「成功です」
シンとした空間に、一人の女性の凛とした声が響き渡る。
その声に端を発し、集まった人々からの大きなどよめき、驚きの声が、薄暗く、じめじめとした空間に広がった。
その空間は、一言で言うと「異様な」雰囲気に包まれていた。
その空間、正しく言うと「部屋」の広さはおよそ20メートル四方。
部屋のどこを見渡しても、窓と呼ばれる代物は一切見当たらない。重く、じめじめした空気が、部屋内に充満している。
また、金銀色とりどり、意匠を凝らした銅像、家具、絵画が、部屋の隅を囲うようにして配置されていた。
もっとも「異様な存在」は、その部屋の中心にあった。
人間の大人2、3人ががすっぽりと隠れるくらいの「白い靄のようなもの」が、濛々と立ち上っているのだ。
靄の密度は不自然なほど高く、中の様子をうかがい知ることはできない。
そんな靄から少し離れた場所に、一人の女性が、両手を祈るようなポーズでかがみこんでいた。
全身を、真っ白な衣装で身を包んだその女性の年のころは、おおよそ10代後半から20代前半ごろ。
深くかぶったフードからのぞく栗色の髪が、かすかに揺れているのが見える。
先ほどの凛とした声の主その人である。
そして、その靄と少女の周りを、おおよそ20人くらいの人間が囲うようにして立っている。
身に付けている衣装、装飾品から、いずれも高い要職、身分についていることがうかがえる。
その中の一人、木の椅子に座るひときわ豪奢な格好をした、年のころ50代前後の大柄な男性が、しわがれた声で女性に話しかけた。
「……成功か……
「はい、間違いなくそこにいます」
伏せていた顔を持ち上げながら、透明感のある声で女性はそう返答した。
よく見ると、部屋の中心を厚く覆っていた白い靄が、徐々に薄くなっていることがわかる。だんだんと、靄の中を見通せるようになるにつれ、その場にいる人間全員が、その靄の中心に何か「黒い影」があることを認識した。
「黒い影」はかすかに動いていることがわかる。時間にして3分にも満たない時間で、靄はその中の存在を、周囲の人々がある程度認識できるくらいまで、薄まっていった。
それは、横たわった一人の「
中肉中背、おそらく男性と思われる人間がうつぶせの状態で倒れている。ここサルデニ王国においては、珍しい「真っ黒な髪」の青年。
うつぶせの状態なので、顔の詳細はうかがい知れないが、年はおそらく20代前半から中ごろを連想される。
気を失っているようだが、呼吸はしているようで、背中のあたりがかすかに上下していた。
全身を、黒を下地としたタイツのような服で覆っており、ところどころ服の破損が見られる。
破けた服の下からは、裂傷のようなものがいくつかのぞかせた。
「彼はケガをしているうえに、気を失っているようです。ひとまず、地下から運び出しましょう。詳しい話は彼が目を覚ましてからにします。どなたか手を貸してくださいますか?」
女性の一声とほぼ同時に、ガチャガチャと音を立てながら、幾人かの銀色の鎧姿の男たちが、小走りで女性のもとに近づいてくる。
彼らはそのまま、倒れた男のそばまで近づき、軽々とした様子で男を担ぎ上げた。
「…………あっ! 気が付いたんですねー! よかった~~~~!!」
男が目を覚ましたのは、それから約2日たってのことだった。
「…………」
目覚めた彼の目のまず飛び込んできたのは、いわゆるメイド服を着た女性の姿。部屋の掃除をしている最中だったのか、手には「雑巾」らしきものが握られている。
こちらをのぞき込む彼女の顔には、安堵の表情が見て取れた。金色の髪に、くりくりとした青い目が印象的だ。
男は、
「…………」
「こうしちゃいられない! 早くお伝えしないと! あーでもどうしよう、うーんと…………あ、ダンケルさん! ちょうどよかった! 勇者様が目を覚ましたので、伝えてもらってもいいですか? はい、お願いします! 私はこのまま勇者様のお世話をしますので! ええ、任せてください! どんなご要望、ご希望でも私がすべて対応します! 勇者様、何かご希望はありますか!? お腹はすいていませんか? 傷は痛みますか? 服を着替えますか? シャワーを浴びますか? それともマッサージがいいですか? ちなみに私こう見えてもマッサージ結構うまいんですよ? 知り合いのエバおばさんにも、セレナは背中をもむのが上手だねって、よく褒められるんです! あーそれとも、お散歩がいいですかね? ずっと横になってましたから、体もなまってますもんね! お城の中庭では、今の時期ですと、ナナイロクワの花がすっごくきれいなんですよ! ライナーさん、お城の庭師なんですけど私、いつも仲良くしてもらっているんですが、とっても腕がよくて、中庭は絶対一度は見た方がいいですよ! あーでもナナイロクワは実の方はあまり食べない方がいいですね。おいしそうだと思っても、もいでかじらない方がいいです! すごく渋くて、食べれたもんじゃありませんからね! それから~」
「……待ってくれ、一度にいろいろ言われても困る」
マシンガンのように放たれる、雨あられの言葉に顔をわずかにしかめながら、男はメイド姿の女性に言葉を投げかける。
「……は、ごめんなさい! 私ってばそそっかしくて。昔、お母さんからも、『セレナ、会話はちゃんと相手の立場になってするものよ』っていわれているのに、ほんとに私ったら! ああ、きちんと名前も伝えてませんでしたね。申し遅れましたが、私はセレナと申します! 勇者様の身の回りのお世話係を、国王様、正確には王女様からなんですけど、から任命いただきました! どのような御用も、何なりとお申し付けください!!」
「……」
「勇者様がここに運ばれてから、今日まで2日間ずっと目を覚まされなかったので、本当に心配しましたよ! でも、こうして無事に目覚めてくださって、本当に良かったです! あ、えっとですね! 今後なのですが、勇者様は近いうちに国王様、もしくは王女様へ謁見いただく予定となります! ご予定の確認が取れ次第、すぐになるかと思います! お支度については、私がお手伝いしますので、心配ご無用です! 勇者様にばっちり合うような、かっこいい服を選びますからねー!」
「……」
「…………ん? あ、すみません、どうも私、メイド長にお呼ばれされたみたいなんで、ちょっとだけ失礼しますね! 大丈夫です、すぐに戻ります! 勇者様、もし何か緊急で必要なことがあれば、ここに呼び鈴を置いときますので、鳴らしてください! その音を聞いたら、いつでも、どこでもすぐに、セレナが参りますからね! どんな小さなことでも構いません! お気軽に私を呼んでください! では、すみません、ちょっと失礼しますね、それではまた!!」
ガチャ、バタン、タッタッタッタッ……
「……」
まるで台風のように、一方的に用件を伝えたメイドが去っていたあと、部屋はしんとした静寂に包まれた。
男はまず、ベッドから上半身を起こし、周囲を確認する。
ベッドは綺麗で、染み一つない真っ白なシーツでおおわれていた。掛布団の手触りもなめらかである。
男が上半身起こして手を伸ばすと、ぎりぎり届くぐらいの範囲に小さなテーブルが置かれている。
テーブルの上には、先ほどセレナと名乗ったメイドが話していた、銀色の呼び鈴がおかれていた。
男は考える。
今、自分は一体どこにいるという疑問は、先ほどから当然のように抱いている。
しかし、それ以上に、最大の疑問が、男の頭から離れようとしない。
なぜ、自分はまだ「
第二話へ続く。