ってやったのがこの話です。今回はアガレスサイドのお話ですね。
蛍達がウェンティと出会った日の夜。モンド城の側門から現れる複数の影があった。
複数の影は月光に照らされておらず、城壁の影になっている場所で文字通り真っ黒だ。だが常人より少し小さいその体躯、手に持つ棍棒からその影はヒルチャールだとわかる。
『ククク…馬鹿な奴等だ、こちら側の警備が薄いのは把握済みだ…』
複数体のヒルチャールの後ろからふよふよと浮いてやって来たのはアビスの魔術師・氷である。少し下卑た笑いをしながらヒルチャール達を操ってモンドを襲わせようとしている。
その笑いからはモンドを護る西風騎士団、そして襲撃にも気が付かないモンドの民…何よりモンドそのものを見下していることが感じ取れる。現にアビスの魔術師・氷は大胆に行動しており、その笑い声を隠そうともしなかった。
その時、偶然通りがかったモンドの住民───ドンナという女性がヒルチャール達を目にして手に持っている花籠を地面に落とした。その音によってヒルチャール達の視線がドンナに集中した。
『目撃されたか…まぁいい、どうせ変わらないから殺せ』
ドンナは迫り来るヒルチャール達を前にして逃げようとしたが足が竦んで動かず腰を抜かして転んで膝を擦り剥いた。ジリジリと距離を詰めるヒルチャールを前にしてドンナは目に涙を沢山溜めて目を瞑ってその時を待った。
「───今更こんなことしても無意味だとはわかっているが…まぁ見過ごせるわけないよな」
だが、いつまでも衝撃が来ず、挙句の果てにはそんな声が聞こえてくる始末だ。
(…少し明るいし、暖かい…これは…炎…?)
緊張が解れたこともあってか、ドンナはうっすら目を開いて炎元素を扱う黒衣の男の姿を見て気絶した。
アビスの魔術師・氷の背後に黒衣の男がいるため城壁の影にいることになりその姿を見ることは叶わない。本当に黒い衣を身に着けているのかさえ定かではない。アビスの魔術師・氷は背後に気配を感じてその姿を消して移動していたため周囲の状況がわからない。
『───なッ!?』
だからだろう、先程までモンドを襲わせるために使おうとしていたヒルチャール達が消し炭になっているその光景を見て驚いたのは。そしてそれを成したであろう男は先程となんら変わらぬ位置に立っていた。いつの間にか気絶したドンナもいなくなっている。
『貴様…何者だ…?私の存在に気が付いてここへ来たのか、或いは偶然通りがかったのか?』
アビスの魔術師・氷は注意深く城壁の影の中にいる男を観察する。だが影に入っている男の容姿はほとんど見ることができない。ただ一つ、暗闇の中で光る紅の瞳を除いて。
「…お前の質問に答える意味も義理もない…だが、いいだろう」
男は影からその身を晒し月光を浴びた。透き通るような銀髪、白い肌に紅の瞳、ところどころ装甲のある黒衣、そして手に持つ刀。その姿を見たアビスの魔術師・氷はケタケタと嗤った。
『貴様か…アビス教団にちょっかいをかけてきている者というのは』
「だったらどうした?」
『無論殺す!』
黒衣の男の言葉にアビスの魔術師・氷は問答無用とばかりに手に持っている杖を振って氷塊を幾つも飛ばした。黒衣の男は心底面倒臭そうに溜息を吐くと、氷よりもずっと冷たい目でアビスの魔術師・氷を睨む。
「お前も、知らないか」
黒衣の男は手に持つ刀に炎元素を纏わせると飛んでくる氷塊を全て溶かしながら一歩一歩アビスの魔術師・氷に近付いていく。これに焦ったアビスの魔術師・氷は、今度は男の真上から氷塊を落とし始めた。
だが黒衣の男は歩き方に緩急をつけて全ての氷塊を避け、直接飛んでくる氷塊のみを溶かし続けどんどん距離を詰める。更に焦ったアビスの魔術師・氷はその姿を消して近距離の移動を行った。
しかし、その姿を現してシールドを貼り直す直前アビスの魔術師・氷の視界一杯に黒衣の男の左手が映し出された。一瞬後、アビスの魔術師・氷の首を黒衣の男の左手ががっしり掴んでいた。
『グガッ!?』
「もう一度問う。お前は『俺』を知っているか?」
黒衣の男は無感動な表情を浮かべてアビスの魔術師・氷にそう問いかけた。アビスの魔術師・氷は必死に藻掻きながら、
『し、知らん!!貴様なぞ…貴様のような化け物なぞ…!!』
「…ふむ、では言い方を変えよう」
アビスの魔術師・氷の言葉に黒衣の男は無感動な表情のまま紅の瞳に一層力を込めた。
「『元神』アガレス、という名に聞き覚えは?」
『…ま、さ…か…き…さま…は…ッ!!』
アビスの魔術師・氷は思い当たる記憶があったのか眼前の黒衣の男を見て目を大きく見開いた。ここに来て初めて黒衣の男は感情らしい感情の籠もった視線をアビスの魔術師・氷へ向けた。
「ほう、思い当たる節があるのか。なら…貴様等アビス教団が俺の存在をこの世界から抹消したという認識でいいのか?」
その視線には憤怒の情が込められていた。アビスの魔術師・氷は意識が遠のくのを感じながらも必死に否定した。
『そ…んな…ち…が…ッ』
しかし、残念ながら黒衣の男にその言葉が届くことはない。
「いや、いい。貴様が否定しようとしまいと俺には関係のないことだ。忘れ去られたという事実だけが残るからな。何一つ問題はない」
黒衣の男───アガレスはアビスの魔術師・氷に冷たく言い放つと首の骨を折って殺害した。
『アガレス…ッ…きさ、ま…ァ…』
アビスの魔術師・氷の断末魔の掠れた声がアガレスの耳に届く。そんなアビスの魔術師・氷を見てアガレスは目を伏せる。
「…ある意味ではお前達も俺と同じと言えるのだろうが、俺はお前達とは違う…って、もう聞こえていないか」
アガレスはアビスの魔術師・氷の死体を無造作に放り投げた。
「───これは…?」
そんな中、赤い髪の長身の男が驚いた様子を隠そうともせず大剣を持って側門に姿を現した。アガレスは横目で赤い髪の男を一瞥すると少しだけ目を見開いた。
「…その赤い髪、ラグヴィンドの者か」
アガレスの言葉に赤い髪の男性は目を細めて警戒心を抱きつつ、
「…如何にも僕がディルック・ラグヴィンドだが。そういう君は?」
そう告げる。アガレスはなるほど、と一つ首肯くと、
「そうだな…本名は告げられない。だから適当に呼べ」
アガレスの言葉に赤い髪の男性───ディルックは若干呆れ顔になったがすぐに、
「であれば適当に情報屋とでも呼ぶとしよう。それで、こいつらを処理したのは君なのか?」
そう問いかけた。情報屋、と呼ばれたアガレスは面白そうに少し笑うとディルックの質問には答えず、
「質問は一つまでだ。だが…先程の質問にはサービスで答えてやろう」
そう言って結局ディルックの質問に対して首肯くことで答えとした。ディルックは一先ず質問権を得たので内容を考えている様子だった。
少し間を置いてからディルックは質問を口に出す。
「…ではそうだね、君は何者なんだ?」
ディルックの質問は単純明快で、かつ賭けでもあった。アガレスは質問を一つだけ許可すると言ったが答えるとは言っていない。逆に言えば答えられない、或いは答えたくない質問があっても答えてくれる可能性がある、ということでもある。つまりあらゆる可能性がある中で、ディルックはアガレスの正体という情報を欲したのである。
ディルックの質問に対してアガレスは少し寂しそうに笑う。
「…そうだな、端的に言えば忘れ去られた存在だ」
アガレスは暫し瞑目するとディルックに向け告げる。
「モンドの龍災…その黒幕、背景にいるのはアビス教団だ。独自で動いているお前にしてみればアビス教団の計画を阻止することにも繋がるだろう」
ディルックはアガレスが何を言いたいのかをいまいち察することができなかった。だがそれをアガレス自身も理解していたようで踵を返して側門から外へ去って行った。
そのまま開けた場所まで出ると再び振り返ってディルックを見て告げた。
「じきにわかる。今はまだ…気に留めておくだけでいい」
「…ッ待て!」
ディルックはアガレスへ向けて手を伸ばす。だがアガレスはそれを無視して風元素で浮かび上がると飛び去っていった。後には呆然とした様子のディルックと焼け焦げたヒルチャールの死体と首がありえない方向に曲がっているアビスの魔術師・氷の死体だけが残っていた。
蛍ちゃんサイドはまた次回、お楽しみに!!
それで、アガレスが闇墜ちしかけている原因ですが本編では早めにノエルが褒めまくっていたからなんとかなってました。ついでにバルバトスさんとの再会も早かったので、忘れられてたわけじゃないってわかってたから闇堕ち回避していたんですが…。
今回はバルバトスさんと再会できてないし覚えてる人誰もいないんですよね。そりゃあ喪失感凄いやろ、と。
トワリンさんも似たような境遇だったことを考えると…まぁ毒血飲んでないからまだマシな感じに落ち着いてはいると思われ。
で、こっからはメタい部分なんですけれども…長い付き合いである本編メインヒロインの影ちゃんに勝つためには蛍ちゃんに闇堕ちくらい救ってもらわないと超えられないという…。影ちゃんがヒロインとして完璧すぎるんですよ、ウン。
という小話でした。
追記 : 書き忘れがあったんで補足しておくと…アガレスは各地を転々としているのでバルバトスさんはアガレスを見つけられてないという…ナニシテンダァ‼