「おっと、またやっちまった」
大きな赤い羽根を生やした人、ホークスはヴィランを羽根で動けなくすると、浮かびながら私の方を羽根の隙間から鋭い視線で見てきた。
「何の用だ。今のタイミングならこいつで十分やれてただろ」
「いやぁ、すいません。ついさっきもやっちゃったんですよね。ヴィランが目に入ると、つい身体が動いちゃうんですよ」
ミルコさんの睨みを利かせた問いかけに、ホークスは飄々とした様子で答えた。
ホークスは、さっき私を見ながら『この子は、会長が言っていた読心の……』なんていう思考を思い浮かべていた。
会長っていうのは公安の会長のことっぽい。
公安から、ヒーロー候補生とは言っても一般人の個性の情報を渡されている?
ホークスの立ち位置がよく分からない。
「君は確か雄英の感知の子だったよね。悪かったね。手柄取っちゃって」
「……いえ……それは……いいんですけど……」
「無視すんな。何の用だ」
ミルコさんがそう問いかけた瞬間、ホークスの目が光った気がした。
そのまましゅばっとミルコさんの方に近寄ると、ホークスは懐から取り出した1冊の本をミルコさんの方に差し出した。
「用って程でもないんですけど……最近この本に共感しちゃいましてね!活動しながら知り合いのヒーローに配ってるんスよ!さっきもちょうどエンデヴァーさんに渡したところでして、ミルコさんもどうですか?」
「なんだぁ?この本」
「お!聞いちゃいます?最近エラい勢いで伸びてるんスよ!泥花市の市民抗戦でさらに注目されてて!表題は見ての通り、"異能解放戦線"!昔の手記なんですが、今を予見してるんです!"限られた者にのみ自由を与えればその皺寄せは与えられなかった者に行く"とかね!デストロが目指したのは究極あれですよ!自己責任で完結する社会!時代に合ってる!」
「デストロぉ?お前マジで何言ってんだ」
ペラペラと喋るホークスに、ミルコさんは胡散臭そうな表情をしながら吐き捨てるように言っている。
そんなあしらわれ方をしている一方で、ホークスは本をミルコさんに押し付けながら、明らかに私に向けた思考をし出していた。
『君の個性は公安から聞いてる。どうしても口に出して本心を話すことができない状況だ。俺がどういう状況か―――』
『いえ……大丈夫です……もう分かりました……ヴィラン連合で……スパイをしている……まだ信頼されてなくて……厳しい監視下にある……』
『……!まさかテレパスまでとは、これは好都合!こんな役割を押し付けて申し訳ないけど、君に頼みたいことがある』
ホークスの思考を深く読んで、状況は既に理解できた。
ホークスは、公安の指示で様々な任務をこなしている。
そして、今回は公安の指示で一局面ではなく、大局的に見て闇組織そのものを根絶するために、少しの被害は見過ごして、ヴィラン連合に取り入れという指示を受けていたらしい。
なんとか潜入することはできたけど、まだ一切信用されていなくて身体の動き、話していること、動向など全てを監視され続けている。
それを免れることができる可能性があるのは、頭の中くらい。
公安には暗号で既に情報を伝達できている。
この本にも、監視下でも伝わる可能性がある暗号を散りばめてエンデヴァーに渡している。
ただ、エンデヴァーにはなるべく気付いてもらいたいけど、この本だけだと不安が残るみたいだ。
つまり、ホークスがわざわざリスクを冒してまで私に頼みたいことは、ここ1点しかないと思う。
……だけど、ヴィラン連合に潜入しているとなると、注意しないといけないことがいくつかある。
『ホークス……この場に留まる必要はありません……むしろ……留まることでスパイ活動がバレるリスクが跳ね上がる……私の読心は……程度はともかくとして……存在自体はヴィラン連合にバレています……』
『……分かった。この後すぐに飛び立つ。要件は飛びながら伝える。範囲は半径1kmだったね』
『はい……』
「じゃあミルコさん!これ読んどいてくださいよ!この解放思想を下地にした社会になれば、ミルコさんももっと好きに動けるようになると思うんで!んじゃ、俺はこれで!君もインターン頑張って」
私と疑似的な双方向テレパスで会話をしながらも、ミルコさんとのやり取りを続けていたホークスは、捲し立てるように言って本を押し付けて飛び立っていった。
軽く周囲を見渡しながら旋回して、少し離れた位置まで移動していった。
そのまま範囲ギリギリの自動販売機の所まで移動して、何かを購入しながらまた私に向けた思考をし出した。
『可能ならば、この伝言をエンデヴァーさんに伝えてほしい。ヴィラン連合は、異能解放軍を取り込んで超常解放戦線になった。その数は、末端の戦闘員まで含めると10万以上。死柄木やその裏にいる者の居場所や目的はまだつかめていない。奴らは、4か月後に決起する予定だ。それまでに不意を突いて襲撃できるように合図を送る。だけど、失敗した時に備えて、数を集める必要がある』
『……なるほど……つまりこのインターンは……緊急事態に備えた……学徒動員の準備で間違いなかったってことですね……』
『……学生の君たちを"失敗"した時の保険に据えること自体、どうかしているとは思ってる。だけど、ツクヨミが教えてくれた。君たちは強い。そして、日ごとに強くなる。俺よりも早いスピードで。保険にした上に、学生の君にこんなことを頼んでしまって本当にすまないとも思ってる。だけど、これ以外にエンデヴァーさんにこの情報を確実に伝える手段がない。裏切り者のヒーローが超常解放戦線にいるから、公安から公に情報を流すことができないんだ。だけど、君のテレパスなら、誰にも聞かれることなくヒーロー側の最大戦力に、この危機的状況を伝えることができる。どうか、頼まれてほしい』
『……分かりました……どうにか……周囲に怪しまれずに……エンデヴァーに伝えてみます……』
ホークスは、本当に申し訳なさそうに、苦渋の決断と言った感じの思考を浮かべながら、私にそのお願いを伝えてきた。
状況は最悪と言っていい。
今まではおかしな実力を持っているヴィランや脳無の寄せ集めでしかなかったヴィラン連合が、カルト的な考えを持っている集団を取り込んで数すらも手に入れてしまった。
10万もの人数が一斉に蜂起した場合、ヒーローだけではたちうちできない可能性が高い。
殺すことすらも厭わない10万人の集団と、制約の多すぎるヒーローでは、分が悪すぎるのだ。
そう考えると、潜入捜査をしていたことでこの情報を掴むことができたのは僥倖と言えた。
ホークスはつらいだろうけど、それでも何も知ることなく、対策もできずにその日を迎えるなんていう最悪のケースよりはマシだと言えた。
だけど、ホークスがスパイ活動をするなら伝えておかないといけないことがある。
ホークスはさっき買ったコーヒーを飲みながら、声をかけてくる市民たちにファンサービスをし始めていた。
『ホークス……注意しておいて欲しいことが……あります……』
『注意?』
『はい……トガについてです……』
『トガ?トガヒミコで間違いない?』
『はい……そうです……』
私がトガとテレパスした瞬間に、ホークスはトガの情報を思い浮かべ始めていた。
その瞬間、最悪と言っていい情報が読み取れてしまった。
トガが、変身先の個性を使えるようになった……?
それは、今から私が注意しようとしていたことを、さらに最悪の結末につなげる可能性があるのではないだろうか。
考えられる限り最悪の個性の成長の仕方をされたとしか思えない。
私は、死穢八斎會に突入した時に、トガに血を取られている可能性があるから、潜入先で私を見てもトガだから注意しろということを伝えるつもりだった。
だけど、これは……
首に押し付けられたナイフを弾き飛ばしたのに、そのまま放置した4か月前の自分を殴りたい気分だった。
『ほ、ホークス……ごめんなさい……私……4か月前に……トガに血を……少量、取られた可能性が……』
『っ!?……君の個性の詳細、読心可能な深度、全て教えて欲しい。できる?』
『は、はい……』
私は、愕然としながらホークスに自分の個性の詳細を教えることしかできなかった。
私が急におかしくなったせいか、ミルコさんが不審がっているけどそんなことを気にしていられる余裕なんてなかった。
私のせいで、公安とホークスの作戦が崩壊する可能性がある。
そうなった場合、起こるかもしれない最悪の事態。
考え出したら、冷や汗が止まらなかった。
感知範囲のこと。
読心が普段どういう状態か。
深く読んだ場合どこまで読めるか。
どのようにして深く読んでいるか。
透視も可能なこと。
波動の操作やテレパス、波動の感知から付随して可能な事全て、どのようにして行っているか。
とにかく全て話した。
ホークスはまだファンに囲まれている。一応、今の場所に留まっていてもまだ違和感はない。
『これで……全部です……本当にすいません……わ、私のせいで……』
『いや、君のせいじゃない。不運が積み重なっただけだ。それに、俺が思考も偽装することができれば、なんとかなるかもしれない。申し訳ないけど、トガが変身先の個性を使えるようになっていることと、君の血が取られている可能性を公安に伝えて欲しい。俺の暗号よりも、より詳細に、正確に、迅速に伝えることができるはずだ』
『はい……必ず……』
ホークスの言っていることはつまり、公安に伝えて失敗に備えろってことでしかない。
思考偽装で誤魔化せる可能性や、トガが私の個性を短時間で扱えない可能性にかけて、ホークスはヴィラン連合の方に戻るつもりみたいだった。
確かに短時間しか変身できないトガが、私の個性を使いこなして深く読心することは難しい。
だけど、可能性はゼロじゃない。
私の個性なら読心なんて、目の前に姿を現さなくてもできるんだから、いつ、どこで読心されるか分からない以上、常に思考を偽装し続ける必要がある。
暗号であっても、公安に対してコンタクトを取ろうとすること自体が悪手でしかない。
しかも思考を偽装したところで、偽装できるのなんて大体の人は思考の表層まで。
万が一にもトガが深く読心できてしまったら……
『ありがとう。君のおかげであらかじめ警戒できる。助かった。じゃあ伝言だけ、頼んだよ』
『はい……本当にすいません……』
私はもう謝ることしかできなかった。
ホークスは明らかに私に気を使ってあっけらかんとした感じで飛び立っていった。
ホークスに集中するのをやめて、目の前のミルコさんに意識を戻す。
「おい、どうした」
「……ミルコさん……相談があります……」
ホークスが離れてから、私の変化を見てテレパスと読心で何かをしていると察してくれていたらしいミルコさんが、すぐに確認してくれた。
それだけ私の状態が傍目から見ても異常だったらしい。
ミルコさんは、私が声をかけると事務処理をするためになんて嘯きながら、パトロールを一度中断してホテルに向かってくれた。