林間合宿当日。
A組、B組計40人のヒーロー科1年は、朝早い時間に雄英高校のバス停に集合していた。
「え?A組補習いるの?つまり赤点取った人がいるってこと!?ええ?A組はB組よりずっと優秀なハズなのにぃ!?あれれれれぇ!?」
相変わらず心がアレな物間くんが、こちらを煽ってくる。
というか他のB組の人の思考を見る限り、彼も赤点組みたいなのになんで煽れるんだ。
相変わらず摩訶不思議な行動をしている。
そんな物間くんの背後から拳藤さんが近づいてきて、いつものように首に手刀を繰り出した。
「ごめんな」
物間くんは速やかに回収されていった。
拳藤さんの鮮やかな手並みに驚いてしまう。
拳藤さんが通り抜けた横には、B組女子の面々が揃っていた。
「物間こわ」
「体育祭じゃなんやかんやあったけど、まァよろしくねA組」
「ん」
最後の、小大さんだったかな。私と似たような雰囲気を感じる。
彼女も口数が少ないんだろうか。
ちょっと親近感を感じてしまう。
「よりどりみどりかよ……!!」
「おまえダメだぞそろそろ」
……このブドウ頭、私たちだけでは飽き足らず隣のクラスにまで被害を出すつもりか。
覗きをするつもり満々みたいだし、絶対に阻止しなければ。
クラスの恥以外の何者でもない。
「B組のバスはこっちだよー。早くしな」
物間くんの処理が終わったらしいB組委員長の拳藤さんが、B組に声をかける。
B組生徒がぞろぞろバスに乗っていく中、ブドウ頭がただただ気持ち悪い思考を垂れ流していた。
「B組も粒ぞろい……」
涎を垂らし息を荒げながらB組女子を視姦する性欲の権化の姿は、性犯罪者のそれでしかない。
思わずブドウ頭に蔑み見下す視線を向けてしまう。
透ちゃんが隣で、『あー、瑠璃ちゃんが峰田くんに厳しいのって、そういうこと……』なんて私がブドウ頭に殊更手厳しい理由に納得しているみたいだ。
透ちゃんが考えている通り、このブドウ頭の思考がすごく気持ち悪いから私がブドウ頭に厳しくなるのは仕方ないことなのだ。
とりあえず透ちゃんがブドウ頭の被害にあわないように私が守らないと……
「峰田くん!そっちはB組のバスだぞ。早く席順に並びたまえ!」
飯田くんの声でようやく気持ち悪い思考をやめたブドウ頭が、渋々A組のバス乗り場に集まった。
「では、みんな席順で乗り込もう!」
テキパキと出される飯田くんの提案に、三奈ちゃんが不満そうに抗議の声を上げた。
「席順じゃなくてもいいじゃん。適当に自由に座ろうよー」
「しかし、席順の方がスッと座っていけるのではないか?」
「だぁって、せっかくの合宿なのにいつもと同じ席順じゃつまんないじゃん」
「芦戸くん、合宿は学校行事なのだから、つまらないとかいう感情は関係ないのでは」
「俺も自由に座りてー」
上鳴くんも三奈ちゃんに続くように声を上げる。
私も透ちゃんと隣が良かったけど、席順ならそれはそれで響香ちゃんが隣だからどっちでも大丈夫だ。
だけど、そろそろ話をまとめないとまずいと思う。
「では、ここは多数決で「いいからさっさと乗れ。邪魔だ」
いつも通り空回りしまくっている飯田くんの発言を、相澤先生が遮った。
ちょっと怒ってるし、早く乗った方が良い。
皆も分かっているのか、素早くバスに乗っていった。
バスの車内は、観光バスによくある左右2列ずつで合計4列の造りだった。
皆ワイワイとどこに誰と座るかを話しながら乗りこんでいて、何度も通路がつかえてしまっている。
「瑠璃ちゃん!一緒に座ろ!」
「ん……座ろ……」
透ちゃんが声をかけてくれた。
最後の方にバスに乗った私たちは、運転手の後ろに座っている相澤先生の後ろの席に座った。
通路を挟んだ隣には三奈ちゃんと切島くん、私たちの後ろには青山くんと轟くんが座っている。
まだワイワイ右往左往している皆に対して、先生が「どこでもいいからさっさと座れ」なんて地を這うような声で言って座らせることで、ようやく騒ぎが落ち着いた。
バスがゆっくりと走り出す。
次第にスピードを上げて景色が過ぎていく様子に、皆が静かにしていられる時間は長くなかった。
「一時間後に一回止まる。その後はしばらく……」
相澤先生が皆に説明しようとするけど、そんな声はテンションの上昇を抑えきれない皆の話し声に遮られてしまっていた。
「音楽流そうぜ!夏っぽいの!チューブだチューブ!」
「席は立つべからず!べからずなんだ皆!!」
「ね!ね!瑠璃ちゃん!しりとりしよ!!」
「ん……いいよ……」
透ちゃんもそんな空気に当てられたのか私にしりとりを提案してくる。
しりとりをすること自体は吝かではないけど、相澤先生が『わいわいできるのも今のうちだけだ』とか考えているのが気になる。
目的地に着いたら早々に厳しい特訓か何かが始まるのだろうか。
とりあえず楽しめるうちに楽しんでおくことにしよう。
「しりとりの『り』!」
「……リューキュウ……」
「『う』!ウン十万円!」
……透ちゃんにしりとりを振られたはずなのに一瞬で終わらされた。
ウケ狙いなんだろうか。
今の私の顔を見て笑っている様子を見るに、私を驚かせたかっただけか。
そんな感じの賑やかさに我慢できなくなったのか、飯田くんが立ち上がって叫び始めた。
「おおい、みんな!静かにするんだ!林間合宿のしおりに書いてあっただろう!いつでも雄英高校生徒であることを忘れず、規律を重んじた行動を取るようにと……!」
さっき立ち上がるべからずなんて自分で叫んでいたのに、自分が立ち上がるのはいいのか……
私がそんなことを思っていても皆はそもそも聞いてすらいなかったみたいで、飯田くんは完全に無視されて隣の緑谷くんに宥められていた。
相澤先生も諦めたのか寝始めてしまっている。
「お茶子ちゃん、ポッキー食べる?」
「食べるー!」
「ポッキーちょうだい」
「私も飴持ってきたの、はい!」
「ありがと」
「ねぇ、ポッキーちょうだいよ」
青山くんがさらに後ろの席でお菓子交換をしているお茶子ちゃんと梅雨ちゃんにポッキーを貰おうとして無視されている。
「うおっ、青山くん!」
「そんなにポッキー好きだったの?青山ちゃん」
「メルシィ」
ようやく気が付いてもらえて貰ったポッキーのお礼を髪をかき上げながらいう青山くん。
相変わらずである。
「昨日、荷物の準備で遅くなって寝坊してしまったのさ。それで朝食を食べ損ねてしまったんだよね。だからせめてポッキーをと思ったのさ☆」
「せめてポッキーとは、ポッキーに失礼やで。プレッツェルとチョコレートの夢のハーモニーなんやから」
青山くんの言葉にお茶子ちゃんが真面目な感じでポッキーを擁護する。
お茶子ちゃん的には、いつも節約しているのもあって思うところがあるらしい。
それはそれとして、青山くん、嘘を吐いている……?
寝坊したのは本当っぽいけど、荷物の準備とかではなさそうな気がする。
なんでこんなことで嘘を吐くのかよく分からない。
「はいはい、レディ」
お茶子ちゃんを軽く流すと青山くんは手鏡を見始めた。
お茶子ちゃんたちが後ろの方で昔の修学旅行の話をしているのが聞こえてきた。
お茶子ちゃんが東京の夢の国、梅雨ちゃんは北海道に行ったらしい。
その話で気になったのか透ちゃんが話を振ってきた。
「瑠璃ちゃんは修学旅行どこだった?」
「私は……北海道……」
「じゃあ梅雨ちゃんと同じだね!」
「ん……透ちゃんは……?」
「私は京都!」
元気に教えてくれる透ちゃんの笑顔が眩しい。
「京都……楽しかった……?」
「うん!グループ行動の時に隠れて皆を驚かせたりして、すっごく楽しかったよ!」
それは京都が楽しかったというよりも、驚かすのが成功して楽しかっただけじゃないだろうか。
透ちゃんならどこでも同じことが出来ると思うんだけど。修学旅行のテンションだと面白さが増幅したりするのだろうか。
でも、確かに普通の人が透ちゃんに本気で隠れられたら見つけられないだろうし、驚かせて楽しかったっていうのも理解できなくはないけど。
「瑠璃ちゃんはどうだった?」
……さっきの質問、しない方が良かったかもしれない。あんな質問したら私も聞かれるのは当然の流れだった。
透ちゃんの質問に、私は返答できなかった。
正直に言って、修学旅行は地獄だった。
学校中から無視されている私とグループを組みたがる人なんていなかった。
早く終わらせたがっている先生に、仲良くしたくもない人たちと無理矢理グループを作らされて、内心でずっと文句を言われ続けていたのだ。
雄英を受験する都合上、休みが多くなりすぎても困るから長丁場になる修学旅行を休むわけにはいかなかった。
そして、行ったら行ったで、グループ行動中も完全に私をいないものとして扱うか、私への悪口と邪険にする思考ばかり垂れ流すような人たちと行動を共にしなければいけない苦痛。
はぐれて先生に何か言われても面倒だし、こいつらと一緒に行動もしたくない。
そう思った私はグループの視界に入らないように一定の距離を保ちつつ、一人で行動していたのだ。
宿も、お風呂も、移動も、全部変わらない。
私の隣の席や同じ部屋になった人の内心での文句を聞き続けるハメになった。
あんなの、楽しかったわけがない。
私の様子で大体何があったか透ちゃんは察してくれたらしい。
透ちゃんには友達がいなかったことも言っちゃってるし、思考が読めることも知られている。
何度も怖くないのかなんて聞いたりもしちゃったし、何があったかなんて容易に想像はできるか。
「……ごめん、聞かなかったことにして」
「……透ちゃんは……悪くないから……私が先に……自分が答えられないような……質問したのが悪い……」
「……よし!悲しい思い出なんか忘れちゃうくらい、楽しい思い出を作ろうよ!林間合宿、きっと楽しいよ!」
「ん……そうだね……ありがと……」
いつものようにうおおおお!と気合を入れる透ちゃんに、思わず笑ってしまう。
透ちゃんとなら、本当に楽しい思い出が出来そうだと思えた。