インターンもなく普通に授業に打ち込む日々。
そんな日の辺りが暗くなってきた頃、寮の共有スペースで障子くんが皆を集めていた。
早く眠ってしまうことが多い爆豪くんもちゃんと来ている。
さっきまで共有スペースで飲食していたお菓子や紅茶が置かれた机を囲む形で集まっている感じだった。
ついに話すつもりらしい。
私はもう知ってしまっているけど、それでも障子くんは少し不安そうだった。
皆なら大丈夫だとは思う。異形差別なんかをする人たちじゃない。
異形差別をするような人は、私の読心なんて到底受け入れられない。だから大丈夫。
そう思っていても、それだけ重い話を障子くんが打ち明けるとなると、私も流石に少し心配だった。
「集まってもらってすまない。皆に話しておきたいことがあるんだ」
皆なんの話かはまだ分かっていないから、リラックスした感じで聞こうとしていた。
お菓子を食べている人もいるし、紅茶を飲んでいる人もいる。
ゴミをまとめていた緑谷くんは大きなゴミ袋を持ったままだ。
そんなちょっと緩い感じの雰囲気は気にせずに、障子くんは自室以外では外さないマスクを外した。
マスクの下の顔には、夥しい古傷が刻まれていた。
口の端から口を切り裂くように刻まれた傷や、口を縦断している傷もあった。
一体どれだけの仕打ちを受ければこんな傷がつくのかと言いたくなってしまうような傷痕だった。
その傷が見えた瞬間さっきまでの緩い雰囲気は一気に霧散して、皆一様に息を呑んだ。
「その傷……」
「波動の話を聞いて、俺もいつまでも隠しておくべきではないと思った。今から皆に説明する」
それから障子くんはゆっくりと話し始めた。
障子くんの住んでいた地域の説明から始めて、その地域での障子くんの複製腕や顔の形とかの異形に対する偏見、どんな行いがそこで為されていたのかを順を追って話していった。
その話を、皆呆然としながら聞いていた。
上鳴くんなんか口に含んでいた紅茶を垂れ流しにして零してしまっているくらいだ。
「両親にこの腕はなかった。酷い村だったよ。人に触れようものなら総出で"血祓い"だ。常闇や口田ら都会生まれには教科書の中の話かもしれんが、子どもにこんな傷を負わせる地域がまだ残ってるんだ」
「ゆるせん!そんな奴ら根絶やそ……!」
三奈ちゃんがそう言って憤る。
だけど、人はそういうものだ。
障子くんにされていたことが、当たり前のことだとも思っていないし、軽く見ているわけでもない。
でも、こんなのをいちいち根絶やしにしていたらきりがない。
私だって排斥してきた人たちを許すことなんてできていないし、障子くんだって恨んでいないわけではない。
でも根絶やしなんてことをしていたら、その偏見は、差別は、次世代もその次の世代も、恨みの連鎖となって延々と続いていくだけだ。
「そういうものなんだよ……」
「波動……?」
私が口を出すと三奈ちゃんが聞き返してきた。
「人は……自分たちとは違うものとか……怖いと思ったものを……排斥するものなんだよ……その方法が……暴力だったり……無視だったり……色々あるけど……その本質は変わらない……今障子くんに共感してたり……私をすぐに受け入れてくれた皆が凄いだけ……ほとんどの人は……自分とは違うもの……理解できないものを……態度には出さなくても……内心で怖がって……拒絶してる……理解を示そうとする人なんて……ほとんどいない……そういうものなんだよ……」
「瑠璃ちゃん……」
透ちゃんが静かに手に自分の手を重ねてきた。
その気遣いは嬉しいけど、私は気にしないようにしているから今更だ。
それに、今大事なのは障子くんの話だ。
「波動の言うことも尤もだ。やはり、"差異"というものはある……」
障子くんのその言葉を受けて、考え込んでいた峰田くんが愕然とし始めた。
「オイラ……"タコ"って言った気ぃする……!ごめんなぁ!でも気味悪ぃとかそんなん考えてねーよ!」
峰田くんは泣きながら障子くんに縋り付くように謝罪している。
エロ方面が全てを台無しにしてしまっているけど、こういう素直で偏見なく人を見ることができる所は彼の良い所だと思う。
いつもの行動がその良さを塗りつぶしてくるけど。
「この腕から蛸を連想するのは当然だ。ヒーロー名テンタコルだし、それに俺だって"ヴィランっぽいヒーローランキング"とか下世話なもの見たりしてるし、触れないで変に気を遣って欲しくない。けれどこの"傷跡"と"異形"は意味を強制する。だからマスクをしてる。俺は"復讐者"と思われたくない」
「……強いのだな」
障子くんのその姿勢を、常闇くんが静かに賞賛する。
無視され続けただけの私でもどうにかしてやろうかと思うことは何度もあった。
直接的に傷つけられた障子くんがそう言う風に思えるのは本当にすごいことだと思う。
「嫌なことは山ほどあったし、忘れることはない。でも、嫌な思い出を数えるよりも、たった一つでも、この姿で良かった思い出に、縋りたいんだ」
思考からして、障子くんは昔激流の川で溺れて流されていた女の子を助けた時のことを思い出しているようだった。
それを、たった一つの良い思い出だって言っていた。
それを聞いて、私はもう耐えられなかった。
皆もそうだったんだと思う。
三奈ちゃんや切島くん、上鳴くん、梅雨ちゃん、峰田くん、口田くんが障子くんの腕の中に飛び込んだ。
私も一緒に障子くんの腕の中に飛び込む。
「"たった一つ"とかやめて……マジでぇ!」
「これからいっぱいつくろうよお!もぉお!!」
「ぼくらとさぁ!!良い思い出をさぁー!!」
「障子も波動も、良い思い出で溢れさせてやるからなぁ!!」
「ぬくいの知ってるの」
「障子くんの腕の中……安心感あるから……」
USJで庇ってくれた時に知ったことだけど、障子くんの大きな腕の中は相変わらず安心感があって暖かかった。
障子くんも怖がることなんて一切なく変わらない態度を続ける皆に、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「うん。100年以上続くしがらみを一世代でフラットに出来るとは思わない。だからこそ、先人たちがそうしてきたように、俺も紡いでいきたいんだ。世界一かっこいいヒーローになって、"次"に、良い思い出を」
その障子くんの決意表明に、皆感動しているようだった。
腕の中に飛び込まなかった人も、障子くんの周りに集まって涙ながらに声をかけ、障子くんの腕に触れていた。
私も障子くんのその考えには、共感しかなかった。
トガが言うように全てを壊した上に受け入れられなかったものが好きに生きられる世界を作っても、復讐の連鎖を生むだけだ。
排斥されてきたものたちが大手を振って過ごすために割を食う人たちの憎悪が蓄積していって、立場が逆転するだけ。
その先に待っているのは復讐の連鎖と、それによる度重なる弾圧と虐殺だ。到底受け入れられるものじゃない。
そんな世界だと、お姉ちゃんと安心して過ごすことなんてできない。
そう思って、私は障子くんに声をかけた。
「私も……そう思う……ヴィランになって復讐するのは簡単……復讐の為……好きに生きる為……差別から逃れる為に……ヴィランになった人は……いっぱいいると思う……だけど……その先に待っているのは……復讐の連鎖でしかないから……少しずつでも……偏見をなくして……色んな人が受け入れられる世界を作っていく方が……いいから……だから……頑張ろうね……お互いに……」
「ああ。そうだな」
障子くんはしっかりと頷いてくれた。
私も、決意を新たにする。
トガとは相容れないとは思っていたけど、それ以上に、彼女の理想が、彼女の目指す場所が、私には受け入れられない。
復讐に意味がないとは思わない。それで救われる被害者の心があるのも分かっているし、理解もしている。
でも、そんなものが蔓延って、治安が崩壊した世界は、本当に私にとって生きやすい世界なのだろうか。
私がヒーローになりたいのは、お姉ちゃんと一緒に過ごすため、お姉ちゃんの役に立つためっていう目的なのは確かではある。
だけどそれ以上に、多くの人が負の感情に落ちて、悲劇の連鎖が起きるのを許容できない。
そんな思考も感情も、私は読みたくない。私はありのままの私を受け入れてくれる人たちの前で仮面が外せるならそれでいい。
トガを、止めないといけないと思った。
自分と似たような境遇だからこそ。
トガも、きっとここのような所なら、皆のような人たちになら、受け入れてもらえたのかもしれない。
そう考えたら少し寂しくなってしまうけど、それでも、そんな彼女の暴走を、止めてあげないといけない。
トガにとっては余計なお世話かもしれない。私の上から目線の考えかもしれない。
だけど、それでも……
彼女の姿に、お姉ちゃんにも拒絶されて、受け入れてくれる人を求めて暴走する自分の姿を幻視して、そう思わずにはいられなかった。
私がそんな風に考え込んでいたら、障子くんは皆によってもみくちゃにされ始めていた。
透ちゃんに引っ張られて、私もその輪の中に引きずり込まれる。
何故か私まで障子くんと一緒にもみくちゃにされ始めるのはどういうことなのかと思わなくもない。
だけど皆に囲まれてこういう風にワイワイ騒ぐのも、楽しい思い出だ。
障子くんも少し困った表情をしているけど、それでもそれ以上に嬉しそうなのは確かだった。