第一次サルデニア・ウラテア戦役から3日後のこと。
戦争の爪痕がいたるところで残る、ここ、サルデニア首都バーンズで、
国をあげた復興作業が、急ピッチで進められていた。
都市の重要施設、建物から優先的に、復旧が進められ、すでに、戦争前の機能の7割程度までには回復した。
遅ればせながら本日は、第一次戦役に関する式典が、首都バーンズで開かれる予定である。
式典を開くにあたって、王宮のひときわ大きな、ダンスホールのような部屋に、大勢の人が集められていた。
まず王女である、アレイナ・エルン・フォン・バーンズ。
ライナス国王は、復調の兆しがなく、欠席。
そして元老院の中で、上位役職に就くものが計20名。
市民代表が50名。
戦争功労者として、
軍事部門第1課から4課の代表者約20名。その中にカルロスも含まれている。
クレイモア騎士団長のサラと、騎士団員9名。
そして、勇者であるクリスと、功労者ではないが専属メイドであるセレナ。
以上が、本式典に出席するメンバーである。
騎士団のうち、残念ながら、約半数にあたる8名が死亡、または、騎士として再起不能となった。
ちなみに、死亡した民間人、騎士団、兵士に対してのひとまずの合同葬儀は、先日、先んじて済まされている。
団長のサラも、全身に大けがを負っている状態ではあるが、無事であった。
今も、松葉づえをついた状態で、式典に参加している。
ただ見るからに、明らかにサラの機嫌は悪い。
松葉づえに体重を預けながら、サラの眉間にはしわが寄っていた。
ちなみに、サラの視線の先には、先ほどから無表情のクリスがいる。
騎士団のメンバーも、触らぬ神に祟りなしとして、特にそのことについては触れない。
セレナの弟であるエリックも、その後、医者や回復術師の懸命な処置によって、何とか一命は取り留めた。
しかし、左腕を失うことになり、兵士として国に仕えるという、本人の夢は絶たれた。
エリックは現在、峠は越え、病院の一般病棟に移って、入院中である。
さて、セレナ本人はどうしているかというと…………緊張でがっちがちの状態となっていた。
いつものメイド服ではない、よそ行きの正装を身にまとっており、馬子にも衣裳といった様子である。
ただ、いつもの明るい雰囲気は身を潜め、式典の様子に圧倒されながら、青白い顔をしていた。
一介のメイドに過ぎない自分が、なぜこんな豪華な式典に出席しているのか。
訳が分からずセレナは混乱していた。
ちなみに、セレナが参加しているのは、クリスのたっての希望であった。
そうこうしているうちに、式典が開かれた。
まずは、アレイナより開催の宣言と、国民へのねぎらいの言葉が届けられる。
続いて、今回の戦争で亡くなった人々への追悼が行われた。
亡くなった市民、兵士、騎士団のメンバーが、アレイナの口から一人一人読み上げられる。
会場は、すすり泣く声や嗚咽であふれた。
騎士団の死亡者が読み上げられた際、サラの目には大粒の涙が光っていた。
そしてその次は、この度の戦争の功労者に対する、勲章や褒章の授与式だ。
アレイナから、一人ひとり呼び出され、彼らの功労に対するねぎらいと、感謝の言葉が伝えられ、勲章や褒章が授与される。
都度、会場は割れんばかりの拍手と、歓声に包まれた。
兵士、軍事部門の代表(カルロス含む)、サラ、騎士団と順番に、滞りなく進む。
そして、いよいよクリスの番となった。
「勇者様、この度は国を代表して、御礼申し上げます。あなたの活躍がなければ、この国は邪悪なウラテアの侵略者たちによって、無残に蹂躙されていたことでしょう。本当にありがとうございました」
にこやかにクリスへと告げるアレイナ。
その後、騎士団の団員たちが、クリスの活躍について、如何にすさまじかったかを、その場にいる全員へ向けて語る。
式典参加者は、その話を驚きと、驚嘆の声と共に聞き入り、勇者の成した偉業を口々にたたえた。
とうのクリスはその間、終始無言。顔も無表情を崩すことはなかった。
「勇者様、本当に素晴らしいご活躍でございました。改めて、その偉業をたたえ、この勲章を……」
そう言ったアレイナは、隣に立つ使用人から、きらびやかな勲章を受け取り、クリスへと歩もうとしたが……
「……恐れ入りますが、お待ちください」
今まで黙っていたクリスが、突如として発言をした。
「はい、勇者様、どうかなされましたか?」
急なクリスの発言に、少し驚きながら、アレイナは質問する。
クリスは、アレイナをまっすぐ見据えると、次の言葉をはっきりと口にした。
「申し訳ありませんが、その勲章を受け取るわけにはいきません。また、褒賞も一切無用です」
その発言を受け、その場にいる式典参加者は、皆一様に戸惑いの気持ちを抱いた。
アレイナも、目を大きく見開き、動揺が隠せない。
「……ええと……申し訳ないのですが、理由を聞いても?」
「はい、今回私は、あくまで
式典参加者の動揺は、一層強くなった。アレイナとクリスの周囲から、ざわざわとした声が響く。
セレナは、口をあんぐりと開け、カルロスは、おいおいといった顔をし、サラはよりきつい目線をクリスへ向けた。
「相変わらず、勇者様は謙虚な性格をしていらっしゃるのですね。この際、正式な軍属か、そうでないかなど些細な問題です。実際に、あなたはこの国を救った一番の英雄なのですから、胸を張って、栄光をその身に受けてほしいのですが」
「申し訳ないのですが、それだけは譲れない。いまだ、私の戦う意義、ましてや、生きる意味さえも見いだせていない。こんな状況で受け取るわけにはいきません。……ただ、その中で唯一確かなことがあります。それは、私はもう、国のために戦うことは、嫌なのです」
クリスは変わらず無表情であったが、その言葉には有無を言わせない、強い意思が込められているように、アレイナは感じた。
アレイナは、ふぅっと大きな息を一度吐き出すと、口を開いた。
「…………わかりました。そこまでおっしゃるなら仕方ありません。本来はこのようなことは認められませんが、ほかならぬ、第一の功労者たる勇者様からの希望でもあります。勇者様への勲章授与については、いったん
皆様もそれでよろしいですね? と、アレイナは周囲を見渡す。
とうの王女がそのように判断したのであれば、それに異を唱えるものはその場にいなかった。
参加者は、大小さまざまな疑念や戸惑いを抱えながら、ことの経緯を見守っていた。
セレナは、先ほどクリスに言われた「親しい人」の言葉を思い返し、頭を抱えながら顔を赤くしていた。
カルロスは呆れながらも、面白そうなものを見る目でクリスを見ていた。
サラは、まるで視線だけで殺せそうな勢いで、クリスをにらみつけていた。
第一功労者に対する論功は、いったん保留という前代未聞の結末で、式典は幕を閉じた。
そんな異例の式典から一夜明け、クリスは早朝、身支度を整えていた。
とはいっても、クリスがこの世界にやってきてから、まだひと月もたっていない。
自身の持ち物など、ほとんどありはしないので、わずかな身の回りの物だけを鞄に詰め、クリスは宿舎を出た。
まだ、日も満足に出ていおらず、薄暗い朝の冷たい空気の中、クリスは一人歩き出す。
バーンズの町はずれに差し掛かろうとするとき、クリスは見知った顔を見た。
「ど~こに行こうというんですか、クリスさん!」
いたずらっぽい笑顔を浮かべ、きれいな青い目をした金髪のメイドがそこに立っていた。
「セレナ……なぜここに?」
「それは、こっちのセリフですよーまったく! 昨日は式典を微妙な空気にしちゃっても~! 見ましたか、アレイナ様の顔。笑顔がめっちゃ引きつってましたよ! サラさんも、すごい形相でクリスさんを見ていたし……」
ひぇ~と両手で大げさなリアクションをとりながら、そうまくしたてるセレナ。
「……んで、どちらまで行くんですか?」
セレナのその言葉に、ため息をつきながら、クリスは答える。
「その、くだんの王女様と、騎士団長様を不快にさせてしまったので、この国にはもういない方がいいと思ったんだよ……。まあ、行く当てがあるわけでもないし、持ち合わせもないので、とりあえず仕事をどうするか、といった感じだが」
「おいおい、何も言わずに去っていくなんて、水くせぇじゃねえか!」
野太い声が、朝の冷たい空気に響き渡る。
声と同時にあらわれたのは、野性味あふれる40男、そして騎士団で見知った顔が5人ほど。
「おやっさん……」
「こちとら、おめえさんに、しっかりと礼も言えてねえってのに。なあ、お前たち」
そう、カルロスに促され、騎士団で今回生き残ることができたメンバーの一人、アンディが話し始めた。
「勇者様、いえ、
ありがとうございました! の言葉に合わせて、アンディと、他の騎士団たちが頭を下げる。
「……顔を上げてください。昨日も言いましたが、戦ったのは、ただの私の気まぐれです。感謝されるようなことはないのです」
「それでも、あなたが俺たちの命の恩人であることは変わりありません。ありがとうございます!」
またしても、大声でお礼を伝えるアンディと、騎士団員たち。
クリスは気恥ずかしくなったのか、ほほをかきながら、何も言わず戸惑っていた。
「なあ、クリスよお。お前さん、国のために働くのは嫌だと、昨日言っていたな。過去に色々あったみてぇだが、ようは、軍人として、仕事をするのはいやだ、そういうことなんだろ?」
そう、口を開くカルロス。その言葉に対し、無言でクリスは首を縦に振って、肯定した。
「だったらよう、ひとまず
カルロスが、聞きなれない言葉を口にする。クリスはその言葉の意味がよくわからず、困惑した。
「ようは国だとか、どっかの組織だとかに所属すんじゃなくて、お前さん自身が、どこにも所属しない、一人のフリーの職人、フリーの仕事請負人になるって感じだ。お前さんは毎度、必要に応じて、自分で仕事を取捨選択する。どんな奴からの、どんな仕事を受けるかは、お前さんの自由ってわけだ。そして、いったん仕事が決まったら、依頼する側との契約に基づいて、仕事を請け負う。契約期間が終われば、関係はおしまいで、その後何も後腐れはなし。どうよ?」
カルロスの提案に、クリスはしばし考える。
なるほど、それもありかもしれない。クリスはそう考えた。
もともと、前の世界でも
そうした生活に戻ると考えれば、とくに違和感もなさそうだ、とクリスは考える。
「わかったよ、おやっさん。ひとまずそんな感じでやっていくとするよ」
「よし決まりだな! そんな、人生の新しい門出を迎えた、勇者様に対して、早速だが仕事があるようだぜ?」
にやりと笑うカルロスに、クリスは何となく嫌な予感がしていた。
「お願いします! クリスさん! 俺たち騎士団の、技術指導員を受け持ってもらえませんか?」
今度は別の騎士団員である、ロバートが頭を下げる。
「俺、あの時、クリスさんの動きを見てました。俺、正直言って、人生であんなに感動したことはないってくらい、感動しました! 汎用型フレームでも、あんなすごい動きができるなんて、本当に信じられません! どうやったらいいのか、いつまでかかるのかは全然わからないんですけど、あの動きに少しでも自分が近づけたらって、本気でそう思っているんです! お願いです、クリスさん! 何とか俺たちの、アーマーフレームの指導者になってくれませんか!?」
ロバートが頭を下げるのと同時に、他の騎士団員たちも、勢いよく頭を下げる。
そんな様子を、クリスはじっと見つめながら口を開く。
「……俺は、ずっと実力を隠していた。そのことに対して、何か思うところがあったりしないのか?」
それに対し、ロバートは少し考えるそぶりをして、言葉を口にする。
「もちろん、俺たちとしても、何でもっと早く、できることを教えてくれなかったんだって気持ちはあります。でも、昨日のクリスさんが話していたことを聞いて、多分色々と事情があるんだろうな、と何となくですがわかりました。あと、カルロスさんから聞きましたが、模擬戦の時に、すでにものすごい技術で、ずっとアーマーフレームを操っていたそうじゃないですか。それだけの動きをしているのに、気が付かなった俺らが間抜けだったんです」
そんなロバートの言葉を受け、クリスはしばし考えた。
やがて、観念したように口を開いた。
「……わかったよ。どうせこちらの世界で伝手も何もないしな。教えるのは専門ではないで、あまり期待しないでほしいが、しばらく厄介になるとしよう」
その言葉に、わあっと、飛び上がって喜ぶ、騎士団の面々。
そんな様子を見ながら、カルロスは腕を組んで、顔をにやにやさせていた。
セレナも口元に手を当て、二やついていた。
(なんだか、カルロスとセレナにうまいことしてやられたような気がするな)
そんなふうにクリスは思ったが、まあ、ひとまずそれもよいかと気持ちを切り替えた。
こうしてクリスは、未知の異世界の地で、新しい人生の門出を迎えるのであった。
これから彼の前には、いったいどんな困難や、喜びが待ち構えているのか。
どんな人との出会い、そして別れがまっているのか。
今の段階で、それは誰にもわからなかった。
作者にもわかりません。
あらためて、ご覧いただきありがとうございます。
フェノメノンはひとまずこれで終了です。作者のやる気が乗る、皆様からご要望がある、などがあれば、第2部を描くかもしれません。
ではまた!!