年も明けて学校に戻った翌日。
冬休み中ではあったけど、インターンが始まった。
ヒーロー飽和社会とか言われているのに、雄英ヒーロー科は皆インターンに出ているし、ヒーローはお正月休みすらまともに取っていないらしい。
当直で数人が残っているとかそういう感じですらないのがなんとも言えない感じだ。
まあそれはそれとして、私は問題なくミルコさんのところでお世話になることになっていた。
今日も職場体験の時と同じく、朝早くにホテルに集合という感じだった。
私がホテルに入ると、ミルコさんはもうロビーで待っていた。
「来たな」
「ミルコさん……またよろしくお願いします……」
「おう。とりあえずさっさと着替えてこい。ほら、鍵」
ミルコさんはいつも通り挨拶を軽く流して、すぐにホテルの部屋の鍵を渡してきた。
ここで着替えてこいという意味なのは分かり切っているし、すぐに部屋に行って荷物を端っこに置きつつコスチュームに着替えてしまう。
着替え終わってすぐにミルコさんの所に戻った。
「よし。やることは前と同じだ。パトロールしながらヴィラン退治。要請があればそれに応じる。行くぞ」
「はい……!」
スタスタと歩いていくミルコさんに、置いていかれないように付いていく。
お正月の朝早い時間なのもあって、街の中の何もない所の人通りは疎らだった。
そんなちょっと閑散とした街を歩いていると、ミルコさんが口を開いた。
「……今回のインターンの前に、公安から要請があった」
「公安からですか……?」
公安から要請という言葉にちょっと身構えてしまうけど、ミルコさんの思考を読んで厄介な要請を押し付けられたとかそういうのではないのはすぐに分かった。
「ああ。インターンで学生を徹底的に鍛え上げろとだけ言ってきやがった」
「……雄英には……仮免持ちのヒーロー科生徒全員に対して……インターンに行くように指示が出ています……先生たちは……学徒動員かって……警戒してましたけど……」
「だろうな。勘ではあるが私も何かに備えていると感じた。1年生まで含めて全員に経験を積ませようとする程、何らかの人手不足に備えてやがる」
ミルコさんも同じような懸念を抱いているようだった。
やっぱりこの学生に実戦経験を積ませるためとしか思えない異常な指示に、凄まじい違和感を覚える。
ミルコさんもその違和感を拭いきれないのか、ちょっとしかめっ面をしながら話すのをやめて、こっちに思考を向けてきた。
『それにこの程度の指示を、学生の面倒を見てるヒーロー向けにヒーローネットワークで伝えるんじゃなくて、個別に言ってきたことにも違和感がある』
『……やっぱり……そう思いますよね……』
私がミルコさんが隠して伝えてきたのに合わせて、テレパスで返答するとびっくりしたような表情で私をチラリと見た後、周囲の警戒に視線を戻した。
『これは、私にだけ聞こえてるって認識でいいな』
『はい……範囲内限定ですけど……テレパスができるようになりました……密談なら……今の感じで……疑似的な双方向のテレパスで行うのが一番です……』
ミルコさんが不敵な笑みを浮かべながら、近くの人達にファンサービスを始めていた。
だけど思考的に、私のテレパスで笑みを浮かべたのは間違いないと思う。
『ここからは完全に私の勘だ。私は、ヴィラン連合絡みで何かあるんじゃねえかって考えてる。それに、流石に手間だしこんな指示をヒーロー全員に言っているとは思えねえ。伝えておくべきトップランク、あるいは有用なヒーローと、あとは公安が成長を期待している学生がいるところにだけ伝達して、意識させてると考えるのが自然だ』
『はい……』
ミルコさんの予測には、一理も二理もあると思った。
学徒動員を疑ってしまうような、1年生まで含めたインターンの実施要請。
安全を考えてインターンを中止にしていた1年生にも強く要請してきているという事実。
学生を徹底的に鍛え上げろとだけミルコさんに伝えられた簡略過ぎる謎の指示。
しかもそれがヒーローネットワークという手軽な手段じゃなくて、わざわざ口頭で為されているという事実。
そこから考えられる、伝える人物を絞っている可能性。
公安が何かを考えているのは間違いない。
ヒーローネットワークを使わないことを考えると、公安がヒーローすらも疑っている疑惑が出てくる。
だから密談で最低限の意図だけ伝わるように思考を向けてきたのか。
そんなことを考えていると、ミルコさんが大きく跳躍した。
ミルコさんが跳躍した先には、カバンを持って走っている男がいる。
思考的にひったくりで間違いない。
正月早々ひったくりとは元気なものだと思いながら、私も跳躍してミルコさんを追った。
ひったくりの確保自体は一瞬で終わった。
というよりも、私が追い付くころにはもうミルコさんが確保していた。
あまりにも呆気なさ過ぎて、さっさと警察に引き渡してすぐにパトロールに戻ってしまうくらいだった。
そして歩きながら、ミルコさんが口を開いた。
「私よりも感知範囲が広いのに、初動が遅い。思い切りの良さが足りてない。もっとガツガツ行け」
「……はい……頑張ります……」
「後は……全体的に動きのキレがない。身体の動かし方をもっと考えろ。雑に動き過ぎだ。へっぴり腰はなくなったが、それでもまだだいぶ酷い。跳ねる動作もそうだ。無駄が多すぎる」
「分かりました……動作一つ一つを……ミルコさんの動きを観察して……改善します……」
ミルコさんがかつてないほど具体的なアドバイスをしてくれ始めた。
さっき密談で伝えられた内容を踏まえて、何があってもいいように最低限成長できるようにアドバイスしてくれている感じだった。
柄でもないことをしているのは、ミルコさんが一番自覚している。
何だったら今でもアドバイスとかをしないで自分が蹴っ飛ばした方が楽なんて思っていたりもするくらいには直球な考え方をしているくらいだし。
それでも明らかに異常と言わざるを得ない公安からの指示に、ミルコさんも思うところがあったらしい。
私が成長できるように真剣にアドバイスしてくれていた。
そんな感じでミルコさんと話したり、ミルコさんがヴィランを退治する様子を観察したり、ミルコさんが見守る中私がヴィラン退治をしたりして時間は経過していった。
そして思ったことは、ミルコさんの動きはやっぱりすごいということだった。
跳躍や蹴りの一切無駄のないしなやかな足遣い。
にも拘わらず、私よりも大きく跳躍しているし、蹴りの威力もただただ凄まじい。
ウサギとしての個性の力が影響しているのは分かる。
だけど、それでも力を入れるべきタイミングや身体の動かし方は分かる。
試してみてすぐに真似できるような技術じゃない。
実際真似してみても、むしろ身体の動かし方がうまくつかめなくてバランスを崩しそうになってしまったし。
「波動蹴!!」
ミルコさんは跳躍しないで眺めていて、明らかに譲ってくれたヴィランに対して踵落としを放つ。
そんなに実力もないただのその辺のヴィランなだけあって、これで簡単に確保できてしまう。
でも、これじゃだめだ。
私の動きは全然変わってない。
ミルコさんはもっと踏み切りの瞬間に力を爆発させてる。踵落としも、もっと最低限の動きでたたき込んでいる。
頭の中ではこうするべきだとイメージはできても、身体がついてこない。
中々思うようにはいかなかった。
今のところ練習しているのは、跳躍とダッシュ、あとは波動蹴だけだ。
単純な動作である跳躍やダッシュを除くと、ミルコさんの技をリスペクトして作った技だけあって、波動蹴が一番ミルコさんの動きを当てはめやすい。
だからまずはこの3つでミルコさんの動きを掴む。
それから発勁や真空波、波動弾の動作にも適応していきたいと考えていた。
確保したヴィランを早々に警察に引き渡して、ミルコさんと一緒にパトロールを再開する。
「今の流れ、どこが悪かったか自分で分かってるな」
「はい……跳躍の放出のタイミングが遅い……踏み込みも足りてない……蹴りも大振り過ぎましたし……回転も軸がブレました……まだまだ……他にも改善点は……」
「分かってるならいい。修正していけ」
ミルコさんはそこまで確認すると、それ以上は何も言わなかった。
ミルコさん、さっきから私にヴィランを譲ったりアドバイスをしているせいで、少しずつウズウズしてきてしまっている。
我慢できなくなってきてるな。
多分次はミルコさんが飛び出しそうな気がする。
まあそこはいい。私も置いていかれないように跳躍とかをブラッシュアップしながら追いかけるだけだ。
それにしても、さっきからミルコさんが普段とあまりにもかけ離れた姿を見せているのもあって、通行人が困惑してしまっている。
まあ普段からあんなに自由奔放で、サイドキックも雇ってなくて、ビルボードチャートの挨拶でも唯我独尊の戦闘狂って感じの振る舞いだったのに、親身になって私にアドバイスしてくれているからそういう反応にもなるだろう。
ミルコさんのイメージが私のせいで変わってしまうのは忍びないんだけど……
ミルコさんの思考を見る限り、全然気にしている様子がない。
いいんだろうか……まあミルコさんが気にしてないならいいか。
そんなことを考えたりしながらしばらく歩き回っていると、ミルコさんが再び跳躍した。
その先にはヴィランのようなそうでないような中途半端な悪意の2人組がいる。
思考を見る限り、個性を使ったセクハラをしている性犯罪者のようだった。
……容赦する必要一切ないな。
今もすれ違った女性のスカートめくりしていったし。最低だこいつら。
そう考えて私も、ミルコさんが狙いを定めていない方の男に向かって跳躍する。
ミルコさんはすぐにセクハラヴィランを確保した。
私も波動蹴を当てるために上空から回転をかけて加速しながら落下していく。
あと2mくらいで当たる。
そう思って接触部分の噴出の準備をしたところで、範囲外から高速で飛行してきた人間が、ヴィランを取り押さえた。