結ちゃん脱走事件のさらに2日後。
緑谷くんの謹慎が終わった。
彼は鬼気迫った表情で教室に入ってくるなり大声で謝罪しだした。
「ご迷惑をおかけしました!!」
「デクくんオツトメごくろうさま!!」
「オツトメって……つか何息巻いてんの?」
お茶子ちゃんが鼻息荒く謝罪している緑谷くんににこやかに声をかける。
響香ちゃんはお茶子ちゃんの言い方にツッコミつつも緑谷くんに問いかける。
「飯田くん!!ごめんね!!!失望させてしまって!!」
「うむ……反省してくれればいいが……しかしどうした?」
「この三日間でついた差を取り戻すんだ!」
「あ、良いなそういうの好き俺!」
緑谷くんは息巻いている理由をそう声高に宣言した。
すごく鼻息が荒い。
私も緑谷くんの謹慎が明けて嬉しい。
「……ふふふ……緑谷くんも皆も……今日の授業は期待していい……!」
「……波動もなんか妙に息巻いてない?」
「う~ん……朝からこの調子なんだけど、教えてくれないんだよね」
「このあとすぐの……お楽しみ……!!」
透ちゃんや響香ちゃんが困惑しているけど、そんなのは知ったことではない。
透ちゃんはお姉ちゃん関連かななんて予想を付けているみたいだけど、確信には至れていないみたいだ。
私が息巻いている理由なんて一つしかない。
なんと今日はお姉ちゃんの素晴らしさが皆の胸に刻まれる日なのだ。
昨日からお姉ちゃんと相澤先生がそういう思考だったから間違いない。
先生はお姉ちゃんたちを呼ぶのに緑谷くんの謹慎明けを待っていたようなのだ。
実際今もお姉ちゃんたちビッグ3が相澤先生と話している。この後の授業でお姉ちゃんたちが来ると見て間違いなさそうだ。
こんな日に謹慎だなんて爆豪くんも馬鹿なことをしたものだ。お姉ちゃんの雄姿を見れないなんてかわいそうで仕方ない。
そしてヒーロー基礎学の授業の時間。
ついにお姉ちゃんが皆の前に登場する時間になったのだ。
今は相澤先生が話しているところだ。
「じゃ緑谷も戻ったところで、本格的にインターンの話をしていこう。入っておいで」
流石相澤先生。いつも通り合理的で素早い説明だ。
お姉ちゃんが活躍する時間を1秒でも長くしてくれるなんて、相澤先生も分かっていると言わざるを得ない。
そしてその相澤先生の言葉とともに、お姉ちゃんと通形さん、天喰さんが教室に入ってきた。
その姿を見た瞬間透ちゃんが『あ~、そういうこと……』って納得しているけど、なぜそんなに気落ちしているのか意味が分からない。
お姉ちゃんがこれから大活躍するのだから、テンション爆上げになってくれないと。
「職場体験とどういう違いがあるのか、直に経験している人間から話してもらう。多忙な中都合を合わせてくれたんだ。心して聞くように。現雄英生の中でもトップに君臨する3年生3名―――……通称、ビッグ3の皆だ」
流石お姉ちゃん。立ち姿も綺麗で可愛らしくて非の打ちどころがない。
私がドヤ顔で頷いていると響香ちゃんがこっちを見て若干引きながら呟いた。
「……波動が散々アピールしてたから、そういう人がいるのは知ってたけど……」
「びっぐすりー!!」
「めっちゃキレーな人いるし、あれ波動の姉だよな?見た目だけだとそんな感じには見えねーけど……普段の波動の言動からして、そんな感じなのか……?」
上鳴くんがお姉ちゃんの美貌に早速やられたらしい。
まあお姉ちゃんは絶世の美女だから仕方ない。見惚れるだけなら許してやろう。
手を出すのは絶対に許さないけど。もし手を出そうとしたら即制裁だ。
お姉ちゃんの相手は私がしっかりと見定めるのだ。
今の所お姉ちゃんとそういう関係になってもいいと私が思えるのは通形さんと天喰さんだけだ。
荒れていたお姉ちゃんをここまで戻してくれた2人には感謝してもしきれないのだ。
お姉ちゃんがどちらかを交際相手として連れてきたら私は大喜びで祝福するつもりだ。
私がお姉ちゃんの登場に内心ヒートアップしていると、相澤先生がお姉ちゃんたちに自己紹介を促した。
「じゃ手短に自己紹介してくれ。天喰から」
その言葉とともに、天喰さんが凄まじい目力で教室を見渡した。
彼は私たちの頭をジャガイモに見立てているらしい。
皆は息を呑んでいるけど、私はそのギャップに噴き出してしまった。
「ぷふぅーっ!」
「は、波動……?」
隣の響香ちゃんが困惑して冷や汗を流しながら私を見てくる。
だけどこんなに面白い天喰さんが悪い。
なんであんなにすごい目力なのに、内心はあんなに小心者なのか。周囲の皆の反応とのギャップも相まって笑うのを耐えられない。
「駄目だミリオ……波動さん……ジャガイモだと思って臨んでも……頭部以外が人間のままで、依然人間にしか見えない。どうしたらいい。言葉が……出てこない。頭が真っ白だ……しかも……波動さんの妹……爆笑してるし……辛いっ……!帰りたい……!」
天喰さんはいつもの天喰さんだった。
いくらなんでも小心者すぎる。
お姉ちゃんが思い浮かべている『ノミの心臓』というのがピタリと当てはまる小心者具合だ。
皆はさらに困惑していて空気が変なことになっていた。
「雄英……ヒーロー科のトップ……ですよね……」
代表して尾白くんが困惑したまま途切れ途切れに質問する。
私は残念ながら笑いを耐えるのに必死で平静を装うことすらできないから、フォローしてあげることもできない。
質問にも答えられず動かなくなっている天喰さんの代わりに、菩薩の如き優しさを持つお姉ちゃんがフォローし始めた。
「あ、聞いて天喰くん!そういうのノミの心臓って言うんだって!ね!人間なのにね!不思議!」
ケラケラと笑い飛ばしながら不思議がるお姉ちゃん。かわいい。
そしてお姉ちゃんはそのまま天喰さんの自己紹介も代わりにし始めた。
「彼はノミの"天喰環"。それで私が"波動ねじれ"。今日はインターンについて皆にお話ししてほしいと頼まれて来ました」
真面目な話も出来るお姉ちゃん、流石である。出来る女だ。非の打ちどころがない。
そこからはお姉ちゃんの独壇場が始まった。
「けどしかし、ねえねえところで君はなんでマスクを?風邪?オシャレ?」
「!……これは昔に「あらあとあなた轟くんだよね!!ね!?なんでそんなところ火傷したの!?」
障子くんが律義に答えようとしているけど、あの状態になったお姉ちゃんはもう止まらない。
なんでも気になることを聞き続けるのだ。無邪気で可愛い。
そして話を振られた轟くんも答えようとするけど、さらにお姉ちゃんに遮られた。
「……!?それは「芦戸さんはその角折れちゃったら生えてくる?動くの!?ね?峰田くんのボールみたいなのは髪の毛?散髪はどうやるの!?蛙吹さんはアマガエル?ヒキガエルじゃないよね?どの子も皆気になるところばかり!不思議!」
「天然っぽーい。かわいー」
「幼稚園児みたいだ」
「見た目は大きくなった波動って感じなのに、性格が全然違うね……」
三奈ちゃんと上鳴くんは2人ともよく分かっている。
お姉ちゃんは天然さんだし幼稚園児のような無垢さも併せ持っている完璧超人スーパーお姉ちゃんなのだ。
まさに現世に降臨した天使だ。
私もドヤ顔で頷くばかりである。
響香ちゃんも私の様子と姉妹のギャップにドン引きなんかしてないで、お姉ちゃんをもっとその目に焼き付けておくべきだ。
「オイラの玉が気になるってちょっとちょっとーーーー!!?セクハラですって先パハァイ!!」
は?
「おい波動、お前の姉だろ。なんとか「お姉ちゃんをそんな目で見るなブドウ頭ぁ!!!」
お姉ちゃんに見惚れるのはいい。だけど性欲に塗れた汚らわしい視線を向けるのは許さない。
ブドウ頭なんてお姉ちゃんの相手として論外だ。これは許されざる暴挙である。
とりあえずその汚らわしい視線をやめさせるべく私はブドウ頭をがるるるって感じで威嚇する。
皆が困惑してこっちを凝視しているし『えぇ……』って一致した思考が聞こえた気がするけどきっと気のせいだ。
相澤先生が何か言っていたのを遮った気がするけど、そんなことよりもお姉ちゃんを欲望に塗れた目で見るブドウ頭をどうにかしなくてはいけないのだ。
「ねえねえ尾白くんは尻尾で身体支えられる?ねえねえ答えて気になるの!」
その間にもお姉ちゃんがぴょんって可愛らしくジャンプしながら聞き込みを続けている。
ブドウ頭も私の威嚇でようやく欲望に塗れた視線をひっこめたし、この場はここまでにしておこう。
「……合理性に欠くね?」
「イレイザーヘッド安心してください!!大トリは俺なんだよね!」
相澤先生が震えるような地を這うような低い声で通形さんに話しかけている。何か嫌なことでもあったのだろうか。
そんな相澤先生の要望を受けて、通形さんが声を張り上げた。
「前途ーーーー!!?」
通形さんのその声掛けの意味を皆は理解できなくて完全に固まっている。
私は求めていることは分かっているけど、まだ続いているお姉ちゃんの質問攻めを観察するのに忙しいから応じる余裕はない。
「多難ーーー!っつってね!よぉしツカミは大失敗だ!!」
ハッハッハッハッハッなんて通形さんが高笑いしている。
その傍らで、隠れてお姉ちゃんの陰口を言う不届き者が現れた。
「……3人とも変だよな。ビッグ3という割には……なんかさ……」
「風格が感じられん……」
砂藤くんと常闇くん、それに聞くことに徹していた会話相手は口田くんか。
お姉ちゃんの悪口なんて許されざる暴挙である。
分からせるべくそっちの3人にも威嚇しておく。
「は、波動、落ち着いて」
「駄目だよ……!!お姉ちゃんへの罵倒は……許されざる暴挙なんだから……!!」
「分かった。お姉さんがすごいのはもう分かったから、ね?」
「でもまだお姉ちゃんの悪口言う不届き者がいる……!牽制してもっとお姉ちゃんの良さを布教しないと……!!」
響香ちゃんが宥めようとしてくるけど、お姉ちゃんへの罵倒は許すことはできない。
私が思いっきり睨んで威嚇していることに気が付いたらしい3人は、冷や汗を流しながらこっちに首を振って何も話していませんよという風を装ってきた。
思考を見る限り私の変化に困惑はしているけど、お姉ちゃんへの悪口は思い浮かべていない。
過ちに気が付いたというなら、後でお姉ちゃんの良いところを言って聞かせるくらいで許してやろう。
そんな喧騒は気にせずに通形さんは話を続けていた。
「まぁ何が何やらって顔してるよね。必修ってわけでもないインターンの説明に、突如現れた3年生だ。そりゃわけもないよね。1年から仮免取得……だよね。フム……今年の1年ってすごく……元気があるよね……そうだねぇ……なにやらスベり倒してしまったようだし……君たちまとめて、俺と戦ってみようよ!!」
その通形さんの声で、皆の思考が驚愕一色になった。
この感じだとこの意見は通りそうかな。何故か相澤先生も疲れ果ててるし。
「俺たちの"経験"をその身で経験した方が合理的でしょう!?どうでしょうねイレイザーヘッド!」
「…………好きにしな」
諦めたような相澤先生の許可を受けて、お姉ちゃんの独壇場は終わりを告げてしまった。
こうして私たちは通形さんと体育館γで模擬戦をすることになった。
……これを機についでにお姉ちゃんの強さももっと布教できないかな……?