透ちゃんの素顔を暴こうとした騒動の翌日。
教室の後ろの方で三奈ちゃんが何やら準備運動を始めていた。
「見て見てー!見ててー!」
三奈ちゃんはそう言うとバク宙を華麗に決めて片手で逆立ちすると、そのまま背中を付けて上半身を軸にしてコマのように回転しだした。
「ブレイキンブレイキン!」
「ポウ!ポウ!」
三奈ちゃんの身体能力は凄い。こんなのどうやっても真似できるとは思えない。
私が真似しようとしたら最初のバク宙の時点で失敗する自信がある。
それにしても透ちゃんのその掛け声は何なんだろう。少し気になる。
「彼女、ダンスが趣味なんだよね☆」
「三奈ちゃん……すごい……」
「下穿くならスカート脱げよなぁ……!」
相変わらずブドウ頭がおかしなことを嘆いている。
ダンスをするのにスパッツとかの何かしらを穿かないわけないし、穿いたら脱げというのもさらに意味不明だ。
「峰田くんそういうの禁止ー!!」
「……最低……」
とりあえず意味の分からないことを宣うブドウ頭を透ちゃんと一緒に叩いておく。
「芦戸さんは身体の使い方がダンス由来なんだよね。なんというか……全ての挙動に全身を使う感じだ」
「初めての戦闘訓練でマント焼かれたこと忘れない☆」
緑谷くんが分析をしながらノートを見ている。
そのノート、どこまでの情報がまとめてあるんだろうか。少なくとも三奈ちゃんの挙動は書かれているみたいだけど、技でもない挙動まで分析してあるノートとか凄まじい情報量になりそうだ。
「僕もやってみようかな……」
「教えてもらえば?」
緑谷くんがそう呟いたのに反応した上鳴くんが、教えを乞うことを提案する。
それを受けた三奈ちゃんはノリノリな感じで動き出した。
「オーケーボォオイレッツダンスィ!!」
「あっ、ええと、お願いします!」
その後は緑谷くんと青山くんが三奈ちゃんに教えてもらいながらダンスをし始めた。
2人ともぎくしゃくとした滅茶苦茶なダンスを披露していて正直見ていられるものじゃなかった。
そんな光景を眺めながら、上鳴くんが話し始めた。
「砂藤のスイーツとか波動の絵とかもそうだけどさ、ヒーロー活動にそのまま活きる趣味は良いよな!強い!……趣味と言えば、耳郎のも凄ぇよな!」
「ちょっ、やめてよ」
正直その例として私が挙げられるのは意外だった。
まあ確かに私のような遠距離からヴィランや周辺の状況を把握できるような個性なら、イラストは他の人に情報を伝える手段として有用だから間違ってはいないんだけど。
この前の偵察の時もそれで地図を書いているし。
「あの部屋楽器屋みてーだったもんなぁ、ありゃ趣味の域超えてる!」
「もぉやめてってば!部屋王忘れてくんない!?」
「いや、ありゃプロの部屋だね!!何つーか正直かっ……!?「マジで」
本気で恥ずかしがって嫌がっている響香ちゃんを無視して語り続けた上鳴くんの目の前に、イヤホンジャックが突き出された。
上鳴くんが褒めようとしているのは分かるけど、流石にデリカシーがなかったと思う。
もうちょっと響香ちゃんの様子を見て発言を考えればいいのに。
響香ちゃんはそのまま自分の席に戻ってしまった。
「……なんで……?」
「……もうちょっと……デリカシー……大事にしよ……」
「えぇ……?」
上鳴くんはおろおろしてしまっている。
とりあえず思ったことを言ったけど上鳴くんにはうまく伝わらなかったみたいで、困惑しているだけだった。
百ちゃんも苦笑いしてそんな上鳴くんの様子を見ていた。
「文化祭があります」
「「「ガッポォオォイ!!」」」
ロングホームルームの時間になった途端、相澤先生がそう切り出した。
それにしても皆のその掛け声は何なんだろう。思考を読んで『学校っぽい』って言いたいのは分かるけど、それでも割と意味が分からない掛け声だ。
「文化祭!!」
「ガッポいの来たぁ!!」
「何するか決めよー!!」
皆が盛り上がって思い思いのことを叫んでいる。
そんな中、切島くんが物申し始めた。
「いいんですか!?このご時世にお気楽じゃ!?」
「切島……変わっちまったな」
「でもそーだろヴィラン隆盛のこの時期に!!」
上鳴くんにぼやかれているけど、切島くんは意見を曲げなかった。
そんな切島くんに対して、先生が説明を始める。
「もっともな意見だ。しかし雄英もヒーロー科だけで回ってるワケじゃない。体育祭がヒーロー科の晴れ舞台だとしたら、文化祭は他科が主役。注目度は比にならんが、彼らにとって楽しみな催しなんだ。そして現状寮制をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じる者も少なからずいる」
これは相澤先生の言う通りだ。
サポート科と経営科はそんなでもない。
だけど普通科がもう酷い。
負の感情の垂れ流しになっている人が結構な人数いて、それをヒーロー科の生徒に普通に向けてきているのだ。
被害者に対しての扱いとしてはあり得ない対応と言える。恨むべきは執拗に狙ってきたヴィラン連合であってヒーロー科じゃないのに。
「そう考えると……申し訳たたねぇな……」
「ああ。だからそう簡単に自粛とするワケにもいかないんだ。今年は例年と異なり、ごく一部の関係者を除き学内だけでの文化祭になる。主役じゃないとは言ったが、決まりとして一クラス一つの出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう」
先生の説明を受けて、切島くんも納得したようで席に座り直していた。
先生は学級委員にこの後の進行を丸投げして寝る体勢に移り始めた。相変わらずすぎる。
「ここからはA組委員長飯田天哉が進行をつとめさせて頂きます!スムーズにまとめられるよう頑張ります!!まず候補を挙げていこう!希望のあるものは挙手を!」
飯田くんがそう言った瞬間、凄まじい勢いの声とともに皆の自己主張が始まった。
「ぐっ……なんという変わり身の早さだ……ええい、必ずまとめてやる!」
飯田くんがその様子に怯みながらも持ち直して意見を聞き始めた。
「上鳴くん!!」
「メイド喫茶にしようぜ!」
「メイド……奉仕か!悪くない!!」
メイド喫茶って、料理を作るのは私と梅雨ちゃんと砂藤くんメインになるだろうに、接客を女子に丸投げして砂藤くん以外の男子は何をするつもりなんだ。
今のままだと流石にどうかと思わざるを得ない。
「ぬるいわ上鳴!!」
「峰田くん!」
嫌な思考を感じた私は席を立った。
「オッパ―――っ!!?」
伸びてきた梅雨ちゃんの舌がブドウ頭の顔面にめり込んだのと、私の拳がブドウ頭の頭にめり込んだのは同時だった。
梅雨ちゃんがブドウ頭を簀巻きにしてくれたから、協力してそのまま教室に吊るし上げる。
重りも砂藤くんが用意してくれたから、これでブドウ頭は降りてくることができない。
そんなことをしている間にも話は続いていた。皆すっかりブドウ頭の蛮行とそれに対する制裁に慣れてきた感じがある。
「麗日くん!!」
「おもち屋さん!」
「なるほど和風で来たか!」
「腕相撲大会!!」
「熱いな!」
「ビックリハウス!」
「分からないが面白いんだろうなきっと!」
「クレープ屋!」
「食べ歩きにもってこいだ!」
「ダンス―!!」
「華やかだな!」
「ヒーロークイズ!」
「緑谷くんらしい!」
「蛙の歌の合唱!」
「微笑ましい!」
「……ふれあいどうぶつえん」
「触れ合い動物園!!」
「手打ちそば」
「大好きだもんな!」
「デスマッチ」
「まさかの殺し合い!」
「暗黒学徒の宴」
「ホホウ!!」
「僕のキラメキショウ」
「……んん!?」
「お姉ちゃんの魅力を語り合う会……!!」
「んん!!?」
「……コントとか?」
「なーる!さぁ他にはないか!?」
私も意見を出してみたけど、なんで飯田くんがあんな反応だったのか理解に苦しむ。
お姉ちゃんの魅力を語り合う会、良いと思うんだけど。甲矢さんとかも喜んで来てくれそうだし。
なんだったらお姉ちゃんクイズ大会にしてもいい。
お姉ちゃんのマニアックな情報を集めたクイズ大会だ。
そんなことを考えていたら、意見を出し終わったと判断したらしい飯田くんと百ちゃんが進行し始めた。
「一通り皆からの提案は出揃ったかな」
「不適切・実現不可、よく分からないものは消去させていただきますわ」
そう言って百ちゃんは暗黒学徒の宴、オッパ?、殺し合い(デスマッチ)、僕のキラメキショウ、お姉ちゃんの魅力を語り合う会を消した。
「あっ」
「無慈悲っ」
「は?」
「ハナから聞くんじゃねーよ」
「良いと思ったのに……残念……」
何がダメだったのか。
百ちゃんの言う不適切、実現不可、よく分からないもののどれに引っかかってしまったのか。
甚だ疑問である。少なくとも不適切ではない。よく分からなくもない。
実現不可?お姉ちゃんから苦情が来る可能性でも考えているんだろうか。
……それなら仕方ないか……不満ではあるけど、納得するしかないかもしれない。
「郷土史研究発表もなー地味よねぇ」
「確かに」
「別にいいけど他が楽しそうだし」
「総意には逆らうまい!」
「勉強会もいつもやってるし」
「お役に立てればと……つい」
「喰いもん系は一つにまとめられるくね?」
「そばとクレープはガチャガチャしねぇか?」
皆で少しずつ選択肢を削っていったけど、意見は全くまとまりそうにもなかった。
ロングホームルームも終わりに近づいてきたのに、まだ言い争いのような状況になってしまっている。
「だぁからオリエント系にクレープは違うでしょー!」
「やっぱりビックリハウスだよー!」
「……!ならっ!ここは私と緑谷くんのを合わせて……お姉ちゃんクイズ大会で……!」
「静かに!静かにぃ!」
「まとまりませんでしたわね……」
収拾がつかなくなったところで、チャイムがなった。
その瞬間に相澤先生が立ち上がって教室から出て行こうとする。
「実に非合理的な会だったな。明日朝までに決めておけ。決まらなかった場合、公開座学にする」
先生は凄みながらそう言い放った。
皆も衝撃を受けて戦慄している。公開座学はまずい。流石に恥なんてレベルの話じゃない。
これはなんとしても今日中に決めないと……
そんな風に思っていたら、峰田くんが出て行こうとする先生の背中に叫ぶような勢いで声をかけた。
「おい……!待ってくれよ……!!先生!!ミスコンは!!ミスコンはどうなってんだよ!?波動が姉のこと散々自慢してたからあるのは知ってんだぞ!!なんでミスコンのお知らせしねぇんだよ!!」
峰田くんの暴走するようなその言葉を聞いた瞬間、相澤先生が毛を逆立たせながら峰田くんを睨みつけた。
その瞬間に峰田くんは蛇に睨まれた蛙のようになって椅子に座りなおした。
「出し物一つ決めるのに時間かかったお前らに、ミスコンのこと教えたらまたムダな時間がかかるだろうが。分かったか峰田」
そんな先生の威圧を受けて、峰田くんは思考的に漏らしそうになっているのに立ち上がってさらに詰め寄った。
「……っ……時間さえ、時間さえかからなければいいのか!?そうだよな!?そういうことだよなぁ!?」
なんでそんな状態でガクガクと足を震わせながら立ち向かうのか。エロパワーが為せる業なのだろうか。
「波動もそう思うよなぁ!?」
ブドウ頭が私にまで確認してくる。でも私が見たいのはお姉ちゃんの雄姿であってミスコンに参加したいわけじゃないから別にどうでもいい。
ミスコンの参加にそこまでの価値があるとは思えない。
あれはお姉ちゃんの雄姿を見る会でしかないし、このクラスで代表者を決めてもちょっと大会を盛り上げる端役でしかない。
「別に……どうでもいい……今年の優勝は……お姉ちゃんなんだから……他はお姉ちゃんを引き立てる端役……」
「なんでそうなるんだよぉっ……!?」
ブドウ頭が愕然とした様子で文句を言ってくる。なんでもなにも言ったことが全てでしかないんだけど。
他の人に助力を求めることをやめたらしいブドウ頭は、それでも諦めきれないようで先生に啖呵を切った。
「じゃあミスコンの代表者も授業時間外で決めるからいいだろ!?なぁ!?それなら時間もかかってないしよぉ!!」
「……はぁ……クラスから代表者を1人決めろ。1週間後の期日までに決まってなかったらウチのクラスからは出さん。分かったな」
諦めないブドウ頭の執念に先生も面倒になったようで、溜め息を吐いてからブドウ頭の意見を認めた。
まぁそれはいいんだけど、ブドウ頭は誰に出てもらうつもりなのか。
正直私以外の女子6人は今のブドウ頭の執念にドン引きしていて、私も含めた女子全員が自分がその代表者になることなんて微塵も考えてないけど。
誰かしらを説得しないといけないわけだけど、何か方法は考えてあるんだろうか。
まあどうでもいいか。
どうしてもミスコンの代表者を出したいのはブドウ頭だし、ブドウ頭が悩めばいいと思う。
とりあえず私はミスコンでのお姉ちゃんの応援方法を考えないと。