第19.5話です。
時系列的に言うと、クリスとアーサーが出会った時と、キースがアーサーのもとへ訪ねた時の間になります。
「おーい、クリス! ちょっと来てくれ!」
テントの外から、アーサーのやたらとでかい声が聞こえてくる。
来月、マーケットに出す機材の修理を、テントの中で行っていたクリスは、その声を受け、作業の手をいったん止めた。
「なに、こっちは忙しいんだけど」
ゴーグルを外しながら、アーサーのもとへ、しぶしぶやってくるクリス。
その声には、作業を止められたことによる多少の不快さが、見え隠れしていた。
「そんな言い方すんなよ、ったく、この間、話していた例の件だ」
そう言ったアーサーの隣には、彼の愛用する作業用フレームが、操縦者が空の状態で、行儀よく座っていた。
「! それって……!?」
「ああ、フレームの操縦、したかったんだろ? OSの更新が完了したんで、これで、お前でもこいつを操縦できるぜ」
そう話すアーサーに対し、クリスは珍しく目をキラキラさせている。
「早速、乗ってみるか?」
「乗る乗る!!」
クリスの、うずうずした空気を感じたアーサーが提案すると、にべもなくクリスはうなずいた。
アーサーの手も借りながら、クリスは操縦席へ乗り込む。
その作業用フレームは、全高が約3メートル程度で、人が一人、すっぽりと全身を楽々覆いつくす大きさだ。
クリスは、操縦席に乗り込むと、改めてあたりを見渡した。
フレームの状態を表す、様々な機器、計器、そしてスイッチやレバーが、あちこちに並べられている。
早速アーサーは、クリスに対して、基本的な操縦の仕方、機器の見方についてレクチャーした。
それに対し、いつになくやる気に満ちたクリスは、真剣な表情をしながら、耳を傾ける。
「……と、大体こんな感じだ。あとは、都度教えてやるから、まずはちょっくら、最初から動かしてみな」
アーサーから一通りの説明を受けたクリスは、言われたことを頭の中で反芻しながら、まずは起動シークエンスから操作を始める。
手順通り、順番にスイッチを切り替え、レバーを引く。
電子的な起動音を響かせ、無事にフレームは起動状態に切り替わった。
クリスは、たった一度の説明にもかかわらず、ほとんど迷いもなく、スムーズに機体を起動した。
「おお、一回言われただけで、よくできるな。たいしたもんだぜ」
アーサーから褒められ、クリスは少し気恥ずかしさを覚えた。
その後、あらかじめ作業用フレームにプログラムされている、初心者用チュートリアルに沿って、クリスはフレームを動かしていく。
初心者用チュートリアルとは、上下左右斜めの移動、ものを持つ、離す、投げるなど、フレーム操縦における、各種基本動作がお題形式で出題されるものだ。
そのお題に沿って、正しく行動を実行すると、クリア扱いとなり、動作の素早さ、正確性に応じて、スコアも表示される。
クリスは、次々と出題されるお題に沿ってフレームを動かし、順調に課題をクリアしていった。
「…………おい、クリス。お前本当に、初めての操縦なのか……?」
「? うん、初めてだけど」
初心者では考えられないような、高いスコアを次々と叩き出すクリスに対し、アーサーは動揺を隠せなかった。
そこで、アーサーは出来心で、少し難しい課題をクリスに与えることにした。
「あ~クリス? ちなみになんだが、フレームの動きについて、課題で出されている合格ラインよりも、もっと全体的に丁寧にしたほうがいい。結局、フレームの機体を修理して、整備するのは俺たち自身だ。機体に余計な負荷がかからないよう、動きは効率よく、スムーズに、最小限にしろ。ただでさえ、ここでは砂嵐や風雨にさらされて、機体の劣化が早い。普段の操縦でも、常にそのあたりを気にしていれば、機体が長持ちして、最終的に俺たちの負担が減ることになる」
アーサーも、自分で言っておきながら、初心者用チュートリアルを行っている初心者に、わざわざいうことではないことを自覚していた。
普段から機体の劣化を気にして、注意して操縦する。
それは確かに理想論だが、それは相当経験を積んだベテランに対して言うことだ。
今日、初めて機体を触る初心者にいうべきことではないことは、アーサーもよくわかっていたのだが……。
「わかった。やってみるよ」
何でもないかのように、クリスはアーサーの言葉に返答する。
その後、クリスは時間も忘れて、フレームの操縦に没頭した。
その日は、日が昇っている間中、フレームの駆動音がやむことはなかった。
クリスは、食事も休憩も忘れて操縦を繰り返し、あっという間に半日が経過した。
日も落ち、暗くなりかけたころ。
アーサーは、早々にクリスのことは放っておいて、テント内で自分の仕事にとりかかっていた。
そんなアーサーのもとに、さすがに疲労の見えるクリスが、ようやくテントの中にやってきた。
「あ、クリス、この野郎! 今日、料理当番だったことも忘れて、没頭しやがったな?」
そういいつつ、アーサーも本気で怒っているわけではなく、結局はクリスの好きにやらせていたのだが。
「ごめん、つい熱中しちゃって。それより、ちょっと動きを見てくれる?」
クリスは、謝りながら、テントの外にアーサーをいざなった。
何事かと思いながら、アーサーはクリスに言われるがまま、テントの外にでる。
クリスは、すぐにフレームに乗り込むと、初心者用チュートリアルを再び起動した。
そしてクリスは、初心者用チュートリアルで課題の最後に設定されている、初心者用総合プロトコルを選択した。
初心者用総合プロトコルとは、いわゆる武道における、様々なシチュエーションを想定した一種の「型」のようなものである。
フレームのすべての基本動作を順番に行っていく内容で、まさにフレーム操縦の総合的な能力が試されるものだ。
初心者用とはいえ、その課題には、フレーム操縦の基本がすべて詰め込まれており、フレーム操縦の基本的な腕をみるための、一種のリトマス試験紙のような役割もしていた。
そして、クリスは、試験を開始した。
アーサーは目の前の光景を信じられない気持ちでいた。
それはもう見事な動きであり、見るものを虜にする、美しい機動であった。
それは、フレーム乗りなら誰でも知っている、言ってしまえば単純な基本動作の連続である。
しかしクリスの、フレームの動作一つ一つの完成度が驚くほど高く、まるでよどみがない。
もちろん、ベテランのフレーム乗りであれば、この領域に至るものも存在する。
アーサーも、自身が現役バリバリの時であれば、同じような動きができていただろうと考える。
しかし、当たり前だが、クリスにそんな円熟のレベルに達するための経験はない。
何せ、彼は今日初めて、作業用フレームの操縦桿に触れたのだ。
であれば、この動きは、すべてクリスの持って生まれた天性の感覚だけで、表現していることになる。
アーサーは、あっけにとられながら、クリスの操縦をじっと見ていた。
試験が終了し、操縦席から降り立つクリスは、アーサーに話しかける。
「とりあえず、意識して効率よく、早く動くようにしてみたんだけど、こんな感じで大丈夫かな?」
「……あ、ああ。問題ない……。問題ないっていうか、もうほとんど完璧だわ。俺が軍役にいたとき、このレベルに到達したのはどれくらいかかったか……。10年近く乗っているやつの動きっていっても全然信じられるぜ。こりゃすげえわ……」
若干、高揚したように聞いてくるクリスに対し、アーサーは呆然としながらも答えた。
アーサーの言葉を聞きながら、照れながらクリスはほほをかいた。
なんだかんだ、クリスはこうしてアーサーから、不器用ながらも褒められることが、好きだった。
アーサーとクリスが、一緒に過ごした時間は5年ほど。
クリスはのちに振り返る。
こうしてアーサーと、気楽なジャンク屋稼業を営みつつ、何気ないことで笑いあったり、語り合ったりしていた時が、自分は一番幸せだったかもしれない……と。
どのくらいすごいの?
ピアノの弾き方をその日、初めて教わった初心者が、半日練習したら、
モーツアルトの「トルコ行進曲」
https://www.youtube.com/watch?v=peKr1Y3ODgk
をセミプロレベルで弾けるようになったよ~と言っているようなもの。
ピアノをやっている人ならば、才能に嫉妬しすぎて殺人事件に発展するレベルかも・・・。