午後4時30分頃。
私は会議室の隣の部屋で青山くんを待っていた。
私以外にも相澤先生、スナイプ先生、セメントス先生、塚内警部がこの部屋に隠れている。
青山くんが暴走した場合ネビルレーザーの発射が予測される。
そうなった時に防ぐことが出来る3人と、刑事の塚内警部という人選みたいだ。
普通の教室なら隠れるなんて無理だけど、この部屋の机は普通の教室のものと形状が違って死角になる位置があった。
各々そこに身を潜めているようだ。
青山くんがマイク先生に連れられて近づいてきている。
マイク先生は、青山くんに準備があるから先に部屋に入って待っているようになんて感じで説明しているみたいだ。
そして、扉が開いた。
青山くんが部屋に入ってきた。
「あれ、波動さん?君も呼び出しかい?」
「……ん……そう……」
青山くんが近づいてきて、そのまま正面までやってくる。
「先生、何か準備するって言ってたけど何だろうね」
「私も……分からない……」
青山くんが何気ない話を振ってくる。
でも、そんな話はしてられない。
こっちから話を振って流れを変えていくか。
「……青山くん、さっきまで補習だったんだよね……」
「うん?そうだよ!よく知ってるね!まさか入寮前日に呼び出されるなんて思わなかったけどね!」
「ん……三奈ちゃんが……愚痴ってたから……知ってる……」
「あぁ、そういえば芦戸さんは補習前も愚痴を言っていたね」
青山くんも納得してくれたらしい。
まあ補習中の思考を読んでいたんだから間違えるはずもない。
「青山くん……合宿前も……赤点じゃないかって……ビクビクしてたよね……勉強、大丈夫そう……?」
「それは大丈夫だけど……今日の波動さん、饒舌だね☆」
「ん……ちょっとね……」
私が女子以外に自分から話しに行くこと自体が稀だから、ちょっと訝しまれている。
でも、物間くんのタイムリミットのこともあるから、そんなことは気にしないで話し続ける。
「……青山くんは……なんで雄英に入ろうと思ったの……?」
「……急だね、波動さん。まぁいいけどね!」
青山くんが話す内容を考えている。
その段階で、青山くんが過去のことを思い出していて、もう大筋が見えてしまった。
『ママンもパパンも、僕の無個性に酷く狼狽していた。2人はいわゆる富裕層の家系で、何不自由なく大切に育てられて、きっと僕以上に僕が"皆と違う"ことを気に病んでいたと思う。だから、きっと藁にもすがる思いで、僕の幸せを願って―――"噂"を辿ったんだ。貰った"個性"は体質と合わなくて大変だったけど、ママンとパパンは色々大変な思いをして僕を育ててくれた。同調心理から始まったこの夢。僕もいつか、ママンとパパンがしてくれたように『オールマイトが教師になるという噂がある。雄英に入れなさい』
「僕の個性、体質と合わなくて大変だったんだけど、ママンとパパンは色々大変な思いをしながら僕を育ててくれたんだ。だから僕もママンとパパンのように、人の為になりたくてね!」
「……そうなんだ」
思考とは裏腹に、青山くんはいつも通りの表情や仕草で答えた。
でも、その思考から読み取れる状況は、醜悪そのものだった。
無個性の少年に個性を与えて繋がりを作る。
そうして作った繋がりから、脅迫して手駒にする。
この質問だけで吐き気を催す企みが透けて見えてしまった。
「……USJの時、隠れてたよね……なんで……?」
「……やっぱり見えてたんだ……あんなことを言ったあとでかっこ悪いけど、僕は怖気付いてしまったんだよ。情けないことに、ヴィランが怖くて動けなくなってしまったんだ」
「……そっか」
これは正直に話してはいる。
自分が招いた危機に、罪悪感とヒーローに相応しくないという絶望を抱いたのと、事情を知らないヴィランに殺されるかもしれない恐怖や怯えを隠しているだけだ。
「合宿の時……バスの中で……方向とか、気にしてなかった……?」
「……え?いや、そんなことは、ないけど」
青山くんが、一瞬止まった。
流石に聞かれている内容がおかしいことに気づき始めている。
私は青山くんの目を真っ直ぐ見据えて、言葉を続けた。
「……合宿2日目の……補習の後……何してたの……?」
「っ!?」
青山くんは、息を飲んで何も答えてくれない。
私が起きていたことに驚愕している。まあ、そんなの誤解で起きてはいなかったわけだけど。
でも合宿場所を電話で誰かに教えていたのが、思考からはっきりと分かってしまった。
青山くんは顔色を悪くして汗をダラダラ流している。
「答えてくれないんだ……USJの時も、合宿の時も……ヴィランに襲撃されてから……ずっと怖がって、後悔してたよね……合宿の時は……『また僕は』って考えてた……」
「は、波動さん?何を言って「ごめんね……私、皆に隠してたことがあるの……」
青山くんの反論を遮って言葉を続ける。
青山くんも、遮られてからは何も言わずに私の言葉を待っている。
「私の個性……人が考えてることとか……感情が……分かるんだよ……これがどういう意味か、青山くんには分かるよね……?」
私のその言葉を聞いた瞬間、青山くんの感情が絶望に染まった。
青山くんの思考はぐちゃぐちゃになっている。
色んなことが頭の中に浮かんでは沈んでいっている。
私が体育祭で峰田くんと上鳴くんの企みを看破しているところとか、救助訓練で峰田くんから露骨に距離を取った理由とか、授業参観で私が慌てていなかったこととか、色々なことを思い浮かべている。
否定する材料を探す為に色々思い出して、逆に納得してしまっている。
その中から一際大きく聞こえるのは、AFOの声だ。
さっきの『雄英に入れなさい』というもの以外に、『クラスが孤立するタイミングを教えなさい』というものと『合宿先を教えなさい』という声が、聞こえていた。
「今の問答で……もう大体分かった……もともと無個性だったのに……AFOに個性を与えられた……それで、命令されてたんでしょ……?」
「ぁ……ちが……」
「嘘……言ったよね……考えていることが分かるって……嘘吐いても……すぐに分かるよ……」
反射的に否定しようとする青山くんに、私も悲しくなってきて語尾がだんだん小さくなってしまう。
青山くんは、何も言えなくなってしまった。
ガクガク震えていて、涙も流している。
「ねぇ……どうして……?どうして……従ってたの……?青山くんからは、全く悪意を感じなかった……ヴィランたちとは違った……だから、私もすぐに気付けなかった……何か理由があるんでしょ……?」
「そ、れは……」
私の質問を受けて青山くんが答えを思い浮かべる。
思い浮かべるだけで、何も話してはくれない。それでも、その思考から、全部伝わってきていた。
やっぱり、青山くんは脅迫を受けていた。
彼自身は嫌がっていたのに、両親から言うことを聞くように必死で説得されて、それで情報を漏らしてしまったのが分かってしまった。
「ん……大丈夫……もうわかった……次……どんな脅迫を受けてたの……?」
青山くんは絶望して泣き続けているけど、質問には反応し続けている。
質問として聞かれたことを一切考えないなんて、相当難しいから仕方がないことではある。
青山くんが思い浮かべているのは、失敗して殺される人間、嘘を吐いて殺される人間、そうして処分された人間を見せつけられたというものだった。
「誰も頼らなかった理由は……?警察を頼った場合でも……見せつけられた……?」
青山くんの思考から、出所後に殺されて逃げられなかったというのが伝わってきた。
本当に、徹底的に逃げ道を潰されている。
「ねぇ……青山くんの……本心を話して……青山くんが……ヒーローになりたかったのは、本当のことなんでしょ……?」
そこまで来て青山くんは、私が青山くんを追い詰めたくてこんな質問をしている訳じゃないことに気が付いたようだった。
でも、質問には答えてくれなかった。
「そうだよ……USJも……合宿も……僕が手引きした……波動さん……僕は……クズのヴィランだ……」
青山くんはネビルレーザーで攻撃するつもりのようだった。
だけど、それは自分のためなんかじゃない。
青山くんの思考は、『パパン……!ママン……!』というもので、どこまでも両親の心配をしていた。
青山くんがネビルレーザーを発射しようとした瞬間、相澤先生とスナイプ先生、セメントス先生が出てきた。
青山くんもすぐに気が付いたみたいだったけど、相澤先生の抹消で個性を消された青山くんは、あっという間に取り押さえられた。
それに合わせて、隣室で待機していた先生たちや物間くん、真さんもこっちの部屋に移動してきた。
先生たちは、皆悲し気に顔を歪ませていた。
オールマイトの表情が、過去に見たことがない程歪んでいる。
あのA組を目の敵にしていた物間くんですら、沈痛な表情になっていた。
物間くんは私の個性でダイレクトに感情を感じ取っていたから、余計に感情移入しているのかもしれない。
物間くんのタイムリミットを回復しておくために、物間くんの手を触ってから青山くんに近づく。
「は、ははは……そうだよね……先生が案内したところに、波動さんがいたんだ……先生は皆、知っているよね……」
「青山くん……さっきの質問、答えてもらってない……」
「答えたよ……言ったじゃないか、僕は、ヴィランなんだって……自分が殺したかもしれない人たちと、僕は仲間の顔をして笑いあった……笑い合えてしまったんだよ……僕は、根っからのヴィランだったんだよ……」
そんな嘘の答えに納得できるわけがない。
青山くんは心の底からヒーローになりたかったのに、両親のことを守るために、死なせないために悪ぶって見せようとしているのが分かってしまった。
確かに青山くん1人の失敗ということにして捕まれば、青山くんは殺されても、使い道があるかもしれない両親は生きていられるかもしれない。
だからここまで両親を庇って1人で罪を被ろうとするんだろう。
だけど、さっきの問答で既に両親が関わっているのは分かってしまっている。既に意味のない行為でしかなかった。
「……もう、青山くんの両親が関わってるのは……バレてるから……変に庇おうとしないで……正直に答えてよ……今攻撃しようとしたのだって、1人で罪を背負って両親を庇うためだったでしょ……?」
「ちがっ……僕はっ……」
両親を庇い続ける青山くんを問い詰めているうちに、私も涙を流し始めてしまっていた。
「それも……嘘だよ……」
「……波動さんっ……」
そこまで来て、ようやく隠し事はできないと悟ったようだった。
青山くんは泣きながら語り出した。
「絶対に疑われないように……振舞ってきたよ……罪悪感に押しつぶされるから……無理矢理気丈に振舞ったよ……神野で……AFOが捕まった時、卑しくも……勘違いをしてしまったんだよ……これで皆と……一緒に―――って……僕は、パパンとママンを、守りたくて……!死なせたくなくて……!!」
青山くんの慟哭のような独白に、先生たちは息を呑んでしまっていた。
でも、青山くんはまだやり直せる。
これまで聞いた情報は、青山くんに情状酌量の余地があると思わせるものしかなかった。
これならきっと塚内警部が内心で考えていた案を、提案してくれるはずだから。
塚内警部は通信機で別室にいた物間くんと真さんのやり取りも聞いていたはずだから。
だから―――
「塚内警部……」
「ああ……やっぱり君には、僕が考えていた案も読まれているよね」
今までずっと隠れていた塚内警部が机の影から出てきた。
青山くんは警察の登場にもはや諦めたような様子になっている。
「久しぶりだね、青山くん。USJの件で会って以来だ」
青山くんは黙ったまま答えなかった。
「今までの話も、波動さんの個性をコピーしていた物間くんが読心した内容も、全て聞いていたよ。その上で言わせてもらおう。未成年であること、両親からも強要されていたこと、AFOから脅迫を受けていたこと……青山くんには、確かに情状酌量の余地がある。その可能性を考えていたからこそ、波動さんは青山くんの真意を確認するために、こんな場を設けるように願い出たんだろう」
塚内警部の言葉に、青山くんは信じられないものを見るような目でこちらを見てくる。
「だが罪は罪だ。事情はどうあれ、AFOに加担した罪は消えない。君が情報を漏らした影響で、個性を奪われたプロヒーローがいる。無事だったとはいえ、拉致された学生がいる。多数の学生が重軽傷を負った。たとえ緊急避難のためであっても、全てをなかったことに出来る罪ではない」
青山くんもそんなことは百も承知なんだろう。
泣きながら目を閉じている。
確かにここまでの話だけだと絶望してしまうのも分かるけど、大事なのはこの先だ。
「だが、君に利用価値があるのもまた事実ではある。情状酌量の余地があり、心の底ではヒーローになりたいと願っていることが読心で分かっているからこそ、僕は君に一つの提案をする。……青山くん、司法取引に応じるつもりはないか」
「……えっ?」
青山くんは目を見開いて、驚愕したような顔で塚内警部を見返した。
そんな青山くんに対して、塚内警部は説明を続ける。
「神野以降、ヴィラン連合の足取りは途絶えたままだ。今のところ、まったく動向が掴めていないと言っていい。君はAFOの指示で動いていたとは言っても、AFOとつながりがあったヴィラン連合から、雄英の内通者である君に再びコンタクトがないとも限らない。だから、二重スパイになり、ヴィラン連合から連絡があった際にこちらに全ての情報を渡し、ヴィラン連合の行動をコントロールできるように働きかけるというのなら―――検察にも既に掛け合っている……もし本当に波動さんの予想した通りであればという前提ではあったが、既に僕が提示した条件で不起訴にする方針を示してくれている」
塚内警部の言葉に、青山くんは呆然とした様子で反応すらしない。
「命の危険はあるが、君にもメリットのある話だ。不起訴となることで今回の件に限っては罪に問われなくなる。これは既に根津校長やイレイザーヘッドとも協議したが、雄英にも通い続けることが出来る。さらに言えば、君が二重スパイでいる間は、両親も監視はつけるが逮捕されることはない」
塚内警部は監視なんて言っているけど、これは護衛と言い換えてもいいだろう。
もしも理不尽な理由で青山くんの両親に危害が加えられそうになった時に、警察かプロヒーローかは分からないけど守ろうとはしてくれるだろう。
「もちろん条件はある。取引に応じる場合は、ある装置を付けてもらう」
「……装置?」
「ああ。波動さんの感知範囲、彼女の半径1km周囲から出たら教師陣や波動さんに警報が鳴るようにする装置だ。これを以て裏切りを防止する。やむを得ず離れなければいけない際や彼女の睡眠中は別の監視を付ける。行動は制限されるが、悪い提案ではないはずだ。取引に応じなければこのまま逮捕して罪を裁くことになる。君自身が選んでくれ」
青山くんは悩んでいた。
AFOはタルタロスにいるとはいっても、別のヴィランに脅迫されたら同じことをしてしまうんじゃないかって。
そんなことをしてしまうくらいなら、罪を裁かれて、日の当たらない場所で死んでいきたいって、考えていた。
「ねぇ……青山くん……」
「……波動さん?」
「これを受ければ……大手を振ってヒーローを目指してるんだって……私たちと対等なんだって……言えるんだよ……?怖いのは分かる……また脅迫されたら同じことをしちゃうんじゃないかって……考えるのも分かるよ……だけど……青山くんは1人じゃないから……私も協力するし……皆だって、相談すればきっと協力してくれるよ……だから……また一緒に、ヒーローを目指そうよ」
青山くんはこれだけの状況にも関わらず、心の底からヒーローを目指していた。
ここまで家族のことを、皆のことを考えて悩んで、他人のために涙を流せる人のためになら、協力を惜しむつもりはない。
私が手を差し出すと、青山くんは呆然とこちらを見つめてきた。
でもそれ以上動こうとしてくれない。
あと一押しが足りない。
そう思っていたら、相澤先生が口を開いた。
「青山……お前、このまま日の当たらない場所で、うっすら死んでいくつもりか?」
「っ!?」
読心してるわけでもないのに、相澤先生は青山くんの考えていることを言い当てていた。
青山くんは驚いて固まってしまっている。
「俺はまだお前を除籍するつもりはない。俺は、生徒にこの先一生負い目を抱える生き方など教えない。惨めで情けなくても、手を差し出してくれた友と歩め。俺たちが守る。断言する。波動だけじゃない、あいつらといればきっと大丈夫だ」
相澤先生のその言葉を聞いて、青山くんの目が変わった。
彼はそのまま顔を上げて、ゆっくりと私の手を取った。