忘れ去られたもう一柱の神〜IF旅人〜   作:酒蒸

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第10話 消えたアガレス

翌朝モンド城内で蛍はジンに再び呼び出されていたため西風騎士団本部へ向かうため、ゲーテホテル付近を通りがかった時のことだった。

 

「ん?アレってジン団長じゃないか?」

 

パイモンがそのゲーテホテルの入り口付近を指差す。蛍も噴水の影から入口付近に目を向けると、確かにジンが腕を組みながら立っている。そしてその前には異国の格好をして仮面を着用している女性が少し口の端を持ち上げながら腕を組んでいる。

 

「───我々の立場は理解されていると思うが…あの魔龍を直ちに滅ぼすことができないのならば我々『ファデュイ』にモンドの防衛を任せるべきかと」

 

口の端を持ち上げ、嗤う女性の表情からは眼前のジンだけでなく西風騎士団、ひいてはモンドそのものを見下していることが察せられた。女性は更に続ける。

 

「モンドの龍災に困っているあなた方の意を汲み、我々であればすぐにでもあのケダモノを───「『ケダモノ』?」おや、代理団長殿は違うとでも?」

 

ニヤニヤしながら女性はジンにそう問いかけた。ジンはわかりやすく大きい溜息を吐くと、

 

「モンドの四風守護、その一柱を『処理』したいだと…?貴国の外交官にはもう少々まともな態度を示していただきたい。何より…西風騎士の前でそのような戯言はやめていただきたい」

 

眉を吊り上げてそう言った。対する女性は絶句しているかと思えばさぞかし面白いとばかりに笑った。

 

「よかろう、本日の協議はここまでだ…ふむ、成果としては、『双方が誠実に、実に建設的な意見を交わし合った』ということでいいかな?」

 

女性はジンの返答を待たず背を向け去って行く。その様子を見たジンは再び大きい溜息を吐く。話し合いが終わったことを見計らってようやく蛍とパイモンがジンに話しかけた。

 

「ジン〜、来たぞ〜」

 

パイモンがふよふよと浮かびながらジンの下へ向かう。そんな様子を見たジンは少し嬉しそうに目を細め、

 

「旅人、パイモン、また呼び立ててしまってすまない」

 

ジンは先ずそう言って軽く頭を下げる。蛍は首を横に振って問題ないことを示し、代わりにパイモンが口を開いた。

 

「それは全然構わないんだけど、どうしたんだ?あっ、もしかして『龍災』について何かわかったとかか?」

 

「はは、あながち外れていないとも言えるかも知れないな」

 

ジンは少し微笑みながらパイモンにそう告げると、周囲を見回して苦笑した。

 

「だがここでは何だし、大団長室へ行こう。そこで色々と話しておきたいことがあるんだ」

 

ジンのその言葉に蛍とパイモンは首肯く。

 

 

 

やがて、蛍達はジンに西風騎士団本部の大団長室に再び案内された。ジンは蛍達に適当な場所に座ってくれ、と言ってから大団長室の椅子に座って真剣な表情を浮かべた。

 

「まずは昨日はありがとう。お陰でモンドを取り巻く異常な元素の循環と地脈の異常は解消された。ついでに言うと前回のふう…トワリンの襲撃による余波も一息ついた」

 

ただ、とジンは蛍に言う。

 

「先程のやり取りを見ていたならわかると思うが…近頃は無視できないほどに使節団の圧力が強まっている。もしかしたら君達にも何かしらの圧力をかけてくるかも知れない。十二分に警戒しておいて損はないだろう」

 

ジンの言葉に蛍とパイモンは首肯いて同意しつつ、使節団のことを気にしたパイモンがジンに、

 

「ところで、使節団ってのは璃月港のか?それとも、稲妻城からのか?」

 

そう聞いた。ジンは考え込むように顎に手を当てると、少しの間瞑目した。静けさもつかの間、ジンは目を開くと同時に口も開いた。

 

「…スネージナヤ…七神の中で氷神を祀る国からだ。その使者の名前は『ファデュイ』というんだが…聞いたことあるか?」

 

蛍は首を傾げたがパイモンは聞いたことがあるようで何回か首を縦に振る。それと同時にあまりいいイメージはない、とも付け加えていた。ジンはそんなパイモンの認識に軽くだけ首肯くと、

 

「トワリンを殺すことが私には正しい解決方法だとは思えないんだ。氷神率いるファデュイは風神眷属の力を望んでいる…それが見え見えなんだ」

 

ジンは苦々しげに表情を曇らせるが、すぐに蛍達に明るい声で言う。

 

「だが、西風騎士団とてこの国を護る役割がある。決して屈しはしないさ」

 

それで、ここからが本題と言っても差し支えないんだが…とジンは再び真剣な表情になった。蛍達はそんなジンの様子に緊張を感じつつ言葉を待った。

 

ジンはそんな蛍達の様子を察して、なるべく自分が動揺しているのを見せないように告げる。

 

「…アガレスの姿が昨夜から見えないんだ」

 

ジンの言葉に蛍は目を見開いて若干抗議するような声を上げた。

 

「…でも昨日報告していた時はまだ…」

 

しかし、すぐにジンは首を横に振りながら言う。

 

「その後、大団長室を出て行った彼の足取りが掴めないんだ。大団長室の前、そして西風騎士団本部の入り口にも見張りの騎士が立っていたはずだが…誰も見ていない、と」

 

状況の異常さに報告を聞いた時のジンは驚きを隠せず大団長室を飛び出して探しに行こうとしたくらいである。勿論、アガレスが敵対すると不味いため自ら説得に赴こうとしたのである。しかし足取りどころか手掛かりそのものを全く残していない以上追うのは不可能だ、とガイアが諌め現在に至っている。

 

「…現在、できる限りの人員で彼を探しているのだが…未だにその手掛かりすら全く掴めていない。旅人、一応君には伝えておいたほうがいいかと思っていたんだ」

 

ジンの言葉に蛍は神妙な顔つきで首肯く。ジンが蛍を下がらせるべく口を開いた瞬間、蛍はジンよりも早く口を開いた。

 

「昨日のアガレスさんは…」

 

「そうだ、昨日のアガレスは顔色が悪かったんだ!もしかしたら何処かで倒れてるのかも…」

 

蛍の言葉にパイモンも同調しながらそう感想を漏らした。だがジンは首を横に振ってパイモンの意見を否定した。

 

「そうであればわざわざ痕跡を残さぬように移動する理由などないだろう。まぁ、私達の前から姿を消す理由も、顔色が悪かった理由も不明なままだ…何にせよ、彼を見つけないことには何もわからないな」

 

ジンは話の内容をそう締め括った。

 

「…アガレスさん、一体何処に…?」

 

蛍とパイモンはなんだかんだで自分達を助けてくれたアガレスのことを心配せずにはいられないのだった。

 

 

 

そのまま蛍達は西風騎士団本部を出た。結局の所手伝いを頼まれたのはそこまでだったからである。

 

「モンドは龍災で悩まされてるみたいだし…オイラ達も色々手伝った方がいいよな。一先ずアガレスを探さないといけないし、アガレスを目撃した人がいないかもう一回確認してみようぜ!」

 

パイモンの言葉に蛍は少しだけ微笑みながら首肯く。そして西風騎士団本部の入り口の階段を降りた時だった。

 

「あっ…あれって…」

 

パイモンが驚いたように目を剥きながら道の少し先を指さした。蛍もパイモンの視線の先を見て同様に驚いていた。

 

そこには緑色の少年が走って行く姿があった。蛍達にしてみればアガレスから伝えられたトワリンと共にいた少年の容姿そのものである。パイモンはハッと我に返ると、

 

「た、旅人!!は、早く追わないと!!」

 

蛍もその言葉に首肯くと元素視覚を使って緑色の少年の足跡に付着している風元素の痕跡を辿っていく。そのまま辿っていくと以前蛍がトワリンの旋風に巻き込まれた場所まで戻ってきた。だが前回来たときより人が多いようで風神像の前に通行人が集まっているようだった。その様子を見た蛍達は首を傾げながら近付いていく。

 

人混みを掻き分けて最前列まで到着した蛍達が見たものは、風神像の前でライアーを爪弾くあの緑色の少年だった。

 

少年は目を瞑っていたがやがてライアーの音に合わせて歌い始めた。

 

 

 

───ボクが話すは、古の始まり。神々がまだ大地を歩く時代の物語。

 

天空の龍が降り立ち、世界の全てに好奇を抱く。龍は自ら答えを探し、雑然とした世に目を回す。

 

風の歌い手が琴を爪弾き、強大な力を持つ別の龍が唄った時、『天空のライアー』がそれに答えた。

 

天空の龍は好奇に駆られし幼子で、過去の苦悩を忘却せんとして飛翔しただけ。強大な龍は幼子に世界の知識を与え、風の歌い手へ託した。

 

それは詩に耳を傾け、音を諳んずる。万物に己が心を理解させるために、或いは強大な龍に報いるために。

 

歌い手と天空の龍は伝説と相成り、強大な龍は風を忘れ大地を去った。暗黒の時代が、やがて始まる。

 

獅子の牙は朽ち、鷹の旗は落ち、一頭の悪龍がモンドへ迫る。大聖堂は辛苦に包まれ、溜息は詩人によって再び詩となった。

 

天空の龍が召喚に応じ、吹き荒ぶ暴風の中悪龍と共に殺戮に舞う。

 

天空の龍は悪龍の毒血を飲みて永き眠りに落ちる。蘇りし時、知る者は誰もいない。

 

───今の人々は、何故我を嫌う?

 

天空のライアーは答えず、深い怒りと悲しみ、命と毒が涙となりて龍の目尻から流るる粒となる。詩は沈黙し、腐敗は進み、天空の龍は話せなくなった。

 

 

 

詩はそこで終わり、緑色の少年のライアーを爪弾く音と共に拍手がそこかしこから巻き起こる。少年は少し寂しそうに笑うと、

 

「───実はもう一つ、キミ達に聞かせたい物語があってね。良ければ聞いていってもらえるかい?」

 

───遥かな昔、まだ風が自力で動くことのできなかった時代、一匹の龍が生を受けた。

 

やがてその龍は風が自由に動けるようになった時、人の姿を得た。

 

風の精霊は言う、「外の世界を見て回りたい」と。

 

龍は返した、「共に?」

 

風の精霊は笑う、「そう、ボクたちは、友人だから」

 

龍は首肯いた、「良いだろう、世界を未だ知らぬ者よ」

 

風の精霊と龍は世界の色々な場所を見て回った。氷の大地、火山の山脈、水に囲まれた島々、砂の平原…風の精霊と龍はやがて最も穏やかな風の吹く場所へと辿り着く。

 

風の精霊は言う、「風向きは変わるもの」

 

「いつか光射す方へと吹いてくる」

 

「これからは、ボクの祝福と、そしてキミとともに、もっと自由に生きていこう」

 

龍は言う、「風は自由だ」

 

「お前も同じように自由だ」

 

「できることならばお前のように自由でいたかった」

 

風の精霊は自らの国を持ち、そこに自由な世界を創造した。龍は自らの大切な世界そのものを護ろうと奔走した。

 

どれだけの月日が過ぎ、人が生まれ、国家を作り、魔神達が鎬を削り、風の精霊が人の姿を得て、風の精霊や龍が神と呼ばれるようになっても、龍は大切な世界を護り続けた。

 

やがて来る『終焉』に対処するため、龍は笑い、泣き、そして友人へ別れを告げた。蘇りし時、知る者は誰一人として存在しない。

 

───誰か…俺を見つけてくれ…。

 

忘れ去られた龍は深い悲しみを胸に秘め、孤独に生きていくことを誓う。

 

けれど風の精霊は忘れはしない。親友だった龍のことを。

 

そして唄う、龍が戻ってきてくれるようにと。

 

 

 

再びライアーの音色と共に少年は語り終えた。同時に先程より少なくはなったが残っている人々から拍手が上がった。

 

「───これにて、ボクの講演は終了、ご清聴いただきありがとうございましたっ」

 

少年の周りから思い思いの感想を述べながら人が去って行く。勿論、チップもそれなりに支払われているようだ。ほとんどの人々が去って行く中、少年に近付く二人組がいた。

 

勿論、蛍とパイモンである。少年は二人に気が付いてチップの入った袋を懐にしまってから視線を向けた。

 

「…おや、キミ達は…もしかして…」

 

少年は思い出したように告げる。

 

「うん、やっぱり。あの時トワリンを驚かした人と一緒にいた人達だよね」

 

少年の言葉に蛍とパイモンは少し驚きの表情を浮かべた。

 

「トワリン?普通の人は『風魔龍』って呼ぶよな…もしかして、トワリンと仲がいいとか?」

 

パイモンの言葉に少年は笑みを浮かべながら肩を竦めるだけではぐらかした。そんな様子にパイモンはうげっと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「旅人、やっぱこいつ怪しくないか?」

 

「それより…こんにちは、あなたの名前は?」

 

パイモンの言葉を軽く流した蛍は少年に挨拶して名前を聞いた。少年はこんにちは、と挨拶を返すと胸に手を当てて自己紹介をした。

 

「ボクの名前はウェンティ、ただのしがない吟遊詩人さ…と言いたいところだけど詳しい話はここじゃできないね」

 

少年───ウェンティはニッと笑ってそう言った。ウェンティは一先ず蛍達に、

 

「今日の夜、風立ちの地にある七天神像においで。色々ボクに聞きたいこともあるだろうしね」

 

そう言って去って行った。蛍達は一先ず情報を得たため、夜に七天神像へと向かうことにするのだった。

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