1月も下旬に差し掛かった頃。
今日は平日なのもあって、泊りがけでインターンに行っている人とかもいなかった。
今は皆で共有スペースで寛いでいるところだ。
「お茶する人挙手ー!」
お茶子ちゃんが皆に聞いてくれた。
お茶を入れてくれるつもりらしい。お茶子ちゃんが淹れてくれるのってなかなか珍しい。
それを聞いてソファに座っていた女子は皆手をあげたんだけど、そのタイミングで勢いよく寮の扉が開いた。
「おっやー!?弛んでるねぇA組ぃ!?余裕だねー!でもいいのかな!?今日こそは考えを改めるかもしれないよ!?」
物間くんが、ホワイトボードを引っ張りながら入ってきた。
……元気だなぁ。
物間くんはたまにA組を煽りに寮まで押しかけてくる。
今日もA組を言い負かしに来た感じっぽいし、暇なんだろうか。
「物間くん……」
「いいぞ、ガツンと言ったれ飯田ー!」
「今日は君たちを言い負かすために資料まで作ってきたからね!しっかり聞いてよ!?今日はすごいよ!?」
物間くんは、飯田くんがゆっくりと近づいてくるのも気にしないで話し出した。
物間くんの方に向かう飯田くんの思考が既に面白い。
『彼は何故、俺たちを煽るのか?』とか、『ラジオでのオールマイトの言葉の意味』とか、物間くんの煽りについて真剣に考え込んでいる。
物間くんが必死でA組を言い負かすプレゼンをしているのに、それを完全に無視している。
「ね?分かるでしょ!?この時点でB組がA組を上回ってるのさ!」
物間くんが、バンってホワイトボードを叩く。
その瞬間、飯田くんの思考が驚愕に染まった。
『あれはまさか隠されたメッセージ……"B組怖い"!?』
「ぷふーっ!?」
「ちょっ!?瑠璃ちゃん急にどうしたの!?」
「なっ……なんでもないっ……ふふっ……」
物間くんの思惑とは完全にズレた飯田くんの思考に、思わず吹き出してしまった。
なんでそうなる。飯田くんの思考を読む限り資料の縦読みが偶然そうなってたっぽいけど、物間くんにそんな意思は一切ない。
飯田くんの空回りが極まっていた。
「で!ここ!よーく読んで!」
物間くんがそういいながらホワイトボードに貼ってある資料を指さした。
『ずっと救いを求めていた!?』
飯田くんの思考が絶望と驚愕に染まった。
今度は指さした先が『たすけて』と縦読みになっていたらしい。
「わっ……わざとっ……?わざとなの……?」
「る、瑠璃ちゃん……さっきからほんとに大丈夫?」
笑いをこらえて肩を震わせながらつぶやくと、透ちゃんが本格的に私を心配し始めた。
流石に申し訳なくなってきたから、透ちゃんを引っ張って一緒にソファの影に隠れる。
「飯田くんが……盛大に勘違いしててっ……ふふっ……物間くん……いつも通り煽りに来てるだけなのに……資料……縦読みが……たすけてとか……B組怖いとか……面白いことに……」
「えっ、そういう感じ?確かにそれは……」
透ちゃんも一緒になってソファ越しに顔を少しだけ出して物間くんたちの様子を伺い始めた。
「くっ……俺が!俺が間違っていた!!なぜ今まで気づけなかったんだ!!」
「ねぇちょっと君らの委員長!B組の方が優れてるって認めたよ!?A組の学級委員長なのに!!ねぇ今どんな気持ち!?」
あまりのすれ違い具合に、透ちゃんもちょっとわくわくした表情を浮かべ始めていた。
飯田くんは飯田くんで『物間くんは俺たちにSOSを発していたのだ!!』とか考えているし、混沌とした状況になっていた。
「皆、ちょっといいか?」
飯田くんが物間くんから離れて皆を集めて話し出した。
私と透ちゃんも一応そっちに行ってみたけど、完全にズレたことを言っている。
物間くんは救いなんか求めてないし、B組になれて心底幸せを感じているのに。
透ちゃんも透明だから他の人からは分からないけど、完全に笑いをこらえていた。
飯田くんの勘違いが伝播した皆は、『彼の本音を聞き出して救けたい』とか考えだしている。
凄いすれ違いだ。
完全に徒労に終わるだろうけど。
そんな中、緑谷くんが物間くんの方に歩いていった。
「物間くん、最近どう?何かあったら相談に乗るよ」
「え……?僕が?A組の君に?あり得ないんだけど!?」
「そう……だよね」
物間くんは罠を疑って緑谷くんを素気無く切り捨てた。
「……あれ……罠を疑われてる……言ってることが完全に本心……」
「やっぱりそうだよねぇ」
再び透ちゃんと一緒にソファの影から様子を伺いながら笑いをこらえる。
それにしても、この勘違いいつまで続くんだろう。
もうそうそう縦読みでなんてミラクル起きないだろうし、そろそろ気付きそうなものだけど。
「おい物間!俺を殴れ!力いっぱい殴ってくれ!!」
緑谷くんとアイコンタクトで意思を共有した切島くんが、すごく暑苦しい感じのことを言い出した。
『殴り合えば本心が分かる』とか考えているけど、割と理解できない感じの考えだ。
「!?……ふーん、いいんだね?じゃあ殴るけど!それは君も認めたってことだよね!?A組が、B組に痛……いたくない……!!」
「悪い、条件反射で"個性"使っちまった」
『B組にいたくない!?』
「まっ……まんざいでもしてるのっ……?」
私と透ちゃんは漫才にしか見えないその様子を眺めながら、笑いを堪え続けていた。
なんだろうこのすれ違い続ける漫才。こういう芸風の人とかいるんじゃないだろうか。
その後もしばらく殴る流れは続いた。
物間くんも本気になって、上着を脱いで殴り続けていた。
物間くんはついさっきも拳藤さんに制裁されてたみたいで、首の後ろに痕がついていた。
なにやらそれをいじめの暴力によるものだと勘違いした皆が、すごくヒートアップして来ている。
「……あれって拳藤さんがいつもチョップしてる場所だよね」
「ん……さっきも制裁されてた……」
私と透ちゃんは完全に蚊帳の外になっていた。
一応響香ちゃんと梅雨ちゃんも一線引いた位置で眺めているけど、半信半疑で眺めているって感じだし。
いつも冷静な百ちゃんすらも使命感に駆られて紅茶を淹れている。
「……いつ皆に教える?」
「……とりあえず……そのうち拳藤さんくるから……眺めてよ……面白いし……」
「……そうしよっか!」
私が傍観宣言をしたら、透ちゃんも乗ってきた。
透ちゃん的にもこのすれ違いは面白かったらしい。
「あー!用事思い出しちゃった!ここにいる場合じゃなかったー!」
「待って!」
「お紅茶をお持ちしましたわ」
「八百万の紅茶には敵わないかもしんねーけど、食ってけよ。タルトタタン。出来立てだぜ」
「結ちゃん、癒してあげて」
物間くんの困惑具合が凄いことになっている。
その割にはタルトも紅茶も普通に美味しくいただいてるけど。
私もタルトタタン食べたかった。
まだあるのかな。今拳藤さん来てるし、落ち着いたら砂藤くんに聞いてみよう。
そんなことを考えていたら、物間くんは困惑がオーバーフローしたのか、『罠なのか!?僕をどうしたいんだ!?なんなんだよー!?』とか考えながらパニックになっていた。
煽りに来たのになぜか優しくされてどうしていいか分からなくなったらしい。
その後の物間くんの思考は、すごく達観した感じになっていた。
小さく笑顔を浮かべて邪な思惑なんて一切ない感じの表情になっている。
なんというか、傍から見て浄化されたように見えなくもない。
「誰あれ」
「心が壊れたように見えるわ」
「……あれは……困惑してどうしたらいいか……分からなくなっただけ……」
「完全に別人だね」
離れた位置から眺めていた4人で達観物間くんの感想を言い合っていく。
その一方で勘違いしてる皆はすごい盛り上がりを見せていた。
達観物間くんが物間くんの本性だと思ったらしい。
そんな中、また寮の扉が開いた。
拳藤さんがようやく回収しに来てくれたっぽい。
「物間!やっぱりここにいた!ごめーん!うちの物間、ちょっかい出してない?」
「拳藤!拳藤~~!」
拳藤さんを見た瞬間、物間くんの顔が輝きを取り戻した。
普段制裁されまくっているけど、やっぱりなんだかんだで好感度は高いらしい。
その様子を見て、皆もようやく違和感に気が付いたようだった。
勘違いを確認するために緑谷くんが口を開いた。
「……あのさ、B組って……―――」
「え?B組内で暴力!?ないない!」
「B組がそんなことすると思ってるのかい!?」
「……とりあえず物間くんは……自分の作った資料と……指さした位置を見た方がいい……」
後悔しながら謝罪する皆を尻目に、物間くんと拳藤さんにさっきの資料を返して指さした位置を示す。
縦読みが「びいぐみこわい」と「たすけて」になっていることに気が付いた瞬間、2人は絶句してしまった。
「……物間……これ、わざとじゃない……よね?」
「わざとなわけがないだろう!?なんだこの偶然!?」
「それを示された後に……さっき拳藤さんに制裁された時の痕を見て……完全に勘違いされてたよ……」
拳藤さんの表情が完全にうわぁって感じになってしまっている。
当然の反応だ。これがわざとじゃないならどんなミラクルなんだ。
物間くんの方は物間くんの方で、私の方を見てきている。
「波動……君、完全に分かってて面白がってただろ……」
「ん……笑いをこらえるのに必死だった……ごめん……」
「すぐに教えてくれても―――ぅっ!?」
「自業自得だよ。ほら、帰るよ。ごめんねA組」
「気にしないで……物間くんのことはよろしく……」
拳藤さんはひらひら手を振りながら、片手で物間くんを引きずっていった。
凄い筋力だなと思う。私じゃ無理だ。
波動で身体強化してなんとかって感じな気がする。
勘違いしていた皆もなんとも言えない表情になってしまっていた。
暴力がなかったのは喜ばしいことだけど、いつも通りに戻ってまた物間くんが煽ってくるようになるのはなんとも言えないって感じっぽい。
あの煽りに好感を持つことなんて難しいから、仕方ないことではあるんだけど。
まあそれはいいとして、私は砂藤くんにタルトタタンがあまってないか聞いてみないと。
あれ、すごく美味しそうだったから私も食べたい。
波動を見る限りキッチンにあるし、多分もらえるはず。
そう思いながら、いそいそと砂藤くんの方に向かっていった。