ロン・ベルク外伝   作:ソニカ

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第1章
【第1話】虹羽飛石、そして人間界へ


 …大魔王バーン直々の上層幹部登用の誘いを断り、彼の居城を立ち去ってから、一体どのくらいの時が経過しただろうか。

 

 当人たちからすれば暇を持て余すほどに寿命が永く、それ故に時間の概念が希薄になりがちな魔族にとって、暦というものはたいして役に立っていなかった。

 「彼」にとって目安になるものといえば、自らの髪の伸び具合と、バーンパレスの去り際に大魔王の側近によって刻まれた十文字の傷痕が人相に残るようになってから大分久しいというくらいのものだ。

 

 魔界における武具製作の流派の中でも、使い手の能力と融合し昇華させることを目的とした【ベルク流】を受け継ぐ職人のロンは、辺境の地「嘆きの谷」の片隅に自らの住まいを兼ねた工房で、再び武器の製作にとりかかる日々を送っていた。

 しかし、近頃は魔族の堕落が目立ち、武人を自称する依頼主ですら、闘気のはなはだしい減退が見られ、ロンの職人魂を少なからず失望させていた。

 せめて自身が剣士として編み出した奥義である「星皇十字剣」に耐えうる二刀剣を完成させようと槌を振るってはみるものの、なかなか納得のいく作品を創り上げることができずに、かれこれ数十年が経つ。

 彼の意欲をかろうじて支えるものは、自身の理想とする伝説の剣———【神魔剛竜剣】への果てなき憧れである。

 あの剣と比べたら、今自分が作っている剣などナマクラも同然に思えた。

 神々の手により創造されし、地上最強とうたわれるオリハルコンの剣。

 実際に目にしたことはないが、幼き頃に修行をうけた剣術の師からその伝説を耳にして以来、神魔剛竜剣という名は彼の心の中に金文字で深く刻み込まれることとなった。

 

 十数年前には、「この世界のどこかに封印されている」というわずかな情報を頼りに、製作した武具を売って金を得ては伝説の剣を探し求める旅に出て、魔界の各地をひたすら彷徨い歩いた。

 時には情報屋を自称する男に高額な金を支払い、手がかりとなるかどうかも怪しい古文書を買ったこともあった。思い付く限りの手段を尽くし、洞窟や古代遺跡など可能性のある場所は全てしらみつぶしに探索したが、彼が最後に訪れた魔界の最果ての地・ドロス島においても遂に見つかることはなかった。

 

 

 ある日ロンは、資材の買い付けのため、住まいから山を1つ超えたところにあるゾラの街を訪れた。武器製作のために半年に一度はやってくる街だが、この日はとりわけ退廃的な空気が濃くなっているように彼には感じられた。

 前回の訪問時には確かに存在していた道具屋が閉店していたり、町人の気配や生活感が失せ、人口そのものが大きく減っているように感じられたが、ロンが長年に渡って仕入れを依頼している馴染みの資材屋だけは、辛うじて営業していた。

 

 年季を重ね、金具が赤茶色に錆びついた重い扉を押し開けると、店主の男・ラグは奥のカウンターで暇そうに酒をあおっていた。

 いつもは、山脈から直接仕入れた金属や鉱石の類が大きな塊のまま店舗のあちこちにゴロンとだらしなく転がっていたりするような有様の、非常に雑然とした店なのだが———

今日はやけに在庫が整理されて、すっきりと店内が広くなっていることにロンは気がついた。

 

「よぉ、ロンか。久しぶりだな」

 

 ロンは「おう」と軽く挨拶に応じ、カウンターテーブルの椅子に腰をかけると、街に入ったときの寂れた印象を店主に正直に伝えてみた。

 普段は職人として辺境の地に引きこもっているため、こうしてたまに街に訪れた際に知人と世間話をすることも、彼にとっては生きる上での重要な情報源であった。

 

 店主ラグの話によれば、近頃魔界の勢力争いに大きな動きが生じ、「強さ」こそが生きるステータスである魔界においては、力ある者はより豊かに、力なき者はより貧しくなる構図に陥っているという。

 この街ゾラも、そうした格差の広がりで商売が立ちいかなくなり、店を閉じる商人や、魔王軍による徴兵制に志願する者も多いという。兵士として軍に入れば日々の食事は支給されるため、志願者が急増しているものの、兵の一部は妖魔士団の人体実験の材料として回されている———という噂も流れているらしい。

 

「…ロンよ。今さらかも知れんが、魔王軍幹部の座を断ったのは惜しかったんじゃないか。魔軍司令なんて、なろうと思ったってそう簡単になれるもんじゃねえ。そこまでして理想の武器とやらを作りたいもんかねぇ…」

 

 この数十年の間に、どれだけの輩に同じことを言われてきたか…ロンは辟易とした態度で店主に答えた。

 

「ふん、俺は地位や名誉にはとんと関心がないんでね。大きなお世話だ。それより、最近いい素材は入ったか」

 

 ラグは「年々、オリハルコンの入手が難しくなっている。その傾向は特に変わらない」と首を降った後に、少し変わった宝玉が入手出来たこと以外はな、と付け加えた。

 

「お前さんの武具の装飾としては使えんかもしれんが、こいつはなかなか手に入らない代物だぜ」

 

 そういってラグが手のひらに乗せてみせたのは、八面体の形をした半透明の鉱石だった。

 

「こいつは【虹羽飛石】といってな。古代のドラゴンフライの羽を閉じ込めた化石に、呪術師が特殊な加工を施したものだ。魔界と人間界との間をワープできる力をもってるそうだ」

 

 魔界から人間界に移動するには、一部の熟練した魔法使いのみが操れる上位魔法を使うか、特殊な化石を使うかのいずれかの手段しかない———という話をロンも聞いたことがあった。

 ラグの話では、ごく稀に魔族の闇商人が地上の希少な植物や鉱石を仕入れるため、この化石を使って人間界へ移動することがあるのだという。

 

「ただし、この化石1個につき効果は一度きりで、往復は出来ない。つまり、こいつは人間界への片道券ということだ。」

 

 ラグからその化石を手渡されたロンは、カウンターに備え付けてある蝋燭台の光に石を透かしてみた。

 たしかに石の中に昆虫の羽のようなものが見え、神秘的な虹色の光をかすかに放っている。

 

「人間界だと?大魔王バーンが憧れてやまないというあの地上の世界か」

 

 ロンは、さして地上の人間界に関心はなかった。そのあとのラグの言葉を聞くまでは————

 

「そうだな…役に立つ情報かどうかは知らんが、こんな噂は聞いたことがあるぜ。人間界の土地にはところどころ、外来敵を牽制するための強力な武器や魔法が封印されているらしい…それこそ、お前さんの求める神魔剛竜剣とやらも眠っているかも知れんな」

 

 「神魔剛竜剣」という言葉の響きは、ロンの胸の奥に沈んでいた情熱を揺るがすのには十分すぎた。

 

 人間界。

 書物や噂でしか見聞きしたことはないが、多数の植物が生い茂る、緑豊かで生命力に満ちた大地。

 そこに住まう人間の寿命は我々魔族よりはるかに短く、か弱き存在であるが、その不公平さを調和させるために天界が太陽光という恩恵を与えた世界——————

 

「その化石とやら、いただいていこうか」

 

 その化石の1個あたりの価格はロンの全財産にほぼ等しい額であったが、彼は躊躇することなく手持ちの貨幣を全て店の主人に支払い、虹羽飛石を手にいれた。

 

 慣れた手つきで大量の貨幣を手際よく数えながら、店主はロンに言った。

 

「実はなロン、今日でうちも閉店なんだ」

 

 化石に意識を取られていたロンは、少しばかり驚いて店主の顔を見やった。

 と同時に、「なるほど、どおりで」と彼の中で納得がいった。普段は雑然とした商品陳列のこの店が、いつもより店の中がすっきりと片付いているのは、店終いの準備という訳だった。

 

「お前さんがこの店最後の顧客という訳さ。俺はこの金で魔界の中心部へ移り、また新しい商売を始める。まだ何をするかは決めていないがな…今までのご贔屓に感謝するぜ。」

 

 そう言うと、ラグは店のカウンター奥のバックヤードへと消え、しばらくして蒸留酒のボトルと杯2つを持って戻ってきた。

 

「お前さんも人間界に旅立つのなら、お互いの新しい門出に乾杯といこうか」

 

 2つの杯に酒をなみなみと注ぎ、片方をロンの前に差し出す。

 

「実はこいつはこの店の開業祝いにもらったものでな。いつか飲もうと思いつつ、かれこれ300年経っちまった」

「そいつは熟成させすぎだ」

「違いない」

 

 寿命が長すぎる種族ゆえに時間を無駄に持て余すことへの皮肉を込めながら、二人はしばし談笑し、美酒に酔った。

 

 

 店主ラグとの別離を経て、ゾラの街を出たロンは、手のひらに乗せた虹羽飛石を眺めた。

 己の全財産を、その手の中の小さな化石に換えたことに後悔はなかった。年々退廃していく魔界の現状や、自分が大魔王バーンに対してとった行動も含め、どのみちこの魔界には自分の居場所は残っていないように思えたのだ。

 魔族はもともと人間関係や絆という概念がおそろしく希薄であるし、血縁の者といえば父がいるが、物心ついたロンが剣の修行に出て以来、その所在は不明であった。この世界への未練と呼べるものなど何もない。

 

 ロンは自分の住処へ戻り、新天地に向けての身支度を始めた。

 といっても、彼が普段から身につけている、剣帯を兼ねた腰当ての中に、ある程度の小道具は装備されているため、持ち物は剣と数日分の携帯食、あとは寝袋くらいのものだ。

 

 工房の扉に掛けていた看板を外し、無造作に放り投げる。ロンは松明に火を灯すと、それを家屋に向けて放った。

 もともと乾燥している気候も手伝い、木造の家屋はみるみる炎に包まれていく。

 炎が大きくなっていくにつれ、気流に変化が生じたのか、辺り一帯に不気味な風鳴りが響き渡る。

 まるで魔獣が慄きの声をあげているかのような、聴く者の心を不穏にさせる音で、それはこの谷の特殊な地形がかもしだす自然現象だった。

 この一帯が「嘆きの谷」と呼ばれる所以である。

 

 ロンが居住地を移すことは過去にも何度かあったが、今回は「決別」に等しい旅立ちであった。

 もう二度とここに戻ることはないだろう———

 炎の勢いは更に増していき、黒い煙が魔界の空高く立ち上り、鉛色をした天へと吸い込まれていく。

 

 その光景を背後にしつつ、ロンは、虹羽飛石の使用法が書かれた小さな紙を開き、文字に目を通した。

 そして両目を閉じ、これから移行する先の人間界のことを強く想い、石に命じた。

 

「古の時代に封印されし竜羽よ、今こそ秘めた異世界転移の力を拓き、我が肉体を人間界へと導け」

 

 ロンの言葉の波動に同調した虹羽飛石から、七色の光が辺り一面に放射された。と同時に空間の歪みが生じ、次の瞬間、ロンの体は光の素粒子となって霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …光に包まれたロンが地上の人間界で再び物質化し、肉体が平衡感覚を取り戻したそのとき、まず彼の五感を襲ったのは吹雪による強風の音と鋭い冷気だった。

 目の前の視界に映るのは、ただ「白」一色である。

 この時期が、人間界における数百年に一度の厳冬期だということを彼はのちに知ることになったが、地上より気温が高い地底深くの魔界に生まれ育ち、寒さに対して免疫のない魔族であるロンの肌を、鋭い寒さが針のように刺し続ける。

 ロンは肩から背中に掛けていたマントを前身頃に下ろし、衣服が雪にまみれるのをなんとか防いだものの、首から上は容赦なく冷たい氷の結晶が浴びせられる。

 

 人間界にやってきて早々、このような天候に見舞われることをまったく予想していなかったロンは面食らい、一瞬途方にくれた。

 

 が、今さら後戻りができるはずもなかった。

 視界もきかず、地理も分からない。その上いつ止むともしれないこの極寒の雪の中で何もせず立ちつくしていても、ただ凍え死ぬだけであるのは明確であった。

 どこか風雪をしのぎ、身を休めるところを見つけなければ———

 方角が掴めないまま、一歩一歩雪を踏みしめながら数時間ほど歩いたころ、視界の遠くの方に高い建造物が見えてきた。

 

 あれは城だろうか。

 その推測を確かめるために一歩足を進めた瞬間、ロンの半径5mの範囲の地面を強い光の筒が包んだ。足元の雪が光を乱反射する。とても目を開けていられないほどの眩しさだった。

 

「これは…!」

 

 何者かがこの一帯に仕掛けた魔法陣か。

 通常の魔法陣は邪気を避けるためのものだが、この陣形は捕獲用の罠なのか———ロンの全身は電撃系魔法で感電したかのように硬直した。

 吹雪による体力の消耗も重なり、彼は跪いて倒れ、そのまま意識が遠のいていった。

 

 

 

 …次にロンが目覚めたとき、彼は闇の中に体を横たえていた。

 魔族は、一年を通して光の射さない世界に住んでいるため、夜間においても多少視界が効く。ロンはその身体的特性を生かして、暗闇の中、自身のおかれた状況を確認していくと、そこは牢屋とおぼしき場所のようだった。

 どうやら自分は、人間たちの手によって捕獲されたらしい。

 その証拠に、自身の両手両足には錠がかけられており、腰当と剣はなくなっていた。おそらく投獄の際に取り外され、没収されたのだろう。

 ここでもし自分に多少なりとも魔法が使えたとしたら、瞬時にこの城を出ることも可能ではあったろうが———とりあえず現状において打開策は何も見つからなかった。

 ロンは短くため息をついた。

 

 全財産と引き換えにやってきたばかりのこの人間界で、いきなり囚人として捕われの身になるとは———

 無論、自分は罪に問われるようなことも、人間に危害を加えるようなことも何もしていないはずであるから、黙ってこのまま牢に押し込まれる筋合いはない。

 一夜が明ければ、尋問なり事情聴取なりで、おそらく誰かがやってくるには違いないから、身の振り方についてはその時に考えれば良いだろう。

 幸い、建物の中にいることで、先ほどまでの吹雪と寒さを凌ぐことができてはいる。

 

 

 ふと、ロンの収容されている牢屋の通路前方の階段から人が降りてくる靴音と気配を感じた。次第にゆっくりと光源と人影が近づいてくる。ロンは少しばかり身構えた。彼にとって初めて見る人間の姿だ。

 

 しばらくして、明かりとともに彼の前に現れたのは法衣をまとった年若き神官だった。

 

 

 

(続)

 

 






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