しばらく車に揺られて、辿り着いた場所はタルタロスだった。
……正直、ここほど不愉快なところはなかなかないと思う。
凶悪なヴィランたちの悪意、憎悪、狂気……ただただ不愉快で、気持ち悪くて、吐き気を覚える。
そんな波動に満ちていた。
先生たちは移動中もイライラしている様子を隠せてなくて、「もっとスピード出せないのか」とか、普段だったら絶対に言わないようなことも言っているくらいだった。
タルタロスについて早々に、塚内警部とグラントリノに出迎えられた。
「待っていたよ、イレイザーヘッド、プレゼント・マイク……波動さんは連れてこないという話だったのでは?」
「本人が希望したので連れてきました」
「……そうか……いや、こちらとしては助かるからいいんだ。以前黒霧を読心した際に錯乱したと言っていたね。こちらで気を配っておくよ」
「お願いします」
塚内警部が私を見て確認してくるけど、すぐに相澤先生が理由を伝えていた。
塚内警部もすぐに納得して、タルタロス内部に向かって歩き出した。
私たちも特に質問もなく、その後を追いかけていった。
「2人は知っているだろうし、波動さんはもう把握してしまっているだろう。脳無は人の手によって改造され、複数の"個性"に耐えられるようになった人間だ。ただし、生きた人間じゃない。脳みそから心臓に至るまでめちゃくちゃにされてる」
「……はい……その通りだと思います……黒霧の波動は……何人もの波動をつぎはぎにしたのかってくらい……めちゃくちゃで……死人と変わらない部分もあります……思考も……刷り込まれたようなもの以外は……すごく希薄で……正直……あまり直視したいものではないです……」
「君から見てもそう見えるか……脳無とは、正しく人形。意思持たぬ操り人形。そう考えていた。君の思考に対する所感も、この考えを補強するものだろう」
塚内警部が私の返答に頷いている。
グラントリノも同じ感じで考えていたらしい。
今回の件で、大きく考えが変わったみたいだけど。
「塚内さん……こっちは授業トばして来てるんです。簡潔にお願いします」
「相澤」
相澤先生が焦れたように、低い声で先を促す。
正直、見える感情が怖い。普段は厳しくても優しい先生だからこそ、余計にそう感じてしまう。
相澤先生を制しているマイク先生の手も、小刻みに震えていた。
「必要な話だよ。順を追おう。気持ちの整理をつける為にも」
「こいつはヴィラン連合の中核。口を割らせることが出来れば、一気に大元を叩けるんだが、いかんせん肝心なことを一切話そうとしない。くだらない話はするが、連合の不利になる情報については、電源が落ちたかのようにストンと無反応になるんだ」
私に最初から読心を頼もうとしなかった理由はそれなのだろうか。
話を振られた途端にストンと電源が落ちたように無反応になるなら、そういう風になるような何かしらを仕掛けているとしか思えない。
その状態で、思考が読めるとは思えなかった。
別室で待機している人の思考的に、脳波も観測しながらやっていたようだし、そのうえでそういう結論になったなら、私が尋問しても読める可能性は確かに低かっただろう。
「……つまり?」
「あまりに精巧で、それと気づくまでに時間がかかった。複数の因子が結合され、一つの新たな"個性"となっていたんだ。そしてそのベースになった因子―――……かつて雄英高校で君たちと苦楽を共にし、若くしてその命を落としたとされている男。白雲朧のものと、極めて近いことが分かった」
「……つまり、黒霧は脳無で、白雲の遺体がベースになっている―――可能性が高いっつーことだ」
辿り着いた部屋の奥には、拘束着を着せられて椅子に縛り付けられている黒霧がいた。
黒霧の意識は完全に落ちていて、思考は全く読めない。
だけど、相変わらず不愉快な見ていたくない波動をしている。
正直、エリちゃんが死ぬ様子を何度も見て死体を直視することに慣れていなかったら、また前と同じ状態になっていたと思う。
「……"A組の3バカ"なんて呼ばれもしたよ……意味が分かんねぇよ!!!」
「"目立たず三ツ星レストランの残飯を漁るようなもの"だそうだ……恐らく遺体を火葬する過程ですり替え……脳無という狂気の玩具に変えた。意味なんて……求めちゃいけねぇよDJ。そこには、悪意があるだけだ」
「……わかんねぇよ!」
マイク先生の怒りに、グラントリノが説明していく。
その説明を受けても、マイク先生は受け止めきれない様子だった。
それはそうだろう。クラスメイトの、親友の身体を弄ばれて、こんなことをされていたら、受け止めきれなくて当然だ。
私が透ちゃんに同じことをされて受け止められるかと聞かれても、絶対に無理だと断言するくらいには常軌を逸した外道の所業だった。
「何で我々を?"絆による奇跡"でも期待してるなら……大衆映画の見過ぎでは?」
「根拠がありゃあ"奇跡"は"可能性"になる。九州でエンデヴァーが倒した脳無。報告では明確な人格を有し、強者への執着を見せたそうだ。焼死体のDNA鑑定の結果、あれの素体は地下格闘で生計を立てていたならず者だと分かった」
「生前の人格を残してる……と。残念だが雄英で一戦交えてます。口調も違ったし、俺に対して何の反応も示さなかった」
「そういう実験をしてたのかもな。改ざん・或いは消去した記憶が命令遂行に与える影響―――……とか。重ねて言うが、こいつが口を割れば大きな進展につながる。波動さんも来てくれたなら、頭の中にそれを過らせるだけでもいい。プレゼント・マイク、イレイザーヘッド。白雲朧の執着を、呼び覚ましてほしい」
そう言って塚内警部は、先生たちに刑務所の面会室のような真ん中に透明なガラスが置かれた部屋に入るように促した。
先生たちは無言でその中に入っていく。
私はどうするべきだろう。脳波を見るために待機している人がいる部屋に行けばいいだろうか。
「波動さんはこっちへ」
「はい……」
塚内警部に連れられて面会室が見える隣の部屋に移動する。
待機していた人に頭を下げて会釈すると、会釈を返してくれた。
待機していた人はタルタロスの看守の制服を着ていた。
会ったことはないと思うんだけど、顔が見覚えがあるようなないような……まあ波動に見覚えはないし、すぐに思い出せないならどうでもいいか。
その程度の関係の人ってことだろうし。
「波動さん、先に言っておく。いつでも深く読むことを中止してくれていい。君が言っていた悪意に対する吐き気というものを、ようやく少し理解できた気がした。黒霧の波動は、それらを読みなれている君が、完全に錯乱したほどのものだと聞いている。頼っておいて情けない限りではあるんだが、君が無理だと判断すればこちらでなんとかする。潰れるようなことだけはないようにしてくれ」
「はい……ありがとうございます……」
塚内警部も、気を使っていつでも中断していいと言ってくれている。
だけど相澤先生たちがこれだけの憎悪を感じながら、つらいことをしようとしている。
それで成果なしなんて、そんなことにしたくなかった。
あの時の状況になりかねないと感じたら迷惑を掛けかねないから中断するつもりだけど、そうでもない限り続けるつもりだった。
『思い出話でもしろってかぁ!?』
「頼むよ」
『ご遺族には?』
「君たちでだめなら―――……」
先生たちも、通信越しにこっちに色々確認して、気合を入れなおしていた。
相澤先生が個性を使って髪を逆立たせたのを確認してから、タルタロスの看守さんが遠隔で黒霧を起こした。
それと同時に、私は黒霧を波動に注意を向けて読心し始める。
相変わらず、不快で、気持ち悪い波動をしている。
どこもかしこもつぎはぎで、どれがもとの波動だったかなんてさっぱり分からない。
あの時のエリちゃんと同じような死人の波動も至る所から感じる。
思考も薄弱。表層は相変わらず死柄木のことばかりだ。
『おや……?雄英襲撃以来ですかね……珍しい客だ』
『やっぱ間違えてんじゃねぇのか!?こいつと白雲に共通点なんざ『死柄木弔は元気ですか?捕まったりしていませんか?』
マイク先生が、『身体そのものがもうそういうつくりってこった』とか考えながら声を荒げると、それを遮るように黒霧は死柄木の心配をし始めた。
思考と全く同じ内容の発言でしかない。
『知っらねーーーよ!』
『そう……残念です』
『死柄木が気になるのか』
『ええ。彼の世話が私の使命』
黒霧がそういった瞬間、相澤先生が固まった。
面倒を見られるという部分を、自分に重ねてしまったらしい。
『クソみてーな使命だな!あんな陰気くせーガキンチョの面倒見るのが使命だなん……』
『苦ではありませんよ。放っておけない性質なので』
マイク先生も、言っている途中で過去の状況と似ていることに気が付いたらしい。
固まってから相澤先生を凝視している。
相澤先生は泣きそうになっているのをこらえながら、言葉を続けた。
『俺が拾えないと……やり過ごした子猫を、迷わず拾ってくるような奴だった』
『話が見えませんね。何をされにここへ?』
相澤先生は、白雲さんの思い出を思い出しながら、言葉を絞り出していた。
でも、先生の言葉は黒霧には欠片も響いてない。
看守さんも「反応なし」って言って、脳波にも変動はないことを伝えてくれていた。
『中途半端で二の足踏んでばかりだった。そんな俺を、いつも引っ張ってくれた』
『ここを教会か何かと勘違いなされてる』
『おまえはいつも明るくて、前だけ見てた。後先なんて考えず……!死んじまったら、全部終わりだってのに……!』
その瞬間、今まで完全に呆れて聞いているだけだった黒霧の思考にノイズが生じた。
思考が読めるほどじゃないけど、それでも確かに変化が生じていた。
『俺、山田と先生やってるよ。生徒に厳しくあたってきた』
「除籍回数がえげつないって話だな」
『書類上じゃな』
「……相澤先生……除籍回数はすごいけど……そのほとんどを復籍させてるはずです……最近……2年生の思考を読んで……知ったことですけど……」
そう、相澤先生は初期は除籍除籍って何度も言ってたけど、全員1回除籍されたらしい2ーAの生徒を、全員復籍させていたらしいのだ。
先生がどういう目的でそんなことをしていたのか理解しかねていたけど、今ようやく理解できた。
『生徒たちには、お前のようになってほしくなかった……!正義のためと、己が命を軽んじるヒーローには……!お前のようになってほしかった……!誰かを引っ張っていけるヒーローに……!最高のヒーローには、長く生きて欲しいから……!……白雲!でもまだおまえがそこにいるのなら!なろうぜ……ヒーローに!3人で!』
黒霧の思考が、明確に歪んだ。
さっきまでの死柄木を守るなんていう思考に、ノイズが混ざった程度じゃない。
驚愕、困惑、動揺。明らかに、冷静ではなくなっていた。
「脳波波形に異常「静かにしてください!!思考が揺らいでます!!少しでも聞き逃したくない!!」
「脳無の製造元!!死柄木の居場所を!!」
私の言葉に、塚内警部はすかさず指示を出した。
相澤先生は、『目の前にいるのは友の遺体、還ってくるわけでも、ないのに!!』って考えながら、立ち上がって、必死で声をかけ始めた。
『言え!!誰がおまえを変えた!?どこで脳みそ弄られた!!』
『さっ、さっきから、何、を、仰っている、のか』
『答えろ白雲!!』
『私は黒霧。死柄木弔を守る者』
『おまえは雄英高校2年A組!!』
『俺たちとヒーローを志した!!』
『『白雲朧!!』』
『何を仰っているのかさっぱり―――』
その瞬間、黒霧の顔の中に、人の顔が浮かんだ。
それを認識した瞬間、私は他の情報を一切を気に出来ないくらい、深く、詳しく読心をし始めた。
『ひ―し、しょう―』
『ホラ、3人い――さ!誰か――スっても、残――二人がカバーし――るし!』
『変え――た――――こ―ら―年老――男――』
『――ういん―』
『―――わた……し……は―――しがら―――しょ―――』
ブツンッと電源が切れたように何も読み取れなくなった。
そこまで読み取って、私は黒霧の波動を注視することをやめた。
それと同時に、全身に凄まじい疲労感が襲ってきていた。
汗がびっしょりになっているのが自覚できてしまう。
「はぁ……はぁ……」
「波動さん、どうだった!?」
「白雲さんは……どこまで話しましたか……」
「病院、とだけ」
「そこは……同じです……私が他に分かったのは……小柄な、年老いた男……それだけです……」
「十分すぎる情報だ……!ありがとう!」
塚内警部は私にそういうと、先生たちに労いの声をかけ始めていた。
私も、息を整るためにしゃがみこんで深呼吸していた。
そんな私の背中を、グラントリノが摩ってくれていた。
用件も終わって、帰るために車のところまで戻ってきた。
塚内警部とグラントリノも、見送りに来てくれていた。
「黒霧は……?」
「ショートでもしたかのように停止してる。ともかく……かなりの進展だよ」
「あんたらも、かつては生徒で……夢を追いかけた。辛い話をさせた。この恩には必ず報いる」
「脳無って……何なんですか。何の為にあんなものを……」
相澤先生のその質問に、グラントリノはすぐには答えなかった。
そのグラントリノの思考に、AFOの声が、色濃く思い浮かべられていた。
『君たちには分からないだろうね。ワインと同じさ。踏み躙ってしぼり出すんだ。私はただ、その味を愉しみ続けたいだけさ』なんていう、嘲笑うかのような声が。
こんなの、先生たちに言えるわけがない。
「分からない……ただ……これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない」
「進展、期待してます」
相澤先生はそれだけ伝えると、車の方に歩いていった。
私とマイク先生も、相澤先生に続くように車に向かう。
そのまま全員無言で車に乗って、タルタロスを離れた。
私は疲労感のせいか、そのまま車の後部座席で眠ってしまった。