「どういうことなの瑠璃ちゃん!?」
「今は詳しいことは……言わない……とにかく緑谷くんがピンチ……!」
走りながら最低限の情報を透ちゃんに伝える。
トガのことは今は透ちゃんにも伝えるつもりはない。
こんな試験会場にヴィランに潜り込まれたことが広まりでもすれば、雄英だけじゃなくてヒーロー公安委員会の信用すら失墜する。
しかも成り代わっている生徒は士傑高校の生徒だ。ヴィランに襲われて成り代わられているのに、それに気がつくことすら出来ないと士傑高校の信用も失墜する可能性が非常に高い。
オールマイト引退直後の今の状況で、ヒーロー科トップの雄英、士傑の2校に加えて公安委員会の信用まで失墜するのは悪手以外の何物でもない。
ヒーロー社会の土台すらも揺らぎかねない不祥事になる。
どうしてトガが潜り込んでいて士傑と公安委員会の信用失墜のチャンスを利用していないのかは分からない。
だけど、今はとりあえず緑谷くんに執着しているトガをどうにかしないといけない。
透ちゃんに伝えるにしても、他の誰にも聞かれる可能性のない状況になってからだ。
緑谷くんが落下するトガを助けている。
今はお茶子ちゃんになりきっているから大丈夫だろうけど、いつ豹変するか分からない。
トガの思考は読めても狂っているとしか思えないものが多いし、なぜか読めないこともあるから本当に参考にならない。
緑谷くん自身がお茶子ちゃんじゃないってちゃんと気付いているから大丈夫だとは思うけど、それでも今トガが手に持っているボールをいつナイフに持ち替えるかも予測がつかないから急ぐしかない。
緑谷くんがお茶子ちゃんじゃないことを看破していることをトガに伝えたところで、ようやく2人の姿が見えて来た。
「―――麗日さんじゃないなら……猶更浮かんだりできないから……あのまま落っこちてたら確実に背中を痛めてた」
「―――……!なるほど……それが君の理由なんだね……もっと教えて欲しいな君のこと」
トガがお茶子ちゃんへの変身を解いて士傑の人の姿に戻った。
私は透ちゃんを下ろして波動弾を作り始める。
「透ちゃん……そっちにお茶子ちゃんいるから……連れてきてもらっていい……?」
「瑠璃ちゃんは?」
「私は……緑谷くんに加勢する……」
「……分かった、気を付けてね!」
透ちゃんは少し逡巡した後、お茶子ちゃんの方に向かってくれた。
「君は誰でも助けるの?境界は?何を以って線を引く?」
「いや服は!?なんで裸!!着てください!!」
トガが緑谷くんを引っ掻いて攻撃した。
その直後に、私は出来上がった波動弾をトガに射出した。
「緑谷くん……!!離れて……!!」
「あは、やっと来たんだ。随分遅かったねぇ」
「波動さん!?」
私は瓦礫から飛び降りて、波動を噴出して一気にトガへの距離を詰める。
そのまま近くに着地して、両手で掌底突きして発勁をトガに向けて放った。
「素直な攻撃だね。喧嘩慣れしてないのがすぐに分かるよ、瑠璃ちゃん」
「もう隠さないの……?」
「だって、もう気付いたんですよね?気付けたのは、お茶子ちゃんに変身したからですか?」
トガはそのまま私にも引っ掻いて攻撃をして牽制して、凄まじい身体能力でバク転をして距離を取った。
「なに!?波動さん、どういうこと!?」
「いいから……とりあえず警戒して……血とか、取られないようにしてね……」
あれからトガヒミコのことを調べて分かった。
トガは連続失血事件とそれに伴う連続殺人事件の犯人として指名手配されている。
トガは無差別にいろんな人に変身するわけではないのに、今回はお茶子ちゃんに変身していた。
林間合宿で拘束を抜けた時、お茶子ちゃんの足に何かを刺していた。
変身の条件が血だとすれば、納得できる。
お茶子ちゃんはあの時の採血、柳さんは気絶していたからトガのよく分からない感知しにくくなる技術を使えば採血できるだろう。
血を取られたらどこで利用されるか分からない。警戒するべきだ。
「つれないねぇ。私、瑠璃ちゃんとはお友達になれると思うんだけどなぁ」
「……何が言いたいの……?」
「何って……色々調べたんですよ。例えばぁ、中学校とか?私、色々知りたくなっちゃう質なので」
「……そう……そういうこと……」
そんなことをしていたら、またトガの思考が読めなくなった。
トガはそのまま視界の外に逃げるようにして素早く動いていく。
本当に動きを読みづらい。緑谷くんなんか完全にトガを見失っている。
今は後ろに回り込んでいるけど、波動を見ていてもただの動いている物としか認識できなくて本当にやりづらい。
トガが後ろから蹴りかかってくるタイミングに合わせて、私も振り向いて腕で防ぐ。
「なろうよ、お友達。なんだったら、一緒に来ます?」
「寝言は……寝てから言って……!!」
そのままもう片方の手で波動弾を作ってトガに射出するけど、またバク転で距離を取って避けられた。
「私のミスディレクション、だいぶ苦手みたいだねぇ……ふふ、弱点、分かっちゃいました。すぐに気づけなかったのもそういうことだよねぇ!考えてることが分からないと、すぐに気づけないんだぁ!普段からなんでも見えるから戸惑っちゃってるんだよね!カァイイねぇ!」
そこまでトガが言ったところで、ようやく緑谷くんも理解したようだった。
それにしても、トガのあの思考を読めなくする技術、ミスディレクションなのか。
確か注意を別の所に向けさせたりする技術だったと思うけど、それで思考を読めなくなるものだろうか。
事実として読めなくなっているから、結局認めざるを得ないんだけど。
私が少し考え込んでいる間にトガが動きだそうとした瞬間、お茶子ちゃんがトガの懐に飛び込んできた。
お茶子ちゃんは手の肉球で触ろうとしたけど、トガは超人的な身体能力で難なく回避して崖の上に登った。
「いいトコだったんだけどなぁ……残念です……本当に……!もっと話したかったのになぁ……!でもこれじゃあもう無理ですね。透ちゃんもいるみたいですし。残念です。お茶子ちゃん、出久くんにとっても信頼されているんですね」
「は!?」
「気付かれてるの!?」
士傑の人の姿のトガに突然話を振られてお茶子ちゃんが困惑している。
透ちゃんもわざわざ手袋とブーツを外してきているのに気付かれていることに驚愕している。
というか、どうやって見えない透ちゃんを察知したんだろう。音とか?ターゲットもスカーフでうまいこと隠してると思うんだけど……
「瑠璃ちゃんも、次はもっとちゃんとお話ししたいな。私たち、似た者同士だと思うから。じゃあね。バイバイ」
そう言ってトガは姿を消した。
消したとは言ってもまたあの思考が読めない状態になって、凄い速さで会場の外に向けて移動しているだけなんだけど。
トガ、何しに来たんだろう。本当に話したかっただけなのだろうか。
「……波動さん、あの人……」
「ん……もう会場の外に向かってる……後で公安委員会の人に言おう……」
「……やっぱり、そうだよね」
「瑠璃ちゃんが急に呟いてたけど、やっぱりそういうことなの?あの人がそうだったってことでしょ?」
緑谷くんも流石に気が付いたらしい。透ちゃんも私が最初に"トガ"って言っているのを聞いているし、当然のように気づいていた。
まあ途中から口調を隠していなかったし、林間合宿で見せた口癖と思われる「カァイイ」なんて言葉も発したのだ。緑谷くんに気づかれるのも当然だ。
お茶子ちゃんだけは本当に最後しか関わってないから疑問符が飛んでいるけど。
『また通過者が出まして現在58名です。あと42名通過で終わり!』
アナウンスが鳴り響いた。
「公安委員会……気付いてないみたい……もう逃げた後だし……どう処理されるか分からない……クリアしてから伝えよう……他にいないかは……私が注意しておくから……」
「……そうだね、そうしよう」
実際この不祥事は洒落にならないから、隠蔽される可能性もある。
そうなった場合、公安委員会の人を探して説得している間に試験終了になったりしたら普通に不合格にされる可能性もある。
緑谷くんも同意してくれたし、とりあえず話はクリアしてからだろう。
そんな中緑谷くんが気合を入れ直すように声を出す。
「でもこれでとりあえず4人集まれた!」
「他の所は……大体10人以上で……動いてる……どうする……?」
「……襲われて分かったけど、今近くにいる団体なら何とかなるかもしれない」
「え!?すごいね!?どういうこと!?」
さっき緑谷くんを襲った近くの8人の団体の攻略を提案された。
透ちゃんも緑谷くんの強い物言いにビックリして確認している。
「抜けがけしようとする人がいた。きっと焦ったんだと思う。多数が少数を狙うって、つまり獲物を取り合うってことだから」
「あぁ……!抜けがけすると多数がだんだん減っちゃうから不利になってくんだ……やっちゃいかんやつだ」
緑谷くんが理由を説明してくれた。
お茶子ちゃんの言っている通り、チーム行動をするうえで不和を産む抜けがけや独断専行は絶対にしちゃいけない。
そう考えると、チームワークもクソもないその集団なら確かに攻略できるかもしれない。
「じゃあ……そのグループを一気に攻略しよう……もうそこまで来てるし……緑谷くん……囮……頼める……?視線をこっちに集めて欲しい……」
「うん。僕もそれを提案しようと思ってた。僕が囮になるから、葉隠さんが出来るっていうフラッシュで目くらまししてほしい。それで相手の視界と自由を奪って、その隙に波動さんと麗日さんで相手を拘束するなりダウンさせるなりして欲しい。麗日さんの個性は相手の自由を奪いやすいし、波動さんは光とか関係なく動き続けられるから」
「……ラジャ」
「うん、任せて!」
「ん……がんばろ……」
緑谷くんは私たちをぐるりと見てから頷いた。
後は透ちゃんとの流れを詰めるだけだ。
「透ちゃん……全員を効率的に目くらましするには……上からが一番……投げるよ……」
「良いけど、上に投げるならお茶子ちゃんに無重力にしてもらった方が良くない?」
「ん……お茶子ちゃんに無重力にしてもらってから投げる……私もその後すぐにジャンプして……緑谷くんが集めてくれた視線を……透ちゃんの方に向けるから……良い感じのタイミングで光って欲しい……」
「そういうことなら、任せて!」
「じゃあ私は光り終わったら解除したらええかな。そしたら透ちゃんも吹き飛びすぎたりしやんやろうし」
「ん……そうしよ……透ちゃんも……参加出来たら拘束に参加して……」
「了解!」
作戦が決まって、皆でお互いに顔を見合って頷き合う。
「……っし!行く!!」
緑谷くんが物陰から飛び出した。
姿を見せた緑谷くんに、相手が一斉にボールを投げる。
緑谷くんは蹴りでそれを捌き始めていた。
その隙にお茶子ちゃんがブーツと手袋を脱いだ透ちゃんを無重力にする。
その状態の透ちゃんを私が手を引いて物陰ギリギリの所まで移動する。
私は先に足と腕に波動を圧縮してジャンプの準備をしておく。
お茶子ちゃんもすぐに飛び出せるように近くで待機してくれている。
緑谷くんへのボールが少しだけ途切れた瞬間に、透ちゃんを斜め上に投げる。
その直後に、私は目を閉じた状態ですぐに足に圧縮していた波動で踏み切って一気にジャンプする。
私に視線が集まったその瞬間、私の目の前で透ちゃんが光った。
「集光屈折ハイチーズっ!!」
凄まじい光が周囲を襲った。それこそ閃光弾と言っても過言ではないほどの光だった。
だけど目を閉じていた私にはなんの関係もない。
私は透ちゃんが光った直後から手の波動を後ろ上方に向けて噴出して相手の方に吹き飛んでいる。
着地地点のすぐ近くにいた2人に向けて即座に片手ずつで発勁を繰り出して同時に気絶させる。
「発勁……!!からの……」
さらに両手から波動を出して圧縮させながら循環させて一気に波動弾を作り上げる。
「波動弾っ……!!」
遠くで目を抑えている男に向けて波動弾を射出する。直撃した男は吹き飛んで気絶した。
私が3人制圧している内に、お茶子ちゃんが物陰から飛び出して手近にいた2人を無重力にした。その後悶えたままの2人からボールを取り上げている。
透ちゃんもお茶子ちゃんがすぐに解除してくれたおかげもあって落下してきていて、1人を忍者スカーフで締め上げていた。
緑谷くんも目を閉じてちゃんと透ちゃんの発光を回避したようで、すぐにフルカウルで跳んできて奥の方の2人を制圧した。
合計8人。全員発光の影響で悶えていて動けなくなっていたこともあって、あっという間に制圧出来た。
透ちゃんの必殺技、初見殺しだしヴィラン退治に凄く有効そうだ。
無言で奇襲し続けてたまに正面に入って急に発光するだけで、轟くんみたいなおかしいのを除いて大体の相手はどうにかなるんじゃないかな。
『現在76名通過しております―――もうじき定員ですよ―――』
「もう時間ない……早くボール当てよ……」
私が3人にそう声をかけると、まだ目が見えない様子の浮かばされているだけの人から声をかけられた。
「目がいてぇ……!君らまだ1年だろぉ!?勘弁してくれよぉ!俺らここで仮免取っとかないといけねーんだよ……」
そんな訴え聞くわけもないんだけど、緑谷くんは少し考えさせられるものがあったらしい。
だけど少し息を呑んでから、しっかりと言い放った。
「僕も、同じです」
緑谷くんがそう言いながらボールを当てたのを皮切りに、私たちはターゲットにボールを当てる作業を始めた。
『現在80名!ガンガン進んでいい調子ですよ―――』
その作業は特に妨害されることもなく、4人全員しっかりと一次試験通過になった。
とりあえず、この後どうにか公安委員会の人に会って話をしないと……