「この相性を見るに、先刻の檻は主要戦力の分断を最優先にしたものであり、"その他"の対応については現場対処というわけですね」
鬱蒼と広がる植物のうちの一つ。
その頂点に陣取った男が、周囲を見渡しながら淡々と述べる。
確かに、相性は最悪と言ってよかった。
仮設要塞トロイアに配属されたヒーローは、ワープゲートから漏れたヴィランの相手をする。
そのために、汎用性が高いヒーロー……悪く言えば、突出して秀でた部分があまりないヒーローが配属されていた。
そんなヒーローたちと、致命的な程相性が悪かったのが、今目の前で僕に視線を向けている男だった。
「その根底にあるものは、"信頼"、或いは"希望"?"見えぬもの"こそこの星を覆う湿った被膜そのものです」
「何、宇宙人なん自分?この星て」
僕を庇って、身体から男……クニエダの個性の植物が生えてしまっているファットガムが、冗談めかしながら言い返す。
周囲のヒーローは、ほぼ壊滅状態になっていた。
ここに配属されたトップランクヒーローであるリューキュウが、最もクニエダと相性が悪かったというのもあって、ヒーローの大部分が植物が育つための苗床にされてしまっていた。
リューキュウが意地を見せて、ヴィランの数を大きく削りはしてくれた。
それでも、クニエダの寄生植物を植え付ける個性に対して、巨体のドラゴンに変身するリューキュウは、対抗することが難しかった。
ファットガムも、そう遠くないうちに苗床になるのが分かってしまうような状況で、クニエダに抗い続けていた。
ヒーローの数は大きく削られ、クニエダが動きやすい環境を整えられてしまったこの状況になって、やつは、明らかに僕を狙っていた。
「実利と実害の話です。過去、あの男を欺いた者は誰一人として生きてはいない。例外を生むことは許されない。ディクテイターの失態により番が回って来なかった故、"AFOの刺客"の実利。ここより果たして見せましょう。全ての"その他"が君を狙い続ける。"イソップの蝙蝠"青山優雅氏!」
「……メルシィ」
狙われること自体は、初めから分かっていたことだ。
それを承知の上で、裏切った。
多分、ファットガムも、他のヒーローも、クニエダには勝てない。
この戦場がどうなるかは、僕にかかっている。
これは、僕が果たさなければいけない務めだ。
植物の間を縫って、走り続ける。
僕自身の身体にも、植物が生えてしまっている。
それでも、レーザーで植物を牽制しながら走り続けていた。
こいつは、僕を殺すまで追い続けてくるのが目に見えているから。
「どこまで逃げるのですか?私の『苗』は、光がなくとも肉だけで育つ。一輪咲いてしまえば花粉によりイモヅル式に増え、根を介して私の手足となるのです……このように」
「くっ……!?」
僕のすぐそばに咲いている人面花が噛みつくようにして襲い掛かってくる。
それを、回転しながらレーザーを照射することで何とかはじき返す。
それで襲い掛かってきた個体自体はどうにか出来ても、キリがなかった。
周囲はもう植物で囲まれている。
逃げ場なんてない。
これ以上逃げても、何も変わらない。
むしろ、時間をかけすぎると、苗床にされているヒーローたちの命に関わる。
覚悟を決めて、一際大きな植物の上で見物しているクニエダの方を向く。
「……おや、鬼ごっこは終わりですか?まあ、それが利口です。裏切り者に逃げ場なんて、あるワケがないのですから」
「逃げていても、状況は変わらない。そんなことは、去年の夏に、嫌というほど理解させられたよ。だからこそ、僕は、抗うって決めたんだっ!!」
肩からの小規模なレーザーの連発で周囲の人面花をけん制しつつ、クニエダに向かって、最大出力でネビルレーザーを放つ。
これで、奴が少しでも怯めば、次に繋げられる。
「舐められたものですね。この程度の攻撃では、かすりもしませんよ」
そう、思っていたんだけど……
やつは、すぐさま周囲の人面花をビームの射線上に集結させてきた。
ネビルレーザーは、それだけで呆気なく防がれてしまった。
「そして―――周囲を警戒するのはいいですが、足元への警戒が随分とお粗末になっていますよ」
クニエダのその言葉と共に、足元が、一気に盛り上がり始めた。
それを認識して、即座に横に飛び込んだ。
次の瞬間、盛り上がった地面から、巨大な人面花が飛び出してきて、反応が遅かった僕の足に噛みついてきた。
「ぐあっ!!?」
「言ったはずですよ。根を介して私の手足になると……地中もまた、私の苗の庭です。これで、逃げも隠れも出来なくなりましたね」
そのまま倒れ込んだ僕の手足に、植物が絡みつき始めていた。
「これで事情聴取は終わりだ。さっきも言ったが、くれぐれも迂闊なことはしないでくれよ」
「はい……」
「今日はこれで終わりだ。青山も、今日のところは家に帰れ」
あの日、外が真っ暗になってしばらく経って、ようやく事情聴取が終わった。
そのまま家に帰るように促されたけど、僕は、すぐに動くことが出来なかった。
他の先生たちや警察が退室していく中、相澤先生だけは、僕を静かに見続けていた。
「先生……その、皆は、僕のことは……」
「波動以外は誰も知らん。芦戸たち補習組はもちろん、爆豪もな。だから、迂闊なことは言うなよ。謝ることも許さん。いいな」
「……はい…………先生たちは、いつから僕のことを怪しんでいたんですか……?」
それを聞くと、先生は小さく溜息を吐いてから口を開いた。
「本来は、そういう探りを入れる言動もよくないんだ。これからは監視される立場だということを肝に銘じろ―――俺たちは、正直にいうと、まだ生徒に対しては朧げな疑惑しか持っていなかった。だから、襲撃時に波動に情報提供をされて初めて明確な疑いを持った」
「襲撃の時に、ですか……?」
「マンダレイのテレパスでな。あの時はまだ、読心の事を知らされていなかった。だから、緊急事態になるまで、疑惑すら伝えられなかったんだろう」
「読心を、知らされていなかった?」
その言葉に、思わず耳を疑ってしまった。
でも、あの時の波動さんの口ぶりだと、僕が内通者だと確信した理由が、読心であることは疑いようがなかった。
それじゃあ、読心のことは、僕が内通者だと伝えたことが原因で、明かさざるを得なかった?
隠していたってことは、何かしらの理由があるからじゃないのか……?
「そうだ。あまり詳しく言うつもりはないが、お前たちに隠していたように、教師にも隠していた。それだけの何かがあった秘密を、お前のために打ち明けたんだ。あいつが考えてることは、さっき全部伝えられただろ。お前も、その想いを汲んでやれ」
「誰にも、言ってなかったことを……僕のために……?」
隠していた理由は、翌日すぐに分かった。
彼女が入寮の時に、過去に何があったのかを、何で隠していたのかを、泣きながら打ち明けてくれた。
それと同時に、先生が言いたかったことも、全部理解できてしまった。
今まで、教師にすら隠していた読心で、僕の事情聴取をするなんて、認められるわけがない。
物間くんがあの場にいた理由は、つまりそういうことだろう。
彼女は、僕の為に、個性の詳細を隠すなんていうことすらせずに、先生たちに、警察に、物間くんに、あれだけ思い悩んで隠していたことを、打ち明けたんだ。
彼女は、それだけ重いことを、僕の為にしてくれていた。
それなら、僕は―――
「
クニエダの人面花に捕らえられた僕は、四肢を植物に絡めとられて、やつの前に吊り上げられていた。
ベルトもクニエダにはぎ取られてしまった。
ビームが漏出してしまう僕をよそに、奴は、ベルトをしげしげと眺めながら、嘲笑うかのように言葉を続けた。
「周囲に流され、身の丈に合わぬ
クニエダの言っていることは、何も間違っていなかった。
僕の人生は、確かにみっともなくて、惨めなものだった。
無個性とか、どうしようもない部分はあったかもしれないけど、それでも、ここまでみっともなくて、惨めな人生になったのは、僕自身のせいだ。
それでも、パパンとママンは、僕のために、無個性であるという悩みをどうにかするために尽力してくれた。
それでも、彼女は、僕のために働きかけて、秘密を打ち明けて、監視なんていう負担のかかることまでしてくれた。
『だけど……青山くんは1人じゃないから……私も協力するし……皆だって、相談すればきっと協力してくれるよ……だから……また一緒に、ヒーローを目指そうよ』
『ん……お互い……頑張ろうね……ちゃんと見てるから……』
『でも……今日……お父さんと……お母さんを説得するんでしょ……?なら……やっぱり……頑張ってねであってるよ……』
だから、僕は―――
「……そうだね、僕は、みっともない男だよ……だけど……こんなみっともない男を、信じてくれた子がいたんだ……」
「……?死ぬ前の自分語りですか?」
僕の言葉に、クニエダは嘲笑うように返してくる。
だけど、そんなの、知ったことじゃない。
「自分の身可愛さに自分たちを売った僕の事なんか、先生に任せて警察につき出せばいいのに、彼女は、隠していたかったことを曝け出してでも、僕の本心を、真意を、確認しようとしてくれた……彼女は、パパンとママンのために、攻撃までしようとした僕なんかに、涙を流しながら手を差し伸べてくれた……ここで諦めたら、ここで、輝こうとしなければ、ここまでしてくれた彼女に、申し訳が立たないじゃないかっ……!」
「……誰のことか知りませんが、つまりは色恋に惑わされて裏切ったと。その程度のことで情勢も読めなくなるとは、殊更滑稽ですね。そのような見えぬものに惑わされるから、こういうことになる」
失望したようにため息を吐いたクニエダが手で合図をすると、周囲の人面花が、一斉に僕の方に向かって、飛び掛かってきた。
だけど、ここで諦めるわけにはいかない。
彼女に胸を張って会うために、こんなところで、諦めるわけにはいかないんだっ!!
「そうだっ!!僕は、滑稽で、惨めな男だ!!それでも僕はっ!!自分が齎したことへの責任を果たしてっ!!この世界を、皆を、彼女を照らせるようなヒーローになるって、決めたんだっ!!!」
啖呵を切ると同時に、今できる全力でネビルレーザーを放つ。
かすりすらもしないレーザーを、クニエダは全く意に介していない。
だけど……
あれから、皆と、彼女と並び立つのに相応しいヒーローになるために、がむしゃらに足掻いてきた。
だからこそ分かる。
今、この状況なら―――
「さいっこうにっ!!かっこいいぜっ!!ヒーローっ!!!」
その言葉とともに、レーザーの射線に、うっすらと人影が浮かんだ。
葉隠さんが収束させながらはじき返したレーザーは、極大の閃光になって、クニエダを貫いていた。
倒れ伏したクニエダの上に、かつて波動さんの絵で見た姿そのままの葉隠さんが乗っていた。
クニエダは、完全に気絶していた。
そんなクニエダを確認して、葉隠さんは光を収束させて熱で周囲の植物を焼き始めていた。
「……葉隠さん……?なんで、見えて……」
「え……?…………何で見えてるのぉ!!?私のアイデンティティがぁ!!?」
葉隠さんは、じっくりと数秒自分の手を眺めてから、大きく目を見開いて飛び上がった。
そのまま恥ずかしがるように全身を隠そうとし始めている。
……そういえば、葉隠さんは最初は手袋とブーツだけのコスチュームだったな。
変えてくれててよかった。
今全裸が見えたりしたら困惑がさらにすごいことになっていた自信があるし、葉隠さん自身も冷静じゃいられなかっただろう。
一応、クニエダに気を配っておくけど、特に目を覚ます様子はない。
少し、安心かな。
まだ、油断はできないけど。
「葉隠さん、ごめん……今は早く植物を焼いて皆を助けなきゃ……ファットの言ってた通り、主が倒れても成長しようとする"意志"が止まるだけで、消えたりはしないみたいだから……表層の苗は僕が焼き切るから、体内に侵食した根は葉隠さんが光量を調節して灼いて欲しい」
「……うん、青山くんは足、大丈夫?」
葉隠さんが僕に植え付けられた苗を灼きつつ心配してくれる。
「……大丈夫……緑谷くんを連れ戻してからの波動さんの様子で、気になることがあったんだ……こんなところで止まるわけにはいかない……まだ、出来ることがあるはず……行けるよ、どこまでも」
「……そっか」
葉隠さんは、僕の言葉に対して何も言わずに、黙々と根の除去に取り掛かってくれた。
僕も、周囲のヒーローを助けるために、苗をレーザーで焼き始めた。
しばらく除去作業を続けていた時に、その通信が入った。
『トロイアは戦闘が終わっているな。これから追加で戦闘が可能そうな者は……』
サー・ナイトアイの通信を受けて、葉隠さんが僕の顔を見て確認してくる。
その無言の問いかけに、迷うことなく頷く。
それを見た葉隠さんは、即座に声をあげた。
「私と青山くんはまだ戦えますっ!」
『……そうか。すまない、状況を説明する。群訝山荘跡地の戦線は崩壊し、AFOの突破を許してしまった。AFOは、巻き戻しの個性を使って全盛期の姿に戻りながら、雄英……死柄木のもとに向かっている。ホークスの報告では、今のAFOは、負の感情が抑えきれなくなっているらしい。そのAFOを足止めするために、オールマイトが戦場に立った』
「オールマイトが!?でも、オールマイトは……!?」
ナイトアイのその言葉に、葉隠さんも、僕も、驚愕で固まってしまった。
それは、つまり、無個性のオールマイトが、戦場に立ったってことじゃないか。
確かに、負の感情を抑えられなくなってるなら、オールマイトを恨んでいる可能性が高いAFOなら、オールマイトが生きている間は、足止め出来るかもしれない……
でも、それじゃあ……
…………そうか、そういう、ことか。
これか、波動さんが皆に言わずに抱え込んで、思いつめていた何かは。
「サー・ナイトアイ……ひとつ、確認させてください。これは、波動さんも、あなたたちも……知っていたこと、ですよね」
僕が質問すると、ナイトアイは少し間を置いてから口を開いた。
『……そうだ。波動がオールマイトが戦うつもりであることを読心し、私が予知した。これは、初めから分かっていた戦いだ。だが、この戦闘でオールマイトは死亡する。私が、そう予知した。その予知を変えるために、私も、波動も、動き続けてきた。作戦がある。オールマイトの死を覆すための作戦が。だが、君には……波動がAFOと一騎打ちをする可能性があるという方が、分かりやすいか。この戦闘は、他の戦場の比ではないほど死のリスクがある。しかし、もし可能なら、力を貸して欲しい。オールマイトを、波動を救けるために。現状動けるのは、多古場のクラストと、トロイアの君たち2人しかいないんだ』
「……分かりました。僕は、波動さんに救われた。今度は、僕が救ける番だ」
「もちろん私も行くよ!青山くん!」
僕の答えに合わせるように、もう元通り見えなくなっている葉隠さんも賛同してくれる。
そんな僕たち2人に、ナイトアイは言葉を続けた。
『ありがとう。位置情報を教える。今から指定するポイントに向かって欲しい。そこに移動を補助できるヒーローが待機している。今は気絶してしまっているが、ファントムシーフが目を覚ませば、ワープゲートの使用も視野に入る。それまでは、陸路で向かってくれ。ポイントは―――』
ナイトアイが指定したポイントに向けて、葉隠さんと並走する。
傷が治ったわけじゃないから足が痛むけど、泣き言を言ってる場合じゃない。
1秒でも早く、指定のポイントに向かわないと……
「ねぇ、青山くん」
「……どうしたんだい☆」
葉隠さんがポツリと呟くように声をかけてくるのに対して、意識して明るく返す。
そうでもしないと、気が滅入ってしまいそうだった。
「この戦いが終わったらさ、協力してあげるよ」
「協力?なんの……」
「瑠璃ちゃんのこと!気になるんでしょ?瑠璃ちゃんの大親友の私が、協力してあげる!もちろん、瑠璃ちゃんが嫌がらない範囲でだし、代わりに私も協力して欲しいことが出来たんだけど……だから、そのためにも、ちゃんと生きて帰ろうね」
「……ウィ☆」
葉隠さんの提案は、今の僕が望むには過ぎたものだけど……
それでも、葉隠さんが、僕に死ぬなって言ってることだけは分かった。
僕たちは、それ以上会話することもなく、指定されたポイントに向かって、走り続けた。