夜が明けて、仮設要塞に出立する時間が近づいてきた。
一応、私たちが今日ここを出ることは避難民の人たちにも伝えられている。
雄英に残るのは、避難民の護衛目的で残るプロヒーローだけだから、流石に言っておかないと不安になる人たちが多いだろうという配慮だった。
あとは、単純にAFOの内通者は弾いてるから、ここで最低限の情報を伝えたところで筒抜けになることはないし、青山くんの内通を利用した作戦で誘き出す以上、その本質の部分さえバレなければ多少情報が漏れても問題ないっていう部分があるからできることではある。
むしろ、あんまりコソコソしすぎていると、何かを企んでいるのが向こうに勘繰られる可能性がある。
仮設要塞にヒーローのほとんどが移動するっていう流れを、今後の捜索に向けたための移動に見せかけるための手段でもある。
一応、皆の家族とか、エリちゃんとかは見送りに来てくれている。
あと、負の感情をあまり感じない、今回の動きに何かしらの希望を見出してくれている避難民の人たちが、遠巻きに眺めているくらいだ。
そんな人たちを前に、私たちは並んでいた。
「皆さん!ありがとうございました!」
緑谷くんと飯田くんが深々と頭を下げるのに合わせて、皆も口々にお礼を言っていく。
爆豪くんなんかは背を向けているのに最前列にいるっている謎の行動をしているけど、それが彼なりの感謝の示し方らしい。
うん、意味わからないけど。
私も私で、小さくお辞儀している。大きな声を出すのはあんまり得意じゃないし。
「兄ちゃん!ここを出るって本当!?」
「うん。泥を払う暇は、もう十分いただきました」
緑谷くんが、洸汰くんに答えながら、避難民の人たちへの言葉も続ける。
避難民の人たちはそんな様子を見ながら、不安に駆られていた。
これからの動きで、いいことが起きてくれればいい。
だけど一方で、ここの護衛をしているヒーローが減るのは怖い。
これが失敗したらどうなるのか。今度こそ、終わってしまうのか。
そんな不安が伝わってきていたのに、誰も、その不安をぶつけてこようとはしなかった。
避難民の人たちも、変わっているのが、伝わってきていた。
「あなた方の安全が我々の命題です。ただ一つ、いつ避難システムが作動しても大丈夫なよう、心構えだけお願いします」
不安そうな避難民の人たちに、スナイプ先生が声をかける。
避難民の人たちは、ざわつくだけで特に返答はなかった。
だけど、わずかな期待に縋ろうとするその思考だけは、しっかりと伝わってきていた。
そこからは、見送りに来てくれていた人たちと、短くではあるけど挨拶できる時間になった。
私のところにも、お父さんとお母さんが来てくれた。
「瑠璃、気を付けるんだぞ」
「無事に帰ってきてね」
「ん……頑張ってくる……」
私が答えると、お母さんが正面からぎゅって抱きしめてくる。
ちょっと苦しい。
まあ、それだけ心配もかけているってことではあるんだけど。
実際、お父さんとお母さんは、今の世間の状況のせいで私がどれだけ嫌な波動を感知しているかとか、あの告発の動画を受けて発生した、あることないこと吹聴する元同級生と思われる人による悪評の流布の影響とかを、すごく心配してくれていた。
周囲の状況に関しては言わずもがなだけど、正直、私としては元同級生のクズなんて知ったことではなかったし、今更評判なんて気にしてなかった。
私個人に対して向けられる負の感情なんて、今の世間の状況だとたかが知れていたから。
確かに不愉快ではあったし、謎の怒りをぶつけてくる人にはイラっとしたけど、そんなのを気にしている暇がなかったって言う方が正しいかもしれないけど。
そんなことを考えていると、お母さんが言葉を続けた。
「ねじれも、この後出るのよね」
「ん……そのはず……拒否しなかったヒーロー科生徒は……皆仮設要塞の方に移動するから……」
ヒーロー科生徒は、一応作戦に参加するかどうかの希望を取って、拒否した者は、ここに残っていいって説明を受けていた。
そんな人は、誰もいなかったみたいだけど。
あんまりまとまって動いて襲撃でもされたら洒落にならないから、少しずつ、分散して移動することになっていた。
だから、お姉ちゃんも目的地自体は同じだけど、少し遅れて移動することになっているはずだ。
そのことを私が答えると、お父さんとお母さんは一瞬暗い表情をした。
「娘2人が、あんなヴィランと戦おうとしてるなんて……」
「ヒーローになるなんて言った時から、分かっていた事だとは言ってもな……少し、甘く見ていたみたいだ。流石に心配になってしまうな」
「……そう……だね……」
死柄木の齎した被害を目の当たりにしたうえで、子供がヒーローになることを許容する親なんて、早々いないと思う。
だけど、私も、もう決めたんだ。
もう、どんなに止められても止まるつもりはない。
大切な人たちを、守るためにも。
「……お父さん……お母さん……」
私が声をかけると、2人は顔を上げた。
ここまで心の底から心配してくれる2人に、私も、思っていることを伝えるべきだと思った。
「私は、大切な人を守れる、ヒーローになる。お姉ちゃんだけじゃない。お父さんと、お母さんと、友達と、ミルコさんと、先生たちと……とにかく、大切な人たちを守れる、ヒーローになるから。だから、お父さんとお母さんは、安心して待ってて。私が、私たちが……また、皆で、笑顔で過ごせるように頑張るから。私も、お姉ちゃんも、ちゃんと帰ってくるよ」
「瑠璃……」
「お前……」
お父さんとお母さんが、びっくりしたような表情を向けてくる。
私がお姉ちゃん以外の為に何かをするっていうのをお父さんとお母さんに言うの自体、物心ついてからは初めてな気がするし、それも当然か。
ヒーローになるって言ったことに対しても、すごく驚いているのが伝わってきていた。
次の瞬間、お父さんとお母さんが凄まじい勢いで抱きしめてきた。
「瑠璃っ!!」
「ちょっ……!?い、いたいっ……!」
お母さんはいいけど、せめてお父さんはやめて欲しい。
年頃の娘なのに。
……でも、その娘が戦争しに行くなんて言ってるんだから、仕方ないのかな。
仕方ないから、ちょっとされるがままになってあげることにした。
「ちゃんと無事に帰ってくるんだぞ!待ってるからな!」
「ん……約束……」
私が答えると、さらに力強く抱きしめられた。
い、痛い……
しばらくそうやってやり取りをして、お父さんとお母さんは離れていった。
そして、皆の方に戻ろうとすると、今度はエリちゃんが近づいてきていた。
「ルリさん!」
「ん……おいで……」
走って近づいてくるエリちゃんを、そのまま抱きしめてあげる。
エリちゃんは昨日すごく頑張っていたのは、感知で伝わってきていた。
だから、それを褒めるように、不安なのを、安心させてあげるように、優しく抱きしめてあげる。
「昨日……頑張ったね……すごかったよ……」
「うん!がんばった!」
エリちゃんが笑顔を浮かべるのにほっこりするけど、その笑顔も、すぐに引っ込んでしまった。
心配そうな表情を浮かべて、私の手を握ってくる。
「デクさんもだけど……ルリさんも……気を付けてね。かえってきてね」
「ん……大丈夫……ちゃんと帰ってくるよ……皆で……笑顔で……だから……待っててね……」
「うん……」
エリちゃんも、すごく素直に言葉を受け取ってくれるけど、不安そうな様子は拭えなかった。
大切な人がいなくなるのが、不安な感じかな。
そんな不安が少しでも払拭できるように、エリちゃんが落ち着くまではこうしてあげよう。
……お父さんとお母さんの視線を感じるのが凄く気になるけど。
流石にここで写真とか取らないよね。
恥ずかしいけど、エリちゃんのためだ。仕方ない。
そう思って、見られているのを分かっていながらもそのまま抱きしめ続けてあげた。
そんな感じで皆思い思いの言葉をかけあって家族と挨拶をしてから、雄英を出た。
バスでの移動である程度の所まで近づいて、あとは徒歩で移動して、出発から2時間くらい経った頃。
雄英から約30kmくらい離れたところに作られた、仮設要塞"トロイア"に辿り着いた。
「仮設要塞"トロイア"。セメントス、パワーローダー、そしてエクトプラズムがいるからこそ、超短期施工が可能になった。雄英には到底及ばんが堅牢だ。各自、部屋に荷物を運び、準備を」
「ハイツアライアンスリスペクトだね!」
「ん……形もそのまんま……」
「親切」
透ちゃんがちょっと興奮気味に建物を眺めている。
興奮気味とは言っても、無理矢理盛り上げようとしてる感じなのは波動からも表情からも分かるけど。
仮設要塞"トロイア"は、本当にハイツアライアンスそのまんまな形をしていた。
色は真っ黒で、アライアンスだとクラスが書かれているところに謎の模様が描かれていた。
寮を短期間で作ったノウハウがあったから、それを流用できるようにそのままの形にした感じかな。
響香ちゃんも、そんな建物を眺めながら思ったことをそのまま呟いていた。
時間とかノウハウの問題な気がするから、正直親切かどうかはなんとも言えないけど、過ごしやすいのは間違いなかった。
そこからは部屋決めという名の、ハイツアライアンスと全く同じ部屋の割り振りをして、各自部屋に向かって行った。
スナイプ先生も準備をとか言ってたけど、特に何か指示があるわけでもない。
荷物を整理したら、ここから離れないようにすれば自由行動していいことになっている。
まぁ、自由行動とは言ってもやることなんて何もないし、荷物も服しか持ってきてないから整理もすぐに終わってしまってやることなんてない。
出来ることと言えば、友達と話すか、開いたスペースで特訓するかだ。
とりあえず、透ちゃんと話したり特訓したりして、タイミングを見てオールマイトとか、作戦に関わっている先生に、配置の希望を伝えに行かないと。
そう思いながら、ベッドと机、空っぽのタンスしかない部屋に荷物をしまった。