2日目
私はミルコさんに言われた通り、8時にはコスチュームを着てロビーで待機していた。
当然もう朝食も済ませている。
いつでもパトロールに出発できる状態で待っていると、時間ぴったりにミルコさんがやってきた。
「ちゃんと時間通りだな」
「おはようございます……ミルコさん……」
「おう、さっそく行くぞ」
ミルコさんはそれだけ言うと、さっさとパトロールに出発してしまった。
私も置いていかれないように、ミルコさんを追いかけた。
パトロールの間、ミルコさんに昨日言われたことを思い出す。
私がミルコさんと同じ動きが出来るはずなんて言ってくれていたけど、今でもそんなことはないだろうと思ってしまう。
ミルコさんのパトロール中の思考は、自信に満ちた感じでヴィランを探しているか、興奮気味にファンサービスをしているかのどちらかだ。
私に対する思考はほぼ皆無に等しい。
本当にただついていってるだけでしかなかった。
たまにヴィランというか、その辺のごろつきによる犯罪を取り締まっている。
だけどミルコさんが一瞬で鎮圧してしまうから、私が手伝えることが一切ない。
昨日の言葉通り、感知すら必要とされてない。
見ることで自分の動きを学べなんて言われたけど、どうすればいいのか皆目見当がつかない。
見ていて分かることなんて、声や音で犯罪に気が付いたミルコさんが、しゃがんでから一気にジャンプして近づいて、蹴りで制圧しているなということくらいだ。
これをどう学べと言うのか。
結局、その日もパトロールについていくだけで終わった。
ミルコさんの跳躍力で引き離されたりはぐれたりもしたけど、感知でミルコさんの波動を追って事なきを得た。
これ、私を指名した理由は、自分が好きに動き回っても勝手に着いてこれるからっていうのが大きいんじゃないだろうか。
感知能力を頼りにされない割に、1番最初に挙げた指名の理由も感知能力だったし。
そう思ってしまうくらいの放置具合だった。
そして夕食。
今日もミルコさんは食事以外にも生人参を頼んでかじっている。
1日のご褒美的なやつなんだろうか。
昨日とは違うレストランなのに、頼んだらすぐに生人参が出てきた。
やっぱり出せるところを選んでいるみたいだった。
「んで、何か分かったか?」
「……すいません……さっぱりで……」
「ま、そうだろうな」
私はそれ以上答えられず、黙々と食事を続けていると、ミルコさんが口を開いた。
「一つだけヒントをやる。お前、私が常に足の力を張り続けてるとでも思ってるのか?」
「え……?」
「それだけだ。明日も朝8時にロビーだ」
そう言ってミルコさんはまたしても会計を全部済ませて、先に部屋に戻ってしまった。
ちょっと、考えてみるか……
3日目
今日も8時きっかりにロビーに来たミルコさんと一緒にパトロールに繰り出す。
昨日のミルコさんの言葉を受けて、部屋で色々考えた。
ミルコさんがジャンプの時に使っている力。ウサギとしての跳躍力。
それはウサギの個性由来の物であっても、ずっと使っているわけじゃない。
彼女が普通に歩いている時には、普通に人としての動きしかしていないからだ。
ミルコさんだと分かりにくいけど、梅雨ちゃんを例に考えると分かりやすいかもしれない。
梅雨ちゃんは蛙の個性を持っている蛙人間だ。
だから蛙のような飛び跳ねるみたいな移動もできるし、舌を伸ばしたり壁に張り付いたりなんかもできる。
だけど、梅雨ちゃんはUSJの時のような緊急事態でも、飛び跳ねて移動せずに普通に走って移動していた。
飛び跳ねて移動した方が早いにも関わらずだ。
つまり、生物の特徴が身体に現れる個性でも、意識的にその生物の動きと人間の動きを使い分けていることが分かる。
これを分かった上で、ミルコさんの動きを見てみる。
ミルコさんは今も犯罪を犯したヴィラン擬きのごろつきに対して、個性を使ってのジャンプと蹴りを見せていた。
そのジャンプでウサギとしての跳躍を使ったのは、踏み切りの瞬間だけだ。
しゃがみ込んで、飛び上がる瞬間にだけ力を入れてるんだ。
空中では足も含めて普通に人としての動きしかしていない。
ミルコさんがすごく鍛えられていて、蹴り技が巧みすぎるから分かりにくいだけだ。
そこまで考えてミルコさんが唯一光るものがあると褒めてくれた、轟くん戦の最後の自分の動きを思い出す。
あの時私は、身体の波動を足に詰め込めるだけ詰め込んでいた。
これはミルコさんの動きでいう、しゃがみ込む動作と同じように跳ねるための準備をしていたと言えなくもない。
そして踏み切り。ミルコさんを押して同じ動きが出来るはずだと言わしめるほどの動き。
意識的に普通の人ではない動きをしたはずの瞬間。
あの時、私自身は思いっきり地面を蹴っただけのつもりだった。
だけど、本当にそうだろうか。
今まで地面を蹴るだけで波動が弾けるような感覚がしたことなんて、一切ない。
波動を集めた足で地面を蹴っても、ちょっと強く地面を蹴れる程度でしかなかった。
違いがあるとしたら、何故か普段よりも多かった波動を足に詰め込んだことくらいだ。
ここにあの弾ける感覚の秘密があるんだろう。
弾けるということは、私が無意識化で何か波動に干渉していたか、波動に何かしらの負荷がかかって勝手に弾けたということではないだろうか。
そう考えた上であの時の波動の動きを考えてみる。
足にいつもよりも多く集めた波動は、いつもの足に集めるときと同じくらいの範囲に詰め込んでいた。
つまり、波動がいつも以上の密度になっていたということ。
それが意味することは……
「……圧縮……?」
詰め込んだことで無意識に圧縮していたとして、それが蹴るという更なる力で限界に達して、最後に加えられた力の方向に弾けて波動が噴出していたとしたら。
あの動きは、ありえない事ではないのではないだろうか。
少しだけ、光明が見えた気がした。
この通りの原理であの動きが出来ていたなら、使いこなせばミルコさんのように跳躍を自由自在に行うことが出来るかもしれない。
私はミルコさんについていきながら、早速波動の圧縮を試し始めた。
午後3時頃、なかなか波動を圧縮する感覚が掴めなくてヤキモキしていると、スマホが通知音を発した。
確認すると、緑谷くんがクラスメイトに一斉に位置情報だけを送ってきたようだった。
その住所が示す場所は、保須市だ。
「……飯田くんに……何かあったって……ことかな……」
きっとこれは応援要請か何かなのだろう。
だけど、私は今神奈川にいる。東京の保須市まで、どんなに早くても1時間程度はかかってしまう。
それに、私を受け入れてくれたミルコさんにも迷惑がかかってしまう。
行くことはできない。
これを緑谷くんが送ってきたということは、緑谷くんが近くにいるということではあるんだろう。
あとは、東京にはエンデヴァーヒーロー事務所がある。轟くんが職場体験に行っているはずだ。
私にできることと言ったら、轟くんにエンデヴァーによる救援を頼むくらいか。
そう思った私は、轟くんにメッセージを送った。
『突然ごめんなさい。緑谷くんのメッセージは見た?』
『応援の件か。親父は別件で動けねぇから、俺だけで向かってる』
轟くんは、既に向かってくれているらしい。
だけどエンデヴァーが来れないということが気がかりだ。
轟くんが強いとはいっても、ヒーロー殺しに遭遇してしまうのは不安が残る。
それでも今他に取れる方法なんてなくて、そこにヒーロー殺しがいる可能性を示唆しておくことしかできなかった。
『多分、そこにヒーロー殺しがいるんだと思う。轟くんも、気を付けて……』
『気を付ける。ありがとう』
そこでやり取りは途切れた。
私にできることは、これくらいだ。後は無事を祈るしかない。
そう思って、やり取りをしている間にはぐれてしまったミルコさんを追いかけ始めた。
そして夕食。
今日もミルコさんと一緒に食べている。
あんまり会話はないけど、これがミルコさんなりの学生とのコミュニケーションなのかもしれない。
ついさっき、轟くんからまた連絡が届いた。
とりあえず3人とも無事だったらしい。それ以上のことは何も言われなかったけど、無事なら良かった。
後で電話でもしてみようかな。
「今日は、何か掴めたみたいだな?」
私が轟くんたちのことを考えていると、ミルコさんに話しかけられた。
「気付いてたんですか……?」
「うさぎは視野が広いんだよ!で、内容は?」
「えっと……波動を……圧縮できれば……あの時みたいな動きが……できるんじゃないかなって……気が付きました……まだ……圧縮の方法が……掴めませんけど……」
「良いじゃねぇか。それが出来るようになったら、使って私の跳躍についてきてみろ。キャパとか考えなくていい」
「それで良いなら……はい……分かりました……」
ミルコさんはニヤリと笑って明日の指針を示してきた。
思考の感じからして、頭でごちゃごちゃ考えるより一回身体に染み込ませた方がいいって考え方みたいだ。
確かにそうかもしれない。
キャパを気にしなくていいと言ってくれるなら、お言葉に甘えて挑戦させてもらおう。
結局、その後はあまり会話もなくミルコさんは部屋に戻っていった。
部屋に戻ってからは、ミルコさんのことを考えていた。
ミルコさんは、ぶっきらぼうだしパトロール中は完全に放置されるけど、真摯に私に向き合ってくれている。
指導はしないと言っていたのに、毎日私と食事をする時間を取ってアドバイスまでしてくれている。
先生、というよりも師匠っていう感じかな。
ミルコさんにその気があるかは分からないけど。
この3日間のミルコさんとの会話で、一切嘘はなかった。
笑顔の裏で悪感情を抱いているなんてことも一度もなかった。
私のことを理解して、成長のための手助けをしようとしてくれてるいい人だ。
私が何かを隠していることに気が付いていても、黙っていてくれた。
ここまで赤の他人である私のことを考えてくれたミルコさんに、隠し事をしておくのはいくらなんでも不義理だ。
ミルコさんはいい人だから、だから大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、ミルコさんの部屋を訪ねた。
「あの……ミルコさん……少し……いいですか……?」
突然訪問したにも関わらず、ミルコさんは嫌な顔一つせずに、部屋の中に入れてくれた。
「で?」
椅子に座ったミルコさんは、短く用件を聞いてきた。
そこに悪感情は一切ない。
「この前言ってた……私が波動で読めている何かについて……です……ミルコさんの言う通り……私は……波動で位置や行動だけじゃなくて……感情や思考を……読むことが出来ます……それで……色々と予測を立てて動いています……」
私が感情や思考を読めていることを伝えても、ミルコさんの表情や思考は変わらない。
一切の悪感情を抱いてない。
ただ『まぁそうだろうな』って軽く考えている程度だ。
「まぁそうだろうな」
実際に口にも出した。
「見てりゃ分かる。明らかに予備動作のない行動に対しても回避行動取ったりしてたしな。未来予知とか思考を読んだりとか、そういう何かがなきゃできないことだ」
「そ、そんなに……分かりやすかったですか……?」
「ああ。体育祭の試合なんかすげぇ分かりやすかった」
ミルコさんがニヤリとからかうように笑った。
クラスメイトには誰にも指摘されなかったけど、そんなに分かりやすかっただろうか。
さらに私の様子からあまり知られたくないことだったと分かったみたいで、ミルコさんは念を押すように言葉を続けた。
「私は考えてることを読まれたって気にしない。自由にやるだけだ。吹聴したりもしないから安心しな」
ミルコさんはその言葉通り、感情も思考もさっぱりしていた。
何も変わってない。
そのことに、私は安心して胸を撫でおろしてしまった。
「話はそれだけだな?じゃあ今日はもう寝ときな。明日も朝からパトロールだ」
「……はいっ……!」
ミルコさんの言葉通り、私は自分の部屋に戻って眠ることにした。
家族以外で、初めて個性を知っても受け入れてもらえた。
その事実が嬉しくて、私の顔は自然と笑顔になってきていた。
今日は、すぐに眠れそうにない。