青春っていいよね。
「あなたがエバンスさんですね? とても素晴らしいアームドフレーム腕前をお持ちであると、兄から聞いております。今日は、お会いできることを楽しみにしておりました。来年から私も、ロザライム士官学校の高等部へ入学します。その時は、どうぞよろしくお願いしますね」
一目見て、気品を感じさせられる、優雅なお辞儀を披露するソフィア。
兄譲りの、黄金色の髪は艶やかで、会場の照明に照らされたそれは、まるで髪自体が光沢を放っているようだった。
長いまつ毛が備わった青い眼は、南国の海を思わせるように透き通っている。
「? ……どうかなさいました?」
「……ああ、すみません。自分は、クリス・エバンスと申します。気軽に、クリスと呼んでください」
「では、私のことはソフィアと。年も一個下ですし、敬語も不要ですよ?」
にっこりと微笑むソフィア。
それに対して、クリスは少し、普段とは違い緊張している様子である。
「は……はじめまして。私は、コレット・レイノルズと申します。本日はお日柄もよく……」
「ええ、レイノルズさん。はじめまして。あなたのことも兄より聞いております。同じ女性同士、是非仲良くできたらうれしいです!」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。わ、私のこともコレットで大丈夫です」
クリスが、再度口を開こうとしたときに、聞き覚えの声が割って入る。
「おう、クリスもコレットも、着ていたんだな!」
「すみません。お色直しに時間がかかりました。これで皆さん、勢ぞろいしましたね」
グレンとアイビーが、クリスたちのもとへやってきた。
「よし、そろそろ時間だし、乾杯の準備に入ろうか。皆も、忘れないうちに飲み物を取りに行ったほうがいい」
アルフレッドの誕生日会は、大変盛況であった。
アルフレッドが乾杯の音頭を取ったことを皮切りに、その後、余興あり、演奏あり、合唱ありと、大いににぎわった。
今年は特に、クリスたちも参加するということもあり、アルフレッドも気合を入れて準備をしてきたらしい。
いわゆる、硬すぎる式や作法などもなく、アルフレッドゆかりの、年頃の近い学生、若者同士が、めいめい自由に会を楽しんでいた。
様々な催し物もひと段落し、現在は懇談の時間。
主役のアルフレッドは、アイビー含むクラシック音楽仲間とともに、音楽談議に花を咲かせていた。
ふと、彼は自分の持っているケースから、バイオリンを取り出し、おもむろに演奏を開始した。
アルフレッドの奏でる美しいバイオリンの調べが、会場全体へ広がっていく。
その様子を見たアイビーもまた、ビオラを持ち出して、それに合わせて演奏を重ねる。
そんな二人を見た音楽仲間が、思い思いに、自分の楽器を持ち寄って、演奏をはじめた。
即席の、美しいクラシック演奏会が開催される。
アルフレッドも、アイビーも貴族として、幼少のころから教養として、楽器演奏を習っていた。
他の音楽仲間も同様で、二人に負けず劣らずの実力者ぞろいである。
その旋律はとても美しく、会場のだれもがうっとりと、その音の調べに耳を傾けた。
いつの間にか、夜を迎え、外もすっかり暗くなっていた。
その日は天気が良く、空には満天の星がきらめいている。
クリスは一人、気分転換のためにベランダに出て、そんな星々をぼうっと見上げていた。
真っ暗な外とは対照的に、室内からの照明がベランダに差し込み、カーテンや窓枠の影が、ベランダの手すりを装飾している。
「……疲れましたか?」
不意に、クリスの背中ごしに、誰かが話しかけてきた。
クリスが振り返ると、そこには、にっこりとした微笑みを浮かべた、ソフィアが立っていた。
透き通るような青い目は、まっすぐにクリスをとらえていた。
白いカジュアルドレスを着たソフィアの肩に、光沢のある黄金色の髪がかかっており、後ろからの会場の光に照らされてキラキラしている。
「……いえ、ちょっと夜風にあたりたくなりまして。少しベランダに出ておりました」
「もう……クリスさんったら、敬語はなしと、私言いましたよ!」
ぷりぷりと、怒ったようなそぶりをするソフィア。
「もうし……いや、ごめんごめん。…………これでいいか?」
「はい、それで大丈夫です」
ふふっと笑うソフィアにつられて、クリスも思わず口元に笑みがこぼれる。
「今回の誕生日会、改めてですが、来てくれてありがとうございます。兄も、今回は本当に楽しみにしていたようで。昨日までとは、全然様子が違うのですよ?」
「そうなのか……?」
「ええ! よっぽど、皆さんとお会いすることを楽しみにしていたようです」
そういうソフィアは、アルフレッドの方に顔を向けた。
つられて、クリスもそちらに目を向ける。
会場では、ちょうどグレンがマイクを持ち、調子はずれの歌で、演奏会へ乱入しているところだった。
「おい、グレン! なんだその歌は、やめろ!」「いいじゃねえかよ! お前たちばかりずるいぞ、俺にも参加させろ!」「……まったく、グレンさん……貴方はいい加減に、貴族としての品位というものを……!」「あ……え……えと、わ、私はとてもお上手だと思います!」「いいぞ~やれやれ~!」「ヒューヒュー!」
ワイワイと、笑い声と歓声が入り交じり、会場の一角が大変賑やかとなっていた。
「クリスさんは、あちらに参加されないのですか?」
「……いや、俺は大丈夫。もともと、楽器は演奏したことはないし、あまり大勢でワイワイすることも、得意なほうではないんだ。見ているだけで十分だ」
そういうとクリスは、自身の体勢を、アルフレッド達からベランダの外へと向き直した。
「そうでしたか。実は、私も大勢で騒がしくするのは、そこまで得意ではなくて……兄は、ああいったものも結構好きなのですが」
その言葉に対し、クリスはきょとんとした顔をする。
「そうだったのか。アルはそういうのが好きなので、てっきりソフィアさんも好きなのかなと勝手に思っていたが、こう言っては何だけど……意外だな」
「ふふっ……意外なところで、私たち、共通点がありましたね」
からから、と笑うソフィア。
そんなソフィアを一瞥すると、クリスはまた、星空を見上げ始めた。
「何か、気になることがあるのですか……?」
ソフィアの言葉に対し、クリスはすうっと息を吸いながら答える。
「……いや、たいしたことじゃないが……
「アーサー……もしかしますと、あのロザライムの英雄として有名な、アーサー様のことでしょうか?」
「おそらく、そのアーサーだと思う。……まあ、俺から言わせれば、ただの飲んだくれのおっさんでしかないんだが」
その言葉に、ぷっと吹き出すソフィア。
「クリスさんの姓のエバンス…………やはり、クリスさんのお父様が、アーサー様でいらっしゃるのですか?」
「血はつながっているわけじゃない。……まあ、自分にとって、保護者? みたいなもんだよ」
「そうだったのですね……。すみません、話題にしずらいことを、口に出してしまったみたいで」
「別に構わないさ。隠しているわけでもないし」
そういうと、クリスは手すりに寄りかかっていた体を、正面に向き直し、ソフィアを正面から見据えた。
「……あの頃の空も、夜はこんなふうに、星がすごくきれいだったんだ」
「あの頃……?」
「俺とアーサーが、二人で暮らしていた頃さ。グレートロックキャニオンを中心に、アーサーと二人でしがないジャンク屋稼業をやっていた。二人で、戦場跡のジャンクを見て回って、使えそうなパーツがあれば持って帰って、修理して、市場に卸す。そんな日々。あそこは、昼と夜の気温の差が激しくて、昼は40度くらいまで上がったと思えば、夜はマイナス20度くらいまで、下がるときもあるんだ。ほかにも、雨季の時は一日中雨で、外に一歩も出れず、洪水や土砂崩れの心配をしないといけない。逆に乾季は日照り続きで、畑に植えた野菜や果物が心配になるし、飲み水の確保も大変になる……そんな厳しい環境さ。お金も潤沢にあるわけじゃなかったけど、今思えば、
珍しく、饒舌に語るクリスは、どこか遠いところを見るような目をしていた。
そんなクリスの話を、ソフィアは黙って聞いていた。
「……おっと。ソフィアさんにとって、こんな話は面白くないよな」
「いいえ、とっても面白いです! ……私、もっとクリスさんのことが知りたいです」
「俺のこと……?」
「はい、もっともっと、クリスさんのことを話してください。何でもどんとこい、というやつです!」
胸を張りながら話すソフィアに、クリスは思わず、ふっと笑う。
それに対し、「今、私のこと笑いませんでしたか?」と、むくれるそぶりを見せるソフィア。
「いや、すまない。……こんなに、自分のことを話したのは、ソフィアさんが初めてだよ」
「あら、そうでしたの。なら、私はとてもラッキーでしたね」
「……あの」
「はい、何でしょう?」
「……ソフィアさんのことも、話してくれないかな?」
「いいんですか?」
「ああ、家でのアルの様子とかも、少しだけ興味があるし」
「もちろん、喜んで! ……とはいえ、兄さまは最近、クリスさんと寮生活を続けてますので、あまり実家に帰っていませんが……」
そうして二人は、様々なことをお互いに語り合った。
アルフレッドの話から始まり、学校の授業や先生の話、ソフィアが最近興味のあるお菓子の話、家族についてや、趣味の話……そんな他愛のないことをずっと。
さすがにクリスも、アーサーと会う前に、
ソフィアもなんとなく、そのあたりの、クリスのデリケートな部分を察して、深く聞こうとはしなかった。
そうした中、おもむろにソフィアが口を開く。
「アーサー様も、きっと元気にしておりますよ。……そうだ、一度、電話などしてみてはいかがでしょうか?」
「電話か……いったい何を話せばいいんだろうか?」
「何でもいいんですよ。今、私たちが話しているような、本当にとりとめのない話でいいかと思います」
「……そうか」
少し、考え込むようなしぐさを見せるクリスだった。
そんなクリスを、ソフィアは優しく見つめていた。
「お──! 二人ともこんなところにいたのか!」
そんな二人に対し、突如として、大きな声がかけられる。
演奏会もいつの間にか終わっていたようで、グレン、アルフレッド、アイビー、コレットが、ベランダのほうへやってきた。
「クリスとソフィア、こんなところにいたのか。二人ともいつの間にかいなくなっていたので、まったく、少し探してしまったよ」
少しあきれた様子のアルフレッド。
「何やら風も吹いてきましたね。風邪をひく前に、中へ入ったほうがよさそうですわ」
「そ、そうですね……だいぶ夜も更けてきたみたいですし」
アイビーとコレットは、少し寒いのか、自身の二の腕をさするようなしぐさをしていた。
「ああ、そうだな。……名残惜しいが、時間も時間なので、そろそろ誕生日会もお開きにするかな」
「やれやれ、残念ながら明日は学校だしな。遅刻しないように、今日はそろそろ帰らねぇとな」
お開きにするというアルフレッドの言葉に、グレンも同意の意を示す。
アルフレッドは主催者として、誕生日参加者に対し、会はもうお開きの時間であることを、マイクでアナウンスした。
参加者からは「えぇ~!」「もうかよ~!」という声も多数上がったが、参加者のほとんどは学生の身分であったため、しぶしぶ帰り支度をはじめた。
会場の中も、すでに使用人たちによる撤収作業が、続々と進められており、飾り付けなども外されている。
「アル、今年は特に楽しかったぜ。ありがとよ。みんなもじゃあな」
「アルフレッドさん、お招きいただき、誠にありがとうございました。皆さんも、また明日お会いしましょう」
「ああ皆、今日は来てくれて、こちらこそありがとう。……クリスも、また明日な」
「アル、今日は楽しかったよ。また明日」
「わ、私も楽しかったです。皆さんもまた明日!」
「皆さん、今日は兄のために、着てくださって、本当にありがとうございました」
メンバーそれぞれが、互いに挨拶を交わして、順当に帰路へ付こうとしている。
そんな中、クリスは帰りもコレットのハイヤーで送ってもらう予定だったため、コレットとともに一度、会場を出た。
しかし、クリスは立ち止まり、コレットにちょっと待ってほしい旨を伝えて、再度会場へと戻ってきた。
そのまま、クリスはまっすぐ、ソフィアの方へと歩いてくる。
そして、不思議そうな顔をするソフィアの前まで、クリスはやってきた。
「どうかされましたか、クリスさん?」
「……なあ、ソフィアさん。
そう言うと、クリスは自分の連絡をかいたメモを、ソフィアに手渡す。
それに対し、ソフィアは一瞬、目を大きく見開いたが、すぐに、とび切りの笑顔とともに、言葉を続けた。
「ええ! もちろん、うれしいです。是非、お逢いしましょう。私の連絡先も、すぐにこちらへ送りますね。
……あと、一個お願いがありまして、私のことは、ソフィーと呼んでくれますか? できれば、さん付けもなく、呼び捨てで」
ソフィアの願いに対し、クリスは答える。
「わかった、ソフィーと呼ぶよ」
「うれしい! この愛称は私、今のところ家族にしか許していないんです。家族以外では、クリスさんが初めてですので、特別ですよ?」
そういうと、人差し指一本を口元に添えて、しーのポーズを取るソフィア。
「そうか、なら、俺もとてもラッキーだったな」
「ふふふ……そうですね。今日は二人ともラッキーでしたね」
そういうと、二人は別れの言葉を互いに述べ、お互いに手を振りながら、今度こそクリスは会場の出口まで歩いて行った。
その様子を、クリスの姿が見えなくなるまで、ソフィアはいつまでも見守り続けた。
「……何か忘れ物がありました?」
「いや、どうやら気のせいだったみたいだ」
クリスを待ってくれていたコレットからの質問に対し、クリスはあいまいな返事を返す。
クリスの言葉、まとう雰囲気に、少し、嬉しそうな気配があることを、コレットは察していた。
そんなクリスに対して、コレットは複雑な気持ちを抱くのだった。
青春っていいよねその2。
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