリのタイミングだ。これが外れたらもう標的は秋川の傍に到着してしまう。
そんな一発だったが、
「ぐっ」
引き金を引いた瞬間に有象無象の誰かに身体を当てられた。他グループからの妨害だ。
その所為で狙いが逸れ、窒素ガスによって飛んでいった針は、
「あっ」
秋川やよいへの直撃コースだ。
突然の事にやよいは反応できない。撃った本人もこれは当たってしまうと顔をしかめたその時だ。
彼女を庇うように白い人影が飛び出した。
「お主ッ!」
命中したテイザー銃は即座にその機能を全うする。高圧電流が流れ、白毛のウマ娘は一瞬体を震わせたかと思うと、受け身すら取れず、やよいに覆いかぶさるように倒れた。
「理事長!」
「分かっておる!」
運転席から聞こえる声を合図に弾かれたようにやよいが動き、倒れたウマ娘を車内へと担ぎ入れる。
そして後部ドアが完全に閉じられるのを待たずにリムジンが急発進。そのまま逃走を開始した。
「…………」
「逃げられた、か」
「すみません」
「気にするな。あとの事は別働班に任せたが、捕まえるのはもう無理だろう。近くに飛行場があった筈だしそこから高跳びされるな」
さっさと離れるぞ、とリーダーが背中を叩く。敵対勢力が多数いる中に残っているのは得策ではない。それに遠くからサイレンの音も聞こえてきた。
これ以上、あの白毛のウマ娘に干渉できることはない。
上司への報告が憂鬱だなと思いながら、サブリーダーは仲間と共にその場を離れた。
これウマ娘の小説よね?プリティどこ?ここ?
三女神の名前はテキトーにググった考察を参考にしたので、間違ってたら直します。