透ちゃんのコスチュームの相談をしてからさらに数日後のヒーロー基礎学。
教壇には相澤先生が立って話していた。
「今日のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」
思考からして、もともとオールマイトと13号先生だけだったところを、ヴィランの侵入を受けて相澤先生も増やしたようだった。
「で、今日は災害水難なんでもござれ。レスキュー訓練だ」
相澤先生はそう宣言しながらRESCUEと書かれたプレートを掲げる。
レスキューということは、人命救助とか災害被災地の救助活動とかの訓練だろう。
そのあたりなら私は大活躍だ。
「そういうの……大得意……」
「ああ、確かに波動の個性は救助とかだと絶対役に立つよね」
「ん……要救助者の探知に離れた位置からのトリアージ……なんでもござれ……」
隣の席の響香ちゃんが私の声に反応してくれる。
この1週間で、クラスの女子は皆名前呼びできるくらい仲良くなれていた。
そのまま響香ちゃんと話していたら、教壇の相澤先生から不穏な気配がしだした。
急いで黙ってしっかりと聞く姿勢を見せる。
響香ちゃんも私の様子を見て状況に気が付いたらしい。
「おいまだ途中」
相澤先生はギロッと一睨みしてクラスを黙らせ、続きを話し始める。
「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」
そんな先生の指示に従って、コスチュームに着替えるために更衣室に向かった。
女子は透ちゃん以外全員コスチューム着用だ。
着替え終わってバスの近くまで行くと、男子が待ってくれていた。
女子が合流すると、相変わらずな峰田くんがすかさず妄想しながら近づいてきた。
今はお茶子ちゃんの後ろを歩きながらボディラインをガン見している。
ドン引きだ。さりげなく距離を取って彼の視界に入らないようにした。
そんな私を尻目に、百ちゃんは遠慮なく蔑んだような視線を向けている。
「ん。デクくん体操服だ。コスチュームは?」
「戦闘訓練でボロボロになっちゃったから……修復はサポート会社がしてくれるらしくてね。それ待ちなんだ」
お茶子ちゃんは気付いてないようで、緑谷くんと楽しそうに話している。
気付いてないなら何も言わないであげた方が心穏やかでいられるか。
「女子は葉隠さんだけ体操服なんだね」
「ん?そうだよー!私は今コスチューム全面改修してもらってるから!そうじゃなかったら着てきてたよ!」
緑谷くんの質問に、透ちゃんが元気に答える。
だけど、その発言に耳を疑ってしまった。
近くにいるブドウ頭の『なんでそんなもったいないことを!?』とかいう思考は知らない。
私が耳を疑ったのはそういうことじゃなくて……
「えっと……透ちゃん、潜伏する必要がないレスキュー訓練でも……あのコスチューム着るつもりだったの……?」
「え?うん!だってコスチューム着る機会少ないし、着れる時に着たいじゃん!」
「そ、そっか……」
流石にあの全裸コスチュームは瓦礫とか火事とかがあったら危ないかと思ったんだけど、そういうことらしい。
「バスの席順でスムーズにいくよう、番号順に2列で並ぼう!」
飯田くんがキビキビとした動きで張り切って皆を整列させている。
だけど、言ってあげた方がいいんだろうか。
彼は4列の座椅子が並んでて、真ん中に通路がある感じのバスを想定しているようだけど、今目の前にあるバスは対面式になっている座椅子もあるから、無駄になってしまうだろうということを。
「こういうタイプだったくそう!!!」
「イミなかったなー」
案の定整列は無駄に終わり、バスの中で打ちひしがれる飯田くんに三奈ちゃんが反応してあげている。
「私思ったことを何でも言っちゃうの緑谷ちゃん」
「あ!?ハイ!?蛙吹さん!!」
「梅雨ちゃんと呼んで」
嘆いている飯田くんを他所に、緑谷くんに話しかける梅雨ちゃんはお決まりの流れをしていた。
「あなたの"個性"オールマイトに似てる」
その言葉を言われた瞬間に、緑谷くんの思考は驚愕に包まれ表情が変わってしまっていた。
「そそそそそうかな!?いやでも僕はそのえー」
その反応は何かがあると言っているようなものだ。
こんな何かあるのがバレバレの咄嗟の反応をしてしまうところまで、師弟で似ないで欲しいんだけど……
この後もおどおどされると何かを勘繰る人も出てきそうだから、流石に助け舟を出すか。
「ん……でも、オールマイトは"個性"で自爆したりしない……」
「だよな。オールマイトは怪我しねぇぞ。似て非なるあれだぜ」
私の言葉に切島くんも同意してくれる。
これなら話題が逸れる気がする。
「しかし増強型のシンプルな"個性"はいいな!派手で出来ることが多い!俺の"硬化"は対人じゃつえぇけどいかんせん地味なんだよなー」
切島くんはそう言って腕を個性でガチガチにする。
私の個性よりも使い勝手が良さそうだしちょっと羨ましい。
「僕はすごくかっこいいと思うよ。プロにも十分通用する"個性"だよ」
「プロなー!しかしやっぱヒーローも人気商売みてぇなとこあるぜ!?」
そのまま会話は人気と爆豪くんの粗暴さに話題が移っていった。
爆豪くんがキレだしたのもあって、隣に座っている響香ちゃんはちょっと迷惑そうだったけど、楽しく会話出来ていたと思う。
そして目的地が近づいてきて相澤先生に注意されて皆静かになった。
近くになるまでは好きなようにさせてくれていた相澤先生は、除籍の件にさえ目を瞑ればいい先生なのかもしれない。
「すっげー---!!USJかよ!!?」
バスを降りてドームに入ると、そこは大きなテーマパークのような作りになっていた。
「水難事故、土砂災害、火事……etc、あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……
『『『USJだった!!』』』
入口にはお茶子ちゃんみたいな宇宙服風じゃなくて、完全に宇宙服な見た目のコスチュームを纏ったプロヒーロー、13号が立っていた。
「スペースヒーロー"13号"だ!災害救助で目覚ましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」
「わーー!私好きなの13号!」
緑谷くんがいつものヒーロー知識を披露する横で、珍しくお茶子ちゃんがうおおお!とか言ってテンションを上げている。
オールマイトの姿が見えないけど、その理由はすぐに分かった。
13号に近づいた相澤先生が小声で相談を始めたからだ。
思考から勝手に読んだその相談の内容は、オールマイトは通勤中に制限ギリギリまで活動して仮眠室で休んでいるというものだった。
それは流石にどうなんだと思っていたら、相澤先生も『不合理の極み』なんて考えている。
同時に『念のため警戒態勢』とかも考えてるけど、関係があるとしたらあのヴィランたちのことだろうか。
結局オールマイト不在でも予定通り始めることにしたらしい。
「えー始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……」
どんどん増えていくお小言の予定に皆の思考が『増える……』というものに統一されてしまっている。
「皆さんご存じだと思いますが、僕の"個性"は"ブラックホール"。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その"個性"でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」
13号先生の言葉に緑谷くんが反応した。
その横でお茶子ちゃんが残像が残る程の速さで何度も頷いて同意している。
好きなのは分かるけど、笑いそうになるからやめて欲しい。
「ええ……しかし簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう"個性"がいるでしょう。超人社会は"個性"の使用を資格制にし厳しく規制することで一見成り立っているように見えます。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる"いきすぎた個性"を個々が持っていることを忘れないでください」
それに関してはその通りだ。
筆頭は爆豪くんと轟くん、緑谷くんだろうけど、クラスメイトのほとんどは個性で人を殺せる。
お茶子ちゃんの無重力でも浮かべた後に上空で解除してしまえば簡単に落下死させられるし、峰田くんの個性ですら口と鼻を塞いだら窒息で殺せてしまう。
私だって、波動で強化したパンチや蹴りで攻撃したら打ち所が悪ければ殺すことができてしまうだろう。
「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では……心機一転!人命のために"個性"をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。救けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」
ここまで話した13号先生は、まるでショーの後かのように優雅にお辞儀をした。
「以上!ご清聴ありがとうございました」
「ステキー!」
「ブラボー!ブラーボー!!」
私も含めて皆興奮気味に13号先生に拍手喝采を送っている。
飯田くんなんて感動のあまり称賛の声を叫び続けてしまっていた。
そんな13号先生の話が終わったのを確認して、相澤先生が動き出した。
「そんじゃあ」
その時だった。
"あの時"と同じ、ゾワリとした悪寒が身体を走り抜けた。
階段の下、広場のところに、あのモヤモヤの異形の者と同じようなモヤが渦巻き始めてる……!
「先生っ……!!」
「一塊になって動くなっ!!」
私と先生が声を上げたのと、手を顔に着けたヴィランが渦から顔を出したのは同時だった。
「13号!!生徒を守れっ!!」
モヤからは悪意を発する数えきれないほどのヴィランが溢れだしていた。
透ちゃんだけは私の様子が変わったのを見て、この前のヴィランだと察してくれたらしい。
でもほとんどの生徒は授業の仕掛けか何かかと思っているのか呆けたままだ。
「なんだアリャ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」
「違うっ!!」
私は少しでも皆の危機感を煽るために、普段は出さないような大声で否定する。
「動くな!!あれは!!ヴィランだ!!」
相澤先生が警告しながらゴーグルを装着して生徒を庇うように間に入る。
「13号に……イレイザーヘッドですか……先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが……」
「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」
「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ……オールマイト……平和の象徴……いないなんて……子供を殺せば来るのかな?」
身の毛もよだつ吐き気を催すような悪意を感じて、これが本物のヴィランの襲撃であるとようやく皆気が付いたようだ。
「ヴィラン!?バカだろ!?ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」
「先生、侵入者用のセンサーは!」
「もちろんありますが……!」
「現れたのはここだけか学校全体か……なんにせよセンサーが反応しねぇならむこうにそういうことが出来る"個性"がいるってことだな。校舎と離れた隔離空間。そこに少人数が入る時間割。バカだがアホじゃねぇ。これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」
轟くんの冷静な指摘で、皆の恐怖と緊張感が増していく。
相澤先生も、すぐに指示を出し始めた。
「13号避難開始!学校に電話試せ!センサーの対策も頭にあるヴィランだ。電波系の"個性"が妨害している可能性もある。上鳴おまえも"個性"で連絡試せ!」
「っス!」
「先生は!?一人で戦うんですか!?あの数じゃいくら"個性"を消すって言っても!!イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ、正面戦闘は……」
緑谷くんはヒーローに詳しい。戦闘スタイルから弱点までなんでも知っていると言っても過言ではない。
だからこそ、緑谷くんは必死で相澤先生を止めようとしていた。
だけど相澤先生はそんなこと意にも介さず、いつも首元に巻いている布を構えた。
「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号!任せたぞ」
「先生……!」
そういって飛び出そうとする先生を呼び止める。
今、ようやくモヤから出てきていたヴィランの流れが止まったのだ。
そしてここまで出てきていたヴィランを観察し続けていたからこそ分かる。
強く警戒するべきヴィランは3人だけ。
手だらけのヴィランとモヤの異形、そして黒い巨体のヴィランだ。
前者は言わずもがな。凶悪な悪意に満ちた何をしでかすか分からないヴィランだから。
モヤの異形は、奥底が読み取ることが出来ない気持ち悪い波動だからだ。
前回の件を思い出して少し怯んだけど、もう一度深いところまで読み取って確信した。
あれは普通の人間じゃない。意識をつなぎ合わせた何かだ。
継ぎ接ぎの中心に据えられているそれは、死人と似た波動すら放っている。
あんなものが普通であるはずがない。
最後の黒い巨体は分からないからだ。
表面からして意思が希薄。深い所は空っぽだ。何も感じない。
何をしてくるのかすら分からない。
他は全て寄せ集め。悪意はあるけど、希薄なそれはその辺のチンピラと変わらない。
多少強い個性の者がいたとして、この程度の悪意ならたかが知れている。
先生が一人で戦うというならこの情報は役に立つはずだ。
「ヴィランは他の場所も含めて多数いますが……警戒すべきは3人だけ……!手のヴィランと、モヤの異形、黒い巨体のヴィランだけです……!あとは全部寄せ集め……!その辺のチンピラと……大差ないレベルのヴィランしかいません……!」
「……そうか。情報、感謝する」
波動を見る限り、鵜呑みにはしていないけど情報自体は信じてくれたみたいだった。
相澤先生はそれだけ呟いて階段を飛び降りた。
私が言った警戒すべきヴィランは相澤先生を観察しているだけだ。
他の有象無象のヴィランが相澤先生に次々と襲い掛かるけど、先生は難なく捌いていた。
ここからだと何を話してるかは分からないけど、先生の思考は『対策はしている』という物で安心感を感じさせてくれた。
「すごい……!多対一こそが先生の得意分野だったんだ!」
「分析している場合じゃない!早く避難を!!」
緑谷くんが先生の戦いを見て足を止めてしまっている。
飯田くんが注意してくれているからすぐ来るだろうと前を向き直ると、今度は正面から嫌な波動を感じた。
「ダメっ……!皆下がってっ!」
その瞬間、目の前にゾワリと黒いモヤが広がった。
「初めまして。我々はヴィラン連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは……平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
ヴィランの言葉に、息を吞んでしまう。
オールマイトを殺す?
それだけの大言壮語をするからには何か手段を用意しているはずだ。
このヴィランたちがそれだけの力を持っている可能性を示されて、思わず後退ってしまった。
「まぁ……それとは関係なく……私の役目はこれ」
モヤの異形が何かをしようとしているのを察して、爆豪くんと切島くんが攻撃する。
だけど、異形は揺らめきはしたものの意に介した様子はなかった。
「危ない危ない……そう……生徒といえど優秀な金の卵」
「ダメだ!どきなさい二人とも!」
13号先生が警告してくれたけど、もう遅かった。
モヤの異形は私たちを包み込むように広がった。
避けようとしたけど広範囲に広がるモヤから逃れることはできなくて、飲み込まれそうになってしまう。
その時、不意に腕を引っ張られた。
「波動っ!!芦戸っ!!」
障子くんだ。
障子くんが腕を大きく広げて、近くにいた私と三奈ちゃんを庇うように包んでくれていた。
モヤに包まれた皆の波動がどんどん消えていく。
別のところに転移させられているようだ。
モヤが元の姿に戻り、障子くんが立ち上がった。
周囲には13号先生と障子くん、飯田くん、砂藤くん、お茶子ちゃん、三奈ちゃん、私しか残っていなかった。