時は進んで授業参観前日。
あれから確認したら、授業参観はやっぱりお母さんだけが来るらしい。
お父さんは仕事の都合がつかなかったみたいで、悔しそうな声で謝罪してきた。
秋田から出てくるお母さんは1泊してから帰るそうだ。
私はお母さんの分の食材の買い足しと、今日はお姉ちゃんがナポリタンの気分だったみたいだから、その材料の買い出しのためにスーパーに向かっていた。
そしてその道中で、見慣れた背中を見つけた。
「うう、ケチくさぁ~!」
お茶子ちゃんだ。
手にスーパーのチラシを持ちながら身悶えている。
どうやら特売のおもちが"お一人様、お一つまで"であることが不満らしい。
友達に会って無視するなんてありえないから、とりあえず声をかけるか。
「お茶子ちゃん……どうしたの……?」
「聞いてよ酷いんだよ!特売の特大おもちパックがお一人様一つまでってなってて!せめてお一人様、二つ……いや三つ……いや、せめて四つ……いやいや、五つ……いっそのこと十くらいええんとちゃうかなって思て……!!」
お茶子ちゃんは休日に私に話しかけられたことに対してなんの疑問も抱かずに、頭の中で特大お餅パックを増量していっていた。
「って、瑠璃ちゃん!?休日に奇遇だね!瑠璃ちゃんも買い物?」
一通りおもちを増量しきってようやく私に気が付いたみたいで、ちゃんと意識を向けてくれた。
「ん……そう……授業参観で……お母さん来るから……買い物……」
「瑠璃ちゃんもなんだ!私も父ちゃん来るから、食材買っとこと思ってさ!」
私たちが話していたら、さらに後ろから声を掛けられる。
「麗日さんに波動さん?」
「さっき十がなんとかって叫んでたけど、何が十?」
「八百万さん!梅雨ちゃん!」
声をかけてきたのは百ちゃんと梅雨ちゃんだった。
「わー!どうしたの?珍しい組み合わせだね!」
たまにスーパーで会う私だけじゃなくて、百ちゃんと梅雨ちゃんにまで休日に会えたことで、お茶子ちゃんはさらに嬉しそうにテンションを上げていた。
「私は本屋に参考書を探しに。その帰りに偶然、梅雨さんにお会いしましたの」
「私は足りなくなった便箋を買いに。お茶子ちゃんと瑠璃ちゃんは?」
百ちゃんは手に持った参考書を、梅雨ちゃんはレターセットを軽く見せながら、何をしていたか説明して、私たちの方にも問いかけてきた。
「スーパーに買い物!明日、父ちゃんが来るから!食材の買い出し!」
「私も……同じ……食材の買い足しと……今日の夜ご飯の材料……買いに来た……」
「そういえば麗日さんに波動さんも、実家を離れて暮らしているんでしたわね。自炊しているなんてすごいですわ。大変でしょう?」
百ちゃんが感心したように褒めてくれるけど、実際のところ全く苦じゃない。むしろ私が望んでやらせてもらってることだし。
「私は……もともと料理するの……好きだから……苦じゃない……」
私が思ったことを口に出すと、お茶子ちゃんも照れたように笑いながら話を続けた。
「そんなことないよ~、外食とかできあいの弁当とか買ってたら食費、えらいことになるからさ。それに手、抜きまくりだし。めんどくさい時はおもち一個ですませちゃう……」
そこまで言って、お茶子ちゃんはハッとした。
どうやらおもちの特売のことを思い出したらしい。
「そう、おもち~!!」
そのままがっくりとうなだれるお茶子ちゃんに、状況を理解しきれていない百ちゃんと梅雨ちゃんは顔を見合わせてしまっていた。
「お餅がどうかしましたの?」
「それがね……」
お茶子ちゃんが私に無意識でしたようなお餅の説明を二人にもする。
「さっきお茶子ちゃんが言ってたのは、お餅のことだったのね」
「すごい剣幕だったから、何事かと思いましたわ」
「う……だってね、安いおもちが一袋買えるのと二袋買えるのとは、えらい違うんよ~っ!一か月生き延びるのと、二か月生き延びるのくらい違うんだよ?」
そう言ってお茶子ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤らめた。前から思ってたけど、そんなにおもちが好きなのか。
「なら、お餅買うの手伝うわ。一人一つなんでしょ?」
「クラスメイトの命が伸びるのでしたら、私もお手伝いさせていただきますわ」
「私も……おもちは買うつもりなかったから……協力する……」
「……女神!!」
お茶子ちゃんは私たちの言葉を聞いて、まるで拝むかのように崇め始めた。お茶子ちゃんのおもち好きは筋金入りみたいだ。
そのまま放っておくと跪いて拝み始めそうだったから、3人でどうにか説得してどうにかやめてもらった。
そのままスーパーへ4人で向かう。
「おもち四袋~♪おもち三昧~♪」
お茶子ちゃんがご機嫌な様子で歌いながら先頭を歩いていく。
さっきからテンションの上がり方がおかしい。
「お餅好きねぇ、お茶子ちゃん」
「ですが、お餅ばっかりじゃ飽きたりしません?」
「なに言ってるの、八百万さん!おもちには無限の可能性があるんだよ……!お醤油でしょ、海苔でしょ、海苔お醤油マヨネーズでしょ……―――」
百ちゃんの質問に、お茶子ちゃんが聞き覚えのあるおもちの呪文を唱え始めた。
相変わらずだなぁと感心してしまう。
「そ、そんなに種類がありますの……私、お餅を甘く見ておりましたわ」
「瑠璃ちゃんにはもう教えたけど、甘いおもちなら意外とチョコもいけるんだよ。これが」
「ん……チョコの甘さにおもちのもっちり感が合わさって……あれはおいしかった……今もたまに作ってる……」
お茶子ちゃんがチョコおもちにも言及した。
私もあの時教えてもらってから試してみたけど、これがすごく美味しかったのだ。
チョコの種類を変えれば甘さも調整が効いていい感じにバリエーションも増えるし、なにより甘くておいしい。
チョコおもちのもっちり甘い味を思い出して涎が垂れそうになってしまう。
「瑠璃ちゃんがこうなるってことは美味しいんでしょうけど、ちょっと半信半疑ね」
「そ、そんなに美味しいんですのね……味が想像できませんわ……」
「八百万ちゃんにも想像できないものがあるのね」
透ちゃんもそうだったけど、創造の個性を持つ百ちゃんでも味が想像できないらしい。
あんなに美味しいのに……
「あっ、おもちのお礼にチョコおもちご馳走するよ!」
「いいの……!?お茶子ちゃんが作ったチョコおもち……食べたい……!!」
これだけおもちが好きなお茶子ちゃんが作るチョコおもちだ。
作り方を教えてもらったとはいえ、私よりも洗練されたチョコおもちが出てくるに違いない。
「波動さんがここまで言う程なら、私も食べてみようかしら……」
「瑠璃ちゃん、相変わらず甘いもの好きね。私もちょっと食べてみたいかも」
「任せて!」
そんなことをワイワイと話していたら、スーパーに着いた。
「さっ、行こー!……ん?」
「ここがスーパー……」
お茶子ちゃんがテンション高めにスーパーに入ろうとするけど、百ちゃんが呟きながらきょろきょろと店内を見渡していた。
「八百万ちゃん?」
「あ、すみません。あまりスーパーに来たことがなくて、つい……」
百ちゃんと話していて大体想像が付いていたけど、スーパーを知らない程の超絶お嬢様だったらしい。
「スーパーがない生活……ちょっと想像つかない……」
「おお~、お嬢様だ!」
「あ、あの、このカートは使いませんの……?」
百ちゃんは、スーパーでは有り触れたカートを、期待を隠しきれない様子でちらちら見ていた。
「あ、使う?」
お茶子ちゃんが持っていたカゴをカートにセットしながら問いかける。
そのまま物珍しそうに見ていた百ちゃんに、あとは押すだけの状態になったカートを差し出した。
「八百万さん、押す?」
「えっ、いいんですの?実は、前からちょっと気になっていて」
百ちゃんはそう言って興奮気味にカートを押し始めた。
百ちゃんは私が見上げないといけないほど背が高くて普段から大人っぽいのに、今は無邪気な子供みたいだった。
「八百万ちゃん、子供みたいね」
「なんかかわい!」
「ん……可愛い……」
微笑ましそうにつぶやく梅雨ちゃんに、二人で同調する。
そのまま私とお茶子ちゃんで先導しながら、店内を回り始めた。
途中で百ちゃんが詰め放題はバックに詰めるのかとかズレたことを聞いてきて、箱入りお嬢様具合を見せつけたりする一幕もあったりした。
そんな感じで話しながら進んでいると、お茶子ちゃんがハッとした様子で立ち止まった。
「―――今更だけど、お一人様一つなのに、友達に頼んで買ってもらうのっていいんかな……!?」
深刻そうに悩むお茶子ちゃんに、3人で顔を見合わせる。
「……難問ですわ……何しろ私、こういう事態が初めてなので……」
「実家にいた時は家族で並んで買ったことはあったけど、友達やろ?こういうのって買収とかそういう汚い大人のやり方なんかな~?」
「……大きく数を制限しなきゃいけないなら……一家族一つって書くと思うから……大丈夫だとは思うけど……」
「確かに、誰かが多く買った分、他の誰かが買えなかった……なんてこともあるかもしれないわね」
冷静に指摘する梅雨ちゃんの言葉に、お茶子ちゃんが両手で頭を抱えて葛藤し始めてしまった。
「あかん……ヒーロー志望なのに、他人のおもちと自分の生活費が両天秤で揺れとる……!」
そうこうしているうちに、おもち売り場に着いた。
特売になっているおもちの大袋は山積みになっていて、簡単にはなくなりそうにない量が置かれている。
「お茶子ちゃん、このくらいたくさんあれば大丈夫じゃない?」
「そうですわ、この中の4袋くらい大海の一滴です」
「こんなにあって……売れ残った方が店員さんも困る……だから大丈夫……」
私たちの言葉にお茶子ちゃんも同意をして、カゴの中に一袋入れて、さらに二袋目に手を伸ばしたところで、再び手が止まった。
「う~、でももしかしたらすぐ大家族がどっと買いに来るかもしらんし……おもちパーティー計画してるかもしらんしぃ~……あ、でも私もおもちパーティーしたいなぁ~……うう、どないしよ~」
お茶子ちゃんがすごい葛藤している。
だけど今半径1km周囲にはそんなことを考えている人はいない。大丈夫だと思うんだけど……
結局悩みに悩んだお茶子ちゃんは、梅雨ちゃんが提案したしばらくしてまた来たときに減ってなければ4袋、ちょっと減ってれば2袋、いっぱい減ってたら1袋買うということで納得した。
そんな方針になったのもあって、私たちはそのままスーパーを回って時間を潰すことにした。
まず私の目的の物からだ。
「そういえば波動さんも買い出しと言っていましたが、何を買いに来たのですか?」
「私は……食材の買い足しの他に……ナポリタンの材料と……一応、ミートソースとアラビアータの材料……」
「一応……?」
百ちゃんの質問に私が買い物の予定を伝えると、一応と言った辺りで3人とも疑問符が飛んだ。
「ん……今日のお姉ちゃん、ナポリタンの気分だったけど……帰ってくる頃に変わってる可能性があるから……今日の感じで変わる可能性がありそうな……ミートソースとアラビアータ……」
まあこれだけだと分かりづらいか。私は普段、お姉ちゃんの思考から作るものを決めていて、もう確定なくらいお姉ちゃんの気分が固まってればそれを作っておく。
だけどそんなに希望が固まってなければ、可能性がありそうなものの種だけ作っておいて、お姉ちゃんが感知範囲に入ったら食べたいものの最終確認をして、それを仕上げるようにしている。
流石にお姉ちゃんの帰りが遅い日は一番可能性がありそうなものか、お姉ちゃんの好きなものを作ってるけど。
思考を読んでそれに合わせて作ってるから、外したことなんて数えるほどしかない。
私が自信満々で買う予定のものを言うと、お茶子ちゃんが何故か汗を垂らしながら質問してきた。
「えっと……お姉さんからリクエストがあったってこと?」
「違う……私の予想……でもほとんど外したことない……」
「なんで直接言われてもないのに当てられるの!?凄すぎやん!?」
何やらドン引きされている。
まあ確かに思考が読めることを知らなければ意味が分からないか。
だけどこうしてお姉ちゃんがその日食べたいものを作っておくと、凄く喜んでくれるのだ。
やめるつもりはない。
目的の材料を買って、そのまま皆とあてもなくスーパーを物色する。
昔好きだったお菓子の話をしたり、両親の話をしたりして移動していって、衣類エリアまでたどり着いた。
衣類エリアで引き続き話していると、梅雨ちゃんがお茶子ちゃんと百ちゃんの後ろをじっと見つめ始めた。
「どしたの?」
「……どうかしたのかしら、あの人」
その言葉に、皆で梅雨ちゃんが示している人を見る。
するとそこには俯きながらもまるで警戒しているようにあたりを忙しなくキョロキョロ見回している、汗びっしょりの20歳くらいの細身の男がいた。
まあ問題はそこじゃなくて、彼がいる売り場が問題なんだけど。
「……具合でも悪いのかな?」
「それはいけませんわね、倒れる前に……」
「あれ……焦ってはいるけど……具合悪いわけじゃないと思うよ……」
とりあえず具合が悪いという部分は否定しておく。
百ちゃんが声を掛けようとするけど、お茶子ちゃんが彼がいる売り場に気が付いたみたいだった。
「―――ちょっと待って。あそこ、下着売り場じゃない……?」
彼がうろついているのは、女性下着コーナーだ。
色とりどりのショーツが売られている場所を、挙動不審な様子でうろついているのだ。
不審に思ったお茶子ちゃん、百ちゃん、梅雨ちゃんが近くのパジャマの影に隠れる。
私は彼の思考が読めているからいいかと思ったんだけど、隠れないでいたらお茶子ちゃんに腕を引っ張られて一緒に隠れさせられた。
「……もしかして下着泥棒……」
お茶子ちゃんが緊張した面持ちで呟く。
まあ当たらずとも遠からずだ。
悪意はなくて罪悪感しか感じていない彼だけど、このまま放っておけば下着泥棒になるのは間違いないだろう。
「その可能性はありますが、決めつけるのは早いですわ。もしかしたら彼女や奥様へのプレゼントを選んでいるのかもしれません……」
「自分用の可能性もあるわよ、八百万ちゃん」
梅雨ちゃん正解。彼は自分用の下着を探しているのだ。
「た、確かにいろんな趣味の方がいらっしゃいますしね……」
「無限の可能性やな……」
梅雨ちゃんの言葉に、お茶子ちゃんと百ちゃんがめくるめく趣味の世界を妄想する。
3人が面白いからもう少し見ていてもいいかとも思ったけど、流石にそろそろ止めないと万引きしてしまいそうだ。
そう思って、立ち上がって隠れていたパジャマの影から出た。
「ん……ちょっと行ってくる……」
「ちょっと!?瑠璃ちゃん!?」
3人の感情が驚愕で染め上がり、お茶子ちゃんが止めようとしてくるのを避けてササっと彼の方に近づいた。
「お兄さん……ちょっといいですか……」
「な、なんだい!?今僕は急いでいるんだが……!?」
今まさに万引きをしようと考えていたところに声を掛けられて、男性は露骨に焦っていた。
だけど焦りすぎだ。
「お兄さん……ここ、女性下着コーナー……男性用は……あっち……」
「え!?」
今更気が付いたらしい。
「このお金……あげるから……新しい下着、向こうで買ってください……」
驚愕で固まってしまった男性に、1000円を握らせる。
男性ものの値段は分からないけど、これくらいあれば安いのは買えると思う。
「いや、こんなの受け取れないよ!!」
流石に見知らぬ少女からお金を渡されるのは気が咎めたのか、固辞しようとしてきた。
だけど、こんなことでヴィランになってしまう方が馬鹿らしいし可哀そうだ。
「ん……下着が汚れちゃって……新しいの……欲しかったんですよね……でもお金を持ってないから……万引きしようとしてた……」
「な、なにを言って!?」
「いいから……早く行ってください……デートなんですよね……?」
最後の一言だけお茶子ちゃんたちに聞こえないように声を抑えて伝える。
「……っ。…………すまない!ありがとう!この恩は忘れないよ!」
結局男性は泣きそうな表情になりつつお金を受け取って、一目散に走り去っていった。
そこまで見守って、お茶子ちゃんたちも隠れていたところから出てきた。
「そういうことだったのね」
「残念な不幸が重なった結果の挙動不審だったということですか……」
「あんな理由で万引きしようとすることもあるんやんなぁ」
口々に感想を言う3人。
女性下着を万引きしかけていたことを怒っていない辺り、3人の人の好さが分かる。
その後少しの間あの男性について話していたところで、お茶子ちゃんがおもちのことを思い出した。
全くと言っていい程減っていなかったおもちの山を見たお茶子ちゃんは、すごく嬉しそうに4袋買うことを決めたのだった。
買い物を終えた私たちは、約束通りお茶子ちゃんの家でチョコおもちをご馳走になることにした。
道中に私の家があるから寄らせてもらって、買った物をしまってしまう。
そして前回お母さんたちが来た時に大量に置いていって、食べきれてないきりたんぽと稲庭うどんを3袋ずつ手に取った。
「3人とも……これあげる……」
3人とも急な贈り物に疑問符を浮かべている。
代表してお茶子ちゃんが聞き返してきた。
「これ、きりたんぽとうどんだよね?」
「秋田のお土産で……体育祭の時にお父さんとお母さんが……すごい量置いていった……明日また持ってくるって言ってたから……食べきれない……あげる……」
「ああ、そういうことでしたのね」
「ありがとう、瑠璃ちゃん。いただくわね」
「ん……季節外れだけど……お鍋とかで食べると……おいしいよ……」
3人とも嬉しそうにお礼を言って受け取ってくれた。
そのまま私たちはお茶子ちゃんの家に移動して、チョコおもちをご馳走になった。
やっぱり美味しい。
というよりも、流石おもち大好きなお茶子ちゃんだ。
私が作るよりもずっとおいしくできている。
百ちゃんと梅雨ちゃんも美味しさを分かってくれたようで嬉しい。
今度透ちゃんにも作ってあげて布教しようかな。
そう思いながら私は和洋折衷のスイーツ、チョコおもちに舌鼓をうった。