始業式の翌日。
今日は普通に授業だ。演習とかもないし、基本的に座学だけの日になる。
朝食を食べて普通に登校した感じだ。
掃除とかは緑谷くんと爆豪くんがやってくれるからすごく楽だ。
昨日帰った後なんか峰田くんが爆豪くんを「このホコリはなんです?」とか言って姑みたいに煽っていたけど、今日の朝も煽りちらしてから登校していた。
なんで普段はエロ方面以外は気が小さいのにそうなるのか。しかも爆豪くん相手に。
峰田くんは本当によく分からない。
あと朝にあった出来事と言えば、口田くんが寝坊して慌てていたくらいだろうか。遅刻はせずにギリギリセーフだったから何も言うことはないけど。
最近夜に結ちゃんがはしゃいでいるから、そのせいで眠れないのだろう。
そして、1時間目の授業が終わって透ちゃんの席に向かっていた時にそれは起こった。
結ちゃんが口田くんの部屋から脱走したのだ。
ぴょこぴょこ普通に部屋を出ていることを考えると、ただのドアの締め忘れである。
「……口田くん……何やってるの……」
「どうしたの?」
「結ちゃん……口田くんの部屋から脱走した……」
「ええ!?」
「ちょっと口田くんに……伝えてくる……」
「そ、そうだね!その方がいいよ!」
透ちゃんに断ってから口田くんの方に歩いていく。
透ちゃんも普通についてきた。
「口田くん……」
私が声をかけると言葉は話さずに小首を傾げてこっちを向く口田くん。
相変わらず無口だ。恥ずかしいだけなんだろうけど。
「結ちゃんが……部屋から脱走してるんだけど……」
「えっ!?」
流石に口田くんも驚いて声を出した。
その後慌てたように私に確認してくる。
「ど、どういうこと波動さん!?」
「どういうこともなにも……口田くん……朝ちゃんとドア閉めた……?」
「……あぁっ!!?」
ようやく自分がしっかりとドアを閉めていなかったことに気が付いたらしい。
口田くんはもう大慌てだ。
その様子を見て周囲の皆も気になったようで、話に入ってきた。
「口田、朝遅刻しかけてたもんなぁ」
「脱走って、結ちゃん大丈夫なの?」
「ん……今は部屋の前の廊下を……ぴょんぴょんしてるだけだけど……」
「無事ならいいのだけど、ちょっと心配ね」
砂藤くんやお茶子ちゃん、梅雨ちゃんたちも心配そうにしている。
私も心配だ。
結ちゃん、寮の中庭を見下ろして大興奮している。
思いっきり野を駆けて、お腹いっぱい芝を食べたいって考えている。なんなら穴も掘ってみたいらしい。
可愛らしい兎としての本能と欲求なんだけど、流石に心配だ。
口田くんもあわあわしてしまっていてどうすべきか迷っている。
今から寮に行くと間違いなく次の授業に間に合わないし、放置しておくのは普通に心配だ。
緑谷くんたちに連絡すればいいだけの話だと思うんだけど、口田くんは慌てすぎて全然そのことに気が付いていない。
そんな口田くんの様子を見かねて、飯田くんが話しかける。
「不注意はもう仕方あるまい。今日は幸いにも緑谷くんたちが寮にいるのだ。電話で保護してもらえるように依頼すればいいだろう」
「あっ!!そうだねっ!ありがとう飯田くん!」
そう言って口田くんはスマホを取り出して大急ぎで緑谷くんに電話をかけ始めた。
その時だった。
「えっ……」
「今度はどうしたの?」
「波動にその反応されると、何があったのか少し怖くなるんだけど……」
「……結ちゃん……一人でエレベーター……乗ったんだけど……」
「……は?」
「……え、どういうこと?」
私も自分の感知を疑ったけど、間違いない。
結ちゃんはジャンプしてボタンを蹴ってエレベーターを呼んだ。
その後エレベーターを待って、ドアが開いたらすかさず乗り込んで、華麗なジャンプで1階のボタンを押した。
中庭に出るという明確な意思を持って、エレベーターに乗っていた。乗り方は口田くんの操作を見て覚えていたらしい。
なんだこのスーパー兎。
「ジャンプして……ボタン押して……エレベーター乗った……乗ってから……ちゃんと1階のボタン押してる……」
「えええええっ!!?」
「どういうことなの!?」
「なんだそれ!?結ちゃん本当に兎なのか!?」
皆もますます混乱して結ちゃんの脅威の学習能力に驚愕している。
「だけど、そうなるとますます心配ね……早く緑谷ちゃんたちに保護してもらわないと」
「う、うん……あっ、緑谷くん!ご、ごめんね急に!実は―――」
口田くんがかけていた電話も緑谷くんに通じたようで、事情を説明し始める。
「じ、実はエレベーターに乗ったみたいで……うん……えっ、いないの!?」
今緑谷くんがエレベーターを確認したら、確かにエレベーターがちょうど1階に来ていたけど中には誰もいなかったらしい。
まあそれも当然だ。結ちゃんは爆豪くんがかけ続けている掃除機の音にビックリしてエレベーターを降りたらすぐに物陰に隠れてしまった。
確認するように口田くんが私の方を見てくる。
「結ちゃん……掃除機の音にビックリしたみたい……今はエレベーターを降りて……共有スペースのソファの陰に……隠れてる……」
「あ、ありがとう!波動さんが言うには、ソファの陰に隠れてるみたいで……」
『いた!後は僕たちでなんとかするから!任せて!』
スマホからそんな声が聞こえたと思ったらぶつっと通話が切れた。
僕たちってことは、爆豪くんにも協力させるつもりだろうか。
爆豪くんなら根は真面目だし優しい所もあるから大丈夫だとは思うけど、一方で普段の言動を見ていると爆発させてこんがりいっちゃわないかも心配になってしまう。
まあもう任せるしか選択肢はないんだけど。
口田くんもまだ凄く心配そうな顔をしている。
これは多分授業には集中できないだろうな。
「結ちゃん……」
「口田くん……後はまかせよ……」
「そうね。緑谷ちゃんが任せてって言ってくれたんだし、きっと大丈夫よ」
「……うん、そうだね」
口田くんは心配そうにしながらも、席に座った。
授業と授業の合間の休み時間は10分しかない。
時間ギリギリだったから、皆も急いで席に戻って授業の準備を始めた。
授業が始まったのはいいんだけど、私は全然授業に集中できていなかった。
爆豪くんは最初はドア閉め忘れたマヌケの責任って言って手伝おうとしてなかったけど、緑谷くんの謹慎中に何かあったら相澤先生に怒られるという説得に応じて、渋々2人で結ちゃんを追いかけ始めていた。
私はこの件で結ちゃんに何かあっても、口田くんが怒られることはあっても爆豪くんは怒られることは無いと思っている。だからそんな説得で応じるあたり、やっぱりなんだかんだ言って爆豪くんは優しい。
というか、結ちゃんがバクゴウとかミドリヤとか考えているのを見るあたり、もしかして結ちゃん拙いながらも人の言葉が分かるんだろうか。しかも人間の個体識別をできるレベルで。
普段から口田くんに対して甲司って考えてるのは名前も覚えちゃうくらいすごい懐いてるんだなって思ってたけど、もしかして賢いだけなのか。
本当になんだこのスーパー兎。すごいな結ちゃん。
爆豪くんは爆発ダッシュまで使っていたけど、緑谷くんが止めてくれた。
結ちゃんも爆発の音にすごいびっくりしていたから、ちゃんと止めてくれてよかった。
爆豪くんも緑谷くんの兎の習性を含めた理詰めの説得にイラつきながら応じてくれていた。
その隙に結ちゃんはエレベーターで再び逃走した。逃走先は2階の峰田くんの部屋だ。
緑谷くんたちは二手に分かれて探すことにしたらしい。爆豪くんは2階から、緑谷くんは5階からだ。
まあそこまではいいんだけど、文句を言いながら探している爆豪くんが峰田くんの部屋に入った。
そこからは爆豪くんの思考は罵詈雑言の嵐だった。
まあそれも当然である。ブドウ頭の部屋は堂々と全裸の女性のポスターが沢山貼られているし、成年向けの雑誌と思われるものも所狭しと山積みにされている。
こんなの見たら文句の一言も言いたくなるだろう。
爆豪くんがこれに気を取られた間に結ちゃんが雑誌の山を崩して爆豪くんを埋めた上で逃走しているし、キレ具合が酷いことになっている。
でも出し抜かれて頭が1回沸騰したら、逆に冷静になったらしい。
爆豪くんがバナナで釣る作戦を提案して見事に結ちゃんを確保した。
バナナの匂いに気が付いてからの結ちゃんの思考は可愛かった。
バナナだ!バナナ!!とかとにかくバナナで思考が埋め尽くされていて、他のことは何も考えずに探し回っていたのだ。
口田くんを守るべきなんてかっこいいことを考えていても本能には勝てなかったんだろう。
そんな感じで授業中ずっと寮の方を監視していたせいで、上の空になってしまっていてマイク先生に弄られたけどまあ良しとしよう。
授業が終わり次第口田くんに無事保護されたことを伝えたら心底安心していた。
口田くんはそのまま電話で緑谷くんにお礼を言い続けていた。
授業が終わって寮に戻ると、また峰田くんが爆豪くんを揶揄っていた。
「掃除が板についてきましたなぁ!もう掃除屋のナンバーワン目指した方がいいんじゃねぇ!?」
「てめーの部屋、まるごと燃やして掃除したる!!」
爆豪くんの意見に大賛成だ。あんな魔窟全て焼き払って欲しい。
それはそれとして三奈ちゃん、お茶子ちゃん、透ちゃんと一緒に口田くんに抱えられている結ちゃんに駆け寄る。
「わー、ふわふわ癒されるぅ~」
「あ、もしかして中庭で遊ばせるの?よかったねぇ!」
「やっぱりかわいいねぇ」
結ちゃんを愛でる3人を尻目に私は口田くんに話しかける。
結ちゃんはさっき自分の意図が口田くんに伝わらなくて、人間と動物の翻訳機を作ってくれって切望していた。本当に意味が分からない頭の良さだけど、本心を伝えておいてあげるべきかなと思ったのだ。
「口田くん……」
「どうしたの?」
「結ちゃん……さっきぷうぷう鳴いてたでしょ……確かに中庭には降りたがってたけど……さっき言いたいことは違ったから……それに結ちゃん、上手く伝わらなくて人と動物の翻訳機が欲しいって……思ってたから……結ちゃんの本心を伝えておこうと思って……」
「え、そうなの?」
口田くんが透ちゃんたちに撫でられている結ちゃんに確認すると、目を輝かせながら頷いた。
……普通に日本語通じてるよね。結ちゃん、賢すぎる。
私に対する結ちゃんの期待の思考がすごいことになっている。
「結ちゃん……爆豪くんと緑谷くんを見て……皆優しいんだって安心したみたい……だから……結ちゃんが口田くんを守らなくても……ここは安全だから……かっこいいヒーローになるために……学校でたくさん勉強してこいって……俺は帰ってくるのを部屋で待ってるから……だって……」
「それ、本当?」
「ん……私……嘘は嫌い……」
「結ちゃん……!」
口田くんは感動したように声を震わせながら優しく結ちゃんを抱きしめていた。
大好きな口田くんに抱きしめられて結ちゃんもご満悦そうだ。
私にも『ハドウは翻訳機だったのか!?』とか、『ありがとう!』なんて思考を向けてきている。
ぷうぷう鳴いている姿が可愛らしい。
「結ちゃんいい子だねぇ」
「ん……すごくいい子……口田くんのこと……弟だと思ってるみたい……大切な家族なんだと思う……」
「いい話やんなぁ」
「私たちのことも……新しい家族だと……思ってるみたいだよ……」
「結ちゃんそれは可愛すぎるでしょ……!」
ひとしきり抱きしめて満足したらしい口田くんが嬉しそうにこちらに向き直った。
「ありがとう、波動さん」
「ん……気にしないで……それより……結ちゃん……中庭で遊ばせてあげよ……朝からずっと遊びたかったみたいだし……」
「うん!」
ウキウキした様子の口田くんが、中庭への期待を隠しきれない結ちゃんを抱えたまま走っていった。
早速中庭のドアを開けて結ちゃんを好きにさせてあげている。
日差しが差し込んでいる中庭を小さな兎が嬉しそうに駆け回っていた。