「えー……そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが30日間一か月休める道理はない」
「まさか……」
相澤先生のその発言に、クラスに緊張が走った。
「夏休み、林間合宿をやるぞ」
「知ってたよーーやったーー!!!」
補習か何かかなんて警戒していた皆は、一転して嬉しいお知らせに俄かにざわめき出した。
「肝試そーー!!」
「風呂!!」
「花火」
「風呂!!」
「カレーだな……!」
「行水!!」
やかましいブドウ頭は無視するとしても、皆が口々にやりたいことを上げていく。林間合宿で楽しそうなイベントとなると……何があるかな?やってみたいことはいろいろあるけど……
「自然環境ですとまた活動条件が変わってきますわね」
「いかなる環境でも正しい選択を……か。面白い」
「湯浴み!」
「寝食皆と!!ワクワクしてきたぁあ!!」
収拾がつかなくなってきたところで相澤先生が髪をざわつかせると、皆一斉に静かになった。
「ただし、その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は……学校で補習地獄だ」
「みんな頑張ろーぜ!!」
先生から通達される補習地獄の可能性に、切島くんが冷や汗を流しながら必死の形相で皆に発破をかけてきた。
爆豪くんは『クソ下らねー』なんて考えているけど、彼はなんでもそつなくこなせるからその感想になるだけだろう。
上鳴くんとかは冷や汗を流してしまっている。
私は入試の時と同じく筆記の心配は一切していない。実技が少し心配なくらいだ。
そんなこんなで時間は流れて六月最終週。
期末テストまで残すところ一週間を切っていた。
「全く勉強してねー-!!」
叫ぶ上鳴くんの横で、三奈ちゃんがあっけらかんと笑い始めた。
思考からして三奈ちゃんも勉強しているわけではなさそうだし、本当に大丈夫なんだろうか。
2人とも中間はワースト2だったはずだ。
「体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねー-!!」
なんでもともとそこまで良くないのに、コツコツ勉強しておかなかったのか。
三奈ちゃんはあっはっはっはなんて笑っている。
「中間はまー入学したてで範囲狭いし特に苦労しなかったんだけどなー……行事が重なったのもあるけどやっぱ、期末は中間と違って……」
「演習試験もあるのが辛ぇところだよな」
ぼやく砂藤くんに峰田くんがドヤ顔で返す。
彼は中間テストはクラス10位だったらしい。なんであのブドウ頭がそこそこ頭がいいんだろうか。
「あんたは同族だと思ってた!!」
「お前みたいなやつはバカで初めて愛嬌が出るんだろが……!どこに需要があるんだよ……!」
「"世界"かな」
上鳴くんと三奈ちゃんが悔しそうに叫ぶ。
そしてセクハラの塊のブドウ頭の頭が良くても、どこにも需要はないと私も思う。
「アシドさん、上鳴くん!が……頑張ろうよ!やっぱ全員で林間合宿行きたいもん!ね!」
「うむ!」
「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねぇだろ」
そう元気付ける緑谷くん、飯田くん、轟くんの中間の順位は確か5位、3位、6位だったはずだ。
轟くんのは元気付けているっていうよりも止めな気がするけど。
うん、どっちにしろ傷を抉るだけだ。
「言葉には気を付けろ!!」
案の定刺さるものがあったみたいで、上鳴くんは胸を押さえて這いつくばりながら叫んだ。
雄英に入れている時点で地頭はいい筈なのに、なんでこうまで差ができてしまうのか。
「お二人とも、座学なら私お力添え出来るかもしれません」
「ヤオモモー!!!」
百ちゃんが勉強を見てあげるらしい。
中間テスト1位だった百ちゃんなら適任だろう。
なにやら『演習の方はからっきしでしょうけど』とか考えているけど、そんなことはないだろう。
あの分析力があって真面目で委員長気質な百ちゃんなら、演習の方の助言もばっちりだと思うんだけど。
実際に口に出して轟くんにも不思議がられているし、私だけの感想でもない筈だ。
「お二人じゃないけど……ウチもいいかな?2次関数ちょっと応用で躓いちゃって……」
「え?」
「俺もいいか?」
「え?」
響香ちゃんと尾白くんも百ちゃんにお願いすると、百ちゃんの感情が歓喜で埋め尽くされた。
「良いデストモ!!」
諸手を挙げて歓迎する百ちゃんに、教えてもらう皆が俄かに盛り上がった。
そんな流れを一緒に見守っていた透ちゃんがポツリと呟いた。
「うーん……私も中間テストあんまり良くなかったし、教えてもらおうかな」
透ちゃんは中間テストは17位だったはず。
感情も不安がほとんどだ。
……私も林間合宿に透ちゃんがいないと寂しいし、協力しようかな。
「じゃあ……私と一緒に勉強……する……?」
「いいの!?」
提案すると同時にガシッと両手を掴まれる。
私は中間テスト2位だったし、力になれるかなと思っての提案だ。
思考が読めるから間違った考え方をしているところは指摘できるし、教えるのは多分苦手ではないはず。
代わりに思考を深いところまで読むから、私が読んでも大丈夫と思える相手限定の教え方になるけど。
悪感情ばかり抱く人に同じことをしようとすると、すごいストレスでイライラしてしまう自信がある。
「ん……放課後と……週末でいい……?」
「うん!すっごく助かるよ!ありがとー!!」
掴まれていた手をぶんぶんと振られる。
私には表情が見えているから大丈夫だけど、見えない透ちゃんにとってはこのオーバーな動作が感情表現なんだろう。
昼休み。
場所は変わってランチラッシュのメシ処。
今日は透ちゃんや緑谷くんたち3人組だけじゃなくて、轟くんと梅雨ちゃんも一緒に食事をしていた。
轟くんはあの保須の一件以来、緑谷くん、飯田くんと一緒にいることが多い。
「普通科目は授業範囲内からでまだなんとかなるけど……演習試験が内容不透明で怖いね」
「突飛なことはしないと思うがなぁ」
「普通科目はまだなんとかなるんやな……」
緑谷くんの言葉通り、まだ演習試験の内容は具体的には発表されてなくて不透明だ。
お姉ちゃんの時はロボ相手に波動ぶっぱで終わったらしいけど、今年は違いそうな気がする。
何故かというと、最近相澤先生が私たちの動向をこそこそ伺っていることが多いからだ。
何かの組み合わせを考えていることも多い。
これがテストに関することとは限らないけど、ロボ相手の演習試験ならこれが必要とはあまり思えない。
不確定な要素を皆に伝えても視野が狭まるだけだし、余計なことは言わない方がいいかと思って黙っている感じだ。
それに、下手にロボ演習の可能性をちらつかせると、上鳴くんとか三奈ちゃんが盛大に油断しそうだ。
「一学期でやったことの総合的内容」
「とだけしか教えてくれないんだもの相澤先生」
「戦闘訓練と救助訓練、あとはほぼ基礎トレだよね」
透ちゃん、梅雨ちゃん、お茶子ちゃんで言葉を引き継ぎつつ喋る。
そんなことを話していると、B組の物間くんが緑谷くんの背後に近づいてきていた。
軽い悪意があるから何かしかけてきそうだ。
「試験勉強に加えて体力面も万全に……」
「緑谷くん……後ろ「あイタ!」……遅かった……」
警告している途中で、物間くんが持っていたトレーで緑谷くんの頭を小突いた。
角を当てられていたし、普通に痛そうだ。
「ああごめん、頭大きいから当たってしまった」
「B組の!えっと……物間くん!よくも!」
緑谷くんは「よくも!」とか言っているけど、全然悪感情を抱いていない。どれだけ人が好いんだ。
「君らヒーロー殺しに遭遇したんだってね。体育祭に続いて注目を浴びる要素ばかり増えてくよねA組って。ただその注目って決して期待値とかじゃなくて、トラブルを引き付ける的なものだよね」
物間くんも根はヒーロー志望としての物を持っているけど、だいぶ拗らせている。
というか雄英ヒーロー科にしては珍しく嫉妬心とかの感情を抱くタイプの人だ。
そこまで過剰ではないから不快という程ではないけど、性格のせいか大分香ばしい感じになっている。
「あー怖い!いつか君たちが呼ぶトラブルに巻き込まれて僕らにまで被害が及ぶかもしれないなぁ!ああ怖……ふっ!!」
物間くんの喋りを呆然と聞いていると、彼の背後から近づいてきたB組のサイドテールの美人さん、拳藤さんが物間くんの首をチョップして黙らせた。
「シャレにならん。飯田の件知らないの?ごめんなA組。こいつちょっと心がアレなんだよ」
「拳藤くん!」
緑谷くんが『心が……』とか考えているけど、拳藤さんは何も間違っていない。
彼は心がちょっとアレな感じだ。
方向性は違うけど、ウチのクラスのブドウ頭ポジションなのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えていると、拳藤さんが話し始めた。
「あんたらさ、さっき期末の演習試験不透明とか言ってたね。入試ん時みたいな対ロボット演習らしいよ」
「え!?本当!?なんで知ってるの!!?」
「私先輩に知り合いいるからさ。聞いた。ちょっとズルだけど」
拳藤さんは自分が知り得る情報を惜し気もなくこっちに伝えてくれた。
物間くんのストッパーになっているだけあって、すごくいい人だ。
「ズルじゃないよ!そうだきっと前情報の収集も試験の一環に織り込まれてたんだそっか先輩に聞けばよかったんだ何で気付かなかったんだ」
拳藤さんの情報を聞いて緑谷くんがブツブツといつものアレを始める。
それに対して拳藤さんがぎょっとした様子で緑谷くんを見ていて、笑ってしまいそうになる。
私たちはもう慣れてしまったけど、やっぱりそれはちょっと怖いよ緑谷くん。
「バカなのかい拳藤。せっかくの情報アドバンテージを!!ココこそ憎きA組を出し抜くチャンスだったんだ……」
「憎くはないっつーの」
拳藤さんはもう一度物間くんにチョップして黙らせて去ろうとしている。
彼女は親切心で分かっている情報を教えてくれたわけだし、こっちも持っている情報は教えてあげるべきだろう。
「拳藤さん……」
「ん?」
私の呼びかけに、拳藤さんが足を止めてこちらを振り返った。
「最近……A組の周りで……相澤先生……B組の周りで……ブラド先生が……こそこそ隠れて何かしてること……多い……試験の内容……変わるかも……」
「……マジ?」
「ん……私も……お姉ちゃんに聞いて……ロボかなって……思ってたけど……最近になって……先生たちがコソコソしだしたのが……気になる……ただの演習のためだったら……いいんだけど……試験のためかもしれないから……」
そこまで伝えると、拳藤さんは少し考え込み始めた。
物間くんまでびっくりしてこっちを見ている。彼に関してはちょっと疑っている感じがするけど……
「信じるのも……疑うのも……自由……私が皆に言ってなかったの……油断する人がいると思ったからだし……」
「……そっか。うちのクラスにも油断してそうなのいるし、気にかけとく。ありがとね」
そう言った拳藤さんは、物間くんを引きずって去っていった。
今の話に思うところがあったらしい皆の視線が、こっちに集まっていた。
「えっと……瑠璃ちゃん、知ってたんだ」
「ん……さっきも言ったけど……ロボ相手だって分かったら……上鳴くんと三奈ちゃん……油断すると思ったから……先生がコソコソしてるから……変わるかもっていうのも……ほんとだし……」
私が具体的に誰が油断すると思っていたのかを言うと、皆納得したような表情になっている。
うん。やっぱりあの二人、油断しそうだよね。
雷と酸ならロボ相手なら無双できるし。
「伝えるかどうかは……皆に任せる……変わる可能性高いと思うし……言わない方が良いと思うけど……」
そこまで言うと皆でどうするか話し合いになった。
今まではこうだったけど変わる可能性が高いことを伝えるという意見の子。
逆に全く伝えないという意見の子。
色々話し合った結果、一応伝えはするけど変わる可能性が高いことをしっかりと伝えるということで落ち着いた。
案の定あの2人はロボの可能性を伝えた瞬間に喜び出しちゃったけど、その後すぐに変わる可能性が高いことを伝えると一応は気を引き締め直していた。
まあ、これがいい落としどころなのかもしれない。