士傑高校の引率の教師の人。七三分けの髪型に顔に少し皺がある普通の人といった感じの人だった。
経緯を説明されずに連れてこられたようで、雄英の教師である相澤先生に私たち、目良さんがいることに困惑している。
「め、目良さんに、雄英の方ですよね……?私に何か……?」
「お待ちしていました。説明させていただきます」
目良さんから士傑高校に対する事のあらましの説明と事実確認が始まった。
目良さんからの説明を聞いていくにつれて、士傑高校の先生はどんどん顔色が悪くなっていく。
「ヴィランが、我が校の生徒に成り代わっていた!?どういうことですか!?」
「まだ確認作業を進めているところですが、おそらく事実です。先程イレイザーヘッドから指摘がありました。雄英の生徒の様子から、襲撃を受けた際に遭遇したヴィランが紛れ込んでいる可能性があると。今、接触した生徒たちに確認を取っていました。ここからが問題ですが、彼女たちは変身の個性を持っているヴィランが、士傑高校の女生徒に変身していたと確信を持って証言しています。さらに、士傑高校の生徒の姿から、雄英高校の生徒の姿に変身したとも」
「我が校の女生徒に変身の個性を持った者はいません!ほ、本当に我が校の生徒なのですか!?」
「はい……私たちとも……試験前に会っています……夜嵐くんのすぐ近くにいた……明るい茶髪の人です……」
まだ信じられないようなので私が補足する。
「う、現見さんのことですよね。彼女は……っ!?」
生徒の特徴を具体的に挙げたことで思い当たることがあったのか、士傑高校の先生の動きが止まった。
「なにか、心当たりでも?」
「そ、そういえば……数日前から、彼女の様子に、少しだけ違和感が……」
愕然とした表情で冷や汗を流し始める士傑高校の先生。
おそらく、その辺りから成り代わられていたんだろう。
士傑高校の先生もまずいと思ったのか、大急ぎでどこかへ連絡しようとし始めた。
そんな彼に対して、目良さんが声をかける。
「焦るのは分かりますが、外部への情報の伝達は最小限に、かつ他言厳禁としてください。この事態が世間に知られると、取り返しのつかない事態になりかねません」
「で、ですが!現見さんの身に何かあったということですよ!?それをっ!!」
「分かっています。公安からも人を回します。なので士傑高校の教師の極一部以外には、伝えないようにしてください」
「すいません……少し……いいですか……?」
トガが変身していた女生徒は現見さんというらしいが、現見さんのいる可能性がある場所がある。
その心当たりを伝えるために、言い争いになりかけている士傑高校の先生と目良さんの話に割って入った。
「……なんでしょうか?」
「トガの個性ですが……おそらく……変身に条件があります……」
「条件?」
「はい……今までトガが変身したのは……雄英1年B組の柳さん……士傑の現見さん……雄英1年A組のお茶子ちゃんです……」
皆が静かにこっちを見ている。
緑谷くんなんかはどこからか出したノートにメモを取って個性の考察を始めている。
ヒーローじゃなくても考察するのか……
「トガは……連続失血死事件で指名手配されています……そうですよね……?」
「あぁ、そうだ」
「それを共有した上で考察します……林間合宿で襲撃された時……お茶子ちゃんが一度トガを拘束しています……トガはその拘束から一瞬逃れるために……お茶子ちゃんの足に何か、針のようなものを刺して……拘束を緩めました……」
ここまで言ったあたりで緑谷くんがいつものブツブツをし始めた。
なんか久しぶりに見た気がする。
「血か!確か柳さんも救助された時気絶していたし、ミスディレクションが使えるトガヒミコなら採血は容易!麗日さんは今波動さんが言ってくれたタイミングで採血されてる!」
「ん……そう……多分対象の血がないと変身できない……」
「……なるほど、確かにその可能性は高いな……」
「はい……なので……大量に採血して殺している可能性もありますけど……今の所事件になっていなくて……今の状況をヴィラン連合が利用していなかったことを考えると……トガヒミコの独断先行の可能性があります……そうなると……どこかに誘拐とかはしないで……トガヒミコが潜伏していた場所で拘束していた可能性が……あるんじゃないかと……」
「潜伏していた場所……現見さんはこの数日も普段と同じ家から通っていたはずです!」
「それなら……自宅に拘束されている可能性が……あると思います……」
「すぐに確認してもらいます!」
士傑高校の先生は慌ただしく電話をし出した。
そのタイミングで何かディスクのようなものを持った公安委員会の人だと思われる人が駆け込んで来た。
どうやら目良さんが相澤先生から情報があった時点で監視カメラの映像を部下に精査させていたらしい。
持ってこられた映像には、試験中の時間であるにも関わらず警備の人の真横を素通りして会場を出ていく現見さんの姿が映っていた。
「これはもう確定ですね……他に何か、共有しておくべき情報はありますか?」
「私は……全部話しました……」
「僕もです」
「私も……」
目良さんの確認に、私たち3人はこれ以上の情報はないことを伝える。
それを受けて目良さんは静かに頷いた。
「対応はこの後協議しますが、皆さんこの件は他言無用でお願いできますか?彼女の言うようにトガヒミコの独断先行で暴露されない可能性を考え、可能な限り知っている人間を少なくしたい」
「は、はい。それはもちろん」
目良さんがそう言って依頼してくる。
特に拒否する理由もないから私たちは全員了承した。
それだけ確認してから目良さんはまたこちらに断ってからどこかに電話し始めた。
そんな感じで少し時間が経って、士傑高校の先生が通話中のままだった電話に対して安堵したような声を上げた。
「ほ、本当ですか!?息もあるんですね!?よ、よかった……いえ、助かりました。ありがとうございます」
現見さんは予想通り自宅にいたようだ。
無事だったなら良かった。
思考を読む限り採血痕以外傷跡もなく、ただ眠っているだけという状態のようだ。
そうなるといよいよもってトガの独断先行な気がする。彼女本人の目的が話がしたかったとかいう意味が分からないものっぽいし。
既に電話を終えていて経過を見守っていた目良さんも安堵したようだ。
士傑高校の先生の電話が終わったことを確認してから、目良さんが話し出した。
「ひとまず、本日この後実施予定だった二次試験は他会場も含めて明日に延期します。確認しなければならないことが大量に出来てしまったので……今日は睡眠時間、なさそうですね……それはそれとして、先ほど雄英の方々には伝えましたが、他言無用でお願いします。延期の理由もこの後建前上のものを皆さんに伝えるので、素知らぬ振りを通してください。宿泊場所などはこちらで準備しますので、その辺りはご安心を」
見渡すようにそんな感じの説明をする目良さん。
さっきまでの電話は最低限の方針を決めていたらしい。
二次試験が明日ということになると始業式をどうするつもりなのかが少し気になるけど、まあ先生がどうにかするだろう。
「士傑高校の方はこれからの話をさらに詰めたいので残ってもらいますが、雄英高校の方々はとりあえず戻っていただいて構いません。確認の電話などをする可能性があるので、イレイザーヘッドは電話に出られるようにだけはしておいてください。情報提供ありがとうございました」
そこで話を切ると私たちには雑な感じに退室を促してきた。
まあこの後のこの人の業務量を考えたら仕方ない部分もある。
素直に指示に従って部屋を出た。
「俺はこの後校長やブラドキングと連絡を取り合って今後の対応を決めてくる。お前たちは控室に戻ってろ」
相澤先生もそれだけ伝えると足早に去っていった。
「とりあえず……戻る……?」
「そ、そうだね」
「うん、そうしよう」
私たちはこれ以上特にやることもなかったため、指示通り控室に戻った。
「あ!3人戻って来た!!もうどこ行ってたのさ!?」
控室に入ると三奈ちゃんが声をかけてきた。
「ん……ごめんね……ちょっと色々あって……」
「ご、ごめんね」
3人で平謝りするとすぐに許してもらえた。
お茶子ちゃんだけはちょっと不審に思っているみたいだけど、まぁこれくらいなら大丈夫な範囲だろう。
謝罪が終わったら三奈ちゃんが思い出したように明るい表情で話しかけてくる。
「そうだった!3人がいない間に試験終わったんだけどね、なんと!A組全員一次通過だよ!!」
「本当!?やったね!!」
「す、すごいや!」
私たちが話し合いをしている間に皆無事に通過していたらしい。
青山くんとかが罪悪感で自分を犠牲にして他の人を通過できるようにしそうで心配だったけど杞憂だったようだ。
それから置いてあった飲み物で皆で乾杯したりしながら指示を待った。
私たちが控室に戻って30分くらい経った後、公安委員会からアナウンスが入った。
それは会場の設備トラブルがあって二次試験をすぐに行うことが出来なくなってしまったため、明日に延期する。
宿泊場所は公安委員会が準備するため、今日はそこで寝泊りして欲しいというものだった。
さっき目良さんが言っていた通りの内容だった。
皆も困惑していたけど設備のトラブルなら仕方ないと納得していた。
まぁ着替えとかがないよーって女子側は結構文句を言っていたけど。
男子はそういうの気にしないんだろうか。
その後相澤先生と合流してホテルに移動した。
「おー!なんかホテルおっきくない!?」
「ん……おっきい……」
ホテルはなかなかに豪華な所だった。
そのせいか透ちゃんなんかはしゃぎ始めてしまっている。
急にこんなことになった不満を抑える為だろうか。結構お金がかかっていそうな感じだった。
各々の部屋に解散する前に、相澤先生が生徒を集めて説明し始めた。
「今回の件は学校側にも連絡とって始業式を1日ずらすことになった。だからその辺は気にするな。各々ホテルであるということを忘れずに節度を持って過ごせよ。間違っても騒ぎなんか起こすな。明日の朝は準備を済ませて8時にロビー集合とする。以上、解散」
先生の思考的に学校側ももう一度スパイや成り替わり、盗聴器とかを1日かけて洗い直すつもりみたいだ。
まあ生徒を襲撃して完全に成り替わる能力や、ミスディレクションを使って容易に侵入できる能力がトガヒミコにあることが分かったのだ。
対策を根底から練り直さないといけないんだろう。
学校に残っている先生たちが地獄の確認作業に入っていそうでちょっとかわいそうになってしまった。
私がいたら協力させられていたんだろうか。
成り替わりがないかの確認はいいけど、盗聴器とかの探知は集中しなきゃいけなくて疲れるから勘弁して欲しい。
考え込むのもそのくらいにして部屋に移動する。
女子の部屋は2人部屋2部屋、3人部屋1部屋だ。
「部屋割りどうする?」
「じゃんけんにでもする?私は誰とでもいいけど」
「皆に……任せる……」
話し合いの結果、結局じゃんけんで勝った順に2人部屋に入って最後まで負けた人が3人部屋になった。
じゃんけんか。変な駆け引きさえなければ公平かな。
駆け引きをしだすと私に筒抜けになるから、余計なことはしない方が良かったりする。
結局私は三奈ちゃんと2人部屋になった。
他の組み合わせはお茶子ちゃんと百ちゃん、梅雨ちゃんと透ちゃんと響香ちゃんだ。
特に仲がいい組み合わせが綺麗にばらけたなぁと思う。
まあ皆仲いいから誰とでも問題ないのは本当だしそんなに気にしてないけど。
食事と入浴を済ませて部屋で三奈ちゃんと話していたら、唐突に三奈ちゃんがパジャマパーティーを提案してきたからお茶子ちゃんたちも誘って皆で3人部屋を襲撃したりもした。
7人全員集まって多少騒ぎはしたけど、これくらいなら節度ある範囲だと思う。
男子とか部屋割りの段階で大騒ぎして相澤先生にガチギレされていたし。
トラブルのせいでこんなことになったけど、これはこれで楽しかった。
部屋の入口や窓の方に成り替わり対策であろう隠しカメラがあったのが少し気になったけど、トガ対策だと思って黙っておいた。