サブリーダーウマ娘「ところで、彼女達が去る時、凄い音しませんでした?」
リーダー男「……聞かなかったことにしろ」
なおこれ以降、悪い大人たちの出番はほぼほぼない模様。
暫くリムジンを運転し安全だと確信できたところで、駿川たづなはルームミラー越しに後部座席を見つつ言った。
「……理事長」
「な、なんだたづなっ? どうかしたのかっ?」
「わたくしが言いたい事、分かりますよね?」
「冤罪ッ! わたしは悪くないっ!」
過失事故、という言葉が浮かぶが、それを口にしないのは優しさなのかそうでないのか。少しだけ悩んだたづなはしかし、溜息を吐くだけにとどめた。
先ほど白毛のウマ娘を車内に担ぎ込むとき、やよいが相当慌てた為か、件のウマ娘の頭を車のフレームに思いっきりぶつけてしまったのだ。
案の定、電気ショックで身じろぎ一つとれない白毛のウマ娘は一切抵抗できずに、その衝撃に脳を揺さぶられたのか動けないまま気絶してしまった。
車を出した直後の中、大慌てのやよいを宥めて彼女の容態を確認させたところ、心拍の状態は良好そのもの、外傷も頭をぶつけた部分にたんこぶができている程度で、どうやら急を要する問題は無さそうであった。
「取り敢えず、彼女の意思は無視する事になりますが、このままトレセン学園へ戻った方がよさそうですね」
「賛成ッ! 安全確保のためには致し方あるまいっ」
あのままどこかの勢力に連れていかれた場合、最悪既成事実すら作られた可能性があった。何としても自分の陣営に引き込む為に、手段を選ばない勢力がないとは言い切れないのだ。
……そういう本当に危ない人達は、みんな逮捕された筈ですけどねえ。
一掃、その言葉に相応しい出来事が少し前にあったのだ。
主だった連中はそれでいなくなったが、それでも残ったものが先ほどのように幾つも残っていた。
しかしそれらは組織的な体力がなく、このまま放置していても遠からず自然消滅するような小物でしかない。いくつか自衛手段は取らせてもらうが、逆を言えばその程度で放っておけばいい連中だともいえる。
今回の事も、大胆に動ける最後の機会だったのかもしれない。
そう思えば、少しは気が楽になるたづなであった。
その後、行きと同じように近場の飛行場から自家用ジェットを使って府中近くの秋川家とトレセン学園の連名で一部間借りしている飛行場まで飛んでトレセン学園まで戻り、気絶したままのウマ娘を保健室に寝かせる。
まだ残っていた保健医に改めて容態を診てもらい、彼女の無事を確認。事後処理をしつつ目覚めるのを待つ。
そして――、
「お目覚めになられましたか?」
「――おはよう?」
太陽が完全に沈んで暫く、もうそろそろ生徒たちの門限も迫ろうかという時間帯。
「紹介ッ! わたしの名は秋川やよい、このトレセン学園の理事長をしている。彼女は駿川たづな、わたしの秘書をしてもらっている」
「駿川です。よろしくお願いしますね」
「よろしく」
食堂が完全に閉まる前に用意してもらった軽食を食べつつ、話し合いと相成った。
場所はそのまま保健室であり、彼女はベッドの上で上体を起こし、やよいとたづながその傍に椅子を寄せて座っている状態だ。
やよいは、たづながメモ帳とペンを用意したのを確認してから、口を開く。
「質問ッ! まずはお主の名前を教えてくれないかっ? 我々はお主のことを何一つ知らないのだっ!」
「名前……、私の名前はゴッデスドール」
ゆっくりと、白毛のウマ娘は己の名を告げた。
しかしというかやはりというか、その名に二人は聞き覚えがなかった。
「ゴッデスドール……、理事長、やはり」
「そうだな、全く聞いたことのない名だ」
「?」
これまで、謎のウマ娘を調べる間にこの娘かもしれない、という候補は何人かいたのだ。無論、その全てが違っていた訳だが。
「まずはこちらが把握しているあなたの行動と、今の状況を説明させてもらいますね。なにかあれば仰ってください」
「うん」
取り敢えず最初に行うべきは互いの情報のすり合わせだ。でなければこれからをどうするか決める事が出来ない。
そうしてたづながここ数日の出来事とこちらの背景を語るのを聞きつつ、やよいは同じようにそれを聞いている白毛のウマ娘、もといゴッデスドールを見やる。
美しい顔立ちを殆ど動かすことなく話を聞いてる様子は、いたって平常心で揺らぎすら感じなかった。
そもそも目が覚めてからここまでの間、あんな状況になった事やいつの間にか知らない筈の場所にいた事への僅かな動揺すら感じなかったのは(物珍しそうにはしていたが)、いくら何でもおかしくないか? とも思うが、さりとて判断材料がないのでどう受け取ればいいのかも分からなかった。
「以上が、我々の知るところの大まかな事情ですね。なにかご質問はありますか?」
そう言われてゴッデスドールは首を傾げ少し考えるそぶりを見せるも、
「……ない、よ」
と答え、少し困ったような表情をするのみだった。
どうも反応がいまいちだったので、やよいはアプローチを変える事にする。
「提案ッ! ならばこちらから質問をするのでそれに答えてはくれまいか?」
「うん、それなら」
了承も得たので、い住まいをただし質問を開始する。
「質問ッ! まずどこに住んでいるか教えてくれるかっ?」
「ない。数日スパ施設で寝泊まりはしていたけど」
『えっ』
とんでもない剛速球にたづなと二人でハモってしまった。
「あの、ご家族とかは……?」
おずおずとたづなが聞くも、
「いない。しいて言えば三女神様」
似たような返事が返ってきた。
『…………』
え、これどうする? どうしましょう? と互いに顔を見合わせるやよいとたづな。
全く予想外の角度からの解答に面食らう二人。
「そ、そういえばお歳は……」
「生まれたばかりの一歳馬……じゃない、0歳。うん、0歳」
「……やはり頭を打った時に記憶とかそういうのが」
「謝罪ッ! わたしが不注意だったばかりにっ!」
ゴッデスドールが返答する度に冷や汗が止まらず、どうしてもっと丁寧に運ばなかったと後悔をするやよい。
普通に考えればそうなのだ。世間一般の常識の内であれば、頭を打って記憶喪失と妄想癖を併発した、としか言いようがないゴッデスドールの発言。
しかし、
「勘違い、されてる?」
二人のリアクションに困ったなとゴッデスドールは腕を組んで考えている様子。
そして、
「……ここに三女神様の銅像がある、よね?」
「当然ッ! 立派な噴水として設置されているがっ?」
「案内、してほしい」
『?』
やよいは彼女の突然の発言に訝しみながらも了承した。
軽食の片づけをしてから、トレセン学園の暗い敷地を歩く。
静けさに沈んだ校舎は人の気配がせず、門限を過ぎた為か他に人の気配はしない。
「なぜ三女神像へ?」
少し前を歩く緑色の服装をした女性が問う。
それに答えるのは白い髪のウマ娘。
「証明、という程じゃないけど、全く信じてもらえていないというのも、モヤモヤするから」
隣で歩く被った帽子に猫を乗せた少女が言う。
「疑問ッ! とはいえ話を聞くだけでは妄言としか言えんぞっ!」
「それも、分かる」
常識的な事も理解はできる。なのでゴッデスドールは逆に尋ねた。
「私の痕跡を追ったと言ってた。じゃあ、一番最初のものは?」
たづなが答える。
「……ネットでの証言とあの場の監視カメラの映像ですね。突然ウマ娘がフッと現れたとか。書きこんだ本人の錯覚か何かだと判断されていますね。監視カメラの映像にもあなたが現れた瞬間が撮られていましたが、カメラ自体が古い型なので何かしらの誤作動だと思われています」
暗に我々もそう結論付けている、というのを暗に含めた言い方だった。
「もし本当の事だとしたら、伝承や怪談などでみられる『神隠し』の逆、みたいな現象ですね」
と、たづなが付け加える。
その言葉に帽子の下で秘かに顔を青ざめさせているやよいが、
「懇願ッ! き、季節外れな事を言うのはやめないかっ」
あらあらとたづなは微笑むばかりである。
「という事は『逆神隠し』?」
「こらぁ!」
神隠しとは、人がある日忽然と消え失せる現象をいう。神域である山や森、もしくは街中などで、何の前触れもなく、それこそ神様に攫われたかのように。
突然現れたのだから、その逆。だから『逆神隠し』。
「確かに、そういう考え方も、ある」
でも、
「やっぱりそれは違う。私はあの時、あの場所で、『発生』した」
どこからか帰って来たのではなく、あれが自分の始まり。何でもない風景が最初なのだ。
微妙に噛み合わない会話をしているとやがて、三女神像の前に辿り着いた。
ここでなら、とゴッデスドールは確信する。
「どうするのだっ?」
「こうする」
「え?」
ゴッデスドールが答えた瞬間だった。
暗闇を走る自分。隣には出会ったばかりの少女。
先を見通せない程なのに、何故か自分と、彼女の姿が明確に分かる。
気が付けば自分達の走る先には光が溢れていた。
そして自分達を追ってくる足音が一つ。
辺りが真っ暗になる。しかしそこには明確に自分が存在すると自覚できる。
ふと気が付くと、暗闇の先に一筋の光。
光を見た瞬間、両隣を後ろから二人の姿が前へと駆け抜けていく。
見知った大切な姿と、今日初めて会ったばかりの綺麗な姿。
二人を追いかけ自分も光の方へ。
「――え」
「わっ」
気づけば元の三女神像の前に立っていた。
無理もないが、二人とも混乱しているようだった。
「どう?」
「驚愕ッ! なんだったのだ今のはっ!? 説明を要求するっ!!」
やよいが何もかも理解できないといった表情で問いかけてくる。
しかし答えたのはゴッデスドールではなく、
「今の、『継承』ですか?」
「たづな?」
「主に現役の、それも優秀なウマ娘に起きると言われるものです。ウマ娘は想いを受け継ぎ、それを力に変える。今のはそれをはっきりと受け継いだ時に見えるヴィジョン、とでも言いますか」
「という事は、たづなも見えたのかっ!?」
「……受け継いだというよりも、受け継がせた方の立場だったようですが」
動揺する二人を見て、ゴッデスドールは上手くいって良かったと、内心胸を撫で下ろす。
「そう。今のはあくまで真似事。三女神様程の効果は、ない」
「あなたは、一体……?」
その言葉にすぐには答えず、軽い調子で白毛のウマ娘は噴水の縁に飛び乗る。
そして数秒ほど三女神像を見上げた彼女は二人に振り返り、
「改めて、自己紹介」
生まれ落ちたばかりのこの世界に宣言する。
「私の名前はゴッデスドール。その名の通り――三女神様の人形、だよ」
都合のいいトレセン学園の経済力!
生徒「(運び込まれる様子を見て)えっ誘拐?」
たづな「ちーがーいーまーすーっ!」
あんまり違わない。