今日、私たちA組女子はキッチンに集まって皆でお菓子作りに励んでいた。
キッチンの中は甘い匂いに満たされていて、早く食べたいという感情が私の頭を埋め尽くす。
何を隠そう今日はバレンタインデー。
砂藤くんに助言をもらいつつ、チョコレートを作っていたのだ。
「ん~まい!」
チョコレートを混ぜていたお茶子ちゃんが、自分の手に跳ねたチョコレートを舐めて幸せそうな顔でそう言った。
隣でボウルを押さえていた梅雨ちゃんは「お茶子ちゃんたら」なんて言いながら笑顔を浮かべてその様子を眺めていた。
「うま~!これこのまま飲みたい!」
「……わ、私も……味見を……」
「わたしも味見~!」
お茶子ちゃんにつられて、三奈ちゃんまで味見を始めた。
私も誘惑に耐えかねてチョコレートをスプーンに少しだけ移して舐める。
すっごく美味しい。湯煎中でトロトロのチョコもすごくいい感じだ。
透ちゃんも透明な手の甲にチョコを垂らしてもらって美味しそうに舐めていた。
「美味しい……!チョコ……このままでもいける……!」
「おいし~!」
「皆さん、お行儀がよろしくないですわ。テイスティングは波動さんのようにスプーンを使わなくては……さ、耳郎さん」
「ありがとヤオモモ」
百ちゃんがスプーンを使わずに味見をした2人を見て苦笑いしながら注意を促していた。
百ちゃんも味見自体を否定しているわけじゃなくて、行儀の問題で注意を促しているだけだ。怒った感じとかも一切ない。
響香ちゃんも百ちゃんに渡されたスプーンを少し驚いた感じで受け取って、美味しそうに舐めていた。
私たちが味見に夢中になっている様子を、砂藤くんだけが呆れたように眺めていた。
「お前らなぁ、さっきも言っただろー?テンパリングがチョコレートの味を左右するんだって。温度調整しっかりやれよ」
「はいっ、すいません!先生!」
「……あ、甘い物に惑わされた……ごめん……」
砂藤くんの注意に、皆で姿勢を正しながら口々に謝っていった。
甘いものに関しては砂藤くんの助言に従っていれば間違いない。
私が甘いものを作る時は大体レシピに忠実にをモットーに作っているから、そこまでアレンジや細かいコツといったものは分からないのだ。
こうすると失敗しないし、美味しい物も普通に作れるしって感じで、あんまり冒険しようとは思わなかった。
もちろんお姉ちゃんの好みに寄せたりはするけど、それ以上のアレンジはしていなかったというのが実情だ。
その点砂藤くんは基本をおさえつつ、初心者でもやりやすい方法とか、逆に料理ができる私ならこうした方がきっとうまくできるとか、そういったところも含めて細かい所まで教えてくれる。
やっぱりシュガーマンの名は伊達じゃなかった。
「ちゃんと混ぜる!美味しいチョコ食べたいもん!」
「皆にも食べて欲しいものね」
「……だね!」
「ん……がんばろ……」
なんで私たちがこうしてチョコを作っているかというと、一部男子からのチョコレートが欲しいという圧が凄まじかったのだ。
一部男子というのは言うまでもなく峰田くんと上鳴くんなんだけど。
その圧に根負けしたのもあるけど、どうせなら皆で食べようという話になってA組皆の分を作ることになった感じだった。
まあでも話を聞いた他の男子もなんだかんだで期待した感じの思考をしているし、悪い気分じゃなかった。
女子側はその男子の期待に応えるために、お茶子ちゃんは緑谷くんのことを考えながら、私は家族以外にバレンタインのチョコをあげるっていう初めてのことに期待で胸を膨らませながら、チョコ作りに勤しんでいた。
あとは、最近個性を暴発させる無差別テロなんてものが起こったせいで皆気が滅入っていたのだ。
それの気分転換も兼ねてのチョコパーティーでもある。
「それにしても、素晴らしいイベントですわね!友人同士でチョコを贈り合うなんて!」
「ねー!なんか男子にあげるより気合入っちゃうよね!」
百ちゃんが興奮気味に言うのに、透ちゃんが同意する。
なんでも百ちゃんは、友チョコの存在を知らなかったらしい。
つい最近皆で教えたばかりで、百ちゃんもちょっとわくわくしている感じだった。
それもあって、せっかくなら女子は女子同士で友チョコの交換をしようということになっていたのだ。
私も透ちゃんを筆頭に皆に美味しいチョコを食べて欲しくて、結構頑張ってチョコを作っていた。
いつもならここまでこだわらないって部分まで砂藤くんの助言を聞きつつこだわっていく。
上手くできたらお姉ちゃんの分も確保しないといけないから、量も必要だ。
そんなことを考えていると、響香ちゃんが透ちゃんの言葉に同調しつつ疑問を呈した。
「中学の時も気合入ってる子いたなぁ。あれ、なんでだろうね?不思議」
「女の子はチョコを作る子が多いからじゃないかしら?手間がかかるって知ってくれているから、丁寧にちゃんと作りたくなるのよね」
「それだ」
梅雨ちゃんの発言に、お茶子ちゃんが納得を示した。
でも実際それはあると思う。
チョコに限ったことじゃないけど、お父さんよりもお母さんとお姉ちゃんの方が、こだわっているところとか苦労したところに気が付いてくれるからこだわり甲斐があるのだ。
思考を見てるから食べた感想は私に駄々洩れなんだけど、それでも結局のところ苦労を知っているか、工夫を知っているか、知識があるかでそもそも感想のボキャブラリーが全然違うのだ。
「分かるぜ。手間かけたものを一口で食われると、手間が走馬灯のように過ぎ去っていくんだよな。でもまぁうまいって食ってくれりゃ嬉しんだけど」
「分かりますわ……バランスを考えてブレンドした紅茶なのに、うまいという一言だけの感想だと一抹の寂しさがあるというか……」
「主に切島くん、轟くん、上鳴くんだね!」
「……轟くんと切島くんは……頭の中では結構感想……浮かんでるけど……上鳴くんは思考も……"なんかうまい"だけ……あれじゃ作り甲斐がない……」
透ちゃんが無邪気に名前を挙げていった。
まあその3人は基本的に「うまい」しか口では言ってくれないから仕方ない。
さらに上鳴くんに至っては思考すらも「なんかうまい!」ってものでしかない。
正直あれだと適当に作っても同じ感想しか浮かばないんじゃないかなって思っちゃって、そこまでこだわらなくてもいいかなと思ってしまう。
そんな話を受けて、響香ちゃんが緑谷くんのことを思い浮かべ始めていた。
「その点、緑谷の食レポは完璧……というか、少し長すぎるくらいかな?」
「いや、味の感想は長すぎるくらい欲しい!」
「同じくですわ!」
「緑谷くんの食レポは……長いけど……悪い気はしない……」
砂藤くん、百ちゃん、私はすぐに響香ちゃんの発言に同意を示していた。
うん。でも緑谷くん、すごく細かいことにも気づいてくれるし、気付かないかもなぁなんて思いながらちょっとだけ味を好みに寄せておいてあげると、すぐにその工夫の内容にまで気が付いてくれるのだ。
あれはどんどんこだわってあげたくなってしまう。
「緑谷はこまかいところまで分析して気付いてくれるんだよな。こないだケーキにメープルシロップ使ったんだけど、俺がコク出すために使ったことを言い当ててくれたんだよ」
「緑谷さん、最初は紅茶の違いにあまり詳しくなかったみたいでしたが、回を重ねるにつれて気付いてくれるようになってきて……淹れがいがあるというものですわ」
「ん……緑谷くん……この前の料理で……ちょっとだけ好みに味を寄せてあげたら……何を入れたのかも……どんな調整をしたのかも気付いてくれた……あれはこだわってあげたくなる……」
私たち3人は満足感とともに頷きあった。
うん、やっぱり緑谷くんはいいと思う。
私の場合思い浮かべてくれるだけでもやる気につながるんだけど、緑谷くんは思考も言動もすごく顕著に色々な感想を示してくれるから、分かりやすいのだ。
「あ、そういえば爆豪くんも、たまにしか食べないけど割と感想言ってくれるよね?」
透ちゃんが私たちを見ながら思い出したように声をあげた。
だけど、その言葉を聞いた瞬間に砂藤くんと百ちゃんの顔から笑顔がスッと引いてしまった。
「爆豪はな、なんか鋭いんだよ……こないだちょっとだけ……本当にちょっとだけ焼き過ぎたケーキに気付いたんだよ。なんか前よりパサついてんなって……」
「私も……ほんの少しだけ蒸らし過ぎた紅茶を、前のより渋いとお気づきになって……以前は違いに気づいてくれるのが嬉しかったのですが、爆豪さんには、まるで採点されてるような気になるのですわ……」
「……そう……?爆豪くん……思考を読んで感想把握して……次にそこを修正してもっと好みに寄せておくと……すごく満足げにしてくれるよ……?表情は変わらないけど……あれはあれで作りがいある……」
「そ、それは流石に、波動さんしかできませんわね。爆豪さん、なかなか希望を言ってくれませんし」
「砂藤ちゃん、テンパリングは?」
私たちが話し込んでいると、梅雨ちゃんが砂藤くんに声をかけて、皆の作業が再開された。
チョコを混ぜ続ける中、百ちゃんが思い出したように口を開いた。
「そういえば、最近峰田さんも丁寧な感想を言ってくれるようになりましたわ」
その言葉を聞いた瞬間、私はなんとも言えない気分になってしまった。
あのブドウ頭、最近は感想を意識して増やしているけど、その内心が酷すぎるのだ。
下心が凄まじくて、心にもないことをペラペラと口に出す。
確かに褒めようとして躍起になって料理のいい所を探して言ってはいる。
だけどそれは美味しいと思ったから言っているんじゃなくて、どうにか指摘できるところを探して口に出しているだけだ。
下心と思ってもないおべっかを使われている合わせ技で、私からしたらだいぶ不愉快だった。
あれは論外だ。
「ヤオモモ、それは下心だよ」
「そっ!チョコが欲しいからだよ!」
「うんうん!峰田くんがそんな感じのこと言ってる時の瑠璃ちゃん見たらよくわかるよ!すごく冷たい目してるから!」
「……峰田くん……下心で思考が満たされてるし……思ってもないお世辞を口に出してるだけ……」
私たちの言葉に、百ちゃんがきょとんとする。
「もしかして本命チョコを?」
「絶対そう!」
「……思考を読んだけど……本命チョコと……その後付き合うことと……付き合った子と……即日エッチなことすることしか考えてない……」
私が内容をぼかして伝えると、女子は全員顔を引き攣らせて、引いたような表情を浮かべた。
でも最近のブドウ頭は本当に目に余るピンク色の思考をしているから仕方なのだ。
食べ物の感想だけではない。
ことあるごとに謎に紳士的に振舞おうとしながら女子の手伝いをしようとしてくる。
いつもなら隙あらば下ネタをぶつけてきて、セクハラをしてくるのに、最近はそういうこともしないで妙に親切なのだ。
まあこれだけなら私は諸手を挙げて歓迎するし、すごく嬉しいんだけど、その内心が問題だ。
本命チョコをもらいたいという思考。ここまではいい。
だけどその先の妄想が本当に目に余るのだ。
モテたいというのは、まあ百歩譲って分からなくもない。バレンタイン前だから行動を改めるのもまぁ理解できなくもない。
だけど、その妄想はなんだと声を大にして言いたい。
いつもなら思考だけに留めてくれるなら特に何も言ったりしないんだけど、流石にちょっとという思いがあった。
「まぁまぁ……峰田の気持ちも分かってやってくれよ」
砂藤くん的には、ここまでわかりやすい行動をするのも可愛いもんだと思うらしい。
普通に擁護してきた。
まあそれはいい。これは普段からセクハラの被害を受けているかどうかで反応が変わる内容だと思うし。
「本命チョコが欲しいなら、普段の態度を改めてもらわないとですわね」
「下ネタ禁止!まずそこからだね!」
「……とりあえず……普段から一切行動に移さずに……妄想だけに留めてくれないと……論外……」
女子皆で頷いていると、砂藤くんは特に言い返すこともできないのか苦笑いしていた。
女子がちょっとモヤっとした感じになったのもあって、それを吹き飛ばそうとしたのか三奈ちゃんの目がキラリと輝いた。
……三奈ちゃんの趣味も多大に含んでるな、これ。
「と・こ・ろ・でぇ〜……麗日は作らなくていいの?」
「作るってなにを……」
砂藤くんがいるのもあって配慮するつもり自体はあるのか、三奈ちゃんはお茶子ちゃんの耳に顔を近づける。
もうなにを言われてるのかなんて私たち女子は想像がついている。
私には読心で筒抜けだし。
案の定「緑谷への本命チョコ!」なんて小声で言われて、お茶子ちゃんは顔を真っ赤にしてしまっていた。
「なっ!?何言って!?しもうとくって言うたやん!?」
「えーこれを機にってこともあるしさー。いいじゃん、作ってみようよ!砂藤大先生もいるんだし!」
「あ、あかんあかん!しもうとくったらしもうとくの!」
「作ってみようよお茶子ちゃん!チョコで一気に好感度上がっちゃうかもしれないよ!?」
ついに透ちゃんまで参戦してしまった。
これはしばらく止まらないな。
お茶子ちゃんが真っ赤になって拒否する流れは、梅雨ちゃんが頃合いを見て止めるまで続いた。
私たちのさっきまでのモヤモヤも、そんな問答を見ていたら微笑ましくなっていつの間にかなくなっていた。
……砂藤くんだけはちょっと居心地悪そうにしてたけど。
その後もチョコを作り続けて、皆で多種多様なチョコレートを作っていった。
トリュフチョコレートにクッキー、アイスにガトーショコラ、フォンダンショコラ、ザッハトルテなど、本格的なものも含めて大量に作った。
この後冷蔵庫で冷やして寝かせて、仕上げをすれば完成だ。
これを食べるのは夕食後、男子も含めた皆でだ。
峰田くんが食べること自体には文句もないし、普通に食べて欲しいとも思う。まあつまり、本命じゃなければ大丈夫なのだ。
あとは女子は全員友チョコ交換用のチョコも作っているから、女子間で交換予定だ。
こっちはこっちですごく楽しみ。
初めてのお友達との友チョコ交換……甘い物な上に、友達とっていうところに、すごくワクワクして期待はどんどん膨らんでいった。