あの後、私も含めた入院患者以外の雄英生は順番に寮に帰った。
寮に帰ってからの空気は、最悪だったと言っていい。
三奈ちゃんとかは頻繁に泣いてしまっているし、笑顔なんて浮かべている人は全然いなかった。
休校になってしまっているのもあって、気分転換も何もできないのも大きいのかもしれない。
まぁ、気分転換なんてしたところで、ミッドナイト先生の殉職を受け入れられるかと言われたら別問題なんだけど……
私だって、ミッドナイト先生の死を受け入れることなんてできてない。
私の部屋にも、料理のレシピを書いておいたメモがあるけど、直視したくなくて引き出しにしまったままにしてしまっている。
感知はできるから、隠したところで意味はないのに、それでも肉眼で見えるところに置いておきたくなかった。
それに、寮の先生の部屋の遺品を、他の先生たちが最低限とはいえ整理していたのも感知してしまっている。
先生たちも受け入れ切れてなくて、なるべく部屋は残しておこうとしたみたいだけど、遺品は家族に返すべきだっていう考えで、したみたいだった。
その中に、先生がエリちゃんに着せるんだって張りきっていた着物も、当然のように入っていた。
それを持っていかないで欲しいなんてお願いすることは、とてもじゃないけどできなかった。
先生は、あれは実家から送ってもらったものだって言っていた。
きっと、先生のご両親が、先生を想って仕舞っておいた、大切な思い出が詰まったものだったはずだ。
そんな大切なものを、娘が殉職したのに返さないなんてこと、出来るはずがなかった。
お姉ちゃんのお見舞いに行った3日後。
お姉ちゃんももう退院してきてて、不揃いになってしまったお姉ちゃんの髪は、甲矢さんが整えてくれていた。
甲矢さんになら、お姉ちゃんの髪は任せてもいいかなと思えたから、私も特に何も言わなかった。
お姉ちゃんの長くて綺麗だった髪が短くなっちゃったのは悲しいけど、今のショートカットも似合っていないわけじゃない。
そう思って、自分を納得させた。
そして、ついに、エンデヴァーの記者会見が行われることになってしまった。
誤魔化すつもりがあるのか、ないのか。
誤魔化すなら、荼毘に対して相応の対応を取りつつ、今後荼毘がするであろう暴露や嫌がらせに対する対抗策を講じていかなければいけない。
正直、これに関してはやったところであまり効果は無い上に、マスコミに調べられて、隠したことがバレた瞬間に大変なことになると思う。
轟燈矢は公には死んでいるとしても、あれだけ個性が似通っていて、家庭の事情に精通していて、髪の色とかの共通点も多い人物を、どうやって無関係であると断じるのか。
私は絶対に無理だと思う。
それなら、正直に言うべきかというと、そうでもなかった。
今、エンデヴァーの、No.1の不祥事が起きたら、間違いなくヒーロー社会は瓦解する。
既にヒーローを信じられなくなって、自衛なんて手段にでる市民が大量発生している状況で、エンデヴァーが荼毘のことを認めたら、間違いなく大部分の市民はヒーローを信じなくなる。
だから、八方塞がりだと、私は思っている。
この会見で認めるか認めないかで、治安悪化の速度が変わるのと、その後のヒーローの信頼度の落ち方も変わってくる。
つまり、認めれば治安は一瞬で悪化するだろうけど、代わりに隠し事はもうないんだと大手を振って言えるから、それ以上の信頼の低下を防ぐことはできる。
逆に認めなければ、治安は少しの間は保てるけど、嘘がバレた瞬間に一気に崩壊して、ヒーローの発言を誰も信じないレベルまで、信頼は地に落ちると思う。
だから、どっちもどっち。
正直に言って、どっちを選んでも地獄しかないと思う。
今までの実績と、最近のエンデヴァーの家族を思う心に嘘はないけど、虐待をしてヴィランを生み出したという過去は消えない。
だから、どっちを選んだとしても、学校としての対応が変わるくらいかなと、私は思っていた。
会見が始まる時間になると、緑谷くん以外のメンバーは共有スペースに集まって、皆でテレビを見ていた。
皆も、この会見がどれだけ大切なものかが分かっていたから。
轟くんもここにいるけど、彼の思考は達観していた。
エンデヴァーの自業自得だっていう考えもあるけど、それ以上に、エンデヴァーと一緒に、荼毘を止めたいと考えているのが伝わってきていた。
『真実です。お詫びの申し上げようもございません』
エンデヴァーは、開口一番にそう言い放った。
そこからは、過去の暴露が、彼自身の口で行われていった。
個性婚をして子供にオールマイトを超えるという悲願を託そうとしたこと、燈矢の自分を超える火力に期待して指導していたけど、体質が合わなくなってしまって、燈矢ではオールマイトを超えられないと考えて、指導を止めたこと。
燈矢に諦めさせるために、半冷半燃を求め続けたこと。
そして、第4子が半冷半燃を持って生まれてきて、燈矢がいよいよコントロールできなくなったこと。
4子と他の子どもを切り離して、燈矢に関しては全て妻に押し付けたこと。
そうなったところで、自分は4子に悲願達成のために厳しい指導……虐待を行ってきたこと。
家族は完全に崩壊して、妻を精神病院に隔離したこと。
そして、燈矢は山火事を起こして焼死した、はずだったということ。
そこまで語った後に、彼はもう1度謝罪して頭を下げた。
自身の擁護をするような発言は、一切なかった。
自分の醜い野望も、個性婚というタブーを犯したことも、虐待をしていたことも……全部正直に語っていた。
轟くんの思考を見る限り、エンデヴァーは山火事が起きた時には必死で山を駆けずり回って探していたらしい上に、最近でも燈矢の仏壇に、頻繁にお線香をあげたりしていたらしいのに、そういうことは、一切言わなかった。
皆、絶句していた。
クラスメイトの過去という部分で、何かあることは察していても、誰も触れようとしなかった部分だった。
むしろ、エンデヴァーが活躍したりしたら、峰田くんとかを筆頭に「自慢の父ちゃんだな!」とか、エンデヴァーを褒めるようなことを言っていた側だったから。
そんな空気の中、エンデヴァーを褒めていた自覚がある峰田くんが、自責の念に駆られながら、縋るように轟くんに声をかけた。
「轟、お前、これ、マジなのかよ……?」
「……ああ。親父は、一切嘘は言ってねぇ。真実だ」
「ご、ごめんなぁ!?オイラ、そんなこと知らなくてよぉ!!」
轟くんが肯定すると、峰田くんは泣きながら轟くんに謝り始めた。
その様子を見ながら、他の皆も泣きそうになってしまっていた。
もう皆、火傷に関してもどういうことかを薄々察していた。
私は読心で全てを察してるけど、その情報が無かったとしても簡単に予想がついてしまうことだ。
エンデヴァーから負わされた火傷なら、顔の一部だけなんてことにはならないはずだ。
それなら、誰にその火傷を負わされたのかという話になる。
エンデヴァーが明らかにボカした部分。
妻を精神病院に隔離したという部分が関係しているというのは、明らかだったから。
「……瑠璃ちゃんが、轟くんにたまに声かけてたのって……そういうこと……?」
透ちゃんが、大粒の涙を零しながら、私に確認してきた。
ここは、隠してまで否定するところじゃない。
「ん……そう……エンデヴァーのことは……轟くんの思考から……読めてたから……知らなかった頃は……煽って攻略の糸口にしたけど……知ってからは……言及しないようにしてた……あとは……思いつめてる時に……声かけてたくらい……」
「わ、私……それ見て、瑠璃ちゃんが、轟くんのことって、喜ぶだけで……」
透ちゃんが、私が轟くんを心配して声をかけていた時に、ちょっと色めきだった思考をしていたのは分かっていた。
轟くんのことは勝手に言えないし、私自身触れても墓穴を掘りそうだったから、特に何も言わなかったっていうのもあったけど……
私は、透ちゃんが涙を流しながら後悔しているのに、何も言ってあげることが出来なかった。
その後も、会見は続いた。
ベストジーニスト殺害と、ホークスの実父やヴィラン殺しの件にも、当然のように言及された。
まあ、ベストジーニストは実際には生きてるんだから、それ自体はすぐに否定された。
問題はホークスの方だった。
父親がヴィランだったことも、トゥワイスを殺したことも、肯定していた。
だけど、父親がヴィランであることって、そんなに悪いことなのか。
記者は絶句しているけど、そんなの、子供にはどうしようもないことでしかない。
犯罪者の子供は犯罪者であるなんていう理論を持っているなら、頭がおかしいとしか思えない。
トゥワイスに関しても、ホークスは事情も含めて説明していた。
これに関しては、批判する方がおかしいと私は思う。
トゥワイスの個性を知っていて、トゥワイスを殺した場合でも発生した今のヴィランたちによる被害を見てそれを言えるなら、夢見がちな理想主義者だとしか思えないからだ。
もしあの場にトゥワイスがいたらどうなっていたか。
もし、ギガントマキアと一緒に、トゥワイスまで来てしまっていたら。
そうなっていたら、あの場にいたヒーローは全員、殺されていたと思う。
この前の病院の時にホークスの思考は散々読んだけど、トゥワイスが自身を増殖させられるようになっていることを示すような情報があった。
もし、あの場にトゥワイスが来ていたら、無限増殖されて、時間を稼がれて、死柄木とギガントマキアと、無数の複製たちに蹂躙されていたと思う。
その事情を分かってないから、こうもホークスを批判できる。
その後は、記者が明らかに怒った様子で手を挙げて、勝手に自分語りを始めていた。
『よろしいでしょうか。ギガントマキアの縦断によって、私の母は重傷を負いました。"全て事実でしたすみません"じゃ取り返しのつかない事態なんですよ!―――……』
激怒した記者は、そのまま暴言を吐き続けていた。
でも、この記者の母親は運がいい。
だって、重症ってことは、母親は生きてるじゃないか。
私は、あの地獄で何百人もの人間を見捨てた。
それ以外にも、無数の死体が転がっていた。
そのなかで、重症とはいえ生きているんだから、マシじゃないかとしか思えなかった。
そこまで思考したところで、自分がおかしなことを考えていることに気が付いてしまった。
私、なんで今、重傷を負った人を、マシなんて考えたんだ。
本来なら、重症でも酷すぎる被害なのに。
あの時の地獄が頭に焼き付いてたはずなのに、見捨てた人よりマシだなんて、絶対に考えちゃいけないことを、考えてしまっていた。
私は、自分の感性が歪んでいることに絶句してしまって、言葉が出てこなかった。
そのタイミングだった。
怒っていた人とは別の記者の人が、手を挙げた。
『ギガントマキアの縦断……その後の対応について、追加でよろしいでしょうか?』
この記者は、よろしいでしょうかなんて聞いてはいるけど、明らかに答えなんて求めていなかった。
特に促されてもいないのに、勝手に話し始めていた。
周囲の記者も、それを止めようとすることはなかった。
『今、世間では被害地域の救助活動に、大きな問題があったのではないかと話題になっています。自分の家族は生きていたのに見捨てられたと、告発する動画が公開されています。それに関してはご存知ですか?』
その質問を聞いた瞬間、私は、思わずひゅっと息を呑んでしまった。
そういう動画が公開されているのは知っていた。
皆が私を気遣うように時折視線を向けながら、それについて考えていたから、知らないはずがなかった。
だけど私は、その動画を見る勇気はなかった。
どの家族かなんて分からない。私が見捨てた多くの人たちの家族の誰かが、そういう告発をしたんだろうということはすぐに予測がついたけど、その中で、何を言われているのかを知るのが怖くて、とても見る気になんてなれなかった。
皆もここでその話題が出るとは思っていなかったのか、思考は驚愕に染まっていた。
『ええ、把握しています』
エンデヴァーとホークスはその質問に対して答えずに、ベストジーニストが答えていた。
『では、それに関して……あの告発は、事実ですか?』
『……事実です』
ベストジーニストは、目を瞑りながら静かに答えた。
その答えを聞いた瞬間に、会見場はざわめきに包まれた。
さっきのエンデヴァーが荼毘の件を肯定した時みたいな、暴動みたいな雰囲気に、戻ってしまっていた。
『事実っ……!?事実なんですかっ……!』
『重傷を負った被害者を見捨てたとっ!?本当にそう言っているのですかっ!?』
『……お静かに。これに関しては、あくまで伝え聞いた話になります。指揮を執っていたヒーローの移動の補助に当たっていたミルコから聞いた情報です。その告発の動画は、情報に大きな偏りが生じています』
ベストジーニストが話し始めると、記者たちは一応は静かに話を聞き始めた。
だけど、問い詰めようとしているのは明らかだった。
『告発者が嘘を吐いていると言っているわけではありません。ですが、公平に判断するのは、一方の訴えを聞くのみでは困難です……ここから私は、事実とミルコからの証言のみを述べていきます』
そこからは、ベストジーニストは静かに話していった。
『群訝山から蛇腔まで、距離にして約80km。被害地域の住民は50万人程。被災者の正確な人数は調査中ですが、30万人は超えているでしょう。死傷者は10万人にも上ります。この中で、軽傷で動くことが出来たのは一部のみです。それに対して、救助に当たっていたヒーロー、警察、救急隊の人数は、避難誘導や活性化したヴィラン対応、犯罪の取り締まりに当たる者を除き、僅か2000人程。この人数が、全て1か所に固まっていたわけではありません。直線距離80km、幅5km程の被害地域にばらけて救助に当たっていたのです』
ベストジーニストは、淡々とデータを話していく。
記者たちは顔を歪めている人が多くて、言い訳を疑っているのは明らかだった。
『被災者に対して、救助に当たる人数が足りていませんでした。ですので、指揮を執っていたヒーローは苦渋の決断をしたと、ミルコから伝えられています。刻一刻と状態が悪くなる多数の負傷者を、その個性を活かして状態を判断し、病院まで持たない可能性が高いと判断した者を、より多くの被災者を救助するために、救助しないことを選択したと』
『……だから見捨てたと?多くの被災者を救うためというお題目で、少数は切り捨てたと、本気で言っているんですか?』
質問をした記者は、噛みつくように質問を投げかけた。
そんな質問者に対して、ベストジーニストは怯むことなく返答を返した。
『……瓦礫に埋もれたトリアージ赤に該当する被災者が、多量の腹腔内出血を起こしていて、1時間以内に亡くなる可能性が高い状態になっている。道路は瓦礫で埋め尽くされ、避難する人々が数多くいるため、救急車を使うこともできない。この方を救助するためには、1時間以内に、瓦礫を撤去して建物の中から救出し、数kmは離れた病院まで担架で搬送しなければならない。そして、もし仮にそれが出来ても、救命が出来るとは限らない。それに加えて、周囲には多くの被災者がいて、状態は悪化し続けているのです。この状況、あなたならどう判断しますか?』
『それは、ヒーローや救急隊を割り振って……』
『全てを救助しようと試みますか?先ほども言ったように、救助に当たっている人数が足りていません。そんな中でそのようなことをすれば、他の救助が手薄になります。取り零す命が多くなる可能性が高いのです。それでも、そう言えますか?』
ベストジーニストの問いかけに、記者は何も答えられずに黙ってしまった。
それはそうだ。
この問題に、答えなんてない。
あとはもう、全てを救うという不可能に近い薄すぎる可能性を取って救助が間に合わない人が増えるのを許容するか、合理的に助かる見込みが薄い人を切り捨てて多くの命を救うか。
こんなの、人によって答えは変わるんだから、答えなんてあるわけない。
『先程の事例は、実際に指揮を執っているヒーローに詰め寄った家族に対して、ヒーローが行った説明です。その者は、ただできる限り多くの命を救おうとしたにすぎません。ミルコも、私も、この行いを責めることなどできないと考えています』
『っ……ミルコと共にいたのは、学生だという噂があるんですよっ!?医師でもない一学生の判断なんて、信じられるわけないじゃないですか!!』
『仮に学生であったとしても、それはプロヒーローも、救急隊も、警察も同じことです。救助に当たっていた者は皆、医師ではありません。最低限のトリアージは出来ても、診断できる者は現場にはいないのです。それに、そのヒーローは個性で分かる情報から、客観的に死亡のリスクを判断していたと聞いています』
記者が、声を荒げながら問い詰め続ける。
それに対してベストジーニストが淡々と答えるという流れが、しばらく続いた。
それを見ていたら、もう耐えられなくなってしまった。
「……ごめん……私……部屋に戻ってる……」
「っ!?ま、待って瑠璃ちゃん!!」
透ちゃんが止める声が聞こえるけど、気にしてる余裕なんてなかった。
涙で歪む視界のまま、部屋まで走って戻ることしかできなかった。