壇上に立ったフレクトは、広間に侵入した私たちに蔑むような視線を向けながら口を開いた。
「失せよ……おまえたちのような重病者が、立ち入っていい場所ではない。ここは、人類を救済する神聖な場所だ」
「はっ、人類救済ねぇ。その割には、掲げる理念と自分たちの行動があってねぇじゃねぇか。笑わせんな」
フレクトに対して、ミルコさんが鼻で笑いながら言い返した。
そう、こいつらは"個性終末論"なんて掲げているくせに、自分たちの行動は全くそれにあっていないのだ。
トリガー・ボムによる個性保持者の抹殺は、その思想にあった行動のように見えるかもしれない。
だけど、信者たちの中に普通に個性保持者がいる。
なんだったら、教祖であるフレクト自身が個性保持者だ。
さらにいうと、自分が死ぬことすら考えていない。
本当に個性が世界を滅ぼすから人類を救うなんて考えているなら、こんな思考にはならない。
こいつらの行動の源泉は、フレクトの身勝手で、独りよがりで、我儘な思想の押し付けでしかない。
ミルコさんも、この思考の矛盾に気が付いたみたいだった。
「何も間違ってなどいない。純粋なる人々は"個性"という病魔、その脅威に晒されている。それは時とともに混ざり、深化し、コントロールを失って人類を滅亡させる。私がその病魔を祓うことによって、人類を救済するのだ」
「個性終末論なんて掲げてるくせに……個性持ちの自分が死ぬことを考えてない……それで人類救済なんて……笑わせてくれる……」
私がその言葉を言った途端、フレクトの表情がかすかに歪んだ。
思考的に、死のうとしても死ねないとか、そんな感じのことを考えている。
だけど、その考えこそあり得ないだろう。
死ぬ方法が自刃以外ないとでも思っているのだろうかこの人は。
そうこうしている内に、フレクトは壇上からゆっくりと階段を降りてき始めた。
それと同時に、周囲の本棚がシャッターで覆われ始める。
降りてくるのを待ちきれなかったのか、ミルコさんがフレクトの方に跳び上がっていく。
それを確認した私は、明らかに邪魔になるであろうレーザー照射機器の破壊に動き出す。
埋め込まれている柱がどれかなんて、感知と透視でどこにあるかを見ればすぐに分かる。
跳び上がって柱に向かって全力で発勁を叩き込む。
機械の駆動部分だけ明らかに柱としての耐久度が低い。そこを的確に狙い打てば壊すのは容易かった。
私が一つ壊すと同時に、フレクトに蹴りを放っていたミルコさんが反射されて吹き飛ばされてしまった。
ミルコさん自身は空中で体勢を整えて普通に着地しているけど、あんな挙動をするとなると、やっぱり直接攻撃は難しいか。
「自ら死ぬことを考えていない……確かにそうだ。私は自殺することは考えていない。しかしそれは、私が生まれながらに患っている病のせいだ。決して消えることがない、全てを反射してしまう、この病の……」
「個性を病呼ばわりとは、ずいぶんとこじらせてんなぁ!!」
ミルコさんが
だけど、やっぱり吹き飛ばされるだけで、その攻撃は何の意味も成していなかった。
私はミルコさんが気を引いてくれている内に、柱の破壊を進めていく。
「……フッ、これだから重病者は困る。この病のせいで、私は両親から抱きしめられたことがない。心通わせた友人も、想いを寄せた人も、心すら反射させ、私の元から離れていった……これが病で無ければなんだというのだ。全てを反射させる私は、自ら死を選ぶことすらできないのだ」
身勝手にもほどがある不幸自慢と憎悪、普通に生活できる個性への嫉妬、無個性への憧れ、誰からも受け入れられなかったせいで拗らせた承認欲求。
そんな感情を抱きながら、フレクトは大袈裟な身振りで言い放った。
……本当に、ふざけてるとしか思えない。
「……死ぬ方法がないなんて、本当に思ってるの……?あなた、肺は普通に膨らんでる……空気を取りこめてる……呼吸してるでしょ……監視してる時の周囲の思考からして……食事だってとれてる……しかも……目に機械を埋め込んでるあたり……光は反射するのかもしれないけど……耳には何もつけてない……音は反射してない……反射できるものとできないものがある……自殺の方法なんてたくさんある……窒息……一酸化炭素中毒……餓死……服毒……今この場で考えるだけでもこれだけ自殺の方法がある……この状況で……個性持ちは殺すのに……自分は死なずに、組織の頂点として君臨し続ける……?本当に……ただ身勝手な欲望を満たしてるだけでしかない……」
こいつ、やっぱり自分の死なんて微塵も考えてなかった。
今私を憎々し気に睨んでいるのがその証拠でしかない。
私がこいつから悪意を感じるのだって、こいつが身勝手な欲望のために動いていた証拠だ。
本当に、心からの善意で人類の救済なんてことを成し遂げようとしているなら、ここまでの悪意を感じるはずがない。
それに何も言い返せなかったのか、フレクトが装着している装置から、反射鏡のようなものが外れて浮遊し、空中でピタリと静止した。
「ミルコさん!!レーザーです!!鏡で反射させるつもりです!!」
「ああ!!」
私が声をかけると、ミルコさんも大きく飛び跳ねながら動きまわり始めた。
私も同じように動いて、狙いを絞らせないようにする。
やつの思考からして反射鏡でレーザーを反射させてこっちを狙うつもりだ。
そんなことをするつもりなら、フレクトを無視して先にレーザーを潰しきるだけ。
私は真空波を放ちながら跳びまわり続ける。
残ってる機械のレーザーが発射された。
あと5個残っている装置から、赤いレーザーが照射されて、反射鏡を乱反射して私とミルコさんを狙ってくる。
だけど、反射鏡を準備しなきゃいけないこんな攻撃、どこに飛んでくるかなんて思考を読んでれば予測できる。
それを捌ききって、次のレーザー照射装置に向かおうとすると、フレクトがこっちを向いて身構えた。
……飛んでくる。
自身が反射している力を、全て同一の方向に集めようとしている。
間違いなく、凄まじい速さで飛んでくる。
私が落下し始めるタイミングに合わせて、フレクトはこちら側に飛んできた。
「人類の救済……その第一歩が、今日、始まるのだ!!数多のヒーローたちの死によって!!」
突撃から、拳を突き出してくるのは間違いない。
なら、そこに発勁を当てて……!!
私の掌底と、フレクトの拳が激突した。
その瞬間、私が放った威力が、相手の拳に加算されて私の腕に返ってくるのを感じた。
痛い、痛いけど、あくまでこれは反射だ。
パンチの勢いと衝突のエネルギーをどうにかしてしまえば、後は今、こいつが推進力にしている力と、腕を押し付けてくる力、私の手と当たっていることによる抗力に対する反射だけだ。
こちらも力をこめ続けて、抗い続ければ、私の腕はぐちゃぐちゃになる。
なら、抗わない。
与えられる力そのままに、吹き飛ばされるだけだ。
「
案の定、私の身体は紙みたいに吹き飛ばされていった。
なんとか波動の噴出で勢いを殺して、体勢を立て直す。
ミルコさんがフレクトに攻撃を加えて、私に追撃を放つのを防いでくれていた。
今のうちに、真空波で柱から露出してさっきよりも耐久度がないレーザー照射装置の残りを破壊してしまう。
その間にミルコさんも、再び吹き飛ばされて、フレクトはまたフリーになった。
「コントロールできない"個性"は苦しみを生むだけ……そして、人類は身体も心も深化する"個性"に押しつぶされる……!!私は私を否定する。ゆえに、"個性"という病をこの世から消し去る」
「そんなもん付き合い方次第だろっ!!」
ミルコさんがさらにフレクトに蹴りを加えていく。
そんなミルコさんを見ながら、フレクトは鼻で笑いながら言葉を続けた。
「フン、普通の個性を持って生まれた者には分からないだろうな。この苦しみも、この病のせいで私を蝕む永遠の孤独も」
「確かに私は普通の個性だけどなぁ……コントロールできない個性で大切なやつの役に立とうと足掻いてるやつは、散々見てきたんだよ!!」
……ミルコさんは、明らかに私のことを言っていた。
私も、コントロールできない個性が苦しみを生むっていうところだけは、理解はできるのだ。
コントロールできない読心で、散々苦しめられてきた。
人の見たくもない感情は見せつけられるし、笑顔で平然と騙そうとしてくる人も散々見てきた。
笑顔の裏でドス黒い悪意を抱えている悪党だって見てきたし、読まれることを嫌った人たちは私を拒絶した。
だけど、私にはお姉ちゃんがいた。だから、そこまで捻じ曲がることはなかった。
じゃあこいつは、フレクトはどうだったんだと思ってしまう。
フレクトにも、いないはずがない。
反射なんて個性を持っていても、愛してくれた人がいたはずなのだ。
フレクトの目にはめ込んでいる装置。
あれが無ければ、光すらも反射して生活ができないみたいだけど、じゃあ誰があんな、反射なんて個性があっても埋め込むことが出来る特殊な装置を作ったんだ。
反射なんて個性が最初からあったのか、途中で発現したのかは知らないけど、触るもの全てを反射して、目すら見えない子供を育てた両親は、フレクトを愛していなかったのか。
触ることはできなくても、抱きしめてもらうことはできなくても、理解してくれた人がいたはずだったのに。
それなのに、言うに事欠いて、心すら反射して、私から離れていく?
全てフレクトが悪かったとは言わない。
だけど、フレクト自身にも原因があったと言わざるを得ないだろう。
やっぱり、こいつの考えだけは、理解できないし、同調することは決してない。
それだけは確信できた。
そう考えて私もフレクトに攻撃を加えようと思ったところで、入口から、凄まじい勢いの炎が迫ってきた。
「ミルコさん!!」
私が声をかけた瞬間、ミルコさんは音を聞いてすべてを察して、すぐに飛び退いた。
「赫灼熱拳、ジェットバーン!!!」
そして、凄まじい熱量の炎が猛々しい声とともに膨れ上がると、フレクトを包み込んだ。