目を覚ましたら、病院の天井が見えた。
身体はちょっと脱力感が残っているくらいで普通に動かせるようになっている。
「やっと起きた!もう、瑠璃ちゃん!?」
お姉ちゃんの声がすぐ側で聞こえた。
そっちに顔を向けると、怒った表情のお姉ちゃんが座っていた。
どうやら相澤先生がお姉ちゃんに報告してしまったらしい。
散々無理しないように念を押されていたのに、自分から霧散しかねないことをしたのもあって流石に気まずい。
「お、お姉ちゃん……」
「なんでこんなに危ないことしたの!?しかも自分からわざとなんて!?」
「でも……ああしないと……ナイトアイが……」
「でももだってもないよ!それとこれとは話が別なんだから!」
私がなんとかお姉ちゃんの怒りを宥めようとしても、お姉ちゃんの態度が変わることはなかった。
しばらくお姉ちゃんに叱られながら話していて、ようやく思い出した。
「そうだ……!ナイトアイ……!お姉ちゃん……!ナイトアイはどうなったの……!?」
「全く……ナイトアイは「ちょうど手術が終わったところだ」
お姉ちゃんの返答を遮るように、病室に相澤先生が入ってきた。
「夜通しの手術だったが、無事に終わったそうだ。ナイトアイは一命を取り留めた」
「本当ですか……!?」
先生のその言葉を受けて、病院内の波動からナイトアイの物を探す。
多分集中治療室と思われるところで、口の管から人工呼吸器に繋がれているナイトアイの波動がすぐに見つかった。
ナイトアイは眠っているみたいで思考は読み取れない。
腕も足も出血をどうにかしただけでないのは変わらない。内臓も、オールマイト程ではないけどだいぶ持っていかれている。
とても面会できるような状態じゃない。だけど、それでも確かに生きていることはすぐに分かった。
集中治療室の外には通形さんもいるみたいで、無事に手術が終わったことに安堵して号泣しているのも伝わってきた。
すぐそばで看護師さんがどうにか通形さんを元の病室に戻そうとしているけど、通形さんはびくともしなかった。
嬉しいのは分かるけど、流石にそれは看護師さんにとって迷惑もいい所なんじゃないだろうか。
「良かった……」
「確かに、お前のおかげでナイトアイは助かった。そこに関してはよかった。だが今回の件で、お前も緑谷のような暴走癖があることがよく分かった」
「さ、流石に緑谷くんほどじゃ……ないと思うんですけど……」
相澤先生のその言葉に、流石の私も反論してしまう。
あんなに人助けに狂った思考はしていなかったはずだと思うんだけど。
「どこがだ。今回の自分の行動を思い返してみろ。エリちゃんを助けるために自分の精神を省みずに感知を続けたことしかり、限界ギリギリまでナイトアイに波動を注入したことしかり。他人のために自分の身を省みずに周囲が止めても強行する。緑谷の行動そのものだと思うが?」
相澤先生のその言葉に、今回の件での自分の行動を思い返してみる。
……確かにそういう部分があるかもしれない。
私が納得してしまったのが伝わったらしい。相澤先生は真剣な表情で話を続けた。
「今回はよかった。今回は結果的にお前の身に何もなく、ナイトアイやエリちゃんを助けることが出来た。確かに自己犠牲や人助けの精神はヒーローには重要だ。だが、勇気と無謀をはき違えるなよ」
「……はい……すいませんでした……」
「分かればいい。姉からも散々言われただろうからな」
「先生の言う通りだよ!頑張るのはいいけど、自分が潰れたり死んだりしたら意味がないんだから!」
「ん……お姉ちゃんも……ごめんね……」
相澤先生はとりあえずそれで納得してくれたし、お姉ちゃんも謝ったところで怒りを収めてくれた。
純粋に私を心配してくれてのことだったのは分かっていたけど、ここまで真剣に私のことを考えて怒ってくれると少し気恥ずかしくなってしまった。
それから先生と少し話して、今回あったことを報告していた。
具体的には、トガの目的と真剣に勧誘を受けたことに関してだ。
「……全てを破壊して、ありのままの自分を受け入れてくれる社会を作る、か」
「はい……確かに……そう言ってました……死柄木と全てを壊して……生きやすい世の中をつくる……だから私を誘ってるって……」
私が伝える情報に、先生もお姉ちゃんも考え込み始めてしまった。
「似た者同士かぁ。瑠璃ちゃんの昔の状況を見れば、確かにそう言われるのも分かるけど……」
「でも……私とトガの間には……決定的な違いがあるから……」
「違い?」
先生がそう聞き返してくる。
だけど、トガと私の差なんて一つしかない。
「……お姉ちゃんです……私には、無条件で信頼して……受け入れてくれるお姉ちゃんがいました……お父さんとお母さんも……最初は戸惑っていたけど……お姉ちゃんを見て……受け入れてくれました……他の人が受け入れてくれなくても……私には受け入れてくれる家族がいたんです……」
私にはお姉ちゃんがいた。
お姉ちゃんがいたから、何をされても、どんなに無視されても気丈でいられた。気にしないでいられた。
外で仮面を被っていても、素を曝け出しても受け入れてくれるお姉ちゃんがいたから。
もしお姉ちゃんがいなくて、お父さんとお母さんが私を拒絶していたら。
そうしたら、醜悪な人、悪感情を向けてくる人たちに、何をしてしまっていたかなんて、私でも分からない。
最初は今みたいに口数を少なくして、仮面を被って誤魔化すだろうけど、いつか我慢できなくなって仮面を捨て去ってヴィランになってしまっていたと思う。
そう考えると、トガはお姉ちゃんがいなかった私の姿なのかもしれないと思えてしまった。
でも、だからこそトガと一緒に行くなんてことはできない。
トガが望む世界の先に、私が望む世界はない。
私は、私を受け入れてくれたお姉ちゃんが幸せに、楽しく暮らしていられる世界がいいんだ。
そんな崩壊した世界の上に作った、誰かの犠牲の上に成り立つ普通に過ごせる世界なんて私はいらない。
「なるほど。受け入れた家族と、受け入れずに"普通"を強要した家族の違い、か」
「私にとっては当然のことだったんだけどなぁ」
「それでも……その当然が……私にとってはありがたかったの……」
私がそう返すと、お姉ちゃんは嬉しそうな顔で私の頭を撫でてきた。
お姉ちゃんが嬉しそうにしていると私も嬉しい。
「ヴィラン連合、その中でもトガは特に行動の理由と目的が読めていなかった。今回得られたその情報は大きな進歩だ。俺の方からグラントリノや塚内警部に伝えておく」
「お願いします……」
先生がそう言ってくれたのに対して、私がお礼を言ったタイミングで病室のドアが開いた。
入って来たのは緑谷くんに、切島くん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃん、通形さんにバブルガール、センチピ―ダ―だった。
それからしばらく緑谷くんたち4人に意識を取り戻したことを喜ばれたり、通形さんたちナイトアイ事務所の3人に涙ながらにお礼を言われながら揉みくちゃにされ続けた。
まぁ緑谷くんは相変わらずちょっと挙動不審ではあったけど。
とりあえず、お姉ちゃんの恩人である通形さんが悲しみに歪んだ表情をするような事態にならなくて本当に良かったとも思った。
通形さんは特に個性消失弾で個性を消されてしまっているし、ここに師であるナイトアイの死なんてものが重なってしまったら精神的に大変なことになってしまいそうだったから猶更だ。
それから通形さんが病室に連れ戻されて、バブルガールとセンチピーダーは事件の後処理に向かっていった。
緑谷くんがなんか学校に戻る前に通形さんを訪ねて、"先輩に個性を渡せるって言ったら"なんて相変わらずの情報漏洩具合の発言を通形さんにしたみたいだけど、通形さんに拒否されていた。
通形さんが拒否して話自体をそのまま流してくれたから良かったけど、流石に何をしているんだと怒りたくなってしまう。
爆豪くんの時の反省が全く生かされていなかった。
その後、私の所にも主治医らしい先生が来たので、波動が回復したのに合わせて動けるようになったこと、推測ではあるものの身体が薄くなった理由、それらからもう大丈夫であることなどを切々と説明した。
主治医の先生はすぐには納得しなかったけど、色々と検査をしてようやく納得してくれた。
すぐに退院して良いとは言ってくれなかったけど、午後には退院させてくれることになった。
それもあって、午後にお姉ちゃんに付き添ってもらって退院して寮に戻る予定になった。
それまでの間は通形さんの所に顔を出したり、テレビを見たりして過ごした。
テレビでは、犯人護送中の襲撃事件というニュースが何度も何度も繰り返し放送されていた。
その内容は、ヴィラン連合によって護送中の治崎が襲撃されたというもの。
しかも、護衛のヒーロー2人と警察が何人か殺害されている。
重要証拠品の紛失なんてことまでニュースになってしまっている。
重要証拠品というのは、もしかしなくても個性消失弾のことだろうか。
トガとトゥワイスの最後の行動の意味はそういうことだったということか。でも、命令を受けていないのにどうやって意思の統一を図ったんだろうか。
会合の時の思考を盗み見た時も、直接会った時も、復讐のための思考は読み取れても、そんな思考は一切読み取れなかった。
私がちゃんと読み取れていればこんなことにはならなかったんだろうか。でも、思考を意図的に読めなくしてくるトガと発狂していたトゥワイスの思考なんて、どう読み取ればよかったんだろう。
それに個性消失弾が盗まれたとなると、だいぶ致命的な失態ではないだろうか。
ニュースは相変わらず警察や護衛のヒーローへの批判に終始していて見ていられるようなものじゃなかったけど、今回は個性消失弾なんて特大の秘密を一般社会にばら撒くわけにはいかないだろうから仕方ない部分もあるのかもしれない。
そんなこともあって落ち込んでいたら、ミルコさんから電話がかかってきた。
どこから聞いたのか分からないけど、私が自殺紛いのことをしてナイトアイの治療をしたことを知ったらしい。
怒られるのかと思ったけどそんなことはなくて、『いいぞ、生意気だ』なんてよく分からない感想を返された。
生意気……なんだろうか。謎だ。
でもミルコさんが褒めてくれて、さっきの暗い気分もちょっと吹き飛んだ。
それからは時間を潰して、午後になっても特に体調に変化もなかった私は無事退院ということになった。
色々と大変なこともたくさんあったけど、エリちゃんも無事に保護出来た。
病院でエリちゃんに会わせてもらえなかったのが残念ではあったけど、少しだけ清々しい気持ちでお姉ちゃんと一緒にのんびり歩きながら雄英への帰路に就いた。