「―――音に、小さな浮かぶ何かねぇ」
訝し気に相澤先生が呟いた。
今日の天気は曇りで夜は嵐になるらしいけど、そんな天気と同じ感じでどよーんとした雰囲気になってしまっていた。
何があったのかというと、皆が寝不足で授業に一切集中できなくて、最後のホームルームで案の定相澤先生に怒られてしまったのだ。
相澤先生も1人2人じゃなくて全員がそういう状態であることを不思議に思って、理由を聞いてくれていたところだった。
「しかし、まさかお前ら、呪いなんて非合理的なもん信じてるのか?」
先生は呆れたように言う。
そんな先生に対して百ちゃんがおずおずと手を上げて答えた。
「し、信じてはいませんが……しかし不可解な出来事が起きているとなると……」
そんな百ちゃんの訴えに、飯田くんも同調してバッと手を上げて立ち上がった。
「先生!これは大変な事態です!我々の基盤となる生活空間に何かしらの異変が起きている事実。もしこれがずっと続くとなると、我々は授業に専念できなくなります!ここは早急に原因追及と事態の解決を望みます!」
「い……いやだぁ!毎晩名前呼ばれたら眠れねぇよ~!!ベッドの中ならいざ知らず……いやベッドに入ってきたら呪い殺される……!でもそれが素っ裸の幽霊なら……いやでも人魂かもしれないのか……?それじゃあ……!!」
このブドウ頭、結構余裕があるんじゃないだろうか。
幽霊とエロの狭間で揺れているというか、最終的に人魂から妄想まで始めている。
どういう精神構造をしているんだろう。
「呪いか……そういや雄英にもそういう話があったな」
「本当ですか!?」
先生が思い出したように言うけど、今それを言っていいのだろうか。
どう考えても火に油を注ぐ結果になると思うんだけど。
三奈ちゃんが即座に返した反応に、先生も話を続ける。
「雄英七不思議のひとつで、たしか……ヒーローになれなかった卒業生の霊が彷徨ってて、それを見ると呪われるって話だった。よく学校裏の森に出るって言って……あぁ、ちょうど今、寮の建っている辺りだな」
「え」
「今……それを言うんですか……?」
思った以上に致命的な話だった。
この状況でその話は火に油何てものじゃないだろう。
いつも合理的な判断をする先生が珍しい。もしかしてわざとなのだろうか。
案の定教室は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「その幽霊が寮の中、彷徨ってるんじゃ……!」
「やめてぇ~!!」
「ハイツアライアンスは呪われた寮なんだあ!!」
先生は『しまった』とか考えている。
わざとじゃなかったのか。うっかりだったのか。
そのうっかりのせいで安眠が遠のいてしまったのか。
「おい、お前ら……」
「寮全体が呪われてたらどこにも逃げ場ねーじゃんか!」
「し、塩まかな……!!あっ、ごま塩しかなかった……!!」
「どうしよう!?透明な私でも幽霊に気づかれるのかな!?気づかれたらやだよう!」
「先生……もう収拾つかないんですけど……」
先生は声を遮られた上に私の言葉を聞いて、頭痛を耐えるように頭に手を当てた。
いつもなら一喝している場面ではあるけど、自分が悪化させた自覚があるせいか落ち着かせようとしたみたいだ。まぁ、今の状態では何の意味も為してないけど。
「―――お前ら、いい加減にしとけよ」
落ち着かせることを諦めた先生は、一喝して皆を静かにさせた。
先生の低い声を聞いて、皆恐怖に震えながらも沈黙している。
そんな皆を見渡した先生は、ため息を吐いてから話を続けた。
「そんなに音が気になるんなら、今夜見回りをする。ちょうど今夜は嵐らしいし、その方が合理的だろう。点呼もするからちゃんと部屋にいろよ」
「せっ、先生ぇ……!」
素っ気なく言う先生に、皆は感動したような反応を返していた。
これなら今日は眠れそうかな。
予報通り、夜には嵐になっていて寮の窓はガタガタと揺れていた。
今先生は言葉通り1階に来てくれていた。
私が昨日までに感知して感じた内容も先生には伝えておいた。
先生もお礼だけ言ってから、特にそれ以上は何も言わず警戒態勢に戻っていた。
先生はどちらかというと幽霊というよりも、内通や盗聴関連を疑って警戒しているようだった。
しばらくしてから先生は音に気が付いたようだった。
やはり今日も音が鳴りだしたらしい。
先生は音を追って1階を移動している。
その視線の先には、やっぱりあの小さな波動があった。
そして先生が何かに気が付いた瞬間、先生は転倒して気絶した。
「えぇ……なんでそうなるの……」
なぜそうなってしまうのか。
とりあえず放置しておくわけにもいかないから、1階に下りていく。
相澤先生は食事スペースのテーブル付近で倒れていた。
その足元には台布巾が落ちている。
……これで滑って転んだようだった。先生、意外とドジっ子なのかな。
波動で身体強化をして先生を抱き上げて、ソファに寝かせる。
とりあえず頭に瘤が出来ていたり血が出たりということはしていないし、大きな怪我はしていなさそうだ。
そう思った私は、先生が追っていた小さい波動を探すことにした。
1階の中を集中して見ていると、天井付近を飛んでいる小さい波動を見つけた。
あれがそうかなと思った瞬間、外で雷が落ちた。
びっくりした瞬間にまた小さい波動を見失ってしまう。
溜め息を吐いてもう一度探し始めたところで、他の皆も1階に降りてきた。
時間になっても先生が点呼に回ってこないことを訝しんだみたいだった。
「波動さん?相澤先生は……何かあったのですか!?」
先頭にいた百ちゃんが気絶している先生に気が付いて聞いてくる。
「先生……そこで倒れて気絶してた……」
「どうしてこんなことに……」
後ろに続いてきていた皆も、緊急事態に気が付いて談話スペースになだれ込んで来た。
「な、なあ相澤先生の首に金髪絡まってたりしねえよな……?……っ!!金髪……!?あ、なんだ俺の毛か……」
上鳴くんがビビりながら相澤先生を覗き込んで自分の髪の毛に驚いて一人漫才をしている。
そんな上鳴くんに対して、強張った声で爆豪くんがキレた。
「そういうこと言うんじゃねえ、アホ面!!」
やっぱり爆豪くんも怖いらしい。
普段の様子からは考えられない感じだ。
「先生……その台布巾で滑ったみたい……何かに気が付いた感じの思考になった途端に……滑って気絶した……」
私がそう言ってテーブルの近くに落ちている台布巾を指さしながら事実を伝える。
そうしたら、皆が顔を真っ青にしながら騒ぎ出した。
「何かに気が付いた瞬間って、それってつまり幽霊が都合の悪いことに気づかれて消そうとしたってこと!?」
「え……ちが「呪いか!?やっぱり呪いなのか……!?」
私の声に被せられて大騒ぎになってしまった。
そんな意図はなかったんだけど。先生は本当に純粋に滑って転んだだけだ。
「だから……違うって「それよりヴィランの襲撃かもしれないだろ!?相澤先生の不意を突いて転んで気絶させるなんてこと……!」
「やっぱり呪いだ!!」
「幽霊なんだ!?」
また被せられた。
もういい。皆が落ち着くまで話さないでおこう。
今何を言っても無駄だ。
「落ち着け!!落ち着くんだ、みんなー!!」
飯田くんもなんとか騒ぎを収めようとしているけど、飯田くんの声すらも混乱する皆の喧騒にかき消されてしまっていた。
そんな状況の中で、冷静な梅雨ちゃんの声だけはなぜか響いていた。
「それより今は、相澤先生のことを他の先生に知らせた方がいいんじゃないかしら」
皆もその指摘で我に返ったようだ。
これなら私がさっきの続きを言っても大丈夫だろうか。
「その通りだ、梅雨ちゃんくん!今からでも他の先生に―――」
飯田くんがそこまで言ったところで外では一際大きな雷が落ちた。
その瞬間、部屋の中は暗闇に包まれた。
停電だ。
「ひゃあ!?」
「こんな時に停電かよ……っ」
「っ……落ち着けダークシャドウ……っ」
「ちょっ、常闇!ダークシャドウ出すなよ!?」
「わあああ!誰か俺を呪いから守ってくれえ!!」
明るさすらも失って、皆は恐慌状態に陥ってしまった。
もう収拾つかないな、これ。
私は頼りにならない視覚の情報を諦めて目を閉じた。
余計な情報は遮断して波動の情報だけに集中することにしたのだ。
「みんな!落ち着くんだ!」
「み、みなさん、落ち着いて!」
飯田くんの声で我に返った百ちゃんが、個性で懐中電灯を創ろうとしてくれる。
だけど、その百ちゃんの足元を、結ちゃんが走り抜けた。
何で結ちゃんがここに?
困惑することしかできない私だったけど、百ちゃんはそれどころではなかったみたいだ。
「キャアアア!?」
この状況で未知の何かが足の間を通り抜けたことで、百ちゃんすらも恐怖に支配されてしまった。
「その声、ヤオモモっ?ど、どうしたの!?」
「な、何かが足の間を通り抜けて……!」
「何かってなに……ひゃあ!?な、何かいる……!?」
暗闇に包まれて騒がしい周囲に混乱しているのは結ちゃんも同じなようで、走り回ってしまっていて今度はお茶子ちゃんの足の間を通り抜けた。
結ちゃんが誰かに踏まれたりしないように、私は大急ぎで追いかけ始めた。
「何かじゃなくて……結「だから何かってなんだよぉ!?」
……今日は遮られる日なんだろうか。
悉く私の言葉を遮られて何も伝えられない。
私がゆっくり話す感じなのがいけないのだろうか。
もう諦めて結ちゃんの保護に注力することにした。
「誰か明かりを!」
飯田くんの声かけで我に返った上鳴くんと爆豪くんが、個性で暗闇を一瞬照らした。
爆豪くんは舌打ちしながらだったけど。
それはそれとして、その明かりが部屋を照らすのと、跳び上がった結ちゃんに私が手を伸ばしながら飛びつくのがほぼ同時だった。
「―――!?」
私が結ちゃんを抱っこして保護できたことに安堵した瞬間、皆が息を呑んだのが伝わってきた。
だけど、そんな静寂は一瞬で崩壊した。
「なななななななななんかいたぁ……!!」
「白い何かを持った手が!?幽霊かよ!?幽霊かよぉ!!幽霊ってあんな感じなのかよぉ!?初めて見るからわかんねえ!!」
……透ちゃんと上鳴くんに私まで含めて幽霊扱いされたことに、流石に不満を抱いてしまう。
もういい。
何度も違うって言ったし結ちゃんを保護してあげただけなのにそこまで言うなら、よっぽどのことがない限りもう放っておこう。
「み、緑谷……幽霊には氷と炎、どっちが効くんだ……?」
「へっ?いや、そんなこと考えたこともないから分かんないんだけど、幽霊って冷たいイメージがあるから逆に炎なんじゃないかなぁ!?というよりも物理攻撃効かないんじゃ……!?ほら実体ないのが幽霊なわけだし……っ」
「!どうすりゃいいんだ……!」
「もうダメだ!!オイラたち、みんな呪い殺されるんだぁー!!ちくしょう!どうせ死ぬなら女体に挟まれて圧死したかった……!!」
ブドウ頭がそう叫んだ瞬間、私はタイミングが最悪だと思っていた。
今、寮の前に停電を心配してきてくれたマイク先生がいるんだけど、そのマイク先生の見た目が最悪だったのだ。
嵐でびしょびしょに濡れたマイク先生の髪は、いつものセットされたものではなくて長い金髪のストレートになってしまっていた。
そのマイク先生が、雨で濡れた髪から水を滴らせながらゆっくり入ってきたのだ。
「ん……お前ら―――「「「金髪の幽霊だー!!!!!」」」
流石にダメだ。皆が個性を使うのも辞さないほどに暴走しかけている。
止める手段なんか一つしか思いつかない。
「マイク先生!!なんでもいいから叫んで!!」
『
マイク先生の大音量が部屋に響き渡った。
私は結ちゃんの耳を片手で折りたたんで塞ぎつつ、自分のマイク先生側の耳も塞いだ。
皆もあまりの爆音に耳を塞いでいる。
だけど、これでようやく皆もある程度冷静に戻ったようだった。
「ぷ、プレゼント・マイク先生……?」
「お、おう。お前ら急にどうしたんだおい」
金髪の正体がマイク先生であることに気が付いた皆が、個性を使ってどうにかしようとしていたことに冷や汗を流している。
次の瞬間、電気が復旧して明かりがついた。
それと同時に、マイク先生の声で目を覚ました相澤先生が声をかけてきた。
「おい、お前ら……」
相澤先生の姿を見た皆は完全にパニックから解放されて、先生に駆け寄っていった。
「す、すいません!プレゼント・マイク先生のことを金髪の幽霊と思ってしまい……!」
「それは今はよくて、先生、一体何があったんですか!?ヴィランですか。それとも本物の幽霊に……!?」
「白い幽霊が寮の中にいるんですー!!」
「落ち着け」
先生の低い声による一喝に、皆さっと姿勢を正した。
静かになると同時に、部屋の中にあのヴィィィという音が響いていることに、皆も気が付く。
「波動、あの小さいのはどこいった」
先生は当然のように私が把握していることも分かっていて、すぐに聞いてくる。
私ももう発見しなおしているから、素直に今張り付いている天井を指さした。
「蛙吹、あのちっこいのわかるか。取ってくれ」
「……あの黒いものかしら?ええもちろん」
梅雨ちゃんが舌を伸ばして、天井にあったすごく小さい波動を取ってくれる。
案の定その小さい波動からはヴィィという音が響いていた。
「これが俺が気絶した原因で、謎の音の正体だ」
「ええっ!?」
「天井についていたのを取ろうとしてテーブルに上がったら、出しっぱなしにしてあった台布巾で滑ってしまってな」
「あっ、私だ!早く部屋に戻らなきゃと思って台布巾すっかり忘れてた!」
「先生……ドジ……」
透ちゃんがてへっと悪びれずに言う。それ、さっき私が布巾を指さした時に言って欲しかったんだけど……
それに先生も、本当にドジをして転んだだけで拍子抜けしてしまう。
私がボソッとそのことを呟くと先生が睨んで来たけど、自分でもそう思っているのか何も言わずに本題に戻った。
先生が差し出してきたその小さい波動の物体を、百ちゃんが作った拡大鏡で皆で覗き込む。
それは極小サイズの機械だった。移動用のモーターがついているようで、それが音の発生源のようだ。
だけど、この形状なら私の感知に引っかからないのも納得だ。
このサイズなら虫にしか見えないし、機械だから当然思考は読み取れない。
こんなサイズの虫は普段からスルーしているから、完全に見落としてしまっていた。
相澤先生は相澤先生で『波動の弱点が浮き彫りになったな』なんて考えている。
今回の件で私が極小の独立して動く盗聴器とかを感知できないことに気が付いたらしい。
まあそもそも機械は思考も感情もないから、動いていても魔獣の森の土の魔獣と何も変わらない感じでしか読み取れない。
所詮動く何かという認識でしかないのだ。それが小さくなってしまうともう感知もクソもない。
私も先生の考えはその通りだとしか思わないし、何も言い返さなかった。
「なるほど……機械……納得……」
「でもなんでこんなものが?」
「見知らぬ機械と言えば、多分アレだろ」
相澤先生が小さな機械を覗き対策のセキュリティアイテムの近くで放すと、機械は巣に戻る虫のようにセキュリティアイテムの中に戻っていった。
そのまま先生が作った本人に確認するということでパワーローダー先生に電話をかけ、発目さんに代わってもらう。
発目さん曰く、夜中も勝手に見回りしてくれるオプションアイテムらしい。
"どえらい変態さん"の峰田くん対策で、夜中にちゃんと峰田くんが部屋にいるのか確認する機能すらつけていたようだ。
これだけで全ての流れに説明がついてしまった。
「よけいなことを!!」
「余計な事じゃない……自業自得……」
ぬけぬけと宣うブドウ頭に私が言っても、素知らぬ顔で無視された。
「で、でもあの白いのはっ!?しかも謎の手まで!!みんな見たよな!?」
冷や汗を流しながら、上鳴くんが叫ぶようにして皆に確認してくる。
さっき私が天井を指さしたときに結ちゃんを抱えていたのを見なかったのだろうか。
上鳴くんの目の前にズイッと結ちゃんを掲げる。
「私……幽霊じゃない……」
「ゆ、結ちゃん!ありがとう波動さん、部屋のドア閉め忘れてたのかな」
駆け寄ってきた口田くんに結ちゃんを手渡す。
口田くんは大きな身体で結ちゃんを抱きしめた。
「あっ……え、ウサギと波動?……マジ?」
「ん……私の手、幽霊呼ばわりは酷い……」
「あー、瑠璃ちゃん、もしかしなくても結構怒ってる?」
透ちゃんが恐る恐る確認してくる。
でもこんなの怒っても仕方ないだろう。
私の言うことは誰も聞いてくれないし、断片だけ切り取ってパニックになるし、挙句の果てに幽霊呼ばわりだ。
「……誰も私の言うこと……聞いてくれないし……断片だけ切り取るし……挙句の果てに……幽霊呼ばわり……誰かが踏まないように……結ちゃんを保護しただけなのに……いくらなんでも酷い……」
「ご、ごめんね瑠璃ちゃん。怖くて、わざとじゃないから……」
透ちゃんが宥めようとしてくるけど、つーんとそっぽを向いておく。
いくら何でも酷い無視具合だったし、怒っても文句は言えないはずだ。
「まったく……お前ら、こんなことでパニックになるとは……もっと平常心を保てるようにならないとヒーローは務まらんぞ。今日はもう全員寝ろ!明日からその辺りも厳しく指導していく!解散!」
「は、はい!」
皆大急ぎで自室に戻っていった。
「なにこれ」
心配してきてくれただけなのに完全に放置されたマイク先生の声が、寮に空しく響いていた。