笑顔で凄まじい量の蒼炎をまき散らす荼毘は、空中に浮かびながらエンデヴァーを凝視していた。
轟くんが、やられた……?
聞いていた内容と違って、ここに来てなかったから、本当にやったんだと思ったのに……
荼毘のあの胸の炎の出し方、轟くんが最近練習してたのと、同じ出し方をしている。
轟くんは、大丈夫だろうか。
私みたいに、黒霧に出し抜かれただけならいいけど、そうじゃなければ、これが意味することは……
「なに余所見してるんですかっ!?」
私が荼毘の方に気を逸らしていると、空中で波動の噴出を繰り返して、上空にかち上げている最中だったトガが、凄まじい形相に睨みつけてきていた。
ナイフを失って攻撃手段がなくなって、変身を解くこともできないトガは、複製を作り始めていた。
だけど、本体が作れる複製は2体まで。
さっきの複製の山から本体作の複製がやられていたとしても、多くても2体までしか作れない。
それなら、やりようはある。
だからこそ、地上で無限増殖し続ける複製に囲まれる状況よりはマシだと思って、上空に運んだのだ。
「友達が心配なんだよっ!!あなたも荼毘……燈矢に対してそうだったでしょっ!?」
「だったら、なんだって言うのっ!?」
トガの背中から出てきたトゥワイスが、拳を振りかぶっていた。
だけど、これはトガに乗ってるだけだ。
やりようはいくらでもある。
そう思って、かち上げていた本体のお腹に抱き着くように腕を回して、頭上から下ろす。
複製は掴んでないから、当然のように落ちそうになって殴るのを中断している。
本体に掴まって維持しているみたいだけど、それなら振り払うだけだ。
一気に噴出の量を増やして上昇速度を上げていく。
トガの方は、縋ってくる複製のせいで、負荷が大きくなっている。
そんな状態は、そんなに長くはもたなかった。
複製がトガ本体に縋り付くのをやめた。
それを確認してから、波動の放出で浮遊した状態を維持して止めてしまう。
それと同時に、トガが、憎々し気な表情で私の首を、手でつかんできていた。
「いいよ……絞めたければ絞めればいい……ここで一緒に心中してもいいならだけど……」
「そんなの、複製に受け止めさせればっ……!」
「もう100mは離れてる……声は届かない……どうやって受け止める……?遠くから聞こえるかどうかも分からない指示で……山を作るようにでも言う……?複製に……上空100mからの落下の衝撃を……どうにかできるだけの何かがある……?今から複製を出しても……さっきと同じことをするだけ……それとも……複製を出すと同時に首を絞めて……生き残る賭けでもする……?」
「っ……」
トガは、何も言い返せなくなっていた。
こうすれば、冷静にとは言えなくても、少し話すことはできる。
轟くんのことは心配だし、AFOのことはどうにかしないといけないとは思うけど、AFOに関しては、こうなってしまったならナイトアイの言っていた通りに動くのがいいと思う。
だったら、トゥワイスの無限増殖をどうにかするのが私の責任だし、トガと、話をしたいと思った。
少なくとも、トガは新しい世界で、笑って生きることを望んでいる。
死にたいとは、微塵も思ってない。
復讐に囚われているせいで分かりづらいけど、そこは何も変わってない。
吸血衝動とかのせいで狂っているようにしか見えないけど、その部分さえなければ、根っこの部分は、恋をしたかったり、友達と話したかったり、そういう、ごく普通の女の子が出来ることに憧れる、1人の女の子でしかないんだから。
だからこそ私は、ここでトガが自害につながる可能性の高いことはしないと思っていた。
AFOが助けに来ることは、絶対にない。
トガを確保してから思考を注視してみたけど、あの全盛期の肉体は、エリちゃんの個性で巻き戻し続けているだけみたいだ。
しかも、制御できない暴走状態みたいで、時間さえ稼げれば消滅するというもの。
そんな状態で、憎悪に駆られ始めているAFOが、死柄木の下へ向かおうとしているAFOが、トガの救助に来るとは思えなかった。
荼毘は既にエンデヴァーとどこかに消えた。
トガを救けに来る者は、誰もいなかった。
ここでトガを気絶させにかかれば、抵抗される可能性が高い。
そうなったら、首に手をかけられている私自身もどうなるか分からない。
それなら、トガの良心に訴えかけるのが一番いいと思った。
「話をしよう……トガヒミコ……」
「……私が首に手をかけてるの、分かっててその提案してるの?」
「ん……もちろん……こうしないと……話もできないと思ったのもある……お互いに……お互いの命を握っている状況……お互いに下手に動いたら……相手に殺される状況……これなら……話さざるを得ないでしょ……?」
私がそういうと、トガは憎々し気な表情は引っ込めて、静かに私を見据えてきた。
これは、見定められてる感じだろうか。
「人を殺した理由も……ヴィランになった理由も……ヴィラン連合に入った理由も……全部分かってる……だから……それを踏まえた上で聞くね……AFOが作る新しい世界に……あなたが望むものがあると思う……?」
「……あるか、とかじゃなくて、私たちが望む世界を作るんだよ。私たちで。私と、弔くんと、燈矢くんと……皆で。瑠璃ちゃんもその中に入って欲しかったんですけどね」
「ん……そっか……」
トガのその返答を聞いて、そうだろうな、としか思わないと同時に、そんな願いは叶わないというのが分かってしまった。
だって、トガがしたいことは、自分にとっての普通を受け入れてもらって、友達を作って、恋をして……そんな、普通の望みでしかない。
それが、吸血衝動とかのせいで表現方法がねじ曲がってるから、周囲から受け入れてもらえないだけ。
でも、だからこそ、AFOが作る世界でそんな望みは、叶えられないと思う。
AFOの、魔王の支配する世界で、誰がそんな普通の生活を送れるんだ。
犯罪がのさばって、気に入らなければ殺し合って、AFOに脅されて、支配されて……こんな中で普通の生活ができるのは、生粋のヴィランだけだ。
そして、そんなヴィランは、そんな普通の生活を望んでいる者はごく少数しかいない。
トガは、相当なレアケースだ。
「AFOが支配する世界は……そんなにいいものじゃないと思うよ……人を脅して、恐怖で支配して、不安を煽って……少なくとも……ヴィラン側の人間しかのびのびと生活はできない……」
「そんなの分かってるよ。私たちは、ヴィランなんだから。ヒーローと交わることはないんだからっ……!だから、ヒーローを淘汰して、世界の構造を変えないと、私が笑うことが出来る世界なんて、できるはずがないっ……!」
「……そうかな……私も……お姉ちゃん以外とは交わることはないんだって思ってた……ずっと、ずっとそうだった……お姉ちゃんを傷付けてたクズを、殺してやろうかと思うくらいには……」
トガの言うことも、分からないでもなかった。
実際昔の私も、ヒーローじゃないけど、クズの人間たちを淘汰した方が楽だなんて思ったこともある。
私も不快だし、お姉ちゃんの害にもなってるし、あんな奴らが生きている意味がないなんてことも思ったことがあった。
お姉ちゃんがヒーローを目指すって言うからお姉ちゃんを虐めてたクズも見逃してあげただけでしかない。
だから、私は、お姉ちゃんのおかげで踏みとどまれて、それで、トガが望んでやまなかった境遇を、意図せずに手に入れられたんだと思う。
でも、この境遇を手に入れた後だからこそ分かる。
どんなに受け入れがたい性質でも、どんなに排斥されるような異常性でも、それを受け入れてくれる、底抜けのお人好しはいるんだってことが。
「だけどね……世界には……どんなに受け入れがたい性質でも……受け入れてくれる底抜けのお人好しがいるんだよ……受け入れてくれない人が多かったとしても……どんなに怖い性質を持ってても……友達になってくれるお人好しが……」
「っ……自慢ですかっ!?自分は私とは違うんだって、そう言いたいんですかっ!?」
私の言葉を聞いたトガは、憎々し気な表情を浮かべて声を荒げた。
だけど、私が言いたいことはそうじゃない。
「違うよっ!!私が言いたいのは、底抜けのお人好し……ヒーローを淘汰した世界こそ、どんな異常性を持ってても受け入れてくれるような人はいなくなるってことだよっ!!ヴィランが支配する世界は、過ごしやすいとは思うよっ!!だけどそれはっ!!異常性をお互いに見て見ぬふりをした世界でしかないっ!!あなたは、不快感を口にしない人間が、内心でどれだけ醜い思考をしてるか分かるっ!?内心で口汚く罵って、嫌悪して、その癖に、笑顔で近づいてくるクズが、どれだけ多いか分かってるっ!?大義を為して、共通の目標が無くなって、超常解放戦線が無くなったらっ!!信頼できる人間なんかいなくなるっ!!お互いに内心を疑わないといけなくなるっ!!そんな世界で、どうやって自然に笑うのっ!?一人で笑えればそれでいいのっ!?」
「それ、は……」
「違うでしょっ!?あなたは、自分が普通に笑える環境で、友達と、恋人と、自然体のまま笑い合いたいだけでしょっ!?」
トガが、言葉に詰まっていた。
多分、考えないわけじゃなかったんだと思う。
それでも、今の状況が酷すぎて他に選択肢なんてなくて、悪いことを考えないようにして、思うがままに、流されるままに動いていただけ。
「分かるよ……あなたが心から友達を欲しがってるのも……自分の恋を受け入れて欲しいって思ってるのも……ただ、自然体のまま受け入れてくれる人が欲しかっただけなんだよね?それを示してくれたのが、死柄木と、分倍河原と、轟燈矢と……ヴィラン連合だった。私はそれが、お姉ちゃんと、A組の皆だった。私たちの違いは、多分、ちょっとの運の違いでしかなかったんだよ。最初に受け入れてくれた人が、ヴィランだったか、ヒーローだったか。それだけしか、違いは、なかったんだよ」
「そうだとしてもっ……もうヒーローが支配する世界は、私を、私たちを受け入れないっ……!もう止まれないっ……!止まるわけにはいかないっ……!仁くんのことだってっ……!!」
迷いと、憎悪と、悲しみと……色んな感情がごちゃまぜになっていた。
そんなトガが、少しずつ首にかけている手に力を入れてくるのが分かる。
それを認識してすぐに、私は、トガに正面から抱き着いた。
「いいよ、飲んで」
「は?」
首を絞めきられる前に言いたいことを言うと、トガは困惑したように固まった。
「血、飲んでいいよ。適当な位置に歯を突き立てて。食いちぎられたりしたら困るけど、私は、血を飲むことを怖いと思ってないから。私のこと、友達だと思ってくれてるんだよね?」
「……それは、そうですけど」
トガは、友人としての親愛の情を抱いている人間に対しても個性を使えるようになっているっていうのは、思考を読んで分かった。
でも、多分トガが個性を使える相手は、そんなに増えなかったんだと思う。
そもそも親愛の情を抱いている人間が少なすぎて、選択肢がなかった。
荼毘しか複製しなかったのは、その弊害なんだと思う。
スピナー、荼毘、トゥワイス、Mr.コンプレス、マグネ、死柄木……そんなヴィラン連合の面々に対して、トガは確かに親愛の情を抱いている。
だけど、トガは血が無いと変身できないし、トゥワイスは身体を細部まで計測できないと複製できない。
トゥワイスの血を手に入れたのが殺されたタイミングだとしたら、その条件に該当するのは、スピナーと荼毘と死柄木だけだ。
だけど、トガは死柄木に変身も、複製もしなかった。
死柄木を複製されたら、それこそ、止めようがなかったのに。
それは、多分死柄木に異物が混ざってるせいなのかもしれないと思った。
トガは、AFOに好意を向けている様子はなかった。
そんなAFOが同居する今の死柄木は、個性が使用できなかったのかもしれない。
だけど、少なくともトガは、親愛の情を抱いている人間の個性を使えている。
それなら、友達だと思ってくれている私の血を飲むことで、私の個性を使えるようになると思った。
「私は、あなたのことを怖いと思ってないし、友達と遊んだり、恋愛したりしたい、普通の女の子なのも分かってる。私はあなたを拒絶しない。吸血衝動も含めて、あなたの個性だもん。私の読心と一緒。怖がる理由がない」
「なに、言って……私に同情して、そう言ってます?それとも、変身させて複製を消す作戦ですか」
そういう答えが返ってくるであろうことは分かってた。
こんなの、今の状況ですぐに信じられるわけがない。
だけど、本心だった。
トガのことを考えれば考えるほど、その境遇は、私とボタンを掛け違えた程度の違いしか、見つけられなかった。
殺人とかの罪が無くなるわけじゃないけど、それでも、私は、その性質も、彼女自身の性格も、全部受け入れた上で言っていた。
だから、より一層ぎゅって抱きしめて、穏やかな声色になるように意識して、言葉を続けた。
「私の個性を使って、思考を見て。私の読心は、特に練習しなくても勝手に大体読めるし、悪意を持って騙そうとしてる人とかは、嫌悪感を感じてすぐに分かるから。私はあなたを受け入れる。同情なんかじゃない。嘘だったら、好きにしていいよ。だから……お友達になろう、ヒミコちゃん」
「っ」
ヒミコちゃんが動揺しているのも、何もかも全部伝わってくる。
少しして、ヒミコちゃんの手が首から離されていく。
そして、一拍置いて、私の首に、牙が突き立てられた。
※この話は7/10以前に書き終えて予約投稿済みだったものです
本誌の話の流れと似ている部分がありますが、完全に偶然です