私が目を覚ましたら、そこは保健室だった。
「おや目が覚めたかい」
「ん……はい……」
リカバリーガールがいつもの調子で声をかけてきた。
「対戦相手の子があんたをここまで運んできてくれたんだ。後でお礼を言っときな」
「轟くんが……」
轟くんが試合後にここまで連れてきてくれたらしい。
担架のロボットとかもいた思うんだけど、それほど罪悪感を感じていたということか。
明らかに試合と関係ない要因でイラついていた感じもしたから、その罪滅ぼしの意味もありそうな気もするけど。
「身体の凍傷も、もう治癒で治ってる。目が覚めたなら退院だよ」
「そうですか……ありがとうございました……」
やっぱり凍ったところは凍傷になっていたようだ。どうりで試合中痛かったはずだ。
だけど今は痛みもさっぱり無くなっている。
流石リカバリーガールだ。
治っているなら、目も覚めたしもう大丈夫だ。
長居するつもりはなかったから、リカバリーガールの指示通り早々に退室した。
波動を頼りに皆のところに向かって、固まって座っている席に合流した。
「あ!瑠璃ちゃん!お疲れ様!」
「ん……負けちゃった……」
透ちゃんが隣の席を取っておいてくれていたみたいで、そこに座るように促される。
「ごめんね!お見舞い行ったんだけど、治療の邪魔だからって追い出されちゃって!」
「ん……仕方ない……ありがと……」
透ちゃんが手を合わせて謝罪してくるけど、そんなの気にしない。
むしろ来てくれていたという事実が嬉しい。
「お疲れ。しかし波動、最後のアレ凄かったね。あんな隠し玉あったんだ」
透ちゃんと話していたら、近くに座っていた響香ちゃんが最後の跳躍について聞いてきた。
「あれ……どうやったのか自分でもわからない……」
「え、そうなの?」
「ん……無我夢中だったから……」
本当に私にもどうやったのか分からないから答えようがない。
でも、あれを使いこなせるようになれば私の武器になる。
そう確信出来るほどの速度だった。
「そう言えば……今試合してないけど……次誰の試合……?」
「次はお茶子ちゃんと爆豪くんの試合だよ!」
「瑠璃ちゃんもそうだったけど、次はある意味最も不穏な組ね」
「ウチなんか見たくないなー」
透ちゃんが答えてくれて、梅雨ちゃんと響香ちゃんが話に乗ってきた。
確かに、爆豪くんとお茶子ちゃんだと不安になるのも仕方ないか。
「ん……じゃあ轟くんは控室か……お礼言おうと思ったんだけど……」
「お礼?」
透ちゃんがなんのお礼なのかって感じで聞き返してきた。
「ん……私が気絶した後……轟くんが保健室まで運んでくれたって聞いた……」
「ああ、そのことか。しかし轟もすごいよね。氷溶かしきったと思ったら波動を抱き上げてそのままステージから出ていくんだから」
響香ちゃんがその時の状況を教えてくれる。
というか、抱き上げた?
「えっと……抱き上げたって……?」
「轟くん、瑠璃ちゃんをお姫様抱っこして颯爽と去っていったんだよ!」
……おぶって連れて行ってくれたのかと思ってた。
こんな大衆の面前でお姫様抱っこされたのかと思うと、どんどん顔が熱くなってくる。
三奈ちゃんが目を輝かせているけど、これはそういうのじゃない。
恥ずかしさに思わず身悶えてしまう。
「あああああ!轟の野郎許せねぇ!!溶けた氷の水で体操服が身体に張り付いた波動を抱き上げて!?お姫様抱っこで退場!?なんであいつだけ美味しい思いしてんだよ!!オイラと代われよ!?」
ブドウ頭が何やら騒ぎ出していた。
轟くんならまだしも、ブドウ頭にそんなことをされるのは死んでもごめんだ。
付き合ってるとかなら話は別だけど、あんなに下心に塗れた人に抱き上げられるなんて、普通にあり得ない。
「うるさいわよ峰田ちゃん」
梅雨ちゃんがそう言いながら舌でブドウ頭をビンタして黙らせてくれた。
そんな話をしていたら、次の試合の始まりを告げるマイク先生のアナウンスが響いた。
『一回戦最後の組だな……中学からちょっとした有名人!!堅気の顔じゃねぇヒーロー科、爆豪勝己!!バーサス……俺こっち応援したい!!ヒーロー科、麗日お茶子!』
そのまま試合が始まった。
試合は終始爆豪くんのペースだ。
爆豪くんがお茶子ちゃんを容赦なく爆破する姿を見て、「女の子相手にマジか……」とか叫び出す観客まで出始めている。
「爆豪あいつまさかあっち系の……」
響香ちゃんまで顔を隠して爆豪くんにあらぬ疑いをかけ始めていた。
「女とか関係ない……真剣勝負なんだから……全力出して当たり前……」
「瑠璃ちゃん、普段の穏やかな性格に反して負けず嫌いだよね」
「負けず嫌いとか……関係ある……?真剣勝負で手を抜かれたら……イラっとするよね……」
透ちゃんとも話してみるけど、あんまり共感を得られない。
これはもしかしたら、轟くんに対しても似たような反応だったのかもしれない。
『休むことなく突撃を続けるが……これは……』
マイク先生も言葉を濁し始めていた。
「見てらんねぇ……!!おい!!それでもヒーロー志望かよ!そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!!女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」
「そーだそーだ!!」
ついにブーイングまで起こり始めてしまったけど、さっきの私の試合と相澤先生のコメントを聞いてどうしてそうなるのか。
理解に苦しむ。
『一部から……ブーイングが!しかし正直俺もそう思……わあ肘っ!?何スーン『今遊んでるっつったのプロか?何年目だ?シラフで言ってるならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ。さっきも言ったが、ここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してるんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断もできねぇんだろうが』
相澤先生が私が言いたかったことを大体言ってくれた。
そうだ。手を抜かれるということは、力がないと、こいつはこの程度でも余裕だと侮られている証拠でしかない。
こんな真剣勝負の場で手を抜かれるなんて、屈辱でしかないと思う。
全力で戦ってくれているということは、それだけ相手の力を認めているということだ。
だからこそ、轟くんは避けるだけだった私を警戒し続けた。
だからこそ、爆豪くんはお茶子ちゃんが逃げ回るだけにしか見えなくても全力で対処し続けている。
そんな駆け引きがしばらく続いた後、お茶子ちゃんのとっておきである大量の瓦礫が、流星群のように爆豪くんに降り注いだ。
だけど、爆豪くんはその瓦礫すべてを一撃で打ち砕いた。
秘策を破られたお茶子ちゃんはそのまま負けてしまった。
お茶子ちゃんが担架のロボットに運ばれていく。
うん、これが普通の姿のはずだ。
私もああなるはずだった。なんでお姫様抱っこなんてされたのか。
爆豪くんと轟くんの優しさの違い?
まあ爆豪くんがお茶子ちゃんをお姫様抱っこなんてしたら、頭がおかしくなったのかと思ってしまうけど。
轟くんがそういう行動に出たのは、やっぱり不当なイラつきをぶつけた罪悪感かな。
そんなことを考えていたら、爆豪くんが観客席に戻ってきた。
「大変だったな爆豪、悪人面のせいで」
「組み合わせの妙とはいえ、とんでもないヒールっぷりだったわ」
爆豪くんが上鳴くんと梅雨ちゃんに声をかけられる。
その中で投げかけられる言葉に、爆豪くんはイライラしていた。
「うぅるっせえんだよ黙れ!!」
「しかしか弱い女の子によくあんな思いきり爆破出来るな。俺はもーつい遠慮しちまって」
「完封されてたわ上鳴ちゃん」
「……あのな梅雨ちゃん……」
怒りの声を上げる爆豪くんに上鳴くんが猶も言葉を続ける。
正直、私は爆豪くんの内心に賛成だ。
「どこがか弱ぇんだよ」
「ん……お茶子ちゃん……別にか弱くない……」
爆豪くんのつぶやきに私もつぶやくけど、特にそれ以上の反応はなかった。
少ししてから、お茶子ちゃんが観客席に戻ってきた。
目が腫れてちゃってて、多分泣いてたんだろうなっていうのはすぐに分かった。
『今回の体育祭、両者トップクラスの成績!!まさしく両雄並び立ち今!!緑谷バーサス轟!!スタート!!』
少しして、轟くんと緑谷くんの試合が始まった。
轟くんは私の時と同じように、開幕で大氷撃をぶっ放している。
緑谷くんは緑谷くんで、指を犠牲にしてそれを相殺していた。
「あの個性……相変わらずすごいけど……羨ましいとは思えない……」
「痛々しくて見てられないよねぇ」
私の呟きに、透ちゃんが律義に反応してくれた。
その後も、轟くんが放つ氷を緑谷くんが相殺するという流れを何度か繰り返していた。
そうこうしていると観客席に切島くんが戻ってきた。
切島くんは2回戦進出を祝われて笑顔で応じている。
爆豪くんにも気さくに声をかけている辺り、切島くんは凄いと思う。
私は罵声を浴びせられるのが嫌だからあまり自分からは話したくない。
「……とか言っておめーも轟も強烈な範囲攻撃ポンポン出してくるからなー……」
「ポンポンじゃねぇよ。ナメんな」
「ん?」
「筋肉酷使すりゃ筋繊維切れるし、走り続けりゃ息切れる。"個性"だって身体機能の一つだ。舐めプ野郎にも限界はある。さっきのチビとの試合見てなかったのかよ」
爆豪くんが私と轟くんの試合を例に挙げる。
やっぱり、轟くんの動きが鈍くなったのはそういうことだったんだろう。
爆豪くんもそこから轟くんの弱点を見抜いたんだと思う。
だけど、それが弱点だとしても炎さえ使えばすぐに克服できるものだ。
エンデヴァーとの確執がそれをさせないんだろうけど。
そんな話をしている間に、両手を全て壊した緑谷くんに、轟くんが止めの氷を放っていた。
だけど、緑谷くんは鬼気迫る様子で壊れた指を使って氷を相殺した。
そして、静まり返る会場に、緑谷くんの声が響き渡ってきた。
「震えてるよ、轟くん。"個性"だって身体機能の一つだ。君自身冷気に耐えられる限度があるんだろう……!?で、それって左側の熱を使えば解決できるもんなんじゃないのか……?皆……本気でやってる。勝って……目標に近づくために……一番になる為に!半分の力で勝つ!?まだ僕は君に傷一つつけられちゃいないぞ!全力でかかってこい!!」
戦っている最中の轟くんが、過去を強く想起している。
幼少期のトレーニングという名のエンデヴァーによる虐待。
父親のようにはなりたくないけど、それでもヒーローになりたいと母に吐露する声。
そして、オールマイトの声。
最後に後押ししてくれる母親の声が聞こえたところで、轟くんの左側から炎が吹きあがった。
少し間をおいてエンデヴァーが騒ぎ出している。
というかあの聞こえた声の通りならこの男は父親の風上にも置けない人間だ。
オールマイトを敵視はしてるけど、感情や思考だけでは轟くんの思考から聞こえたような非道な男には見えない。
No.2ヒーローという名声まで持っている。
なんというトラップだ。
結局、試合は最後に大爆発を伴ったぶつかり合いを経て、轟くんが勝った。
その後はとんとん拍子で試合が進んだ。
飯田くん対塩崎さんは飯田くんが速攻で勝利。
常闇くん対三奈ちゃんは、常闇くんのダークシャドウが大暴れして常闇くんの勝利だった。
切島くん対爆豪くんも、怒涛の爆破の連打で爆豪くんの勝利だ。
結局、ベスト4は全員A組の生徒となった。
準決勝はどっちもすぐに決着がついた。
最初の飯田くん対轟くんの試合。
あの必殺技で轟くんを追い詰める飯田くんだったけど、エンジンのマフラーを凍らされ敢え無く敗北。
次の常闇くん対爆豪くんの試合は終始爆豪くんのペースだった。
「常闇なんでぇ!?私たちんときは超攻撃してきたのに!!」
「何かタネが……?」
常闇くんに負けた三奈ちゃんと百ちゃんが、防戦一方の常闇くんに不満や疑問の声を漏らしている。
「……弱点なら……仕方ない……」
だけど、本人はもちろんお茶子ちゃんや緑谷くんの思考ですぐに分かった。
光が弱点なら仕方ない。
爆破は相性最悪だと思う。
結局スタングレネードのようなことをした爆豪くんの勝利になった。
その後、決勝戦を待っている間に飯田くんが電話をもって席を離れた。
家族から電話がかかってきたようだ。
飯田くんは電話に出たところまでは普通だったけど、途中から感情が『驚愕』、『心配』、『怒り』、『悲しみ』ととにかく負の感情で埋め尽くされた。
不審に思って思考を深く読むと、この前自慢していたプロヒーローの兄、インゲニウムがヴィランに襲われて重症を負ってしまったことが分かった。
飯田くんは、そのまま早退していった。
兄姉が大好きなもの同士、心配ではあるけど今私にできることはない。
私が飯田くんの心配をしている間に、決勝戦は炎を使わなかった轟くんを制した爆豪くんの勝利となった。
『以上ですべての競技が終了!!今年度雄英体育祭1年優勝は―――A組、爆豪勝己!!!!』
「それではこれより!!表彰式に移ります!」
私たちは再びグラウンドの方に降りてきていた。
目の前の表彰台の頂上では、雁字搦めに拘束された爆豪くんが轟くんに向けてガンを飛ばし続けていた。
「何あれ……」
「うわぁ……」
「優勝した人の姿には……見えない……」
あまりにもあんまりなその姿に、響香ちゃんや百ちゃんと一緒にドン引きした感想を漏らす。
「3位には常闇くんともう1人、飯田くんがいるんだけど、ちょっとお家の事情で早退になっちゃったのでご了承くださいな」
飯田くんは心配だけど、お兄さんの無事を祈るしかない。
緑谷くんも同じ気持ちのようだ。
「メダル授与よ!!今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!!」
「私がメダルを持って来「我らがヒーローオールマイトォ!!」
スタジアムの屋根の縁からジャンプして颯爽と登場したオールマイトのセリフに、ミッドナイト先生が思いっきり被せてしまった。
悲壮感溢れる背中で震えながらミッドナイト先生を見つめるオールマイトに、思わず笑ってしまう。
その後、オールマイトは順番に言葉をかけながらメダルを授与していった。
爆豪くんは激しく拒否していたけど、口に無理矢理引っ掛けられていた。
結んだりされた訳でもないのに落とさない辺り、オールマイトの言葉は爆豪くんにも響くものがあったんだろう。
「さぁ!!今回は彼らだった!!しかし皆さん!この場の誰にもここに立つ可能性はあった!!ご覧いただいた通りだ!競い!高め合い!さらに先へと昇っていくその姿!!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!てな感じで最後に一言!!皆さんご唱和下さい!!せーの!!」
オールマイトの最後の言葉は、流石No.1ヒーローと思える程いい言葉だった。
「「「「「プルス「おつかれさまでした!!!」ウル……」」」」」
「そこはプルスウルトラでしょオールマイト!!」
「ああいや……疲れただろうなと思って……」
やっぱり締まらないな。いつものオールマイトだった。
その後、一度教室に集まった私たちは明日、明後日が休校になることを伝えられて、帰路に着いた。
家に近づくと、すぐに気が付いた。
部屋にお父さんとお母さんが居る。どうやら会場まで応援に来てくれていたらしい。
多分実際に見ていたのは最後の体育祭のお姉ちゃんの方かな。
お姉ちゃんももう帰ってきているようだった。
「ただいま……」
扉を開けるとお姉ちゃんがすぐに飛んできた。
「ねえ瑠璃ちゃん!聞かせて!?最後のジャンプはどうやったの!?ね?」
「お、お姉ちゃん……!?」
抱き着かれてその場で動けなくなってしまう。
「お帰り、瑠璃」
「ん……ただいま……」
お姉ちゃんの後ろから声をかけてくれるお母さんに返事をしておく。
お父さんはどうやらテレビで何かを見ているらしい。
多分私たちのどっちかの録画だと思う。
お姉ちゃんの発言からして、私の方を見ていたんだろうか。
私の録画は私自身ではしてなかったはずだけど、お姉ちゃんがしていたってことかな。
「最後のは……自分でも分かんない……無我夢中だったから……」
「そっかー!気になるね!不思議!」
「ん……お姉ちゃんは……?」
「私?私はねー2位だったんだよ!最後の最後で負けちゃったの!」
「そっか……優勝できなかったのは……残念だけど……2位、すごい……」
お姉ちゃんは2位だったらしい。
優勝できなかったのは残念だけど、お姉ちゃんが負けたなら優勝したのは多分通形さんか天喰さんだろうし仕方ないか。
いや、性格的に天喰さんはないな。通形さんか。
「2人とも、そんなところで話してないで早く入りなさい。ご飯、2人の好きなもの準備してあるんだから」
お母さんの声に我に返って、2人で部屋に入る。
その後は、家族でご飯を食べながら録画を見て過ごした。
私の試合の録画を見ていたお父さんから、「瑠璃を抱き上げた轟くんとはどういう関係なんだ!?」と深刻そうな様子で問い詰められたりもした。
ただのクラスメイトでお互いにそういう感情はない、思考も読んでるから確実だと説明して何とか理解してもらえたけど、さすがに疲れた。
お姉ちゃんの録画も見せてもらったけど、体育祭でのお姉ちゃんの活躍は相変わらずすごかった。
今日の私自身のことを考えると、余計にそれが実感できた。