「ひみこ……ちゃん……」
「……あいつは、信用できるのか?」
「……ん……今は、個性……使えないけど……ヒミコちゃんがAFOのこと、好きじゃないって……いうのが本当なのは……さっき確認してる……」
「……そうか」
物間くんがAFOを見続けながら静かに問いかけてくる。
少なくとも、ヒミコちゃんの私に対する思考に嘘はなかったし、AFOが好きじゃないって言うのも嘘じゃなかった。
だから、信用はできると思う。
ヒミコちゃんは、荼毘に変身して蒼炎でAFOに攻撃を仕掛けている。
相変わらず自分が火傷しない程度の炎に調整はしているみたいだから決定打にはなってないけど、それでも、ヒミコちゃんのミスディレクションと蒼炎の合わせ技は、AFOを翻弄していた。
でも、だからこそ決め手に欠ける……というよりも、AFOがうまく立ち回っていた。
個性は使えないはずなのに、最低限のダメージになるように立ち回り続けている。
もちろん火傷も切り傷もどんどん増えていってはいるけど、その範囲が最低限になるように立ち回っていた。
ヒミコちゃんはミスディレクションを使っているはずなのに、AFOは、大まかな位置だけみたいだけど、その姿を捉えていた。
蒼炎を出すタイミングとか、蒼炎による自傷や変身による個性の使用の反動によるダメージとかで、ミスディレクションが綻んでる?
それを見極められるAFOがどうかしてると思わざるを得ない。
もしかしたら、全盛期のオールマイトと戦い続けてきた戦闘の勘みたいなものがあるのかもしれない。
傷だらけになっていってるはずなのに、AFOは、余裕の表情を浮かべていた。
「相手にしてみると厄介なものだね、ミスディレクションは。個性だったらもらってしまいたい所だったが、個性じゃないのが非常に残念だ」
「……っ……なんで見えてるんですか。個性使えてないのに」
「さぁ、なぜだろうね……そうだな、裏切ったというなら、変身の個性をもらってしまってもいいかもしれない。あれは何かと役に立つからね」
「あげるわけ、ないじゃないですかっ!!」
AFOに対して、ヒミコちゃんがヒット&アウェイで石片の武器を振りかざし、さらに蒼炎を放っていく。
AFOは、それを受けながら笑っている。
何が楽しいんだ、自分が傷つけられているのに。
「物間くん……治崎は……」
「さっき通信した時に、少し時間がかかると言われてしまった。今の状況だと、普通に蘇生するだけでは意味がないからってさ」
「……そっか……」
それじゃあ、治崎も、オールマイトもここにはまだ来れないということか。
クラストさんは動く様子が見えないから、死んではいないとは思うけど意識はないってことだろう。
まずい、かな。
そろそろ物間くんの抹消が、切れてしまう。
そうなったら、ヒミコちゃんしか戦える人がいない。
そして、ヒミコちゃんだけだと個性が使えるAFOに対抗するのは困難だ。
どうすればいい……どうすれば……
「自分の火傷なんて気にしている余裕があるのかい?燈矢くんのように、最大火力を使えばいいじゃないか」
「……そうですね」
AFOが嘲笑うようにヒミコちゃんを煽る。
それを受けたヒミコちゃんも、何も間違ったことは言っていないと思ったのか、火力を上げ始めた。
ヒミコちゃん自身の身体も、AFOの身体も、火傷が広がっていく。
徐々に、地面に広がる蒼炎も、AFOに向かっていく蒼炎も、熱量と規模が、大きくなっていた。
その様子を見ながら、物間くんに声をかける。
「物間くん……抹消……あと何秒……?」
「……30秒も持たない」
「じゃあ……事前にオールマイトたちと……緊急事態のために想定してた動きをして……」
「……君はどうするつもりだ」
「説明する時間がない……お願いね……」
物間くんに、この後の動きを指示して、私自身はそのまま痛む身体を引きずるようにして、AFOに向かって走り出した。
後ろから物間くんが呼んでくる声が聞こえるけど、本当に時間がない。
AFOが個性を使えるようになったら、裏切ったヒミコちゃんは粛清される。
そんなの、許せるはずがない。
個性が無くても、出来ることはある。
物間くんは、オールマイトたちと抹消の時間内でAFOを倒しきれなかった場合の対処も話していたはず。
だから、それに基づいて動いてもらうのが一番だった。
そして、それを為すためにも、私のために味方だったはずのAFOと戦うことを選んでくれたヒミコちゃんのためにも、私自身も、出来ることをするべきだ。
「赫灼熱拳―――」
「ほう?それを使えるのかい?なかなかの習熟度じゃないか。だが、そろそろタイムリミットのはずだ。それまでに焼き尽くせるかな?」
ヒミコちゃんが腕に炎を集中させるのを見ながら、私は、AFOに突っ込んだ。
そのままジャンプして、AFOの顔目掛けて拳を振り抜く。
その拳に対して、AFOは手を差し込んで防いできた。
だけど、これで一瞬の隙はできた。
「ヒミコちゃんっ!!!」
私が合図するように声を挙げると、ヒミコちゃんは血を収納しているボックスから空容器と見間違うほど少量の血しか残っていない入れ物を出して、開いた口に血を流し込んだ。
それと同時に、凄まじい勢いでトゥワイスが増殖し始めた。
ヒミコちゃんは、さっきは抹消の視界を塞ぐのを嫌がってトゥワイスじゃなくて荼毘を選択したみたいだけど、今度は、躊躇なくトゥワイスを選んでくれていた。
「仁くん―――力、借りるよ。友達を助ける、力を」
「なるほど。そう来るか。だが―――」
トゥワイスと荼毘が山のようになってAFOに迫った瞬間、周囲を凄まじい衝撃波が襲った。
私も当然のように吹き飛ばされたし、山になっていたトゥワイスも、一気に吹き飛ばされた。
まだ増殖は続けているけど、近づいているものは一気に消し飛ばされてしまっていた。
「どうやらタイムアップのようだ。さぁ、蹂躙を始めようか」
傷と火傷だらけで、重症と言っていいような状態だったAFOの傷が一瞬で塞がって、両手から光を放ち始めていた。
ヒミコちゃんも、本人はある程度の距離に避難しつつ、凄まじい勢いで増殖し続けていく。
多分、もうサーチにヒミコちゃんを登録しただろうから場所はバレるだろうけど、距離がある方が回避行動を取りやすいのは確かだった。
物間くんが、今増援で来ることが出来る人の位置を、司令部に確認してやり取りしてくれている。
ワープゲートで増援が来るまで、この増殖で乗り切れればいい。
実際、今二倍で増えたトゥワイスの山がAFOに群がって、殴りかかって、押しつぶそうとしている。
その中に荼毘も交ざって、複製諸共自分たちを焼きながら、蒼い炎を立ち昇らせている。
トゥワイスの血が1滴くらいしかなかったはずだから、1分も持たないと思うけど、この猛攻なら、猶予は増えて―――
「煩わしいっ!!」
両手で、雷のようなエネルギーを練り上げたAFOは、片手を地面に、もう片手を、ヒミコちゃんの方に向けた。
そして、轟音が鳴り響くとともに、AFOの周囲一帯を薙ぎ払いつつ、ヒミコちゃんの周囲で増殖し続けるトゥワイスを、一瞬で消し飛ばした。
ヒミコちゃんにも、その衝撃波は襲い掛かっていた。
それで、変身が解けてしまったみたいだった。
増殖は、止まってしまっていた。
「裏切り者には、粛清をしなければいけないね」
私も、衝撃の余波で物間くんの近くまで吹き飛ばされてしまっていた。
AFOは、そんな私と物間くんなんか気にすることなく、ヒミコちゃんの方に飛んでいってしまう。
それに気が付いて、すぐに物間くんに向かって声をあげた。
「物間くんっ!!ワープゲートはっ!!?このままじゃヒミコちゃんがっ!!」
「ちょっと待てっ!!今指示された座標の位置にゲートを出そうとしてるところだっ!!」
物間くんも、焦ったような表情でどうにかしようとしてくれていた。
ワープゲートは、遠方の任意の場所に出すためには、正確な位置座標を知っている必要がある。
だから、私たちは決戦前に決まった位置で待機して動かなかった。
その個性の使い方しか出来ないことが、今、完全に仇となっていた。
物間くんのワープゲートは、間に合わない可能性が高い。
これを待っていたら、ヒミコちゃんが殺される。
仮に物間くんがすぐにワープゲートを出せたとしても、ヒミコちゃんを守るために目の前に出しても軸をずらされて終わり。
増援を呼んでもくぐってきた誰かがすぐに状況を理解できるとは限らない。
オールマイトも、治崎も、まだ来る様子はない。
このままじゃ、私のために怒って、私のために戦ってくれたヒミコちゃんが、殺されてしまう。
私がどうにかしないと、私が、何とかしないと、ヒミコちゃんが死んじゃう。
友達が死んじゃう。それだけはダメだ。それだけは、許しちゃいけない。
どうにかしないと……!
考えろ。考え―――
『例えばだが、気は万人の身体に宿っているもので、武術の達人とかになるとその気を利用してくるわけだ。だが、気はそいつにとっての個性なのか?』
『確かに瑠璃ちゃんの波動の操作は自分の波動だけだし、個性っていうよりもそういう解釈の方が当てはまるのかな?』
『逆に質問!あなたの個性、どうやってあの動きをしてるの?波動の感知と読心だけだとあの動きは無理よね?』
『職場体験の後から使っているその技術も凄いが、最初から使っていた身体強化も充分凄かったと私は思うぞ。初心を忘れないことだ』
『だけどね、自身の波動の譲渡だ。リスクがあるってことは自分でも分かってるんだろう?』
必死に考えている中で、ミルコさん、お姉ちゃん、ラグドールさん、オールマイト、リカバリーガールといった、今まで、私に色々教えてくれた師匠や先生の声が、頭を過った気がした。
そっか……私、なんで、すぐに気付けなかったんだ。
もう、個性みたいに使うのが当たり前になりすぎて、忘れかけていた。
私の個性は、波動の感知であって、波動の操作じゃない。
個性が使えなくなって、波動は見えなくなっちゃったけど、私自身の波動は、なくなったわけじゃない。
初心を、忘れかけてたんだ。
私自身が力を持ったことで、波動が枯渇することがほぼなくなったことで、それがどういう力かを忘れかけていた。
そのせいで、個性が使えないなら、波動も使えないんだって、無意識に考えてしまった。
でも、そうじゃない。
たとえ見えなかったとしても、たとえ、感じ取ることが出来なかったとしても―――
波動はいつも、そこにあるんだから。