職場体験当日――――
「コスチューム持ったな。本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ。落としたりするなよ」
「はーい!!!」
「伸ばすな。「はい」だ芦戸。くれぐれも失礼のないように!じゃあ行け」
私たちは職場体験に向かうためにコスチュームを持って駅に集合していた。
「透ちゃん……コスチューム間に合ってよかったね……」
「うん!これで私のインビジブルガールとしての活動が捗っちゃうよ!」
透ちゃんのコスチュームは数日前に戻って来ていた。
見せてもらったけど、ちゃんと透明で肉眼じゃ見えなくなっている。
それなのに触ると確かにそこにある不思議な衣装。
私の目には波動でくっきりと形や模様が分かるけど、他の人には一切見えないと思う。
それに元々あった手袋とブーツが付いている。
肉眼で見ただけなら元のコスチュームと変わりない感じだ。
その後も少しの間透ちゃんと話して過ごしていたら、あっという間に出発の時間になった。
「それじゃあ、私もう時間だから!お互い頑張ろうね!」
「ん……!透ちゃんも頑張ってね……!」
そう言って透ちゃんは何故かうおおおお!とか声を上げながら去っていった。
元気で可愛らしいけど、駅でそれは迷惑になるからやめた方がいいんじゃないだろうか。
私もそろそろ行かないといけないけど、その前に飯田くんに声をかけておきたい。
飯田くんは、今まさに緑谷くんとお茶子ちゃんに声を掛けられて出発しようとしている。
飯田くんの波動からは、思わず後退ってしまいそうになるほどの憎悪の感情が伝わってくる。
ちょっと気後れしながらも、飯田くんが皆から離れたタイミングで声をかけた。
「ねぇ……飯田くん……」
飯田くんは特に返事もせずに顔をこちらに向けた。
「今の飯田くんが……何を考えているか……大体分かる……ヒーロー殺しが……憎いんでしょ……?」
「……」
こちらを見定めるような視線で、猶も無言を貫く飯田くんに言葉を続ける。
「分かるよ……私も……お姉ちゃんが同じ目にあったら……絶対に同じことをしようとするから……」
「何を言っているんだ波動くん、俺は「だから……わざわざ保須の事務所を選んだんでしょ……?」
飯田くんが反論してくるけど、あえて言葉を被せることでそれ以上先を言わせない。
「何をしようとしてるかなんて……聞くつもりもないし……止めるつもりもない……だけど……飯田くんには……これからも……クラス委員長でいて欲しいから……ちゃんと生きて帰って来てね……?」
「……ああ、約束する」
今の飯田くんに、意図がきちんと伝わったかは分からない。
飯田くんの気持ちが理解できてしまう私は、飯田くんを止めたいなんて思わない。
だから他のクラスメイトや先生にも言うつもりはない。
だけどせめて、飯田くんが返り討ちにあって死ぬなんてことだけはあって欲しくない。
そのための釘刺ししか、私にはできなかった。
新幹線に乗って約1時間弱。
職場体験地である神奈川に到着した。
集合場所は駅からほど近いホテルだった。
このホテルが、事務所を持たないミルコの今の住まいということなんだろう。
指定されたホテルに到着して、エントランスのソファーに座って待っていた。
「お前が波動だな?」
後ろからかけられたその声に反応して振り向く。
振り向いた先には、オフショルダーでハイレグのボディスーツに身を包み、筋肉質な身体を惜しげもなく晒すうさ耳が生えた女性、ミルコがいた。
すぐに立ち上がってミルコの方に向き直って、頭を下げる。
「はい……波動瑠璃……ヒーロー名はリオルです……これから1週間……よろしくお願いします……ミルコさん……」
「おう!早速出るから、さっさとコスチュームに着替えてきな」
そう言ってミルコさんは私に早く着替えるように促してきた。
ミルコさんが借りているらしい部屋の鍵を借りて、部屋の中で手早く着替えてしまう。
「お待たせしました……」
「んじゃさっさと行くぞ」
ミルコさんは特に説明もなく、ささっとホテルから出ていく。
私も駆け足で追いかけた。
私が何をすればいいのか、ミルコさんに聞いておいた方がいいか。
「私は……どうすればいいですか……?」
「付いてくるだけでいい。私に付いてきて、私の動きを見てろ。後は……私が聞いた時に判れば、それに答えるだけでいい」
「……分かりました……」
それだけ言うとミルコさんはすたすたと街を歩き始める。
試しているとかそういうことではなく、本当に『付いてくるだけでいい』と思っているみたいだ。
本心からの言葉なら、従う他にないか。
パトロールを始めて1時間くらい経った。
その間ずっと、本当に付いていっているだけだった。
「あー!ミルコだー!サインください!!」
「おう!」
あとは、時折ミルコさんがファンに呼び止められたりしているくらいだ。
今も小学生くらいの少年にサインを求められて快く応じている。
惜しげもなくファンサービスするミルコさんを見ていて、少し意外に感じてしまう。
サイドキックを雇わないと聞いていたから孤高な一匹狼を想像していた。
だからファンサービスなんて全然しないと思ってたんだけど……
ミルコさんは我は強いけど人は好いらしい。
ファンの求めには、誰に対しても快く応じていた。
「ねぇ、もしかして雄英の1年生の子?」
そんなミルコさんのファンサービスを眺めていたら、私も声をかけられた。
「……はい……そうです……最終種目……1回戦で負けちゃいましたけど……」
私がそう返答すると小さな子供連れの女性が目を輝かせた。
子供の方もじっと私を見ている。
というよりも尻尾をじっと見つめている。気になるんだろうか。
あくまで飾りだから動物の尻尾に比べてしまうとどうしても作り物感が否めないんだけど。
「やっぱり!この前の体育祭、見てたわ!サインもらっても良い?」
「いいですよ……どこにしますか……?」
「なぁ!俺も貰ってもいいか?」
「コスチュームの耳、かわいいね!」
私が子供に尻尾を触らせてあげながらサインの求めに応じていたら、他の人たちまで私の周りに集まってきた。
1回戦敗退なのにここまで声を掛けられるとは思っていなかった。
体育祭効果恐るべし……
「きゃあああ!!ひったくりぃぃ!!」
対応を続けていたらそんな声が響いてきた。
その瞬間、囲まれていた筈のミルコさんが声の方向に向かって跳び上がった。
凄まじい跳躍力でひったくりとの距離を詰めると、ミルコさんはあっという間に犯人を捕まえてしまった。
「私の縄張りで悪いことなんてするもんじゃねえぞ」
決め台詞のようにそう言ったミルコさんに、周囲の一般人から歓声が上がった。
ミルコさんはその歓声に応えるように決めポーズまでし始めている。
流石プロだ。これなら人気なのも頷ける。
その後のパトロールは特に大きな出来事もなくて、困っている人の手助けやファンサービスを行う程度だった。
昼食は食べたけど、それ以外の時間はパトロールをしていただけだったと言っていい。
暗くなってきたあたりで、ミルコさんから今日は終わりにすると言われてホテルに戻ってきていた。
どうやらミルコさんは私の部屋も取っていてくれたらしい。
私の部屋はミルコさんの部屋の隣だった。
朝はまだチェックインできない時間だったからミルコさんの部屋で着替えさせられただけのようだ。
今はミルコさんと一緒に、ホテルのレストランで夕食を取っている。
生の人参まで頼んでいて驚いたけど、普通に運ばれてきたことにさらにびっくりした。
なんで対応できるんだこのレストラン。
対応できるところを選んでるのかな。
黙々と食べていたミルコさんが食べ終わったタイミングで、聞きたかったことを聞いてみることにした。
「ミルコさん……なんで私を指名してくれたんですか……?」
その質問に対して、ミルコさんは少し考え込むような仕草をすると、目を閉じて話し始めた。
「個性が便利そうだった。私以上に視野が広そうだったしな」
……やっぱり私の波動による感知が便利だから指名したらしい。
その答えに私が納得しそうになった瞬間、ミルコさんはニヤリと笑みを浮かべてから話を続けた。
「ま、それだけじゃ指名なんかしなかったがな」
「え……?」
「私は一人で自由にやるのが性にあってるんだ。ただの感知系の個性なら興味ない。正直付いてこられても邪魔なだけだしな。だが、お前は違う。お前の個性、"波動"だったか」
どうやらミルコさんは、私についての情報を学校から聞いていたらしい。
ミルコさんの思い浮かべている私の個性の内容は、私が学校に知らせている個性の詳細と一致していた。
「たまたま近くにいて時間があったから体育祭を見ていたが、お前の戦い方を見てもったいないと思った。それが理由だ」
「もったいない……?」
「ああ。見てた限りでも、しっかりと鍛錬を積めば私と同じような戦い方が出来るはずなのに、あの体たらくだ。最後の最後だけ光るものはあったが、素直にもったいないと思った」
私がミルコさんと同じような戦い方をできるようになるなんて、とても思えないけど……
「あと、単純に私と似てるからな、お前」
「似てる……?」
「あぁ。似てる。波動がどういうものかなんてのは知らねぇが、私は音で、お前は波動で周囲の状況を把握してる。そうだろ?」
「はい……」
ミルコさんは飲み物を飲んで一息挟んでから話を続けた。
「んで、ここからが私の勘なんだが……お前、波動で位置や行動以外の何かを読めてるだろ。私が本能で色々察してるのと同じように」
その問いかけに対して返答することなんてできなくて、息を呑むことしかできなかった。
「それが何かなんてどうでもいい。だが、お前が体育祭で見せた動きにあの超人的な予測と異常な範囲の感知……使いこなせれば私と同等以上のヒーローになる。そう思ったから指名した。学生の間だけなら面倒見てやってもいいかと思ってな」
「そう……ですか……」
「ま、そういうことだ。ただし、私は具体的な指導なんかしねぇから、私の動きを見て自分がどうすれば同じ動きが出来るか考えろ。それがこの1週間の課題だな。私はもう戻るから、お前は好きにしてな。明日は8時にコスチューム着てロビーで待ってろ」
その言葉で会話を締めて、ミルコさんは私の分まで会計を済ませてからレストランを出て行ってしまった。
私はその背中を、黙って見送ることしかできなかった。