※注意!
主人公の幼少期の話ですが、かなり暗い話となります。
とはいえ、主人公の性格を形成するに至る、重要なエピソードになりますので、お読みいただけると幸いです。
クリスは幼い日のことを、正直あまり良く覚えていない。
物心がついた時には、「グレートロックキャニオン」周辺で何でも屋を営む、一家の次男としての自分がいた。
当時、自分が兄の背中を、しつこく追い回していたことだけは、クリスも鮮明に覚えている。
しかしクリスは、そんな兄の後姿は思い出すことはあれど、正面の姿を正確に思い出すことができない。
もう、写真や記録など、何もかもが残っていないが、ただ何となく、優しかったことだけは、クリスも記憶している。
クリスが兄の顔を思い出そうとしても、
クリスの両親は、クリスの兄を溺愛していた。
とはいえ、両親はクリスに対し、最低限の愛情は注いでくれていた。
クリスは、学校へは行っていなかったが、読み書き、算数などは両親が教えてくれた。
しかしクリスは、子供ながら自分と兄で、親からの思いが、明確に違うことを認識していた。
日ごろの接し方をはじめ、我儘に対する対応、与えられる道具など……自分と兄とでは、明らかに「差」があることに、クリスは気が付いていた。
「いいこと。あんたは、今もこれからも、しっかりとお兄ちゃんを支えて、助けるんだよ。それがあんたの生きている唯一の意味なんだから」
クリスが幼い時の、母親の口癖だった。
幼いころからクリスは、何となく、自分と兄は違うんだ、兄の方が上なんだ、という思いが常にどこかにあった。
ある日、クリスの兄が、高熱で倒れた。
両親は、すぐに良くなるだろう、と気楽に考えていたが、熱は下がる気配もなく、上がる一方であった。
何でも屋で生計を立てていたクリスの一家は、当時、貧困とまではいわないが、決して裕福とは言えなかった。
薬などの物資は、常に不足気味である。
クリスの兄の高熱が2日ほど続き、次の日も熱が下がっていなければ、いよいよ街におりて医者に見せた方がいいと、両親が考えていたその矢先。
3日目の早朝に、クリスの兄は、あっさりと息を引き取ってしまう。
クリスの兄はその時、わずか10歳であった。
クリスの両親の嘆きはすさまじく、特に母親の憔悴ぶりは、目も当てられない状態であった。
クリスは、そんな母の悲しみを少しでも癒そうと、率先して家業の手伝いを行った。
少しでも、母親の助けになりたい一心であった。
そんなある日、クリスが夜中にたまたま目覚めた時だった。
用を足して自分の寝床に戻ろうとした際に、居間の電気がまだついていることに、クリスは気づく。
どうやら両親はまだ起きており、何やら言い争っているようだった。
兄が死んでから、両親はこうして夜中に喧嘩をすることが増えていた。
そんな両親に、暗い気持ちを抱えながら、クリスは通り過ぎようとした。
しかしその日は、クリスにとって、その後の人生を左右する、母親からの決定的な言葉を、たまたま聞いてしまう。
「
「
その日から、クリスの心は、常に
食事をしても味を感じず、楽しく遊んでいたはずのおもちゃを、手にとっても心は動かず、好きだったはずの夜の星空をみても、何も感じなくなった。
両親は、そんな感情を失ったかのようなクリスに対し、当初は心配するそぶりを見せた。
しかし、いつまでたってもろくに反応を示さない息子に対し、両親は次第に疎ましい気持ちを感じるようになる。
ある日、クリスの両親は、しばらく外出することをクリスに告げた。
隣町まで商品を売りに行く関係から、帰りは遅くなると。
3日ほどで戻るので、それまで留守番をしてほしいと。
クリスは、それを黙って承知した。
3日たったが、両親は戻ってこなかった。
5日たったが、両親は戻ってこなかった。
10日たったが、両親は戻ってこなかった。
そうこうしているうちに、1か月がたった。
両親は戻ってこなかった。
クリスが、気が付いた時には、兄の墓は、いつの間にか掘り返され、中身はすべて持ち出されていた。
クリスは気づいた。
「
クリスは思った。
それは当然のことかもしれないと。
なぜなら、自分は
何かの間違いで、生きるべきだった兄が死んで、自分が生き残った。
両親と血もつながらず、
あの父と母のもとに、自分がいまだに、のうのうといること自体が「不自然」で「おかしい」ことなのだ。
だから、何もかもリセットするために、両親は自分を置いて行ったのだ。
クリスはそう結論付けた。
その瞬間、ぎりぎりの状態で保っていた、彼の中での決定的な「何か」が、欠けてしまった。
一家が、家代わりに使っていた、大型輸送船「ヴィトール」の各種設備や装置が、まだまだ十分に動いていたことは、クリスにとって大きな幸運だった。
また、兄が死んでから、クリスは両親の手伝いを率先して行っていたこともあり、その設備のほとんどに対し、使い方を熟知していたことも幸いした。
設備や装置のほとんどが、手つかずで残っていたのは偶然か、それともクリスの両親のせめてもの情けだったのか。
グレートロックキャニオンの気候、風土は、子供にとって厳しい環境である。
日中の気温が40度近くまであがり、夜は0度近くまで下がることは日常茶飯事。
定期的な砂嵐や、豪雨による災害も時には発生する。
クリスは、残された財産、そして家でもある「ヴィトール」の各種設備を活かし、自分だけでも生活できる環境を整えるところから始めた。
昔から、クリスは機械の使い方が、抜群にうまかった。
一度説明されれば、一度説明書を読めば、大概の機械の使い方を理解し、使いこなすことができた。
それは、「機械」であれば、ほぼ例外はなかった。
まるで彼は、世の中のあらゆる機械から「祝福」を受けているような……そんな有様であった。
そんなクリスの姿を見た父親は、一度だけ「
どういう意味なのかを、クリスが父親に聞いても、のらりくらりと話をはぐらかされた。
とにもかくにも、クリスは自分が生きていけるだけの環境を、早めに整えることができた。
その後クリスは、ただ「生きているだけ」の日々を、約2年続けていくことになる。
朝起きて、飯を食い、気温が上がりきらないうちに外に出て、ヴィトールの整備に使えそうなジャンク品を近場で探し、狩りをして、畑を耕し、作物を育て、ヴィトールの整備を行い、拠点に戻り、飯を食って、残された本を読んで、シャワーは三日に一度入り、夜はラジオを聞き、寝る。
ただ、それだけの繰り返し。
それはまるで、クリス自身も「
事実、彼の心は無意識にそうなることを望んでいた。
自分の心に蓋をして、心までも「機械」になってしまえば、これ以上傷つくこともない。
人としての感情を捨ててしまえば、もう思い悩んだり、悲しんだりすることもない。
だから、
心の中が、自分でさえも見通せないように、奥底まで霞で覆ってしまおう。
喜びもせず、悲しみもせず、心に蓋をし、波風を立てず、淡々と生きよう。
10に満たない少年が、心を壊してしまう前に形作った心のありよう
……それは一種の「防衛手段」でもあったのだ。
喜びも悲しみも、目標や目的もない。
本来、大空を自由に飛ぶはずのヴィトールに、「鎖」として地上に縛られ、ただ生きていくだけの人生。
そんなクリスの人生は、「
次回に続きます。