思わず、さっき通った通路の方を振り向いてしまう。
ミルコさんも、本能でこの悪意を感じ取ったのかこっちの方を凝視していた。
死柄木の心臓が、動き出していた。
さっきエクスレスが破壊した機械のコードが、周囲に飛び散っていた溶液に接触して、感電したのか。
でも、そんなの、電気ショックになるような強さにはなり得ないはず、なのに……なんで……
死柄木が、エクスレスの頭を掴んだ。
嫌な予感が止まらない。
エクスレスが崩壊していく。
死柄木の思考が、崩壊がそれだけじゃないことを示している。
それを認識した瞬間、私は範囲内のできる限りの人間にテレパスをかけていた。
『逃げてっ!!!病院から離れてっ!!!』
私のノイズが混ざりまくったテレパスに、周囲の人たちが困惑した表情を向けてくるのが分かる。
マイク先生は、困惑した様子で私を凝視していた。
「お、おい、どういう……「死柄木が目覚めましたっ!!!崩壊が成長してますっ!!!とにかく病院から離れてくださいっ!!!」
私は叫びながら、マイク先生の手を引っ張って走り出していた。
そのタイミングで、死柄木が動きだした。
エクスレスのマントを拾い上げて、手をかざした。
次の瞬間、崩壊が始まった。
周囲が、パイプも、本棚も、壁も、一気に崩れ落ち始めた。
死柄木の崩壊は、手で触ったものしか崩壊させられなかったはずなのに、ヒビから新たな崩壊が始まっていた。
ヒビに触れちゃダメだ。
ヒビに触れたら間違いなく崩壊する。
殻木がいるせいもあって、回避が間に合いそうにないと思った次の瞬間、グラントリノがマイク先生と殻木を掴んで飛び、ミルコさんが、私の腕を掴んで跳ね上がった。
「無事だなっ!?」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
「礼はいい!!お前はさっきのテレパスでもう一度周囲に詳細を伝えろ!!私が運んでやる!!」
「はいっ!!!」
周囲のヒーローも、飛べるヒーローたちが助けているけど、どうしても飛べないヒーローたちは崩壊に巻き込まれ始めてしまっている。
13号先生や相澤先生はリューキュウに乗せてもらっているから無事。
さっき私を助けてくれたクラストも、近くにいたエンデヴァーが拾い上げていた。
跳び続けるミルコさんに抱き上げられながら、私はテレパスを始めた。
『崩壊は伝播しますっ!!ヒビに触れないでくださいっ!!死柄木が目覚めましたっ!!直ちに死柄木がいる蛇腔総合病院から離れてくださいっ!!』
私が再度テレパスをすると、範囲内の思考が阿鼻叫喚の様相を呈し始めた。
ヒーローだけじゃない。
私が少しでも民間人が逃げられるように、手当たりに、感知できる全員にテレパスをしたせいではある。
だけど、恐怖、不安、怒り……そんな思考が負の感情が大量に伝わってきて、激しい吐き気を覚えてしまっていた。
「ミルコさん……ちゃんと……聞こえてましたか……」
「ああ!ノイズ混じりで聞き取りづらかったが、間違いなく意図は伝わった!」
「よかった……」
周囲の感情からして聞き取れる程度とは思ったけど、どの程度聞き取れたか分からなかったから、思わずミルコさんに聞いてしまった。
ミルコさんは冷や汗を流しながらではあったけど、しっかりとそう答えてくれた。
でも、いい加減運んでもらうのもやめて、自分で跳ばないと、ミルコさんの迷惑になる。
「あの……ミルコさん……私も自分で跳びます……降ろしてください……」
「いい。そのまま静かにしてろ。今のお前の状態で、この速度から逃げられるとは思えないしな」
「……すいません……」
「いいから大人しくしてろ。万が一さらに状況が悪化することがあれば、テレパスでそれを知らせればそれでいい」
「分かりました……」
ミルコさんはそう言って、私をお姫様抱っこで抱き上げたまま跳びはね続けた。
もう地上に出ること自体はできている。
ミルコさんの背後に崩壊が迫っているけど、それを跳んで避け続けていた。
私はミルコさんの指示通り、周囲の感知に集中する。
死柄木はあの場所から動いてない。
エンデヴァー、リューキュウは近くにいたヒーローを運搬してちゃんと崩壊のエリアを抜けていた。
そして、ミルコさんがしばらく跳び続けて、ようやく崩壊していない辺りまで辿り着いた。
ミルコさんは周囲を確認すると、私をその場に静かに降ろしてくれた。
「死柄木の場所は」
「戻るつもり……なんですか……?」
短く問いかけてくるその言葉に驚いて、思わずミルコさんを凝視してしまう。
「それを聞くのか?」
「……いえ……ミルコさんなら……そうするとは思いましたけど…………死柄木は北に300mくらいの位置です……ミルコさんが行くなら……私も行きます……」
今死柄木は、エンデヴァーと戦っていた。
クラストは相性が悪いから、少し離れた位置に置いてきているっぽい。
でも、相性が悪いのはミルコさんも変わらない。
一応、相澤先生も死柄木の方に向かっているから、抹消で崩壊を消せば戦うことはできるかもしれない。
あの崩壊は怖いけど、それでも、私もミルコさんの力になりたかった。
「お前は来るな」
「なんでですかっ……!?」
「お前の本領はこっちじゃねぇだろ」
「……え……?」
言われた瞬間は分からなかったけど、ミルコさんの思考を読んで、どういう意味で言われたのかを理解できた。
ミルコさんはそのままニヤリと私を見ると、頭に手を乗せてきた。
「お前の感知は、読心は、他と比べ物にならないほど効率よく救助できる。会ったばっかの頃のお前なら無理だっただろうが、今のお前ならできるだろ。短絡的に蹴っ飛ばすだけの私と違って、お前にしかできないことがあるはずだ」
「ミルコさん……」
「分かったら行け!!お前はお前にしかできないことをしろ!!躊躇すればその分命を取り零すぞ!!」
「……分かりました……ミルコさんも……無事でいてください……」
「誰に向かって言ってんだ!!ヒーローミルコはゾンビなんかにはやられねぇよ!!」
「はいっ……!」
ミルコさんは私にそう言い切って、跳び上がっていく。
本心ではあったけど、私が死柄木との戦闘に参加すると死にかねないってことで遠ざけようとする意図もあったのは、伝わってきていた。
私も、ミルコさんに背を向けて、避難が行われている方に向かっていった。
私がいるべき場所は、死柄木が戦闘をしている場所と、ヒーローたちが救助活動をしている場所を、どちらも感知できる位置だと思う。
死柄木が万が一にもあの崩壊をまた使ったら、誰かがすぐに伝えないと大惨事になりかねない。
だから、私は常にどちらも感知範囲に入れ続けて、崩壊からは免れたけど逃げ遅れている人たちの救助の指示をするべきだ。
もちろん、ヒビに触れるような位置にいた人は崩壊してしまっているだろう。
だけど、上層階とかにいたり、どうにか崩壊のヒビに巻き込まれなかった人たちが、生きて瓦礫に埋もれてたり、ビルから出れなくなったりしている。
その人たちの救助の指示をするべきだ。
沢山のヒーローたちが救助に赴いているから、指示を出せば、きっと救けられるはず。
崩壊していない街の部分は、私が行ってもそこまで効率は変わらない。
そっちは普通のヒーローや、後方支援で配置されていたお茶子ちゃんたちも含めた学生に任せるべきだ。
正直、恐怖と、憎悪と、悲しみと……とにかく、凄まじい数の、色んな負の感情が至る所で渦巻いていて、気持ち悪いし、感知もしたくない。
だけど、ミルコさんが、私ならできるって言ってくれた。
私にしか、できないことだって、言ってくれたんだ。
私が頑張ることで、救けることができる命があるって、遠回しにだけど言ってくれたんだ。
私を信頼してくれたミルコさんの期待に応えたい。
ここで頑張らないで、いつ頑張るのか。
頑張りどころだと思って、歯を食いしばって目標地点に向かっていった。
ようやく目標にしていた地点に着いた辺りで、死柄木が避難先に向かい始めていた。
死柄木の思考は、『満ち足りない』、『AFOが欲した全ての内、唯一思い通りにならなかったもの』、『ワン―――……フォー―――……』と変わっていった。
明らかに、OFAを狙っている。
思考が、OFA一色になっている。
思考の感じからして、死柄木はサーチをもとにした追跡を行っていた。
そんな状況なのに、死柄木移動の報告をどこかから聞いたのか、緑谷くんと爆豪くんが動き出していた。
『デク!!バクゴー!!死柄木はOFAを狙ってる!!AFOが唯一手に入れられなかったもの!!それを狙って!!サーチでデクを見て!!躊躇なくこっちに向かってきてる!!』
『波動さん!?よかった!!無事だったんだ!!』
『今はいいからっ!!とにかく逃げないとっ!!今の死柄木は緑谷くんの敵う相手じゃないっ!!』
『ただ逃げるだけじゃだめだ!!僕が人のいない方向に死柄木を誘導する!!』
『何言ってっ!?敵わないって言ってるでしょっ!!死にたいのっ!!?』
緑谷くんが信じられないことを言いだした。
何を言ってるんだこの人助けに狂った狂人は。
『お願いだからっ!!絶対に戦わないでよっ!!友達が死んだりしたら、私はっ!!』
必死でテレパスをかけるけど、いくら私が言っても、2人は聞いてなかった。
というよりも、聞く気がなかった。
色々返事は返してくるけど、緑谷くんは完全に人助けに狂った思考のままだ。
爆豪くんすらも、オールマイトを引退に追い込んだ負い目のせいもあって、死柄木をぶっ殺すって感じの思考で染まっている。
ストッパーがいない。
それなら……
『グラントリノ!!死柄木はOFAを狙っています!!デクが誘導するといって飛び出して行ってしまいました!!お願いします!!彼を回収してください!!』
『やはりか!?嫌な予感がしたんだ!!場所はどこだ!?回収に向かう!!』
『その地点から南西に150mです!!お願いします!!』
これで、大丈夫だと信じるしかない。
あとは、私は指示を出し続けるだけだ。
『救助活動に当たっているヒーローはっ!!ヒーロー名を思い浮かべてくださいっ!!近くに生きている被災者がいるヒーローに指示を出しますっ!!』
私が広範囲に救助活動をしているヒーローに無差別にテレパスをかけると、続々と反応が返ってきた。
疑問を思い浮かべる人、すぐにヒーロー名を返してくれる人、私の無事を安堵してくれているお茶子ちゃんたちA組の思考。
様々なものが、同時に思考として向けられる。
だけど、これを捌ききらないとダメだ。
『ケサギリマン……!!すぐ左手のビルの2階に生存者2人……!!』
『トイトイ……!!右斜め前方……!!瓦礫に足を挟まれた人が1人……!!』
『バックドラフト……!!―――……』
すぐにヒーローたちに指示を出し始める。
ヒーローは私を信じて、指示に従ってくれていた。